第107話

文字数 4,469文字

 葉尊の闇…

 もしかしたら…

 もしかしたら、その闇は、とんでもなく深いのかも…

 突然、思った…

 その闇は、深いゆえに、明るさを求める…

 私を求めるのでは、ないか?

 ふと、思った…

 私は、自分で、いうのも、おかしいが、昔から、友達が、多かった…

 小さいときから、

 「…矢田…矢田…」

 と、呼ばれ、人間関係で、苦労したことは、あまりない…

 クラスでは、いつも、人気者とまでは、いかないまでも、それなりに、存在感があった…

 だから、学校が楽しかった…

 ひとと、いるのが、楽しかった…

 が、

 ある程度、大きくなり、小学生でも、3年生ぐらいになると、周囲を見る力が、できてきた…

 周囲を見る力と、いっても、大層なものではない…

 ふと、気付くと、必ず、クラスに、グループができていた…

 男女を問わず、気の合う者同士が、仲良くなって、話すからだ…

 すると、中には、どこのグループにも、属せぬ者が、たまにいた…

 私は、それを、見て、いつも、考えた…

 どこのグループにも、属せぬ、いわゆる半端者…

 彼ら、彼女らは、一体、なにが、いけないのだろ?

 と、思ったのだ…

 他人と、うまく、馴染めない、性格なのか?

 はたまた、

 このクラスの人間の中に、たまたま、自分と、合う人間が、いないだけなのか?

 考えたのだ…

 後者ならばいい…

 が、

 前者ならば、少々面倒…

 なぜなら、人間関係は、どこに、いっても、付きまとうからだ…

 ハッキリ言って、人間関係から、逃れることなど、できない…

 学校を、卒業し、会社に入っても、人間関係は、当然、ある…

 そこから、逃れることなど、できないからだ…

 もし、逃れたければ、山の中に、一軒家を建てて、誰とも、交わらずに、暮らせばいい…

 冗談ではなく、心の底から、そう思う…

 私が、そんなことを、考えるきっかけに、なったのは、学校の頃、そんな半端者にされていた女のコから、

 「…矢田は、いいね…いつも、みんなに好かれて…」

 と、言われたからだ…

 ちょうど、二人きりで、周囲に誰もいなかったからだろう…

 珍しく、その女のコと、話した…

 私は、それまで、あまり、そんなことは、考えなかった…

 いや、

 考えないのではない…

 考える必要がなかったからだ…

 私の周囲には、いつも、ひとがいた…

 だから、考える必要がなかった…

 だから、それを、きっかけに、少しばかり、人間関係について、考えるようになった…

 が、

 あくまで、少しばかり…

 決して、大げさなものではない…

 むしろ、学校時代は、楽だった…

 なぜなら、学校は、勉強をしにゆくところだからだ…

 つまりは、勉強の成績が、良ければ、頭が、良く、優れている…

 成績が、悪ければ、劣っていると、簡単に、わかるからだ…

 むしろ、学校を卒業し、派遣やバイトで、会社に入ってからの方が、驚愕の連続だった…

 明らかに、劣っているにも、かかわらず、オレ(アタシ)は、仕事ができると、豪語する人間が、いて、驚愕した…

 学校も大した学校も、出てなく、ルックスも、平凡…

 にも、かかわらず、自分は、優れていると、豪語する人間を見て、文字通り、驚愕した…

 が、

 それは、以前も、何度も言ったが、景気のいいとき…

 景気のいいときだから、学歴もなにもなくても、入社できたからだ…

 他の会社でも、そんな身の程知らずの人間は、いたが、ごく少数…

 滅多に、いなかった…

 景気が、いいときだから、入社できたに、過ぎない…

 そして、景気が、悪くなれば、真っ先に、切られた…

 リストラされたひとたちだった(笑)…

 が、

 本当のところ、社会に出て、驚いたことは、もう一つある…

 それは、運…

 運が、必要だということだった…

 運=ラック…

 なぜかと、いえば、私が、当時、派遣で、勤めた、ある会社で、将来、有望な人間が、いた…

 将来、必ず、出世すると、誰もが、噂した…

 事実、その通りになったのは、後日、風の噂で、知った…

 が、

 問題なのは、ここから…

 実は、私も、その人間と、接していたが、他社で、明らかに、それ以上に、頭もよく、人柄もよい人間を知っていた…

 が、

 その人間の方が、出世した…

 出世した=社会的に成功したということだ…

 頭のいい人間が、その後、どうしたのか、知らないが、その会社は、リストラが、激しかったと、聞いたので、普通に、考えれば、出世どころか、その人間の身もどうなったのかも、わからない…

 だから、運を考えざるを得なかった…

 運=ラックを考えざるを得なかった…

 ハッキリ言えば、その人間が、出世=成功したのは、たまたま、その人間の能力と、会社の水が合っていたから…

 ハッキリ言って、それだけのことに過ぎない…

 会社の水=会社の雰囲気や仕事が、自分に
合っていた…

 だから、出世した…

 だから、成功したのだ…

合うかどうかは、入って見なければ、わからない…

 だから、運…

 運が、必要だ…

 この世の中に、スーパーマンは、いない…

 存在しない…

 どんな人間も、A社だから、出世できたのであり、B社では、出世できなかったと、いう例は、多いに違いない…

 出世=能力を発揮できなかった…

 そういう例は、多いに違いない…

 これが、本当のところではないか?

