第104話

文字数 5,050文字

 …しかし、葉尊…

 まさか、夫の葉尊の名前が、ここで、出てくるとは、思わなかった…

 想像も、できんかった…

 が、

 考えてみれば、至極、当然のことだった…

 何度も、言うように、あのとき、ファラドと、リンダに化けたバニラが、闘った…

 タイマンで、闘った…

 一対一で、闘った…

 バニラは、180㎝と、外人の女としても、大柄だが、やはり、ファラドは、男…

 一対一のタイマンでは、勝ち目がなかった…

 そこへ、突然、葉問が、現れた…

 バニラに加勢すべく、現れた…

 葉問は、ヤンキー…

 元々、暴力の匂いがする…

 だから、ファラドに対抗できる…

 ファラドと、闘って、勝ち目がある…

 これは、葉尊では、無理…

 私の夫の葉尊では、無理…

 できない…

 葉尊は、真面目…

 絵に描いたように、真面目だ…

 暴力のボの字も、ない…

 だから、あの場に葉問が、現れた…

 私は、今さらながら、思った…

 葉尊が、どこまで、知っているのか、わからない…

 だが、あのとき、あのセレブの保育園で、なにかが、起こることは、葉尊も、知っていたに違いない…

 そして、その対応を、自分ではなく、葉問に任せたに違いない…

 おそらく、なにか、トラブルが、起きることを、予想して、その対応を、葉問に、任せたに違いなかった…

 葉尊は、頭脳派…

 葉問は、肉体派…

 こう分けるのは、極端すぎるが、これは、事実…

 事実だ…

 同時に、真面目な葉尊には、ロマンスが、合わない…

 ロマンスが、似合わない…

 対極に、

 葉問には、ロマンスが、似合う…

 それは、なぜか?

 それは、葉問は、危険な香りがするからだ…

 危険な匂い=暴力の匂いが、するからだ…

 ヤクザや、ヤンキーが、好きな女は、皆、同じ…

 いつ、なにかが、起こるかもしれない、危険な匂いが、好きなのだ…

 爆薬ではないが、いつ爆発するか、わからない危険な、香りが、好きなのだ…

 そして、その危険な香りが好きな、女は、どこの世界でも、一定数は、いる…

 存在する…

 そして、それを、見抜いて、ジャニーズのようなアイドルグループには、必ず、やんちゃな危険な香りのする、男を入れている…

 それが、必ず、一定数の少女の心を掴むことを、知っているからだ…

 そして、それは、ヤクザ映画が、いつの時代でも、一定数のファンを掴んでいる事実を見ても、わかる…

 ヤクザ映画が好きなのは、必ずしも、男だけではない…

 女もいる…

 そういうことだ…

 つまり、アレコレ、説明が、長くなったが、いわゆる、ヤクザやヤンキーを、好きな女は、どこの世界にも、一定数は、いるということだ…

 だから、葉問は、モテると、言いたいのだ(笑)…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…なにを、考えている? …矢田…」

