第31話
文字数 6,150文字
…アラブの王族か?…
私は、思った…
アラブの王族が、リンダを狙っている?
たしか、当初は、そんな話だった…
が、
ウソというか、フェイクだった…
現に、リンダは、今、怯えていない…
すでに、その情報が、フェイクであることを、掴んでいるからだ…
リンダ…
リンダ・ヘイワース…
葉尊の言葉によれば、リンダは、性同一障害…
つまり、カラダは、女だが、心は、男といった…
葉尊は、心の病を抱えている…
幼いときに、葉尊は、自分の不注意で、一卵性双生児の弟の葉問を、事故で、亡くした…
それが、原因で、葉尊は、自分の中に、もう一人の人格である、葉問を作り出した…
葉尊は、無意識に、葉問を、自分の肉体を使って、生き返らせたということだ…
要するに、リンダ=ヤンと、葉尊は、同じように、心の病を抱えているから、それに気付いた二人は、互いに肝胆相照らす仲になった…
そう言っていた…
しかし、
しかし、だ…
本当に、そうか?
ウソを言っているのではないか?
なぜなら、最初、私が、初めて、ヤン=リンダと会ったときは、リンダは、いつも二十四時間、リンダ・ヘイワースでいることは、苦痛なので、男の格好をしていると、言った…
たしかに、二十四時間、リンダ・ヘイワースでいることは、難しい…
大昔でいえば、二十四時間、マリリン・モンローでいろというのと、同じ…
マリリン・モンロー=色気を売っていろというのと、同じだからだ…
誰もが、二十四時間、セックス・アピールを放っていろと、言われても、できるものではない(笑)…
それは、例えば、野球選手が、二十四時間、バッターボックスで、集中して、バッティングしろと、いうのと、同じ…
相撲でいえば、二十四時間、いつも、全力で、土俵の上で、当たれというのと、同じだからだ…
そんなこと、誰もが、できるはずがない…
息抜きが、必要だ…
だから、リンダは、ヤン=男の格好をしていると、私に説明した…
そして、当時、私は、それを信じた…
が、
今は、違った説明をしている…
一体、どちらが、本当なのか?
ずばり、気になる…
が、
たぶん、両方、真実なのかもしれない…
なぜなら、私は、リンダ=ヤンが、100%の性同一障害とは、これっぽっちも、思ってないからだ…
100%、信じていないからだ…
リンダが、完全な性同一障害ならば、リンダ・ヘイワースの格好をして、あんな色気が出せるはずがないからだ…
リンダ・ヘイワースは、色気の塊…
まさに、ハリウッドのセックス・シンボルにふさわしい…
画面の中のリンダ・ヘイワースを見るだけで、女の私でも、ため息が出る…
まさに、色気の塊…
圧倒的な色気がある…
そんな女が、性同一障害を告白しても、信じられるわけがない(爆笑)…
だから、私は、信じない…
リンダが、性同一障害であると、いっても、信じないのだ…
これは、私の嫉妬でも、なんでもない…
単純に、あんなに色っぽいリンダ・ヘイワースが、性同一障害で、中身が、男といっても、誰もが、信じられるわけがない…
いや、
私だけではない…
世界中のリンダ・ヘイワースのファンが、誰一人、そんなことを、信じるわけがなかった…
リンダは、大げさにいえば、完璧な肉体を持った女だった…
リンダのセクシーな肉体を見れば、誰もが、憧れる…
女の私でも例外ではない…
リンダ・ヘイワースの水着姿を見ただけで、生唾物だ…
垂涎者だ…
思わず、よだれが、出てきそうだ…
そんな、完璧な肉体を持つ、リンダが、性同一障害といっても、私は、信じない…
絶対、信じない…
私が、そう考えたときだった…
私のケータイの電話が鳴った…
私は、すぐさま、電話に出た…
何事も、すばやいのが、私の特徴…
チンタラと、モタモタしているのは、性に合わない…
私は、すばやく電話に出ると、
「…誰だ? …私だ…」
と、電話で、言った…
どんなときも、強気…
それが、私だ…
矢田トモコだ…
「…お姉さんですか?…」
遠慮がちに、電話の向こうから、聞いてきた…
「…そうさ…私さ…」
私は、断言した…
「…そういうオマエは、誰だ? 名を名乗れ…」
私は、強気に言った…
すると、相手が、突然、口調を変えた…
