第48話

文字数 4,812文字

 「…オマエは、ファラド…ファラド王子…」

 私は、仰天して、呟いた…

 思わず、声に出した…

 が、

 私の目の前にいる、ファラドは、ただ、笑っていた…

 特に、なんの反応も示さなかった…

 だが、おかしい…

 私は、思った…

 ファラドは、これから、来日するはずだ…

 本物のファラドが、ここにいるはずがない…

 私は、思った…

 …そっくりさん…

 あるいは、

 …偽者?…

 それとも、

 …影武者?…

 そんな言葉が、次々と、私の脳裏に浮かんだ…

 と、同時に、このファラドが、どうして、私を、今、

 「…お姉さん…」

 と、呼んだのか、考えた…

 初対面の人間が、いきなり、私をお姉さんと、呼ぶのは、おかしい…

 私を見知っていれば、いつも、私が、周囲の人間から、

 「…お姉さん…」

 と、呼ばれていることを、知っている…

 が、

 初対面の人間が、それを知るはずがないからだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…面白い…実に、面白い…」

 と、ファラドが、言った…

 「…面白いだと?…」

 初対面の人間に向かって、面白いとは?

 一体、どういう人間なんだ?

 考えた…

 が、

 気付いた…

 このファラドは、王子…王族…

 つまり、他人様よりも、上に立っている…

 だから、上から目線なのだ…

 そう、気付いた…

 だが、

 そうは、思っても、やはり、いきなり初対面の人間に、

 「…面白い…」

 と、呼ばれて、愉快な人間はいない…

 嬉しい人間はいない…

 「…失礼だゾ…貴様…なに様だ?…」

 私は、怒った…

 怒ったのだ…

 すると、あっけなく、

 「…これは、申し訳ありません…」

 と、ファラドが、謝った…

 「…つい…」

 と、軽く、口元に笑みを浮かべなら、言った…

 いわば、口先だけ、謝ったのだ…

 私は、余計に、頭に来た…

 私は、頭にきて、さらになにか、言おうとすると、マリアが、私の手を引っ張った…

 「…矢田ちゃん…みんな、見ているよ…」

 マリアが教えた…

 私は、その言葉で、周囲を振り返った…

 すると、当たり前だが、マリアの言葉通り、周囲の人間が、皆、私たちを見ていた…

 当たり前だ…

 ここは、保育園の入口…

 正門…

 その正門で、私が、ファラドと、やりあっているのだ…

 見ないわけは、なかった…

 だから、頭に来たが、これ以上、ここで、争うわけには、いかなかった…

 だから、少しばかり、冷静になった…

 冷静になって、ファラドを見た…

 すると、ファラドの傍らに、小さな、子供がいた…

 ファラドと同じ、褐色の肌を持つ、子供だ…

 私は、この子が、マリアをイジメていると、直観した…

 だから、ジッと、その子を見た…

 その子は、小さいながら、しっかりした目鼻立ちした男の子だった…

 小さいながらも、イケメンだった…

 が、

 いかにも、気が強そうな子供だった…

 私は、その子をジッと凝視した…

 すると、その子は、

 「…ファラド…オマエが悪い…」

 と、いきなり、言った…

 「…言葉遣いに、気をつけろ…」

 と、まるで、自分の臣下に、言うように、言った…

 私は、驚いた…

 そして、すぐに、このファラドが、どう対応するのか、興味が湧いた…

 すると、ファラドは、

 「…申し訳ありません…」

 と、丁寧に、その子供に頭を下げた…

 「…謝るのは、ボクにじゃない…その方にだ…」

 子供が、言った…

 私は、唖然として、その子供を見た…

 すると、その子供が命じたように、

 「…申し訳ありませんでした…」

 と、ファラドが、丁寧に、私に頭を下げて、詫びた…

 私は、拍子抜けしたと、同時に、驚いた…

 この目の前のファラドではなく、この子供に、興味を抱いたのだ…

 すると、

 「…オスマン…」

 と、いきなり、マリアが、言った…

 …オスマン?…

 私は、考えた…

 それが、この子供の名前なのか?

