第11話
文字数 5,775文字
エレベーターが、社長室のある階に着いた…
私は、まるで、ロボットのように、ギクシャクした動きで、エレベーターを降りた…
まるで、無理やりにでも、カラダを動かしている感じだった…
そして、それを見た、バニラが、
「…プッ!…」
と、吹き出した…
「…ナニッ? …お姉さん…どうしたの?…」
「…なんでもないさ…」
私は、ロボットのように、ギクシャク動きながら、言った…
「…なんでもないって…なんでもないわけじゃないでしょ? その動きは…」
「…自分でも、わからないのさ…なぜか、緊張して…カラダが自由に、動かないのさ…」
「…カラダが、動かない?…」
「…そうさ…」
私の答えを聞くと、バニラが、面白そうに、
「…お姉さん…それは、きっと予感よ…」
と、言った…
「…予感だと? …どういう意味だ?…」
「…きっと、葉尊は、社長室で、人目のつかないところで、美人の秘書と、イチャイチャしているのよ…」
「…なんだと?…」
「…お姉さんは、それを予感したの…だから、その事実を見たくなくて、カラダが動かなくなったんだと思う…」
…バカな?…
…葉尊が?…
…私の夫が?…
…そんなバカなことはない!…
私は、心に、誓ったというか、ありえないと、思った…
葉尊は、私に首ったけ…
なぜか、知らないが、首ったけだ…
正直、私は、自分のルックスに自信はないが、だからといって、葉尊が、私以外の女と不倫しているとは、思わない…
なにより、それなら、葉尊の身近には、このバニラや、あのリンダのような美女が、いる…
この二人と、不倫するのが、筋というか…
一番ありえるからだ…
私は、そう思った…
私は、そう信じた…
その一方で、違うかも? とも、思った…
葉尊は、私と同じ…
同じだ…
なにが、同じかと言えば、近過ぎるのだ…
バニラとリンダと近過ぎるのだ…
私が、バニラやリンダと仲良くなって、身近に感じるのと、同じで、葉尊も、バニラとリンダと親しい…
すると、不倫はできなくなる…
恋は、できなくなる…
親しければ、親しいほど、互いに、相手に異性を感じなくなるからだ…
男女とも、幼稚園児時代から知っている幼馴染(おさななじみ)同士が、互いに、異性を感じないのと同じだ…
恋というものは、見知らぬ者同士だから、できる…
互いに、昔から相手を知り過ぎていると、当たり前だが、ときめかない…
ドキドキしない…
だから、恋は生まれない…
そういうことだ(笑)…
なにより、バニラは、葉尊の父、葉敬の愛人…
葉尊が、バニラに手を出すわけがない…
それを思えば、リンダも同じ…
リンダは、葉尊の幼馴染(おさななじみ)…
だから、恋をするはずがない…
不倫をするはずがない!
私は、そんなことを、考えた…
カラダは、ロボットのように、ギクシャクして、動かなかったが、その代わりに、頭は、めまぐるしく回転した(笑)…
回転した結果、葉尊は、このバニラとも、リンダとも、不倫をしていないと、決定づけた…
だから、会社の身近な秘書たちとも、不倫していないと、決定づけた…
そして、安心した…
葉尊が、不倫をした証拠はないが、私の頭の中で、葉尊は、不倫していないと、決定づけたからだ…
だから、安心した…
ホッとした…
すると、
「…お姉さん…なにをホッとした顔をしているの?…」
「…葉尊が、不倫していないと、気付いたからさ…」
「…どうして、そんなことが、お姉さんに、わかるの?…」
「…わかるさ…」
「…どうして?…」
「…だって、葉尊の周りには、オマエやリンダのようなとびきりの美女がいるだろ? …その美女のオマエたちに手を出さない以上、葉尊は、誰とも、不倫しないさ…」
私は、自信満々に断言した…
私の言葉に、バニラは、絶句した様子だった…
言葉を失った様子だった…
「…葉尊は、私を裏切らないさ…」
「…どうして、そんなこと、お姉さんにわかるの?…」
「…葉尊は、私に首ったけだからさ…」
私は、言った…
むろん、冗談だ…
が、
私の言葉を聞いたバニラが、考え込んだ…
「…たしかに、それはある…」
じっくりと、考え込みながら、呟いた…