「…私は、矢口だ…矢口トモコだ…」
一転して、相手が強気になった…
私は、驚いた…
まさか…
まさか、あの矢口のお嬢様から、私に電話があるとは、思わなかったからだ…
「…お…お嬢様?…」
私は、思わず、うわずった声を上げた…
「…矢田、偉くなったものだな…」
お嬢様が、電話の向こうから、言った…
私は、
「…とんでも、ありません…」
と、思わず、平身低頭した…
その場に、土下座する寸前だった…
「…オマエの本性を見たゾ…」
お嬢様が、電話の向こうから、私を脅迫した…
「…ほ…本性?…」
「…そうだ…本性だ…オマエは、今、クールの社長夫人になった…調子に乗ってるんじゃないか?…」
「…いえ、とんでもありません…」
「…ウソを言うな…」
「…ウソでは、ありません…この矢田トモコ、35歳…天地神明に誓ってそのようなことは…」
「…天地神明だと? 相変わらず、大げさなヤツだ…」
「…申し訳ありません…」
私は、詫びた…
心の底から、詫びた…
そして、なんで、私が、詫びなければ、ならないのか、考えた…
さっぱり、わからんかった(涙)…
いきなり、矢口のお嬢様から、電話がかかってきて、いつもの上から目線で、私に話しかけてくる…
なにが、なんだか、さっぱり、わからんかった(涙)…
「…まあ、反省したなら、いい…」
電話口で、矢口のお嬢様が、言った…
「…矢田…オマエは、最近、少しばかり、態度が、傲慢になっているゾ…そんなことでは、誰からも、好かれんゾ…」
「…申し訳ありません…この矢田トモコ…お嬢様の金言…しかと、胸に…」
言いながら、実にバカバカしくなった…
なんで、いきなり、電話をかけてきた、お嬢様に、私が、こんな卑屈な態度を取らなきゃならんのだ…
第一、今は、私の方が、地位が上…
日本で有名な、安売りスーパーのスーパージャパンよりも、クールの方が上…
クールは、世界中に知られた、日本の総合電機メーカー…
その知名度は、群を抜いている…
日本でしか、知られていない、安売りスーパーのスーパージャパンなどと、比較にならない…
そのクールの社長夫人なのだ…
しかも、単なるサラリーマン社長夫人ではない…
クールのオーナー社長夫人なのだ…
だから、スーパージャパンの社長令嬢の矢口のお嬢様より、私、矢田の方が、立場が上…
誰に聞いても、立場が上にもかかわらず、矢口のお嬢様の前では、萎縮する…
緊張する…
もしかしたら、これが、生まれの差なのか?
と、実感する…
成り上がりだから、生粋のお嬢様の前では、萎縮する…緊張するということか?
私は、思った…
考えた…
「…実はな…矢田…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…オマエに頼みがあってな?…」
「…頼み? …どんな?…」
「…リンダさんが、うちのスーパーの宣伝に、ひと役買ってくれないかと、思ってな…」
「…リンダが?…」
「…そうだ…といっても、スーパージャパンの宣伝ではない…」
「…どういうことですか?…」
「…世界に知れた、セックス・シンボルが、日本のたかだが、安売りスーパーの宣伝に出てくれるわけはないだろ?…」
「…」
「…だから、ウチで扱う化粧品の宣伝に出てもらいたい…そして、リンダさんが、宣伝した化粧品を大々的に、ウチで、扱うわけだ…」
矢口のお嬢様が説明する…
なるほど…
うまい考えだ…
私は思った…
世界中に知られたハリウッドのセックス・シンボルが、たかだか、日本の激安スーパーのCMに登場するわけがない…
何事にも、格がある…
ハリウッドのセックス・シンボルの名称は、いわば、世界の女の頂点…
世界中の女の頂点だ…
クルマでいえば、フェラーリのようなもの…
そのフェラーリを、日本の激安スーパーで、売るわけには、いかない…
そういうことだ…
それと同じで、直接、ハリウッドのセックス・シンボルに激安スーパーの宣伝に出てもらうわけにはいかないが、激安スーパーで、売る商品に出てもらうことはできる…
ハリウッドのセックス・シンボルという価値をうまく損ねることなく、それを利用することはできるということだ…
が、
なぜ、いきなり、お嬢様は、この矢田にそんな話を持ちかけてきたか?