 考えた…

 すると、そのオスマンと、呼ばれた子供が、

 「…マリア…」

 と、返した…

 私は、緊張した…

 一体、これから、どうなるかと、思ったのだ…

 なぜなら、二人は、敵同士だからだ…

 子供ながらも、敵同士だからだ…

 すると、

 「…相変わらず、上から目線…そんなことだから、いけないのよ…」

 と、マリアが、しかった…

 しかったのだ…

 すると、今度は、オスマンが、

 「…そんなことはない…これが、ボクの普通さ…」

 と、強弁した…

 「…だから、誰からも相手にされないんでしょ?…」

 と、マリア…

 「…ボクが相手にしないだけさ…」

 と、オスマン…

 なぜか、知らないが、マリアとオスマンはすでに二人だけの世界に入っていた…

 なぜか、わからないが、二人だけで、戦っていた…

 正直、よくわからない…

 よくわからない展開だった(汗)…

 が、

 この光景に気付いた、誰かが、保育園の関係者を呼んだらしい…

 「…ご父兄の方ですか? …ここで、争うのは、ちょっと…」

 と、低姿勢で、私とファラドの間に割って入った…

 そう言われると、私も、グーの音も出なかった…

 それは、ファラドも同じだったようだ…

 なにより、ファラドは、オスマンから、

 「…バカ…ファラド…オマエのせいだ…」

 と、言われ、

 「…申し訳ありません…」

 と、丁寧に、頭を下げていた…

 「…とにかく、謝れ…マリアの父兄にも、園長にも…」

 オスマンが、ファラドに命じた…

 ファラドは、すぐに、私と園長に向かって、

 「…申し訳ありませんでした…」

 と、再び、頭を下げた…

 まさに、従者…

 ファラドは、このオスマンの従者だった…

 それに、気付いた私は、つい、

 「…ファラドって、これから、来日するんじゃなかったんですか?…」

 と、言った…

 つい、言ってしまったのだ…

 すると、オスマンが、

 「…アレは、フェイクです…」

 と、答えた…

 「…フェイク?…」

 と、私。

 「…つまり、偽者…本物は、ここにいます…」

 と、ファラドを指で差した…

 私は、納得した…

 やはり、これが、本物と納得した…

 …だが、どうして、そんなことを?…

 あらためて、考えた…

 だから、

 「…どうして、そんなこと、するんですか?…」

 と、オスマン、あるいは、ファラドに聞いた…

 「…敵を欺くためです…」

 と、今度は、ファラドが、答えた…

 「…敵?…」

 「…私の周りは、敵だらけ…だから、オスマン殿下の庇護を得て、ここにいるのです…」

 「…オスマン殿下?…」

 この子供が、殿下…

 私は、唖然として、この子供を見た…

 なにしろ、3歳の子供だ…

 3歳のガキだ…

 この子供が、殿下なのか?