「…お姉さんには、ひとには、ない魅力がある…」
…魅力?…
…どんな?…
…この矢田に、どんな魅力が?…
「…なぜか、憎めない…嫌いになれない…」
「…」
「…それでいて、目立つ…決して、美人でもなんでもない…でも集団の中にいると、いつのまにか、お姉さんが、集団の主役になる…決して、リーダーとか、そういうものじゃなく、ただ目立つ…なぜか、目が離せなくなる…」
バニラが、考え込みながら、言う…
「…だから、お姉さんを見ると、このバニラや、リンダが、持つルックスという武器が怪しくなる…自信がなくなる…最初は、誰もが、私やリンダに憧れるけど、いつのまにか、お姉さんに取って代わられるというか…葉尊が、そのいい例ね…」
私は、驚いた…
まさか、このバニラが、まるで、この矢田に負けたようなことを、言っているのだ…
驚かないわけには、いかなかった…
いや、
やはり、このバニラは、頭がおかしくなったのかもしれない…
いや、
もしかしたら、
私は、このバニラが、私をからかっている? と、思った…
が、
その表情を見ると、真剣だった…
次に、
お芝居をしている? と、思った…
が、
やはり、お芝居をしているようには、見えんかった…
だとすれば、結論は、一つしかない…
このバニラは、頭がおかしくなったのだ…
思えば、初めて会ったときから、少々、変なヤツだと思った…
日本でいえば、ヤンキー上がりの世界のトップモデル…
しかも、この矢田トモコを、葉尊の妻だと知りながら、平然と、ケンカを売る性格の悪さ…
だが、それも、すべて、このバニラが、頭がおかしいと思えば、わかる…
理解できる…
そして、頭のおかしなバニラと、このまま、いっしょにいれば、いつ、この矢田トモコに、襲いかかってくるかもしれんと、気付いた…
何度もいうように、この矢田トモコは、身長159㎝…
対する、バニラは、身長180㎝…
闘って、勝てる相手ではない!
かといって、頭がおかしいのだから、私が、涙ながらに、
「…助けてくれ…許してくれ…」
と、バニラに土下座しても、許してはくれんだろう…
なにしろ、頭がおかしいのだから、仕方がない…
と、そこまで、考えると、
…逃げよう!…
と、思った…
一刻も早く、社長室に逃げ込もうと思った…
今、エレベーターから、降りて、社長室までは、後少し…
社長室には、当たり前だが、葉尊がいる…
夫の葉尊がいる…
葉尊ならば、たとえバニラと殴り合いになっても、勝てるだろう…
葉尊も、身長は、バニラと同じ180㎝…
ただし、葉尊は、男だから、当然、殴り合いになれば、バニラに勝てる…
それに、気付いた…
だから、急いで、駆ければ、間に合う…
なんとかなる…
バニラから逃げ切れる…
そう、気付いたら、途端に、私のカラダが、動き出した…
まるで、別人のように、動き出した…
ギクシャクしたかカラダが、ウソのように、なめらかに動き出した…
恐怖のためだ…
頭のおかしくなったバニラから逃れるために、私は、いつしか、全速力で、廊下を走り出した…
それを見た、バニラが、
「…一体、どうしたの? …お姉さん…急に走り出して…」
と、私に声をかけてきたが、私は、振り返らなかった…
振り返れば、バニラの餌食になることは、明らかだったからだ…
私は、まるで、陸上競技者のように、全速力で、廊下を走った…
私は、元々、スポーツ万能…
走ることには、自信がある…
「…ねえ…どうしたの? …お姉さん…ちょっと、待って…」
と、背後から、声をかけてきたが、私は、振り返らなかった…
振り返れば、私の負けだからだ…
負け=死だからだ…
私はただ、ゴールを目指して、走った…
ゴール=社長室を目指して、走った…
私の姿を見た、社長室の受付の女のコが、
「…お…奥様…」
と、目を仰天させた…
「…な、なんで?…走って?…」
「…わ…わけは、あ…あとで、話す…さっさと、葉尊に会わせろ!…」
いち早く、社長室の受付に辿り着いた、私は、叫んだ…
私は、スニーカー…
それに対して、
バニラは、ヒールを履いていた…
だから、バニラは、走れない…