 私は、考える…

 私は、大人になって、そんなことを、考えた…

 考え続けた…

 そして、それは、生まれも、運…

 ルックスも、運だ…

 どんな家庭に生まれ、どんなルックスを持って生まれるかは、誰にも、わからない…

 そして、今、私の目の前にいる、夫の葉尊は、そんなすべてを、持って生まれた…

 大金持ちで、長身のイケメン…

 にも、かかわらず、私を選んだ…

 この平凡、極まりない、矢田トモコを選んだ…

 私は、その選択が、謎だった…

 どうしても、理解できなかった…

 なぜなら、私が、葉尊なら、絶対、私を選ばないからだ…

 私が、葉尊ならば、例えば、女優の佐々木希のような美人を選ぶ…

 長身で、ルックスも、抜きん出ている…

 まさに、非の打ちどころが、ないからだ…

 そして、なにより、長身で、イケメンの葉尊には、佐々木希のような長身の美女が、似合う…

 私のように、身長159㎝で、六頭身で、巨乳の女よりも、似合う…

 それが、どうして、私を選んだのか?

 解けぬ謎だった…

 が、

 今、葉尊が、私を、この騒動に、巻き込みたくないと、吐露したことで、なんとなくわかってきた…

 葉尊にとって、私は、精神安定剤というか…

 ホッとする存在なのだと思う…

 きっと、私といることで、葉尊は、安心するのだ…

 なぜか、わからないが、安心するのだ…

 率直に、言って、私は、私のことが、わからない…

 理解できない…

 これは、誰もが、同じ…

 同じだ…

 例えば、今、例に挙げた佐々木希ではないが、彼女並みの美貌を持って生まれた女が、いたとする…

 すると、どうしても、調子に乗る…

 私は、美人だから、という意識が、態度に出るのだ…

 そして、それ事態は、問題ではない…

 美人だから、優れていると思うのは、当たり前…

 周囲の者も、納得するからだ…

 問題なのは、その美人が、歳を取ったとき…

 ずばり、容色が、衰えたときだ…

 容色=美貌が、衰えたときだ…

 自分の意識の中では、例えば、40歳になっても、二十歳の女のコは、ともかくとして、二十代後半の女のコには、まだまだ負けてないと、思う…

 なぜなら、自分は、少しばかり、歳を取ったが、美人だからだ…

 が、

 周りは、皆、そうは、思わない…

 ハッキリ言えば、美人だが、すでに、オバサンだと思っている…

 つまり、自分が、自分を評価する、自己評価と、周囲の人間が、その人間を評価する、他己評価が、違ってくる…

 これが、問題なのだ…

 そして、これが、自分で、自分をわからない、いい例だ…

 そして、それは、この世の中、ありふれている…

 実に、ありふれている…

 私は、そう思った…

 つまり、状況の変化が、自分では、わからない…

 そういうことだ…

 そして、これは、辛い…

 それまで、美人に生まれて、周囲の者から、チヤホヤされて、生きてきた…
 
 それが、大げさに、言えば、なくなるのだ…

 それが、辛いのは、自分では、どの時点で、容色が、衰えてきたか、理解できないに違いないからだ…

 いわば、おおげさに、いえば、美人という魔法…

 その美人という魔法は、ハッキリ言えば、若さが、あってこそ、成立する…

 若さが、なくなれば、成立しない…

 が、

 当の美人は、いつの時点で、その美人という魔法が、使えなくなったのか、さっぱり、わからないからだ…

 すでに、美人という魔法が、使えなくなったにも、かかわらず、相変わらず、自分は、美人という魔法を使えると、思っている…

 そんな美人の魔法使いは、世の中に、ごまんといるに違いない…

 私が、そんなことを、思っていると、

 「…お姉さん…」

 と、突然、葉尊が、声をかけた…

 だから、私は、考えるのを、やめて、

 「…なんだ?…」

 と、聞いた…

 が、

 目の前に、いたのは、葉尊では、なかった…

 葉問だった…

 「…オマエは、葉問…いつのまに?…」

 思わず、絶句した…

 葉問は、暴力専門といえば、言い過ぎだが、普段は、あまり、私の前に現れない…

 いわば、トランプで、いえば、ジョーカー…

 危機に陥ったときに、現れるからだ…

 と、

 そこまで、考えて、気付いた…

 もしや、

 もしや、今、この場面が、葉尊にとって、危機かも、しれないと、気付いた…

 これまで、葉尊は、オスマン殿下を知らないフリをしていた…

 つまりは、ファラドとオスマンの争いを知っていたにも、かかわらず、知らないフリをしていたということだ…

 そして、それは、なぜかと、言えば、単純に、葉尊は、私にとって、いいひとを演じたいからではないか? と、気付いた…

 ファラドとオスマンの争いは、醜い…

 異母兄弟の争い…

 骨肉の争いだ…

 が、

 おそらく、葉尊は、それを知って…

 いや、

 それを知って、それを利用して、アラブ世界で、クールの力を伸ばそうとしているのではないか?

 そして、そんな自分の汚いやり口を、この私に知られたくないのではないか?

 ふと、思った…

 葉尊は、あくまで、善人…

 いわば、コインで、言えば、表…

 言葉は悪いが、裏の汚い場面は、葉問が担当する…

 そういうことだ…

 だから、葉尊は、常に、善人でなければ、ならない…

 少なくとも、今まで、私の前では、いつも、善人を演じていた…

 善人を装っていた…

 が、

 今、ファラドと、オスマンの対立を知っていたことを、きっかけに、葉尊が、演じる善人の仮面が、崩れてきた…

 少しだが、崩れてきた…

 女で、いえば、完璧にメイクをしてきたにも、かかわらず、そのメイクが崩れてきた…

 メイク=化粧が、崩れてきた…

 それと、似ている…

 そう、思った…

 そう、思ったときだった…

 いきなり、葉問が、

 「…お姉さん…葉尊を困らせないで、下さい…」

 と、私に、声をかけた…

               
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