 正直、わけが、わからんかった…

 このガキが、殿下ならば、この矢田とて、どこかの国の王女様と、呼ばれて、おかしくはあるまい…

 私は、そう思った…

 心の底から、思った…

 すると、いきなり、マリアが、

 「…矢田ちゃんの目が笑っていない…」

 と、指摘した…

 すると、そこにいる全員が、私を見た…

 全員の視線を、感じた…

 …この矢田トモコとて、いつも、目が笑っているわけでは、ないのさ…

 と、言いたかったが、止めた…

 やはり、それは、35歳の大人として、恥ずかしい…

 恥ずかしいことだったからだ…

 今さら、そんなことを、口にするのが、恥ずかしかった…

 だから、私は、

 「…そうか…」

 と、だけ、言った…

 すると、

 「…そうよ…」

 と、マリアが、言った…

 「…矢田ちゃんは、いつもの矢田ちゃんじゃない…」

 マリアが叫んだ…

 「…矢田ちゃん…いつもの、矢田ちゃんに戻って…」

 「…いつもの矢田ちゃんに、戻ってと言われても…」

 私は、当惑した…

 どうして、いいか、わからなかった…

 この矢田トモコとて、目の笑ってないときは、ある…

 が、

 マリアは、それを、見たことが、ないのだ…

 が、

 考えて見れば、当たり前だった…

 35歳にもなる、立派な大人である、この矢田が、3歳の子供と、遊ぶのに、怒ったような目をするわけがない…

 だから、マリアにとって、この矢田は、いつも、目が笑っている存在なのだろう…

 私は、思った…

 「…矢田ちゃんは、目が笑ってなければ、ダメ…」

 マリアがダメ出しした…

 「…目が笑ってなければと、言われても…」

 私は、どうしていいか、わからなかった…

 すると、どこかで、

 「…プッ!…」

 と、吹き出す声がした…

 私は、その声の主を見た…

 ファラドだった…

 「…これは、失礼…」

 今度は、ファラドが、すぐに、謝った…

 そして、言った…

 「…これでは、とても、口げんかをする雰囲気では、ありませんね…35歳のシンデレラ…」

 ファラドが、私のことを、35歳のシンデレラと言った…

 ハッキリと言った…

 その瞬間、調べている…

 すべて、調査している…

 そのことに、気付いた…

 当たり前だが、私のことも、マリアのことも、すべて、調べ尽くしている…

 当たり前のことを、考えた…

 すでに、何度も考えたことだが、やはりというか、あらためて、思った…

 「…ファラド…オマエの狙いは?…」

 私は、呟いた…

 つい、呟いて、しまった…

 が、

 当たり前だが、ファラドが、そんな質問に、答えるわけがなかった…

 「…お姉さんが、狙いでは、ありませんよ…」

 と、言って、軽く笑った…

 が、

 それは、以前と違って、私をバカにするような笑いではなかった…

 しかも、

 しかも、だ…

 その笑った顔は、実にイケメン…

 イケメンそのものだった…

 私には、葉尊という、イケメンの夫が、いるにも、かかわらず、不覚にも、ドキッとしてしまった…

 思えば、最近まで、家にある、パソコンのモニターで、このファラドの顔を見て、ボーッとしていたことがある…

 この矢田は、イケメン好き…

 顔が命の女だった…

 ルックスが、なにより、大切な女だった…

 だからだった…

 不覚にも、目の前のファラドのイケメンぶりに、見とれてしまったのだ…

 すると、

 「…矢田ちゃん…そんな目で、見ちゃダメ…」

 と、マリアが言った…

 「…矢田ちゃんは、葉尊っていう、夫がいるのよ…」

 マリアが、続けた…

 3歳の幼児に、指摘された…

 私は、その通りなので、なにも言えんかった…

 どうしていいか、わからんかった…

 すると、

 「…あの…このあたりで、終わりにしませんか?…」

 という声がした…

 私は、声を発した人物を見た…

 園長だった…

 「…ここは、保育園の正門になります…いつまでも、ここで、争うのは、ここにやって来る、園児たちの邪魔にもなりますので…」

 園長が、どこまでも、遠慮がちに言った…

 低姿勢で、言った…

 だから、私は、

 「…わかりました…」

 と、言おうとしたころ、先に、

 「…わかりました…」

 と、いう声がした…

 その声の主は、オスマンだった…

 マリアをイジメていたと、言われる、オスマンだった…

 「…すぐに、終わります…ファラド…もう、オマエは、帰っていい…」

 「…ハイ…」

 ファラドは、またも、オスマンに、丁寧に、頭を下げた…

 すると、今度は、マリアが、

 「…矢田ちゃんも、これで、帰って…」

 と、言った…

 私は、ビックリしたが、オスマンを見て、今日の目的が、完了したことに、あらためて、気付いた…

 このオスマンを見ることが、今日、この保育園にやって来た目的だった…

 だから、どんな子供か、わかった以上、ここに留まる理由はなかった…

 それより、このファラドが、問題だった…

 このファラドは、私のことを、研究している…

 調査している…

 しかも、

 しかも、だ…

 まだ、ファラドは、来日していないはずなのに、実際は、すでにここにいる…

 日本にいる…

 しかも、このファラドは、サウジの実力者にもかかわらず、3歳のオスマンの従者のようだ…

 しもべのようだ…

 それを、見ると、わけがわからんかった…

 文字通り、わけが、わからんかった…

 が、

 これが、現実だった…

 今、目の前で、起こったことが、たしかな現実だった…

                
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