この矢田トモコの勝ちだ…
いかに180㎝と長身のバニラでも、ヒールを履いていては、走れない…
私は、そこに勝機を見た…
勝機を見抜いたのだ…
「…は…はやくしろ! バニラが来る…私の命がかかってるんだ!…」
「…奥様の命?…」
「…そうだ!…」
私は、短く、かつ、力強く言った…
なにしろ、緊急時…
私の命が、かかっているんだ…
本当なら、この受付の女にも、
「…お仕事、ご苦労様です…」
とか言って、日頃の苦労をねぎらってやるのが、社長夫人としての役目だが、それは、無理…
できんかった…
なにしろ、頭のおかしい、バニラが、今か今かと、背後から迫っているのだ…
「…早くしろ! 葉尊に連絡するんだ…頭のおかしなバニラが、私に迫っている!…」
そう言ったときだった…
背後から、
「…誰が、頭がおかしいんだって…」
と、不気味な声が聞こえた…
むろん、バニラの声だった…
私は、振り返らんかった…
頭のおかしなバニラになにを言っても、無駄だからだ…
私は、震える声で、
「…オ…オマエさ…オマエが…あ、あたまが、おかしくなったのさ…」
と、言った…
「…ど…どうして、わ…わたしが、頭がおかしいの?…」
バニラが、息を切らせながら、怒りを抑えた声で、聞いた…
だから、私は、震える声で、
「…さ…さっき、オマエは、わ、わたしが、オマエや、リ、リンダに勝っていると言ったな…そ…それで、気付いたのさ…」
と、答えた…
「…オマエは、あ…あたまが、おかしい…平凡な私が、どうあがいても、オ…オマエやリ…リンダに勝てるはずがないさ…」
私が、震える声で、言うと、バニラが、なにも、言わんかった…
沈黙した…
だから、私は、バニラの反応が、気になり、恐る恐る、背後を振り返った…
振り返って、バニラを見た…
バニラは、
「…なに? …なんだ? …そういうこと?…」
と、自分自身を納得させるように、言った…
「…お姉さん…私が、頭がおかしくなったと思ったんだ…」
と、納得するように、言った…
と、そのときだった…
「…い、一体、ど、どうしたんですか?…」
と、葉尊が、息せき切って、社長室から走って、現れたのだ…
受付の女のコが、急いで、葉尊に連絡したのだった…
「…お姉さんの命の危険があるって?…」
葉尊は、言いながら、私を見た…
そして、ホッとした…
「…お姉さん…大丈夫だったんですか?…」
「…全然、大丈夫なんかじゃないさ…」
私は、言った…
「…危なかったさ…」
「…危なかった?…」
葉尊が、言いながら、近くのバニラに気付いた…
「…バニラ…キミが、いて、お姉さんが危険に遭うのを、防げなかったのか?…」
「…バカ…葉尊…私に危害を加えるのは、コイツだ…」
「…コイツ?…」
「…このバニラだ…」
私は、私の太く短い指で、目の前のバニラを指差した…
すると、当たり前だが、葉尊が仰天した…
「…バニラが、お姉さんに危害を加える? …どういう意味ですか?…」
葉尊が、当惑する…
すると、バニラが、
「…このお姉さんは、私が、頭がおかしくなったと思ったの…」
と、葉尊に告げた…
「…バニラが、頭がおかしく?…」
「…そうさ…バニラは頭がおかしくなったのさ…」
と、私は息せき切って、葉尊に告げた…
「…どうして、頭がおかしく…バニラは、いつもの通りですが…」
葉尊が、バニラを見て、言った…
「…そうじゃないさ…頭がおかしいのさ…」
「…どこが?…」
葉尊が、当惑した…
すると、バニラが、
「…このお姉さんに、お姉さんは、私やリンダよりも、魅力があるって、言ったの…そしたら、私が、頭がおかしくなったと思って、いきなり走り出して…」
と、葉尊に告げた…
「…当たり前さ…私が、オマエやリンダに勝てるわけがないだろ? …それを、オマエが、本気で言うから、頭がおかしくなったと、悟ったのさ…」
「…だったら、葉尊も頭がおかしいんじゃないの?…」
「…なんだと?…」
「…だって、私やリンダが身近にいても、お姉さんを選んだわけでしょ?…」
「…」
「…お姉さんが、私が、頭がおかしいと思えば、葉尊も同じ…しかも、葉尊は、お姉さんと結婚したんだから、私以上に、頭がおかしいはず…」
