第173話

文字数 4,372文字

このパーティーの目的…

 それは、名目…

 まずは、パーティーを開く名目が、欲しかったことだと、気付いた…

 おそらく名目は、なんでもいい…

 例えば、マリアが3歳になったからでもいい…

 現実には、マリアは、葉敬とバニラの間の子供だから、公には、その存在は、明らかにされてないかも、しれんが、とにかく、なんでもいい…

 パーティーを開く名目が、欲しかったのだと、気付いた…

 だから、このリンダと、バニラが、渋い顔をしたのだと、思った…

 いわば、私は、葉敬がパーティーを開くために、無理やり、この場に、連れて来られたと、思ったのだ…

 だから、それに、同情したのだと、思った…

 私は、今、現在、岸田首相と、にこやかに、話す葉敬を見て、考えた…

 おそらく、このパーティーの真の目的は、台北筆頭や、クールの宣伝だろう…

 そう、気付いた…

 なにか、名目をつけて、盛大にパーティーを開き、日本の政界、財界のお偉方を招く…

 そうすることで、少しでも、クールや、台北筆頭の名前を知ってもらうこと…

 あるいは、パーティーを開くことで、少しでも、日本で、人脈を広げること…

 そのどちらか…

 あるいは、その両方だろう…

 そう、思った…

 これは、台北筆頭が、外国だから…

 日本ではなく、台湾という外国出身だから、日本では、知名度が、低い…

 だから、パーティーを開いて、知名度を上げ、人脈を広げようとするのだろう…

 または、成り上がりだから…

 日本で、日本人が、起業しても、まったくの無名ならば、人脈も、知名度も、最初は、皆無…

 だから、盛大なパーティーを開くことで、著名人を参加させ、人脈を、知名度を、広げて行く…

 それと、同じだ…

 そして、そのための、リンダであり、バニラなのだろう…

 あらためて、彼女たちの役割が、わかった…

 ハッキリ言えば、台北筆頭や、クールの宣伝要員だ…

 現に、今現在も、すでに、二人は、台北筆頭やクールの宣伝要員…

 台北筆頭や、クールのホームページや、カタログ、果ては、テレビやネットの宣伝に、必ず二人の姿がある…

 だから、さっきも、二人は、渋い表情をしたのだろう…

 二人とも、これが、台北筆頭や、クールの宣伝だと、わかっているからだ…

 そして、それは、私も同じ…

 この矢田トモコも、同じだ…

 今回は、この矢田と、葉尊の結婚半年を記念して、パーティーを開いたが、それも、ただの台北筆頭やクールの宣伝のためと、知っていたのだろう…

 だから、二人とも、渋い顔をしたのだ…

 私は、今さらながら、二人が、どうして、あんな表情をしたのか、気付いた…

 そして、そんなことが、これまでも、繰り返されてきたのだろう…

 それを、思えば、このリンダが、逃げ出したくなるのも、わかった…

 あのアムンゼンに誘われて、サウジに行くべきか、否か、悩むのは、わかった…

 要するに、葉敬の言いなりのままなのは、嫌なのだろう…

 すでに、リンダは、ハリウッドのセックス・シンボルとして、有名…

 しかしながら、学生時代から、無名時代に至るまで、葉敬に金銭を援助してもらったから、今現在も、葉敬の言いなりにならざるを得ない…

 それが、嫌なのだろう…

 真逆に、バニラには、それがない…

 バニラは、葉敬の愛人…

 葉敬との間には、あのマリアが、いる…

 そして、葉敬もまた、マリアを溺愛している…

 だから、マリアと、葉敬の間に、なんの問題もない…

 つまりは、バニラは、葉敬の家族…

 葉敬の家族=ファミリーだ…

 が、

 リンダは、違う…

 家族ではない…

 ファミリーではない…

 だから、葉敬と距離を置きたいのだろう…

 世界中に知られたハリウッドのセックス・シンボルが、一企業にいつまでも、縛られているのは、嫌なのだろう…

 リンダの立場に立てば、これは当たり前だった…

 リンダは、バニラと違って、葉敬のファミリーではない…

 葉敬の家族ではない…

 だから、葉敬から、独立したい…

 そう、考えるのは、当たり前だった…

 私は、あらためて、それを、考えた…

 そして、そんなことを、考えている間にも、パーティーは、始まった…

 壇上に、葉敬が立ち、

 「…今日はお集り下さり、ありがとうございます…」

 と、一斉に、会場にいる人たちに話しかけた…

 「…私の息子、葉尊と、その妻の結婚半年を記念して、僭越にも、わざわざ、この帝国ホテルの鳳凰の間で、パーティーを開かせて頂きました…」

 と、挨拶した…

 会場にいる全員が、拍手した…

 なにより、葉敬の傍らには、リンダとバニラがいた…

 真紅とブルーのロングドレスを着た、リンダとバニラが、いた…

 そして、それゆえ、壇上の葉敬の姿が、余計に、目立った…

 美女二人に、囲まれている葉敬の姿が、目立った…

 次いで、先ほど、やって来た、岸田首相の番だった…

 葉敬のスピーチが終わるやいなや、壇上に、現れた岸田首相が、

 「…葉敬会長、今日は、おめでとうございます…」

 と、挨拶した…

 葉敬は、

 「…」

 と、無言で、黙って、腰を折って、挨拶した…

 「…それに、実は、今日は、私も嬉しいです…」

 と、岸田首相が、言い出した…

 …一体、なにが、嬉しいんだ?…

 私は、思った…

 すると、

 「…今現在、ここにいる皆様もご承知のように、日本は、少子高齢化が、進んでいます…ですから、一人でも、多くの方に結婚してもらい、家庭を作って頂く…そして、できれば、子孫を…今現在、この日本でも、生き方が、多様化しているので、こんなことを、言うと、叱られますが、私は古い昭和の人間なので、お許しを…」

