第140話

文字数 4,551文字

 「…リンダ…オマエ…なにを、わけのわからんことを…」

 ファラドが、言った…

 「…オレが、クールを買収? 台北筆頭を買収?…」

 「…そうよ…」

 リンダが、答える…

 「…バカも、休み休み、言え…」

 ファラドが、怒った…

 表情が、変わった…

 「…いかに、冗談でも、言っていい冗談と、悪い冗談が、あるゾ…」

 「…冗談じゃないわ…」

 「…」

 「…最初に、気付いたのは、台北筆頭や、クールの製品が、アラブ世界で、飛躍的に、売れ出したこと…」

 「…それが、どうした?…」

 「…サウジアラビアは、今、技術を欲している…」

 「…それが、どうした?…」

 「…いえ、サウジに限らず、アラブ世界、全般の問題…」

 「…アラブ世界、全般の問題? …なんだ、それは?…」

 「…アラブ世界の富の源泉…原油は、いずれ、枯渇する…」

 「…」

 「…だから、それに備え、一刻も早く、原油に代わるものを、探さなければ、ならない…」

 「…」

 「…そのためには、先進国の技術が、必要…先進国のメーカーの技術が、必要…」

 「…」

 「…それが、なにより、必要不可欠…それを、ファラド…いえ、オスマン、アナタは、気付いた…」

 「…」

 「…そして、今回、クールや、台北筆頭に、目を付けた…クールや台北筆頭に、近付き、その製品が、いかに、優れているか、アラブ世界で、宣伝する…そして、クールや、台北筆頭の製品が、アラブ世界に、浸透した、数年後には、台北筆頭の株を買収して、経営権を握る…そのつもりだったのでしょ?…」