…そう言われると、なんと言っていいか、わからなかった…
いや、
違う…
「…それは、オマエやリンダが葉尊の身近にいるからさ…」
「…どういうこと?…」
「…身近過ぎれば、恋に落ちない…異性を感じなくなる…だからさ…」
「…だったら、葉尊は、どうして、お姉さんを選んだの? …たしかに、お姉さんの言うことは、わかるけど、葉尊の立場なら、私やリンダ以外にも、美人は、たくさん知っているはずよ…それでも、お姉さんを選んだ…それは、お姉さんに魅力があるからよ…」
バニラが、ダメ出しをした…
しかしながら、
そんな、
…魅力…
…魅力…
と、言っても、誰が、どう見ても、私が、このバニラや、リンダに勝る魅力があるとは、思えんかった…
バニラやリンダに勝てるとは、思えんかった…
このバニラの話は、わかるが、どうしても、納得できんかった…
だから、
「…」
と、黙った…
なんと、答えていいか、わからんかったからだ…
すると、近くで、
「…矢田か…相変わらず、ダメな女だ…」
と、いう声がした…
…ダメな女?…
私は、その言葉に、敏感に反応した…
…この矢田が、ダメな女だと?…
…どこのどいつが、そんなことを言うんだ?…
…許せん!…
私は、その声の主を確かめるべく、声のした方を振り返った…
と、
そこには、私がいた…
いや、
正確には、私そっくりな女がいた…
私そっくりな女=矢口トモコが、立っていた…
私は、まるで、ロボットのように、ギクシャクした動きで、エレベーターを降りた…
まるで、無理やりにでも、カラダを動かしている感じだった…
そして、それを見た、バニラが、
「…プッ!…」
と、吹き出した…
「…ナニッ? …お姉さん…どうしたの?…」
「…なんでもないさ…」
私は、ロボットのように、ギクシャク動きながら、言った…
「…なんでもないって…なんでもないわけじゃないでしょ? その動きは…」
「…自分でも、わからないのさ…なぜか、緊張して…カラダが自由に、動かないのさ…」
「…カラダが、動かない?…」
「…そうさ…」
私の答えを聞くと、バニラが、面白そうに、
「…お姉さん…それは、きっと予感よ…」
と、言った…
「…予感だと? …どういう意味だ?…」
「…きっと、葉尊は、社長室で、人目のつかないところで、美人の秘書と、イチャイチャしているのよ…」
「…なんだと?…」
「…お姉さんは、それを予感したの…だから、その事実を見たくなくて、カラダが動かなくなったんだと思う…」
…バカな?…
…葉尊が?…
…私の夫が?…
…そんなバカなことはない!…
私は、心に、誓ったというか、ありえないと、思った…
葉尊は、私に首ったけ…
なぜか、知らないが、首ったけだ…
正直、私は、自分のルックスに自信はないが、だからといって、葉尊が、私以外の女と不倫しているとは、思わない…
なにより、それなら、葉尊の身近には、このバニラや、あのリンダのような美女が、いる…
この二人と、不倫するのが、筋というか…
一番ありえるからだ…
私は、そう思った…
私は、そう信じた…
その一方で、違うかも? とも、思った…
葉尊は、私と同じ…
同じだ…
なにが、同じかと言えば、近過ぎるのだ…
バニラとリンダと近過ぎるのだ…
私が、バニラやリンダと仲良くなって、身近に感じるのと、同じで、葉尊も、バニラとリンダと親しい…
すると、不倫はできなくなる…
恋は、できなくなる…
親しければ、親しいほど、互いに、相手に異性を感じなくなるからだ…
男女とも、幼稚園児時代から知っている幼馴染(おさななじみ)同士が、互いに、異性を感じないのと同じだ…
恋というものは、見知らぬ者同士だから、できる…
互いに、昔から相手を知り過ぎていると、当たり前だが、ときめかない…
ドキドキしない…
だから、恋は生まれない…
そういうことだ(笑)…
なにより、バニラは、葉尊の父、葉敬の愛人…
葉尊が、バニラに手を出すわけがない…
それを思えば、リンダも同じ…
リンダは、葉尊の幼馴染(おさななじみ)…
だから、恋をするはずがない…
不倫をするはずがない!