謎だった…
さっぱり、わからんかった…
だから、
「…お嬢様…」
と、聞いた…
思いっきり、下手に出て、聞いた…
「…どうして、いきなり、そのようなことを…」
「…なぜ、そんなことを、オマエに言わなければ、ならん…」
「…なぜって?…」
私は、絶句した…
いきなり、私に電話をかけてきて、リンダを説得してもらいたいと、私に頼んで、来たくせに、
「…どうして?…」
と、聞けば、答えない…
教えてくれない…
私は、頭に来た…
当たり前だ…
私は、お嬢様の部下でも、なんでもない…
そんな私の気持ちを、見抜いたわけでも、ないだろうが、
「…冗談だ…矢田…」
と、お嬢様が、電話の向こうで、言った…
「…冗談?…」
「…そうだ…」
お嬢様が、居丈高に言った…
ハッキリ、言って、むかついた…
そんな私の気持ちを見透かしたように、
「…実はな…矢田…」
と、再び、猫なで声で、私に囁いた…
「…ここだけの話だ…矢田…」
「…ここだけの話?…」
一体、お嬢様は、なにを言い出すんだろ?
私は、息を呑んだ…
実は、この矢田トモコ…
ここだけの話という言葉に弱かった…
…ここだけの話…
つまり、私しか、知らない話ということだ…
それを知るということは、ずばり情報通…
誰も知らない話を、この矢田トモコだけが、知っている…
学校でも、職場でも、他人様に抜きん出て、優れている証(あかし)だったからだ…
「…オマエ…アラブの王族が、来日すると、本当に思っているのか?…」
「…どういうことですか?…」
意外といえば、意外…
あまりにも、意外な言葉だった…
「…矢田…オマエだけには、私の本音を言うが、そんなことは、どうでもいいんだ…」
「…どうでもいい?…」
「…そうだ…どうでもいい…」
「…どうして、どうでもいいんですか?…」
「…矢田…」
「…ハイ…」
「…オマエは今、有名人だ…35歳のシンデレラと呼ばれて、世間で、もてはやされてる…」
「…」
「…そして、オマエの周囲には、リンダさんやバニラさんのような、世界中に知られた有名人までいる…」
「…」
「…そのオマエと、再会できた…アラブの王族とのパーティーも、大切じゃないわけじゃないが、オマエが、リンダさんに、頼んで、化粧品のCMに出て、もらい、その化粧品を、我がスーパージャパンが、大々的に扱って、大量に売れれば、商売は、成功だ…」
お嬢様が、鼻息荒く、説明した…
…なるほど…
私は、お嬢様の狙いが、わかった…
たしかに、アラブの王族の接待も大切だが、お嬢様にとって、大切なのは、私に会うことだった…
この矢田トモコと、再会することだった…
どんな人間もそうだが、以前、見知った人間が、成功すれば、再会して、おこぼれというか、なにか、利用できないかと考える(笑)…
まして、お嬢様は、スーパージャパンの社長令嬢…
会社を経営している社長の娘だ…
一般人が、なにか、利用できないかと、考えるのとは、違って、実際に、商売に繋がる可能性が高い…
たとえば、今回のリンダのように、有名人を、起用して、CMに出るとか、なんとか、いった場合、本人のイメージの問題とか、さまざまな問題が、あって、実現に至らない場合もあると聞く…
が、
実際に、今回のように、共通の知人がいて、その人間を説得してくれれば、事態が変わる場合もある…
ハッキリ言えば、本来引き受けて、もらえない仕事でも、引き受けて、もらえるかもしれない…
そんな期待がある…
そういうことだ…
そして、私は、考えた…
このお嬢様の目的を、だ…
狙いを、だ…
おそらく、お嬢様の目的は、アラブの王族との接待だ…
つまりは、このお嬢様は、この矢田を騙している…
が、
完全に、ウソを言っているわけでもない…
どういうことかと、言うと、このお嬢様は、常に、なにか、利用できないかと、考えているのだ…
だから、おそらく、アラブの王族との接待が、目的であることは、間違いない…
が、
それが、すべてではない…
現に、私の夫の葉尊に、私を知っていると言って、近付いたのは、おそらく、私を利用することと、私をダシにして、アラブの王族との接待に自分も参加することの一挙両得を狙っているのだろう…
利用できるものは、なんでも利用する…
それが、このお嬢様の基本スタンス…
まったく、抜け目がない(笑)…
本当に、金持ちのお嬢様かと、疑う…
それほど、狡猾で、抜け目がない…
が、
なぜか、このお嬢様を、怒ることができなかった…
恨むことができなかった…
それは、一体なんでだろ?
