第35話
文字数 6,171文字
私が、そんなことを、考えていると、目の前の渡辺という受付の女の子が、
「…ハイ…こちら、一階のロビーの受付の渡辺です…」
と、社内電話で、おそらく、社長室に電話をしていた…
「…ハイ…社長の奥様と、リンダ・ヘイワースさんが、到着しました…これから、社長室へ、伺ってよろしいでしょうか?…」
「…」
「…ハイ…わかりました…」
と、言って、渡辺が電話を切った…
それから、私とリンダに向かって、満面の笑みを浮かべた…
「…奥様…それに、リンダさん…OKだ、そうです…」
「…そうか…」
私は、言った…
そう言って、思わず、リンダと顔を見合わせた…
が、
背の低い私は、リンダの顔ではなく、胸に視線がいってしまった…
リンダは、当然、高いヒールを履いているので、本来の175㎝から、優に、10㎝以上、背が高い…
真逆に、私、矢田トモコは、普段から、履きなれたスニーカー…
だから、本来の159㎝に数㎝プラスされたに過ぎない…
だから、目の前にリンダの顔ではなく、胸が迫った…
圧倒的な色気を持つ、リンダ・ヘイワースの胸に、視線がいってしまった…
すると、女の私でも、なんだか、恥ずかしくなった…
おおげさに言えば、公の場で、女の胸に目がいっているのだ…
いくら、女の私でも、公然と、リンダ・ヘイワースの胸を見ることに、テレというか、恥ずかしくなってしまったのだ…
それに、気付いたのだろう…
「…お姉さん…どうしたの?…」
と、リンダが、不思議そうに、聞いた…
「…リンダ…オマエ、その胸をなんとしろ…」
と、私は、躊躇いながら、言った…
「…なんとしろって?…」
「…目の前に、そんな大きなおっぱいがあってみろ…女の私でも恥ずかしくなるさ…」
私が、おそらく顔を真っ赤にして言うと、リンダが、一瞬、当惑した様子だった…
それから、いきなり、
「…カワイイ…」
と、言って、私を抱き締めた…
「…お姉さんって、ホント、カワイイ…」
と、嬉しそうに、私を羽交い絞めにした…
小柄な私は、大柄なリンダに抱き締められて、息もできんかった…
「…バカ…リンダ…止めろ…苦しい…」
私は、息も絶え絶えに、怒鳴った…
すると、リンダは、ここが、クールの本社ビルの一階のロビーであることを思い出して、すぐに、私から、離れた…
私は、ホッとした…
まるで、大柄な女子プロレスラーに、羽交い絞めされた気分だった…
「…リンダ…オマエ、私を殺す気か?…」
私が、息をゼーゼーしながら、言うと、
「…スイマセン…」
と、リンダが、しおらしく謝った…
「…オマエのカラダの大きさを考えろ…」
私が、言うと、ふと誰かの視線を感じた…
私は、誰の視線か、視線の主を見ると、受付の渡辺だった…
私とリンダのやりとりを、目の前で見て、目を白黒させて、驚いていた…
私は、まずいところを見られたと思った…
だから、すぐに、
「…いいか…今の光景は忘れろ…見なかったことにするんだ!…」
と、言おうとした…
が、
その前に、渡辺が、
「…凄い!…」
と、大声を出した…
「…あのリンダ・ヘイワースと、そんなことができるなんて…どれほど、親密なんですか?…」
と、驚嘆した…
「…世界中の男が憧れる、セックス・シンボルですよ…そんな女性と、そんなことができるなんて!…」
私は、驚いた…
私は、このリンダに殺される寸前だったのに、それを、こんなふうに取られるなんて…
「…さすが、奥様…クールの社長夫人です…スケールが違います…そんな有名人とそんな関係なんて…」
渡辺の私に対する賞賛は、止まらなかった…
私は、唖然として、言葉もなかった…
ハッキリ言えば、この渡辺の前で、リンダとプロレスごっこをしたようなものだ…
それが、この渡辺には、物凄いことだと、思ったのかもしれん…
私は、そう、気付いた…
すると、リンダが、
「…今、見たことは、忘れて…」
と、突然、言った…
私は、なぜ、リンダが、そんなふうに、言うのか、疑問だった…
言われた渡辺も、どう返答していいか、わからない様子だった…
「…いえ、忘れなくていい…」
リンダが、いきなり、前言撤回した…
渡辺が、キョトンとした表情に、なった…
「…ただ、他言無用…誰にも、言わないで…言えば、私の…リンダ・ヘイワースのイメージが崩れる…」
そう言って、リンダが、渡辺に笑いかけた…
リンダ・ヘイワースが、まるで、男に迫るように、渡辺に笑いかけた…
圧倒的に、魅力のある笑いだった…
どんな男も、その笑いの前では、理性をなくすというか…
リンダのいいなりになるしかない笑いだった…
そして、それは、女も例外ではなかった…
女の渡辺も、例外ではなかった…
「…わかりました…」
すぐに、渡辺が、答えた…
「…誰にも、言いません…」
「…そう、ありがとう…」
リンダが、満面の笑みで、答える。
「…渡辺さん…アナタを信じている…」
リンダが、ジッと、渡辺を見て、言った…
途端に、渡辺の顔が、紅潮した…
真っ赤になった…
無理もない…
世界中に知られた有名人…リンダ・ヘイワースに言われたのだ…
まるで、渡辺は、小さな子供のように、感激していた…
私は、その一部始終を、隣で見ていた…
…リンダ・ヘイワース、恐るべし!…
…恐るべし!…
と、いう言葉が、私の脳裏に浮かんだ…
