第95話

文字数 4,178文字

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 なんとなくというか…

 筋書きは、読めていたというか…

 わかっていた…

 が、

 あの時点で、あのお嬢様が、オスマン殿下を知らなかったとは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

 それを今、私は、リンダの告白で、知った…

 が、

 一度会っただけで、あのオスマン殿下に取り入ろうとする、あの矢口のお嬢様の大胆さというか、図々しさというか、抜け目のなさというか…

 とにかく、普通ではない行動に驚いた(笑)…

 と、同時に、笑えた…

 なんだか、楽しくなった…

 普通ではない、あの矢口のお嬢様の行動に、呆気に取られた…

 だから、それに、気付いた、リンダが、

 「…お姉さん…なにが、おかしいの?…」

 と、聞いた…

 「…私が、なにか、おかしなことでも、言った…」

 「…いや、オマエじゃないさ…お嬢様さ…」

 「…矢口さん?…」

 「…そうさ…だって、一回あったばかりのオスマン殿下に、頼ろうとしたんだろ? 図々しいというか…大胆というか…でも、なぜか憎めん…」

 私が、言うと、リンダも、爆笑した…

 「…たしかに…それは、オスマン殿下も、仰ってた…でも…憎めないと…」

 「…憎めない? お嬢様が?…」

 「…なんだか、お姉さん、そっくりの矢口さんが、頼むに来ると、憎めないと仰って…」

 「…」

 「…それに…」

 「…それに、なんだ?…」

 「…あの矢口さん…なんだか、ひとに頭を下げるのが、慣れてないらしくて、オスマン殿下に、頼みに来るんだけれども、頭が下がってないというか…」

 リンダが、笑った…

 「…なんというか、不器用というか…もっとも、それが、オスマン殿下が、気に入ったらしくて…」

 「…殿下が、気に入っただと?…」

 「…あの矢口さんを見ていると、自分を見ているようだと?…」

 「…自分を見ているようだと? …どういう意味だ?…」

 「…セレブの保育園で、周囲の子供とうまくいかない自分を見ているようだと…」

 「…なんだと?…」

 「…そんな矢口さんを見て、オスマン殿下は、自分に重ねて見たらしい…それで、気に入ったと、仰ってた…」

 なんと…

 なんと、あのお嬢様の傲岸不遜な態度を、オスマン殿下が気に入るとは…

 うーむ…

 やはり、似た者同士かも、しれん…

 傲岸不遜同士かも、しれん…

 類は友を呼ぶ…

 そういうことかも、しれん…

 似た者同士は、反発するか、気に入るかのどっちか…

 磁石のNとSではないが、反発するか、真逆に、引き寄せられるかのどっちか…

 つまりは、真逆の対応となる…

 その結果、あの矢口のお嬢様は、気に入られた…

 つまりは、お嬢様は、賭けに勝ったのだ…

 お嬢様自身、自分と、オスマン殿下は、似ていると、思ったに、違いない…

 共に、頭脳明晰だが、人間関係が苦手…

 おまけに、いつも上から目線…

 これでは、ひとに、好かれるわけがない(爆笑)…
 
 が、共に、生まれの良さからか、接していると、意地の悪さとか、性格の悪さは、一切、感じない…

 ただ、不器用なのだ…

 もしかしたら、あのずる賢い、お嬢様のことだ…

 そんなことは、当に、お見通しなのかも、しれん…

 あの矢口のお嬢様と、オスマン殿下は似ている…

 だから、似た者同士のオスマン殿下に、頼み込めば、気に入られるか、嫌悪されるかの、どっちかだ…

 おそらくは、それを見越して、あのお嬢様は、賭けに出たのかも、しれん…

 勝負に、出たのかも、しれん…

 その結果、お嬢様は、オスマン殿下に、気に入られた…

 つまり、賭けに勝ったのだ…

 うーむ…

 ここまで、考えて、なんと、ずる賢い、女だと、あらためて、思った…

 あの矢口トモコという女のずる賢さを、実感したのだ…

 さすがに、私が、ライバルと見込んだ女だけは、ある…

 この矢田トモコが、生涯のライバルと、見込んだ女だけは、ある…

 私は、思った…

 そう思いながら、実は、あのお嬢様が、オスマン殿下に、頭を下げた場面を見たかったと、思った…

 なんといっても、頭を下げるのが、不慣れなお嬢様だ…

 きっと、ギクシャクした動作になるからだ…

 ロボットのような、ぎこちない動作になるに、決まっているからだ…

 それを、思うと、思わず、ニヤリとした…

 そして、目の前のリンダもまた、私の笑いを見逃さなかった…

 「…お姉さん…なにを、笑っているの?…」

 「…いや、…あの矢口のお嬢様が、オスマン殿下に、頭を下げに行ったときの、光景を想像してな…」

 「…」

 「…きっと、あのお嬢様のことだ…嫌々、頭を下げたに決まっているさ…きっと、ロボットのように、ぎこちなく頭を下げたに決まっているさ…それを、思うと、なにやら、楽しくてな…」