私は、そんなことを、考えた…
カラダは、ロボットのように、ギクシャクして、動かなかったが、その代わりに、頭は、めまぐるしく回転した(笑)…
回転した結果、葉尊は、このバニラとも、リンダとも、不倫をしていないと、決定づけた…
だから、会社の身近な秘書たちとも、不倫していないと、決定づけた…
そして、安心した…
葉尊が、不倫をした証拠はないが、私の頭の中で、葉尊は、不倫していないと、決定づけたからだ…
だから、安心した…
ホッとした…
すると、
「…お姉さん…なにをホッとした顔をしているの?…」
「…葉尊が、不倫していないと、気付いたからさ…」
「…どうして、そんなことが、お姉さんに、わかるの?…」
「…わかるさ…」
「…どうして?…」
「…だって、葉尊の周りには、オマエやリンダのようなとびきりの美女がいるだろ? …その美女のオマエたちに手を出さない以上、葉尊は、誰とも、不倫しないさ…」
私は、自信満々に断言した…
私の言葉に、バニラは、絶句した様子だった…
言葉を失った様子だった…
「…葉尊は、私を裏切らないさ…」
「…どうして、そんなこと、お姉さんにわかるの?…」
「…葉尊は、私に首ったけだからさ…」
私は、言った…
むろん、冗談だ…
が、
私の言葉を聞いたバニラが、考え込んだ…
「…たしかに、それはある…」
じっくりと、考え込みながら、呟いた…
「…お姉さんには、ひとには、ない魅力がある…」
…魅力?…
…どんな?…
…この矢田に、どんな魅力が?…
「…なぜか、憎めない…嫌いになれない…」
「…」
「…それでいて、目立つ…決して、美人でもなんでもない…でも集団の中にいると、いつのまにか、お姉さんが、集団の主役になる…決して、リーダーとか、そういうものじゃなく、ただ目立つ…なぜか、目が離せなくなる…」
バニラが、考え込みながら、言う…
「…だから、お姉さんを見ると、このバニラや、リンダが、持つルックスという武器が怪しくなる…自信がなくなる…最初は、誰もが、私やリンダに憧れるけど、いつのまにか、お姉さんに取って代わられるというか…葉尊が、そのいい例ね…」
私は、驚いた…
まさか、このバニラが、まるで、この矢田に負けたようなことを、言っているのだ…
驚かないわけには、いかなかった…
いや、
やはり、このバニラは、頭がおかしくなったのかもしれない…
いや、
もしかしたら、
私は、このバニラが、私をからかっている? と、思った…
が、
その表情を見ると、真剣だった…
次に、
お芝居をしている? と、思った…
が、
やはり、お芝居をしているようには、見えんかった…
だとすれば、結論は、一つしかない…
このバニラは、頭がおかしくなったのだ…
思えば、初めて会ったときから、少々、変なヤツだと思った…
日本でいえば、ヤンキー上がりの世界のトップモデル…
しかも、この矢田トモコを、葉尊の妻だと知りながら、平然と、ケンカを売る性格の悪さ…
だが、それも、すべて、このバニラが、頭がおかしいと思えば、わかる…
理解できる…
そして、頭のおかしなバニラと、このまま、いっしょにいれば、いつ、この矢田トモコに、襲いかかってくるかもしれんと、気付いた…
何度もいうように、この矢田トモコは、身長159㎝…
対する、バニラは、身長180㎝…
闘って、勝てる相手ではない!