考えた…
すると、このお嬢様に、ズルさを感じないことだと、気付いた…
このお嬢様は、ひとを出し抜いて、行動を起こしても、誰かの悪口を言ったり、することが、一切なかった…
だから、憎めない…
年がら年中、他人の悪口を言っている連中とは、まるで、違う…
まあ、これは、外観が、私と瓜二つだから、多少、甘く見ていのかもしれないが(苦笑)…
なにより、この矢口のお嬢様には、意地の悪さを感じない…
性格の悪さを感じない…
突き詰めれば、そこに行き着くのかもしれない…
お嬢様は、品はなく、態度も横柄だが、基本は、善人…
それを、感じるのだ…
そんなことを、考えていると、
「…どうだ? …矢田、頼まれてくれるか?…」
と、お嬢様が、例によって、上から目線で言ってきた…
私は、少々、むかついたが、これが、お嬢様だった…
矢口のお嬢様だった(爆笑)…
本音を言えば、少々どころではなく、むかついたが、これは、今さら言っても仕方がない(苦笑)…
矢口のお嬢様のあの性格は、今さら、直しようがないからだ…
「…承知しました…お嬢様…」
私は、調子よく、答えた…
正直、あのお嬢様は、まったく、信用も、信頼もできないが、どこか、憎めない…
また、今回、お嬢様に、恩を売れば、この矢田もなにか、漁夫の利ではないが、得をすることがあるかもしれないからだ…
なにしろ、私のすることと、言えば、あのリンダを説得するだけ…
ただ、説得するだけだ…
説得できるか、どうかは、わからないが、ただ、説得するだけだ…
私にとって、ノーダメージ…
これ以上、簡単なことはない…
とりあえず、説得しただけで、あの矢口のお嬢様に恩を売ったことになるからだ…
「…そうか…頼むゾ…矢田…」
「…ハッ…承知…」
私は、大声で言った…
調子よく、言った…
いつものことだった(笑)…
波乱の幕開けだった(笑)…
私は、思った…
アラブの王族が、リンダを狙っている?
たしか、当初は、そんな話だった…
が、
ウソというか、フェイクだった…
現に、リンダは、今、怯えていない…
すでに、その情報が、フェイクであることを、掴んでいるからだ…
リンダ…
リンダ・ヘイワース…
葉尊の言葉によれば、リンダは、性同一障害…
つまり、カラダは、女だが、心は、男といった…
葉尊は、心の病を抱えている…
幼いときに、葉尊は、自分の不注意で、一卵性双生児の弟の葉問を、事故で、亡くした…
それが、原因で、葉尊は、自分の中に、もう一人の人格である、葉問を作り出した…
葉尊は、無意識に、葉問を、自分の肉体を使って、生き返らせたということだ…
要するに、リンダ=ヤンと、葉尊は、同じように、心の病を抱えているから、それに気付いた二人は、互いに肝胆相照らす仲になった…
そう言っていた…
しかし、
しかし、だ…
本当に、そうか?
ウソを言っているのではないか?
なぜなら、最初、私が、初めて、ヤン=リンダと会ったときは、リンダは、いつも二十四時間、リンダ・ヘイワースでいることは、苦痛なので、男の格好をしていると、言った…
たしかに、二十四時間、リンダ・ヘイワースでいることは、難しい…
大昔でいえば、二十四時間、マリリン・モンローでいろというのと、同じ…
マリリン・モンロー=色気を売っていろというのと、同じだからだ…
誰もが、二十四時間、セックス・アピールを放っていろと、言われても、できるものではない(笑)…
それは、例えば、野球選手が、二十四時間、バッターボックスで、集中して、バッティングしろと、いうのと、同じ…
相撲でいえば、二十四時間、いつも、全力で、土俵の上で、当たれというのと、同じだからだ…
そんなこと、誰もが、できるはずがない…
息抜きが、必要だ…
だから、リンダは、ヤン=男の格好をしていると、私に説明した…
そして、当時、私は、それを信じた…
が、
今は、違った説明をしている…
一体、どちらが、本当なのか?