 と、言う声がした…

 当たり前だが、声の主は、お嬢様…

 矢口のお嬢様だった…

 「…い…いえ…」

 曖昧に、返答した…

 まさか、葉問のことを、考えていたとは、言えないからだ…

 私が、それ以上、なにも、言わないと、矢口のお嬢様が、

 「…矢田…」

 と、再び、私に声をかけた…

 「…なんでしょうか?…」

 「…もっと、葉尊氏と、仲良くしろ…」

 「…葉尊と仲良く?…」

 「…そうだ…葉尊氏は、オマエを心配していたゾ…」

 「…私を心配?…」

 「…オマエは、妙に危なっかしい…私から、見ても、だ…」

 「…お嬢様から、見ても、危なっかしい?…」

 「…オマエは、知らんかもしれんが、オマエは、ファラドとオスマン殿下の争いに巻き込まれてる…」

 「…私が、ファラドと、オスマン殿下の争いに…」

 「…だから、今日、アタシが、わざわざ、この家に、やって来たんだ…」

 「…お嬢様が、やって来た?…」

 「…そうだ…この家に、盗聴器が、仕掛けてないか、確かめに、来たんだ…」

 「…一体、誰が、盗聴器を?…」

 「…それは、誰かは、アタシも知らん…ただ…」

 「…ただ、なんですか?…」

 「…ファラドについた人間が、いるかもと、疑っただけだ…」

 「…疑っただけ?…」

 「…そうだ…」

 「…ファラドは、葉尊氏の実父の葉敬氏に、我がスーパージャパンの買収を、持ちかけた…どうしてだか、わかるか、矢田…」

 「…わかりません…」

 私は、即答した…

 すると、矢口のお嬢様が、

 「…矢田…少しは、考えろ…」

 と、私を叱った…

 だから、仕方なく、私は、考えた…

 が、

 いくら、考えても、答えは、出んかった(涙)…

 その様子を見て、

 「…アタシを巻き込むためだ…矢田…」

 と、矢口のお嬢様が、答えを言った…

 「…お嬢様を巻き込むため?…どうして、お嬢様を巻き込むんですか?…」

 「…それは、矢田…アタシが、オマエと、外見が、瓜二つだからだ…」

 「…それが、一体、なにか?…」

 「…鈍いな…矢田…」

 お嬢様が、明らかに、苛立った…

 「…オマエそっくりの人間が、葉尊氏の前に、現れる…すると、どうだ? 葉尊氏は、動揺する…ファラドは、それを、狙ったんだ…だから、アタシを巻き込んだ…そのために、葉尊氏の実父の葉敬氏に、我がスーパージャパンの買収を、勧めたんだ…」

 「…そ、そんな…」

 「…そんなも、こんなもない…真実は、いつも、一つだ…矢田…」

 矢口のお嬢様が、以外にも、コナンの決め台詞を、口にした…

 私は、これで、この矢口のお嬢様が、名探偵コナンのファンであることを、知った…

 このお嬢様が、コナンのファンとは?

 意外といえば、意外…

 あまりにも、意外だった(爆笑)…

 「…ファラドの狙いは、最初から、オスマン殿下の追い落としだ…それが、すべてだ…」

 矢口のお嬢様が、断言した…

 「…その目的を遂げるために、アタシもオマエも利用されたんだ…」

 「…利用された?…」

 「…考えて見ろ…矢田…」

 「…なにを考えるんですか?…」

 「…オスマン殿下の弱点だ…」

 「…殿下の弱点?…」

 「…オマエ…まさか、殿下の弱点が、なんだか、わからないわけじゃ、あるまいな…」

 矢口のお嬢様が、唖然として、言った…

 だから、私は、考えた…

 少しばかり、悩んだ…

 その結果、

 「…もしや、マリアですか?…」

 と、言った…

 「…その通りだ…」

 お嬢様が、我が意を得たりとばかりに、頷いた…

 私そっくりの、顔で、頷いたのだ…

 「…すべては、マリアさんが、始まりだ…」

 「…マリアが始まり?…」

 「…そうだ…オスマン殿下は、マリアさんが、好き…だったら、まずは、マリアさんが、誰の子供か、気になる…当たり前だ…」

 「…」

 「…が、すぐには、わからなかった…マリアさんは、いつも、お手伝いさんに、あのセレブ保育園に、送迎してもらう…母親が、世界的な著名人のモデル…バニラ・ルインスキーさんだと、バレないためだ…」

 「…」

 「…が、ファラドは、やり手だ…時間をかけて、それを掴んだ…そして、マリアさんの父親が、台湾の大企業、台北筆頭の葉敬氏だということも、掴んだ…そして、その葉敬氏の周囲の人物…息子の葉尊氏…その妻の矢田、オマエたちのことを、調べ上げた…」

 「…」

 「…そして、その延長線上に、アタシもいたということだ…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…ファラドが、オスマン殿下の追い落としを図る…そのためには、マリアさんを利用するに限る…だが、その目的を知られては、困る…だから、周囲の者を、利用する…アタシの会社の、買収を、葉敬氏に持ち掛けたのも、その一環だ…」

 「…」

 「…つまり、陽動作戦だ…矢田…」

 「…陽動作戦…」

 「…戦争でいえば、例えば、他国が、東京を攻撃する…当然、日本は、東京を守ろうと、戦力をそこに、集中する…すると、どうだ?   他の地域は、戦力が手薄になる…そして、本当の目的…例えば、神戸とか、福岡とかを、攻撃する…それと、同じだ…」

 矢口のお嬢様が、のたまった…

 私は、唖然とした…

 唖然として、言葉が、なかった…

 まさか、それが、真実…

 真実だとは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

 まさに、

 まさか…

 まさか、だ…

 すべては、あのファラドが、オスマン殿下を、追い落とすため…

 そのために、利用されたとは、思わんかった…

 露ほども、思わんかったのだ(涙)…

 しかし、そんな情報を、どこで?