かといって、頭がおかしいのだから、私が、涙ながらに、
「…助けてくれ…許してくれ…」
と、バニラに土下座しても、許してはくれんだろう…
なにしろ、頭がおかしいのだから、仕方がない…
と、そこまで、考えると、
…逃げよう!…
と、思った…
一刻も早く、社長室に逃げ込もうと思った…
今、エレベーターから、降りて、社長室までは、後少し…
社長室には、当たり前だが、葉尊がいる…
夫の葉尊がいる…
葉尊ならば、たとえバニラと殴り合いになっても、勝てるだろう…
葉尊も、身長は、バニラと同じ180㎝…
ただし、葉尊は、男だから、当然、殴り合いになれば、バニラに勝てる…
それに、気付いた…
だから、急いで、駆ければ、間に合う…
なんとかなる…
バニラから逃げ切れる…
そう、気付いたら、途端に、私のカラダが、動き出した…
まるで、別人のように、動き出した…
ギクシャクしたかカラダが、ウソのように、なめらかに動き出した…
恐怖のためだ…
頭のおかしくなったバニラから逃れるために、私は、いつしか、全速力で、廊下を走り出した…
それを見た、バニラが、
「…一体、どうしたの? …お姉さん…急に走り出して…」
と、私に声をかけてきたが、私は、振り返らなかった…
振り返れば、バニラの餌食になることは、明らかだったからだ…
私は、まるで、陸上競技者のように、全速力で、廊下を走った…
私は、元々、スポーツ万能…
走ることには、自信がある…
「…ねえ…どうしたの? …お姉さん…ちょっと、待って…」
と、背後から、声をかけてきたが、私は、振り返らなかった…
振り返れば、私の負けだからだ…
負け=死だからだ…
私はただ、ゴールを目指して、走った…
ゴール=社長室を目指して、走った…
私の姿を見た、社長室の受付の女のコが、
「…お…奥様…」
と、目を仰天させた…
「…な、なんで?…走って?…」
「…わ…わけは、あ…あとで、話す…さっさと、葉尊に会わせろ!…」
いち早く、社長室の受付に辿り着いた、私は、叫んだ…
私は、スニーカー…
それに対して、
バニラは、ヒールを履いていた…
だから、バニラは、走れない…
この矢田トモコの勝ちだ…
いかに180㎝と長身のバニラでも、ヒールを履いていては、走れない…
私は、そこに勝機を見た…
勝機を見抜いたのだ…
「…は…はやくしろ! バニラが来る…私の命がかかってるんだ!…」
「…奥様の命?…」
「…そうだ!…」
私は、短く、かつ、力強く言った…
なにしろ、緊急時…
私の命が、かかっているんだ…
本当なら、この受付の女にも、
「…お仕事、ご苦労様です…」
とか言って、日頃の苦労をねぎらってやるのが、社長夫人としての役目だが、それは、無理…
できんかった…
なにしろ、頭のおかしい、バニラが、今か今かと、背後から迫っているのだ…
「…早くしろ! 葉尊に連絡するんだ…頭のおかしなバニラが、私に迫っている!…」
そう言ったときだった…
背後から、
「…誰が、頭がおかしいんだって…」
と、不気味な声が聞こえた…
むろん、バニラの声だった…
私は、振り返らんかった…
頭のおかしなバニラになにを言っても、無駄だからだ…
私は、震える声で、
「…オ…オマエさ…オマエが…あ、あたまが、おかしくなったのさ…」
と、言った…
「…ど…どうして、わ…わたしが、頭がおかしいの?…」
バニラが、息を切らせながら、怒りを抑えた声で、聞いた…
だから、私は、震える声で、
「…さ…さっき、オマエは、わ、わたしが、オマエや、リ、リンダに勝っていると言ったな…そ…それで、気付いたのさ…」
と、答えた…
「…オマエは、あ…あたまが、おかしい…平凡な私が、どうあがいても、オ…オマエやリ…リンダに勝てるはずがないさ…」
私が、震える声で、言うと、バニラが、なにも、言わんかった…
沈黙した…
だから、私は、バニラの反応が、気になり、恐る恐る、背後を振り返った…