 「…なんだと?…」

 私は、言った…

 言って、しまった…

 が、

 ファラド、いや、オスマンは、それを否定した…

 「…リンダ…オマエ、なにを、わけのわからんことを、言ってるんだ?…」

 ファラド、いや、オスマンが、言う…

 「…第一、どこに、そんな証拠が…」

 ファラド=オスマンが、聞く…

 「…リンダ・ヘイワースの情報網を、甘く見ちゃ、困るわ…」

 リンダが、ダメ出しをした…

 「…オスマン…アナタ、アラブ世界で、今界の計画を、決して、漏らさぬように、口留めしたかも、しれないけど、甘いわ…」

 「…甘いだと?…」

 「…男は、女に勝てない…その現実を、アナタも、たった今、見たでしょ?…」

 「…現実?…」

 「…マリアたちが、保育園の男のコたちを、圧倒している現実…」

 ファラド=オスマンは、リンダの言っている意味が、わからんかった…

 が、

 わからんかったのは、私も同じだった…

 マリアが、男のコたちを圧倒しているのは、わかる…

 が、

 それと、今の話と、どう関係があるのか、わからんかった…

 「…アレは、子供たちの世界…大人の世界では…」

 だから、当然、ファラド=オスマンも、言った…

 そのときだった…

 リンダが、ニヤリと笑って、服を脱いだ…

 メガネも、外し、これまでの男装姿から、一変して、リンダ・ヘイワースの姿になった…

 パンツが見えそうなピンク色の短いワンピースを着て、大きな胸を強調する…

 まさに、リンダ・ヘイワース…

 ハリウッドのセックス・シンボルの姿だった…

 それを、見て、ファラド=オスマンが、

 「…なるほど、色気か…」

 と、呟いた…

 「…たしかに、リンダ…オマエが、その姿で、男を誘惑すれば、いかに、口留めしようと、アラブ世界で、裏切る男は、続出するな…」

 ファラド=オスマンが、嘆く…

 「…リンダ…オマエの武器を過小評価していたよ…」

 ファラド=オスマンが、言った…

 「…いえ、過小評価じゃないわ…」

 リンダが、言った…

 「…どういう意味だ?…」

 「…答えは、お姉さん?…」

 「…矢田さん?…」

 …なにっ?…

 …私だと?…

 …どういう意味だ?…

 「…このお姉さんは、目が離せない…このお姉さんが、近くにいるだけで、どんな人間も、このお姉さんに、魅了される…つまり、他のことは、忘れる…目に入らない…」

 「…」

 「…だから、得…」

 リンダが笑う…

 私は、どう言っていいか、わからんかった…

 なぜなら、そもそも、このリンダが、私を褒めてるのか、けなしているのか、わからんかったからだ…

 が、

 リンダの話を聞いて、ファラド=オスマンは、
 
 「…たしかに…」

 と、苦笑した…

 「…このお姉さんの存在は、困る…いっしょに、いると、気になって、気になって、仕方がなくなる…」

 「…」

 「…たしかに、このお姉さんには、リンダ、オマエも勝てない…いや、リンダだけじゃない…どんな美人も、勝てない…なぜか、存在感が、抜群で、近くにいれば、気になって仕方がない…だから、つい本来の目的も忘れる…」