ずばり、気になる…
が、
たぶん、両方、真実なのかもしれない…
なぜなら、私は、リンダ=ヤンが、100%の性同一障害とは、これっぽっちも、思ってないからだ…
100%、信じていないからだ…
リンダが、完全な性同一障害ならば、リンダ・ヘイワースの格好をして、あんな色気が出せるはずがないからだ…
リンダ・ヘイワースは、色気の塊…
まさに、ハリウッドのセックス・シンボルにふさわしい…
画面の中のリンダ・ヘイワースを見るだけで、女の私でも、ため息が出る…
まさに、色気の塊…
圧倒的な色気がある…
そんな女が、性同一障害を告白しても、信じられるわけがない(爆笑)…
だから、私は、信じない…
リンダが、性同一障害であると、いっても、信じないのだ…
これは、私の嫉妬でも、なんでもない…
単純に、あんなに色っぽいリンダ・ヘイワースが、性同一障害で、中身が、男といっても、誰もが、信じられるわけがない…
いや、
私だけではない…
世界中のリンダ・ヘイワースのファンが、誰一人、そんなことを、信じるわけがなかった…
リンダは、大げさにいえば、完璧な肉体を持った女だった…
リンダのセクシーな肉体を見れば、誰もが、憧れる…
女の私でも例外ではない…
リンダ・ヘイワースの水着姿を見ただけで、生唾物だ…
垂涎者だ…
思わず、よだれが、出てきそうだ…
そんな、完璧な肉体を持つ、リンダが、性同一障害といっても、私は、信じない…
絶対、信じない…
私が、そう考えたときだった…
私のケータイの電話が鳴った…
私は、すぐさま、電話に出た…
何事も、すばやいのが、私の特徴…
チンタラと、モタモタしているのは、性に合わない…
私は、すばやく電話に出ると、
「…誰だ? …私だ…」
と、電話で、言った…
どんなときも、強気…
それが、私だ…
矢田トモコだ…
「…お姉さんですか?…」
遠慮がちに、電話の向こうから、聞いてきた…
「…そうさ…私さ…」
私は、断言した…
「…そういうオマエは、誰だ? 名を名乗れ…」
私は、強気に言った…
すると、相手が、突然、口調を変えた…
「…私は、矢口だ…矢口トモコだ…」
一転して、相手が強気になった…
私は、驚いた…
まさか…
まさか、あの矢口のお嬢様から、私に電話があるとは、思わなかったからだ…
「…お…お嬢様?…」
私は、思わず、うわずった声を上げた…
「…矢田、偉くなったものだな…」
お嬢様が、電話の向こうから、言った…
私は、
「…とんでも、ありません…」
と、思わず、平身低頭した…
その場に、土下座する寸前だった…
「…オマエの本性を見たゾ…」
お嬢様が、電話の向こうから、私を脅迫した…
「…ほ…本性?…」
「…そうだ…本性だ…オマエは、今、クールの社長夫人になった…調子に乗ってるんじゃないか?…」
「…いえ、とんでもありません…」
「…ウソを言うな…」
「…ウソでは、ありません…この矢田トモコ、35歳…天地神明に誓ってそのようなことは…」
「…天地神明だと? 相変わらず、大げさなヤツだ…」
「…申し訳ありません…」
私は、詫びた…
心の底から、詫びた…
そして、なんで、私が、詫びなければ、ならないのか、考えた…
さっぱり、わからんかった(涙)…
いきなり、矢口のお嬢様から、電話がかかってきて、いつもの上から目線で、私に話しかけてくる…
なにが、なんだか、さっぱり、わからんかった(涙)…
「…まあ、反省したなら、いい…」
電話口で、矢口のお嬢様が、言った…
「…矢田…オマエは、最近、少しばかり、態度が、傲慢になっているゾ…そんなことでは、誰からも、好かれんゾ…」
「…申し訳ありません…この矢田トモコ…お嬢様の金言…しかと、胸に…」
言いながら、実にバカバカしくなった…
なんで、いきなり、電話をかけてきた、お嬢様に、私が、こんな卑屈な態度を取らなきゃならんのだ…
第一、今は、私の方が、地位が上…
日本で有名な、安売りスーパーのスーパージャパンよりも、クールの方が上…
クールは、世界中に知られた、日本の総合電機メーカー…
その知名度は、群を抜いている…
日本でしか、知られていない、安売りスーパーのスーパージャパンなどと、比較にならない…
そのクールの社長夫人なのだ…
しかも、単なるサラリーマン社長夫人ではない…
クールのオーナー社長夫人なのだ…
だから、スーパージャパンの社長令嬢の矢口のお嬢様より、私、矢田の方が、立場が上…
誰に聞いても、立場が上にもかかわらず、矢口のお嬢様の前では、萎縮する…
緊張する…
もしかしたら、これが、生まれの差なのか?