 このお嬢様は、どこで、得たのか?

 疑問だった…

 甚だ、疑問だった…

 さっき、聞いたときは、

 「…蛇の道は蛇…」

 と、答えて、正直に、答えなかった…

 が、

 私には、わかる…

 ずばり、想像が、つく…

 おそらくは、葉尊か、その実父の葉敬に、聞いたに違いなかった…

 葉尊も、葉敬も、バカではない…

 当たり前だが、バカではない…

 今、この矢口のお嬢様が、言った、ファラドと、オスマン殿下の争いに、自分たちが、巻き込まれていることに、気付いたに違いない…

 そして、対策を講じたに違いなかった…

 対策?

 一体、どんな対策だ?

 私は、考えた…

 途端に、脳裏に、オスマン殿下が、リンダを、サウジに誘った一件を思い出した…

 リンダ…リンダ・ヘイワースに、

 「…一度、サウジに、来てみませんか?…」

 と、オスマン殿下が、誘ったことを、思い出した…

 私は、あのとき、

 「…バカ、それは、オマエが、オスマン殿下に、口説かれているんだ!…」

 と、内心、思ったが、違ったのかも、しれん…

 本当は、リンダを、守ろうとしたのかも、しれんと、気付いた…

 オスマン殿下が、自分と、ファラドの争いに、リンダが、巻き込まれると、危惧したのかも、しれんと、気付いた…

 だから、それを避けるために、リンダを、サウジに、誘ったのだと、気付いた…

 オスマン殿下は、アラブの至宝と呼ばれた人物…

 サウジのみならず、アラブ世界で、強い、影響力を持っている…

 だから、リンダをサウジに誘うことで、ファラドから、守ろうとしたのかも、しれんと、気付いた…

 少なくとも、この日本で、リンダを、守るよりも、リンダを、サウジに、連れて行った方が、リンダを、守りやすい…

 そう、考えたのかも、しれん…

 私は、今さらながら、気付いた…

 オスマン殿下は、以前から、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンと、公言していたということだから、それを逆手に取られたのだろう…

 誰でも、自分の好きな人間…

 あるいは、

 自分が、大切に思っている人間が、人質に取られでも、したら、堪ったものではない…

 逆に、いえば、だからこそ、狙われた…

 狙われたのだ…

 リンダと、マリア…

 この二人が、狙われたのだ…

 二人とも、オスマン殿下が、好きな女だったからだ…

 だから、狙われたのだ…

 が、

 そこまで、考えて、気付いた…

 そもそも、なんで、このお嬢様が、この家にやって来たか?

 あらためて、考えた…

 すると、さっき、このお嬢様が、
 
 「…オマエは、妙に危なっかしい…私から、見ても、だ…」

 という言葉を思い出した…

 あの言葉の意味は、一体?

 そう言えば、その前にも、
 
 「…そうだ…葉尊氏は、オマエを心配していたゾ…」

 とも、言っていた…

 …心配?…

 …私を心配?…

 これは、一体、どういう意味だ?

 いや、

 心配の意味は、わかる…

 問題は、どうして、私が、心配なんだ? ということだ…

 …まさか?…

 …まさか?…

 自分でも、意外な事実が、見つかった…

 まさかとは、思うが、意外な事実が、見つかった…

 だが、

 それが、本当か、どうかは、わからない…

 だから、

 「…お嬢様…お嬢様は、さっき、私が心配と、おっしゃいましたね?…」

 と、聞いた…

 「…そうだ…」

 「…どうして、私が、心配なんですか?…」
 
 「…それは…」

 お嬢様が、言い淀んだ…

 だから、すかさず、

 「…それは、もしかしたら、私が、オスマン殿下のお気に入りだからですか?…」

 と、私は、ハッキリ言った…

 自分で、自分のことを、オスマン殿下のお気に入りというのは、どうかと、思ったが、言わずには、いられなかったのだ…

 「…だから、私も、マリアや、リンダ、同様、ファラドに狙われているから、心配だと、お嬢様は、言いたかったのですね?…」

 私は、勢い込んで、言った…

 すると、矢口のお嬢様が、

 「…矢田…ようやく、オマエも、自分の置かれた立場が、わかったようだな…」

 と、言った…

 そして、それは、我が意を得たりとばかりに、実に、満足そうな表情だった…

 得意満面な表情だった…

私そっくりの大きな口が、満足そうに、笑っていた…

               
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