振り返って、バニラを見た…
バニラは、
「…なに? …なんだ? …そういうこと?…」
と、自分自身を納得させるように、言った…
「…お姉さん…私が、頭がおかしくなったと思ったんだ…」
と、納得するように、言った…
と、そのときだった…
「…い、一体、ど、どうしたんですか?…」
と、葉尊が、息せき切って、社長室から走って、現れたのだ…
受付の女のコが、急いで、葉尊に連絡したのだった…
「…お姉さんの命の危険があるって?…」
葉尊は、言いながら、私を見た…
そして、ホッとした…
「…お姉さん…大丈夫だったんですか?…」
「…全然、大丈夫なんかじゃないさ…」
私は、言った…
「…危なかったさ…」
「…危なかった?…」
葉尊が、言いながら、近くのバニラに気付いた…
「…バニラ…キミが、いて、お姉さんが危険に遭うのを、防げなかったのか?…」
「…バカ…葉尊…私に危害を加えるのは、コイツだ…」
「…コイツ?…」
「…このバニラだ…」
私は、私の太く短い指で、目の前のバニラを指差した…
すると、当たり前だが、葉尊が仰天した…
「…バニラが、お姉さんに危害を加える? …どういう意味ですか?…」
葉尊が、当惑する…
すると、バニラが、
「…このお姉さんは、私が、頭がおかしくなったと思ったの…」
と、葉尊に告げた…
「…バニラが、頭がおかしく?…」
「…そうさ…バニラは頭がおかしくなったのさ…」
と、私は息せき切って、葉尊に告げた…
「…どうして、頭がおかしく…バニラは、いつもの通りですが…」
葉尊が、バニラを見て、言った…
「…そうじゃないさ…頭がおかしいのさ…」
「…どこが?…」
葉尊が、当惑した…
すると、バニラが、
「…このお姉さんに、お姉さんは、私やリンダよりも、魅力があるって、言ったの…そしたら、私が、頭がおかしくなったと思って、いきなり走り出して…」
と、葉尊に告げた…
「…当たり前さ…私が、オマエやリンダに勝てるわけがないだろ? …それを、オマエが、本気で言うから、頭がおかしくなったと、悟ったのさ…」
「…だったら、葉尊も頭がおかしいんじゃないの?…」
「…なんだと?…」
「…だって、私やリンダが身近にいても、お姉さんを選んだわけでしょ?…」
「…」
「…お姉さんが、私が、頭がおかしいと思えば、葉尊も同じ…しかも、葉尊は、お姉さんと結婚したんだから、私以上に、頭がおかしいはず…」
…そう言われると、なんと言っていいか、わからなかった…
いや、
違う…
「…それは、オマエやリンダが葉尊の身近にいるからさ…」
「…どういうこと?…」
「…身近過ぎれば、恋に落ちない…異性を感じなくなる…だからさ…」
「…だったら、葉尊は、どうして、お姉さんを選んだの? …たしかに、お姉さんの言うことは、わかるけど、葉尊の立場なら、私やリンダ以外にも、美人は、たくさん知っているはずよ…それでも、お姉さんを選んだ…それは、お姉さんに魅力があるからよ…」
バニラが、ダメ出しをした…
しかしながら、
そんな、
…魅力…
…魅力…
と、言っても、誰が、どう見ても、私が、このバニラや、リンダに勝る魅力があるとは、思えんかった…
バニラやリンダに勝てるとは、思えんかった…
このバニラの話は、わかるが、どうしても、納得できんかった…
だから、
「…」
と、黙った…
なんと、答えていいか、わからんかったからだ…
すると、近くで、
「…矢田か…相変わらず、ダメな女だ…」
と、いう声がした…
…ダメな女?…
私は、その言葉に、敏感に反応した…
…この矢田が、ダメな女だと?…
…どこのどいつが、そんなことを言うんだ?…
…許せん!…
私は、その声の主を確かめるべく、声のした方を振り返った…
と、
そこには、私がいた…
いや、
正確には、私そっくりな女がいた…
私そっくりな女=矢口トモコが、立っていた…