と、実感する…
成り上がりだから、生粋のお嬢様の前では、萎縮する…緊張するということか?
私は、思った…
考えた…
「…実はな…矢田…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…オマエに頼みがあってな?…」
「…頼み? …どんな?…」
「…リンダさんが、うちのスーパーの宣伝に、ひと役買ってくれないかと、思ってな…」
「…リンダが?…」
「…そうだ…といっても、スーパージャパンの宣伝ではない…」
「…どういうことですか?…」
「…世界に知れた、セックス・シンボルが、日本のたかだが、安売りスーパーの宣伝に出てくれるわけはないだろ?…」
「…」
「…だから、ウチで扱う化粧品の宣伝に出てもらいたい…そして、リンダさんが、宣伝した化粧品を大々的に、ウチで、扱うわけだ…」
矢口のお嬢様が説明する…
なるほど…
うまい考えだ…
私は思った…
世界中に知られたハリウッドのセックス・シンボルが、たかだか、日本の激安スーパーのCMに登場するわけがない…
何事にも、格がある…
ハリウッドのセックス・シンボルの名称は、いわば、世界の女の頂点…
世界中の女の頂点だ…
クルマでいえば、フェラーリのようなもの…
そのフェラーリを、日本の激安スーパーで、売るわけには、いかない…
そういうことだ…
それと同じで、直接、ハリウッドのセックス・シンボルに激安スーパーの宣伝に出てもらうわけにはいかないが、激安スーパーで、売る商品に出てもらうことはできる…
ハリウッドのセックス・シンボルという価値をうまく損ねることなく、それを利用することはできるということだ…
が、
なぜ、いきなり、お嬢様は、この矢田にそんな話を持ちかけてきたか?
謎だった…
さっぱり、わからんかった…
だから、
「…お嬢様…」
と、聞いた…
思いっきり、下手に出て、聞いた…
「…どうして、いきなり、そのようなことを…」
「…なぜ、そんなことを、オマエに言わなければ、ならん…」
「…なぜって?…」
私は、絶句した…
いきなり、私に電話をかけてきて、リンダを説得してもらいたいと、私に頼んで、来たくせに、
「…どうして?…」
と、聞けば、答えない…
教えてくれない…
私は、頭に来た…
当たり前だ…
私は、お嬢様の部下でも、なんでもない…
そんな私の気持ちを、見抜いたわけでも、ないだろうが、
「…冗談だ…矢田…」
と、お嬢様が、電話の向こうで、言った…
「…冗談?…」
「…そうだ…」
お嬢様が、居丈高に言った…
ハッキリ、言って、むかついた…
そんな私の気持ちを見透かしたように、
「…実はな…矢田…」
と、再び、猫なで声で、私に囁いた…
「…ここだけの話だ…矢田…」
「…ここだけの話?…」
一体、お嬢様は、なにを言い出すんだろ?