 ファラド=オスマンが、苦笑する…

 「…アナタは、やり過ぎたのよ、オスマン…」

 「…やり過ぎた? どういう意味だ?…」

 「…アナタは、以前、あのマリアを、抱いて、逃げ出そうと、したでしょ?…」

 「…」

 「…アレは、計画に入っていなかったんじゃないの?…」

 「…」

 「…だから、ファラドは、怒った…そして、ファラドの怒りを買ったアナタは、この保育園に、逃げ込まざるを得なかったんじゃないの…」

 「…」

 「…これは、私の憶測だけれども、あのときのホントの狙いは…」

 と、リンダが、言い出したところで、止めた…

 私は、どうして、リンダが、発言を止めたのか、わからんかった…

 だから、リンダの視線の先を追った…

 そして、リンダが、マリアたちのいる場所を、見ているのが、わかった…

 そこには、オスマン…いや、ファラドが、の姿があった…

 小人症のファラドの姿があった…

 「…やっぱり…」

 リンダが、笑った…

 「…ファラドは、マリアに、首ったけ…マリアには、逆らえない…」

 と、

 そのときだった…

 オスマンが、動いた…

 いきなり、走り出した…

 しかも、

 しかも、だ…

 オスマンの走った先は、マリアの元では、なかった…

 この矢田の元だった…

 正直、わけがわからんかった…

 わけがわからんかったのだ…

 「…ファラド…いや、オスマン…アナタ、一体、なにを?…」

 言い終わるか、言い終わらない間に、なぜか、突然、人影が現れた…

私は、その人物を知っていた…

 「…葉問!…」

 私は、叫んだ…

 「…オマエ…どうして、ここに?…」

 私が、言うと、リンダが、

 「…この葉問は、お姉さんの白馬の騎士…常に、お姉さんを、陰ながら、守っている…」

 と、言った…

 が、

 オスマンは、その言葉に、

 「…」

 と、なにも、言わんかった…

 代わりに、

 「…リンダ…オマエも、ズルいな…」

 と、言った…

 「…ズルい? …どういう意味だ?…」

 「…リンダ…オマエと、オレの付き合いだ…少しは、なにか、こうなるヒントをくれると、思ったよ…」

 「…ヒント?…」

 「…そうだ…」

 「…ヒントなら、さっき、あげたわ…」

 「…ナニッ?…」

 「…葉問は、このお姉さんの白馬の騎士って、言ったでしょ?…」

 リンダが、告げる…

 「…つまり、葉問は、常に、お姉さんを、守っている…このお姉さんが、今、こんな危険な場所にいて、葉問が、守らないわけ、ないじゃない…」

 リンダが、当たり前のように、言った…

 私は、驚いた…

 まさか、

 まさか、葉問が、ここに、現れるとは、思わんかったからだ…

 そして、今、葉問は、この私を守るように、ファラド、いや、オスマンと私の間に、入って、オスマンの前に、立ち塞がった…

 正直、私は、嬉しかったが、オスマンの姿が、見えんかった…

 大柄な葉問の陰に、隠れて、見えんかったのだ…

 だから、オスマンが、どんな表情をしているのか、わからんかった…

 ただ、オスマンが、

 「…きっかけは、なんだ?…」

 と、リンダに聞いた…

 「…きっかけって?…」

 と、リンダ。

 「…オマエが、なにか、疑念を、持つ、きっかけが、あったはずだ…」

 そのオスマンの質問に、リンダが、

 「…フッフッフッ…」

 と、笑った…

 その笑いは、実に、妖艶(ようえん)だった…

 色っぽかった…

 女の私でも、思わず、ドキッとするほど、色っぽかった…

 「…オスマン…アナタ、抜けてるのよ…少しばかり?…」

 「…なんだと? …どういう意味だ?…」

 「…アラブの至宝と言われたオスマン殿下が、小人症だから、それを、知られるのが、困るから、人前に出ない…」

 「…」

 「…でも、アラブの至宝と呼ばれるほどの男が、そんなわかりやすい形かしら…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…ホントは、アラブの至宝と呼ばれた人間が、別に、いて、その小人症のひとに、指示を出しているか? あるいは、その小人症のひとの名前は、オスマンではない…別人…そう、考えるのが、普通…」

 「…」

 「…つまり、本当のアラブの至宝とは、誰か、疑うのが、普通よ…」

 リンダが、言った…

 言ったのだ…

 が、

 私は、それを、聞いて、黙って、いられんかった…

 主人公たる、プライドだった…

 「…実は、私も、そう思っていたところさ…」

 と、私は、大声で、言った…

 「…エッ?…」

 リンダが、唖然として、私を見た…

 「…リンダ…オマエ、いかんゾ…ホントは、今、私が、それを、言おうとしたところだ…」

 私が、断言した…

 しかも、

 しかも、だ…

 私は、それを言うときに、威厳を持つべく、わざと、私の大きな胸の前で、腕を組んだ…

 こうすれば、私の武器である、大きな胸は、隠れるが、威厳を、保てると、判断したからだ…

 少しでも、私を大きく、見せることが、できると、判断したからだ…

 なにしろ、リンダや、葉問、オスマンの中にあって、私は、身長が、159㎝と小柄…

 体格で、すでに、3人に、負けている…

 さらに、頭脳で、負けるわけには、いかんかった…

 だから、リンダには、申し訳ないが、リンダの考えを、自分のモノとした…

 つまり、リンダの考えを盗んだのだ…

 リンダには、すまんかったが、これは、仕方のないことだった…

 なにしろ、私は、クールCEО葉尊の妻…

 バカを演じることはできない…

 立場上、できないのだ…

 リンダ…許せ!

 私が、内心、そう思っていると、

 リンダが、

 「…プッ…」

 と、吹き出した…

 「…まったく、このお姉さんは…」

 と、言って、苦笑する…

 「…こんな緊張感、溢れる、シーンが、一挙に台無し…」

 リンダが、楽しそうに笑う…

 「…しかも、その本人に、まったく、悪気がない…鈍いと言うか…得な性格というか…」

 「…なんだと?…」

 私は、頭に来た…

 たしかに、リンダの言葉を取ったのは、悪い…

 他人の手柄を取ったのは、悪い…

 それは、認めよう…

 しかし、

 しかし、だ…

 それは、別にしても、散々な言われようだ…

 私は、頭に来たから、なにか、言おうとした…

 が、

 その前に、

 「…ハッハッハッ…」

 と、誰かが、大声で、笑いだした…

 オスマンだった…

 「…たしかに、リンダの言う通りだ…このお姉さんを前にすると、真剣に闘うことが、できなくなる…」

 オスマンが、嘆く…

 「…ホント、得な性格だ…誰からも、愛され、好かれる…まさに、アラブの女神だ…」

 オスマンが、言った…

 「…アラブの女神だと?…」

 「…そして、その女神が、台北筆頭を救った…」

 オスマンが、意味深なことを、言った…

               

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