 私が、笑いながら、言うと、リンダも、

 「…たしかに…」

 と、相槌を打った…

 「…あの矢口さん…不器用そうだもの…」

 「…だろ?…」

 私は、勢い込んで、リンダに、同意を求めた…

 そんな私を見て、リンダは、実に、楽しそうだった…

 だから、

 「…なんだ? …リンダ…オマエ、楽しそうだな…」
 
 と、聞いてやった…

 「…だって、お姉さんと、いっしょだから…」

 と、リンダが、即答する…

 「…私と、いっしょだから?…」

 「…そう…お姉さんといっしょだから…」

 楽しそうに、返した…

 私は、

 「…」

 と、考え込んだ…

 言葉もなかったのだ…

 何度も言うように、私が、私以外の第三者だとして考えれば、私と、いっしょに、いても、面白くも、なんともない…

 私は、実に、平凡…

 平凡な人間だ…

 私は、面白い人間でも、なんでもない…

 私が、そんなふうに、考えていると、

 「…もうすぐ、パーティーね…」

 と、リンダが、言った…

 「…パーティー?…」

 「…ほら…クールの…サウジの王族を接待する…」

 すっかり、忘れていた(爆笑)…

 そうだ…

 クール主催で、来日するサウジの王族の接待をするのだ…

 これは、日本の経団連も関係している重要なイベント…

 もはや、後戻りはできない…

 撤回は、ない…

 このイベントは、日本の政界、財界の主要メンバーが、一堂に、会する場…

 それを、クール主催で、行うのだ…

 夫の葉尊が、社長を務めるクールが、主催するのだ…

 私は、それを、思い出した…

 すると、リンダが、

 「…お姉さん…」

 と、声をかけた…

 「…なんだ?…」

 「…私が、サウジに行くか、どうかは、このパーティーが、終わってから、決める…」

 「…」

 「…とにかく、今は、パーティーを成功させること…」

 「…パーティーを成功させることだと?…」

 「…そう、きらびやかな場所で、ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースと、その友人のバニラ・ルインスキーが、血のような真紅のドレスと、海のような、青いドレスをまとって、美の共演をするの…」

 「…美の共演だと?…」

 「…そうよ…きっと、お姉さんが、男なら、卒倒するほどの、美の共演よ…」

 「…卒倒するほどの…」

 それ以上、言葉が、続かなかった…

 たしかに、このリンダと、バニラが、正装した姿は、眉唾物というか…

 セクシーとか、いやらしいという言葉では、なく、ただただ、美しい…

 私のように、小柄な女ではない…

 175㎝と180㎝の大柄な美女の美の共演だ…

 小柄な私など、ただただ、圧倒される…

 大げさに、言えば、二人とも美の化身…

 美の化身…ミューズだ…

 美の女神だ…

 神々しいばかりに、美しい…

 まるで、地上に降り立った美の天使のようだ…

 私は、以前、何度か、そんな二人の姿を見た…

 私は、ただただ圧倒された…

 159㎝の矢田トモコは、ただただ、圧倒された…

 そして、なにより、そんな二人と、私が、普段、交流していること…

 友人であることが、不思議だった…

 それは、大げさにいえば、神様との交流…

 女神との交流だった…

 ありえない、交流だった…

 だから、冷静に考えれば、不思議だった…

 なぜ、この平凡な矢田トモコが、神様と交流しているのか、不思議だった…

 実に、不思議だった…

 いくら、考えても、解けない謎だった…

 すると、

 「…お姉さん…パーティーで、会いましょう…」

 と、いきなり、リンダが、言った…

 「…パーティーで、会うだと?…」

 「…そうよ…お姉さん…パーティーは、来週よ…」

 「…来週?…」

 すっかり、忘れていた…

 夫の葉尊が、メインを張る、パーティー…

 私も、妻として、パーティーに参加は、不可欠…

 正直、胃が痛い…

 私は、華やかな舞台は、苦手…

 正直、ルックスが平凡な私は、華やかな舞台が苦手だった…

 それに、なにより、生まれも育ちも平凡な私は、これまで生きてきて、パーティーなど、参加したことは、なかった…

 葉尊と結婚してから、何度か、経験したに過ぎない…

 それも、指で、数えるほどの経験しか、したことがない…

 だから、苦手なのだ…

 嫌なのだ…

 「…じゃ、お姉さん…パーティーで、会いましょう…」

 と、言って、リンダは去った…

 リンダ=ヤンは、部屋から、呆気なく、消えた…

 まるで、つむじ風のようだった…

 やって来たと思ったら、言うことだけ言って、呆気なく、去った…

 残されたのは、この矢田トモコのみ…

 この部屋の主の矢田トモコのみだった…

 当たり前といえば、当たり前だった…

 が、

 なんとなく、寂しかった…

 なんとなく、不安だった…

 そして、その不安を、その夜、仕事から帰ってきた葉尊に告げた…

 「…なあ、葉尊…」

 「…なんですか? …お姉さん?…」

 「…来週、行う、クール主催のパーティーのことだが…」

 私が、言うと、葉尊の顔色が、変わった…

 「…お姉さん…どこで、それを聞いてきたんですか?…」

 「…どこで、と、言われても、昼間、リンダ、いや、ヤンが、ウチに遊びに来てな…そのとき…ヤンが…」

 「…ヤンが…」

 そう言ったきり、葉尊は、考え込んだ…

 「…どうした? 葉尊?…」

 と、私は、聞いた…

 「…実は…」

 と、葉尊は、言ったが、その後が、続かなかった…

 だから、私は、

 「…どうした?…」

 と、先を促した…

 すると、意を決したように、

 「…実は、パーティーは、中止になるかもしれません…」

 と、葉尊は、続けた…

 私は、食事中だったので、思わず、食べていたものが、喉に詰まった(涙)…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み