私は、息を呑んだ…
実は、この矢田トモコ…
ここだけの話という言葉に弱かった…
…ここだけの話…
つまり、私しか、知らない話ということだ…
それを知るということは、ずばり情報通…
誰も知らない話を、この矢田トモコだけが、知っている…
学校でも、職場でも、他人様に抜きん出て、優れている証(あかし)だったからだ…
「…オマエ…アラブの王族が、来日すると、本当に思っているのか?…」
「…どういうことですか?…」
意外といえば、意外…
あまりにも、意外な言葉だった…
「…矢田…オマエだけには、私の本音を言うが、そんなことは、どうでもいいんだ…」
「…どうでもいい?…」
「…そうだ…どうでもいい…」
「…どうして、どうでもいいんですか?…」
「…矢田…」
「…ハイ…」
「…オマエは今、有名人だ…35歳のシンデレラと呼ばれて、世間で、もてはやされてる…」
「…」
「…そして、オマエの周囲には、リンダさんやバニラさんのような、世界中に知られた有名人までいる…」
「…」
「…そのオマエと、再会できた…アラブの王族とのパーティーも、大切じゃないわけじゃないが、オマエが、リンダさんに、頼んで、化粧品のCMに出て、もらい、その化粧品を、我がスーパージャパンが、大々的に扱って、大量に売れれば、商売は、成功だ…」
お嬢様が、鼻息荒く、説明した…
…なるほど…
私は、お嬢様の狙いが、わかった…
たしかに、アラブの王族の接待も大切だが、お嬢様にとって、大切なのは、私に会うことだった…
この矢田トモコと、再会することだった…
どんな人間もそうだが、以前、見知った人間が、成功すれば、再会して、おこぼれというか、なにか、利用できないかと考える(笑)…
まして、お嬢様は、スーパージャパンの社長令嬢…
会社を経営している社長の娘だ…
一般人が、なにか、利用できないかと、考えるのとは、違って、実際に、商売に繋がる可能性が高い…
たとえば、今回のリンダのように、有名人を、起用して、CMに出るとか、なんとか、いった場合、本人のイメージの問題とか、さまざまな問題が、あって、実現に至らない場合もあると聞く…
が、
実際に、今回のように、共通の知人がいて、その人間を説得してくれれば、事態が変わる場合もある…
ハッキリ言えば、本来引き受けて、もらえない仕事でも、引き受けて、もらえるかもしれない…
そんな期待がある…
そういうことだ…
そして、私は、考えた…
このお嬢様の目的を、だ…
狙いを、だ…
おそらく、お嬢様の目的は、アラブの王族との接待だ…
つまりは、このお嬢様は、この矢田を騙している…
が、
完全に、ウソを言っているわけでもない…
どういうことかと、言うと、このお嬢様は、常に、なにか、利用できないかと、考えているのだ…
だから、おそらく、アラブの王族との接待が、目的であることは、間違いない…
が、
それが、すべてではない…
現に、私の夫の葉尊に、私を知っていると言って、近付いたのは、おそらく、私を利用することと、私をダシにして、アラブの王族との接待に自分も参加することの一挙両得を狙っているのだろう…
利用できるものは、なんでも利用する…
それが、このお嬢様の基本スタンス…
まったく、抜け目がない(笑)…
本当に、金持ちのお嬢様かと、疑う…
それほど、狡猾で、抜け目がない…
が、
なぜか、このお嬢様を、怒ることができなかった…
恨むことができなかった…
それは、一体なんでだろ?
考えた…
すると、このお嬢様に、ズルさを感じないことだと、気付いた…
このお嬢様は、ひとを出し抜いて、行動を起こしても、誰かの悪口を言ったり、することが、一切なかった…
だから、憎めない…
年がら年中、他人の悪口を言っている連中とは、まるで、違う…
まあ、これは、外観が、私と瓜二つだから、多少、甘く見ていのかもしれないが(苦笑)…
なにより、この矢口のお嬢様には、意地の悪さを感じない…
性格の悪さを感じない…
突き詰めれば、そこに行き着くのかもしれない…
お嬢様は、品はなく、態度も横柄だが、基本は、善人…
それを、感じるのだ…
そんなことを、考えていると、
「…どうだ? …矢田、頼まれてくれるか?…」
と、お嬢様が、例によって、上から目線で言ってきた…
私は、少々、むかついたが、これが、お嬢様だった…
矢口のお嬢様だった(爆笑)…
本音を言えば、少々どころではなく、むかついたが、これは、今さら言っても仕方がない(苦笑)…
矢口のお嬢様のあの性格は、今さら、直しようがないからだ…
「…承知しました…お嬢様…」
私は、調子よく、答えた…
正直、あのお嬢様は、まったく、信用も、信頼もできないが、どこか、憎めない…
また、今回、お嬢様に、恩を売れば、この矢田もなにか、漁夫の利ではないが、得をすることがあるかもしれないからだ…
なにしろ、私のすることと、言えば、あのリンダを説得するだけ…
ただ、説得するだけだ…
説得できるか、どうかは、わからないが、ただ、説得するだけだ…
私にとって、ノーダメージ…
これ以上、簡単なことはない…
とりあえず、説得しただけで、あの矢口のお嬢様に恩を売ったことになるからだ…
「…そうか…頼むゾ…矢田…」
「…ハッ…承知…」
私は、大声で言った…
調子よく、言った…
いつものことだった(笑)…
波乱の幕開けだった(笑)…