 と、冗談めかして、言い、場を盛り上げた…

 私は、思わず、顔が赤くなった…

 さっさと、葉尊と子供を作れと、岸田首相が言っているのだ…

 これは、困った…

 そして、それを、受けて、司会者が、

 「…では、葉尊さんと、奥様に、一言…」

 と、話を振った…

 私は、どうして、いいか、わからんかった…

 あまりにも、内容が、ストレート過ぎた…

 私の顔が、真っ赤になるのが、わかった…

 鏡を見なくても、自分の顔が、赤くなっているのが、わかった…

 そんな私の表情を見て、司会者も、どう突っ込んで、いいか、わからなかったのかもしれない…

 すると、葉尊が、

 「…それは、コウノトリが…」

 と、口に出した…

 …コウノトリ?…

 一体、葉尊は、なにを、言い出すんだ?…

 私は、驚いた…

 が、

 そんな私の驚きとは、別に、葉尊が、

 「…この日本では、コウノトリが、赤ちゃんを運んでくると、聞きます…ですから、ボクたち夫婦も、コウノトリが、ボクたち夫婦の元に、やって来るのを、待ちたいと、思います…」

 と、軽妙なジョークを言った…

 これで、一気に、場が、盛り上がった…

 「オオーッ」

とか、

 「…うまい…」

 と、いう声が、会場のあちこちから、聞こえた…

 実に、うまいことを、言う…

 これには、私も、驚いた…

 司会の男性も、葉尊のコメントに、感心した様子だった…

 「…コウノトリ…ですか?…」

 と、苦笑して、聞いた…

 「…ハイ…」

 「…ということは、コウノトリ次第ということですね…」

 「…そういうことになります…」

 葉尊が、真顔で、答える…

 「…すべては、コウノトリに、任せましょう…」

 葉尊が、言う…

 すると、どうだ?

 葉尊の気の利いたコメントに、この鳳凰の間に集まった人間が、皆、笑った…

 爆笑した…

 私は、相変わらずというか、この葉尊の頭の良さに、感心した…

 コメントのうまさに、感心した…

 そう、思った…

 が、

 私が、そう思っていると、司会者が、

 「…では、奥様は、どう思っているのでしょうか?…」

 と、いきなり、聞いた…

 これには、驚いた…

 冷静に考えれば、司会者が、聞くのは、当たり前だが、いきなりだ…

 いきなり、聞かれて、

 「…主人のいう通りだと、思います…」

 と、小声で、答えるのが、私には、精一杯だった…

 これも、鏡では、見ていないが、やはり、自分の顔が、赤くなっているに違いなかった…

 が、

 これが、良かった…

 この羞恥で赤くなった顔が、幸いした…

 司会者の方が、
 
 「…これは、失礼しました…奥様が、顔を赤らめる質問をしてしまって…」

 と、言って、私に詫びた…

だから、私の好感度が、増したと言うか…

 会場のあちらこちらから、

 「…純情で、良い奥様だ…」

 と、言う声が、聞こえてきたのだ…

 まさに、禍を転じて福と為すというか…

 うまく、コメントできず、顔を真っ赤にしたのが、功を奏した…

 この日本では、いまだ、男尊女卑というか…

 女が、でしゃばるのを、嫌がる…

 だから、今のように、コメントしたのが、かえって、よかった…

 例えば、顔を真っ赤にして、

 「…今の質問は、セクハラじゃないですか?…」

 と、でも、食ってかかれば、一気に、場がしらけるというか…

 今の時代は、たぶん、それが、正論かもしれないが、それでは、場がしらけるというか…

 とにかく、そんなことを、言っては、困る…

 困るのだ(笑)…

 そして、そんな質問をする土壌を作ったというか…

 子供を作るという発言の呼び水というか、発端の責任者というか…

 発言の主だった岸田首相が、今さらながら、自分の失言に、気付いた様子だった…

 だから、苦笑いを浮かべて、葉敬の元に、歩み寄り、小声で、

 「…助かりました…」

 と、短く詫びた…

 「…息子さんの機転で、救われました…」

 と、葉敬に告げた…

 が、

 葉敬は、それには、直接答えず、

 「…」

 と、無言で、岸田首相に、頭を下げた…

 すると、それに応えて、岸田首相も、再び、頭を下げた…

 そして、それが、終わると、本格的なパーティーが始まった…

 岸田首相は、パーティーの挨拶だけすると、すぐに、立ち去った…

 やはり、忙しいのだろう…

 大勢の取り巻きの連中を引き連れて、去った…

 私は、そんな岸田首相の姿を見ながら、

 …このパーティーに日本の現職の首相を、呼ぶのが、葉敬の目的だ…

 と、あらためて、気付いた…

 現職の日本の首相が、自分が、主催するパーティーにやって来る…

 まさに、これ以上ないパーティーの拍付けというか…

 宣伝になる…

 私は、それを、思った…

 そして、岸田首相が、顔を見せたことで、その目的は、果たされたというべきか…

 目的の大半は、終了したと思った…

 後は、パーティーに出席した、主要な政界人や、財界人と、歓談して、旧交を温めたり、または、このパーティーに出席した著名人で、まだ会ったことのない人物と、知り合うのが、目的だからだ…

 だから、岸田首相が、今日のパーティーの祝辞を述べたことで、このパーティーは、成功した…

 そう、思った…

 このパーティーを開催した目的の大半は、達成したと、思った…

                
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