この頭脳明晰な、矢田トモコの脳裏に浮かんだ…
このリンダ・ヘイワースは、誰よりも、自分の力がわかっている…
自分の知名度の高さが、わかっている…
だから、それを最大限、利用している…
そういうことだ…
リンダほどの有名人が、
「…言わないで…」
と、懇願すれば、大抵の人間は、従う…
それが、わかっているから、わざと、そういうのだ…
そう、考えれば、やはり、強敵…
強敵に違いなかった…
もしかしたら、この矢田トモコから、葉尊の妻の座を奪うかもしれん、強敵に違いなかった…
私は、今さらながら、そのことを、肝に銘じた…
もう何度目だか、わからないほど、肝に銘じたのだ…
私とリンダは、渡辺から離れて、このクールの本社ビルの最上階にある、社長室に向かった…
私は、一階のエレベータに向かいながら、
「…リンダ…凄いな…オマエは…」
と、つい声をかけた…
声をかけずには、いられなかったのだ…
「…凄い? …なにが、凄いの?…」
「…あの渡辺という受付の女の子さ…」
「…あの子が、どうしたの?…」
「…わざと、あの子に、話すなと、念を押しただろ?…」
「…わざと?…」
「…そう、わざとだ? …あんなふうに言われれば、ひとは、周囲に話すか、話さないかのどっちかだ…それを狙っただろ?…」
私が指摘すると、驚いた表情で、マジマジと、私の顔を見た…
「…なにを言うかと、思えば、相変わらず、鋭い…」
リンダが、ため息をついた…
「…普段は、ボーッとしているかと、思えば、ときどき、こちらが、ドキッとする鋭いことを言う…どっちが、本当のお姉さんか、知りたくなる…」
…それは、オマエも同じさ…
私は、心の中で、毒づいた…
リンダ・ヘイワース、オマエもいっしょさ…
性同一障害と、告白しながら、一方で、そのおっぱいやパンツが見えそうな、煽情的な服で、男を誘う…
誰もが、そんな姿を見れば、性同一障害などと、思わない…
が、
一方で、与えられものは、最大限利用する…
つまりは、天から与えられた、その美貌を最大限、利用するということだ…
私は、思った…
つまりは、性同一障害かもしれないが、そんなことは、関係ない…
心が男であれ、カラダが絶世の美女のカラダならば、最大限そのカラダを利用するということだ…
そんな女を目の当たりにして、油断できるはずがない…
私は、考えた…
下手をすれば、私は、このリンダ・ヘイワースに、身ぐるみ剝がされて、ホームレスの道を真っ逆さまに歩むかもしれん(涙)…
そんなことが、わからないほど、私は、バカではないし、お人よしでもない…
リンダは、悪い人間ではない…
それを言えば、バニラも同じだが、成功した人間で、悪い人間はいない…
これは、なぜかと、問われれば、成功した人間は、皆、他人を味方にすることができるからだ…
嫌われる人間は、どこにいっても、嫌われる…
学校や職場など、人が集まる場所で、いつも、自己主張を繰り返して、嫌われるものだ…
常に、自分を主張して、うまく他人と、人間関係を構築することが、できない…
また、他人が、自分をどう見るかの視点も欠けている…
ありていに言えば、アイツは、性格が悪いからと、誰もが避ける人間と、積極的に付き合う…
つまりは、自分も性格が悪いと周囲に吹聴しているようなものだ(爆笑)…
そういうことだ…
類は友を呼ぶと、陰口を叩かれることが、まったくわからない…
理解できない…
そういうことだ…
リンダもバニラも、断じて、そういう人間ではない…
なにより、他人に好かれなければ、なにもできないことを悟っている…
理解している…
モデルも映画女優も、一人でできる仕事ではない…
誰かに支えられたり、誰かと協力して、出来上がっている…
だから、性格が悪い人間は嫌われるし、いずれは、その世界から、去る…
そういうことだ…
が、
リンダもバニラも性格が、メチャクチャいいかと言えば、それも違う…
どんな世界も、競争はある…
まして、映画やモデルは、競争がし烈だろう…
自分が、自ら、他人を追い落とすことはなくても、競争から、落ちた人間に、可哀そうだと思う気持ちがあり過ぎれば、その世界にいられない…
極端な話、一本道で、前から、ひとが来て、自分が、譲るようでは、成功しない…
そういうことだ…
だから、どんなことがあっても、自分から、道を譲っては、ならない…
神様ではないが、常に、相手を優遇して、他人を優先すれば、成功は掴めない…
だから、それを思えば、リンダもバニラも善人ではない…
かといって、悪人でもない…
そういうことだ…
私は、思った…
そう思いながら、リンダを見た…
リンダ・ヘイワースを見た…
そして、おっぱいと、パンツを、わざと強調するリンダのワンピース姿を、見ながら、リンダのこんな姿を見るのは、いつ以来かと、思った…
そんな私の視線に、気付いたリンダが、
「…なにを見ているの?…」
と、聞いた…
私は、ホントのことを言おうと、思ったが、止めた…
真逆に、
「…いや、私が、男なら、こんな、色っぽい奥さんが、身近にいては、堪らんと、思ってな…」
と、言った…
わざと、自分が、考えていたことと、別のことを言ったのだ…
私の言葉に、リンダは、顔を赤らめて、
「…ありがとう…」
と、小さく言った…
「…お姉さんに、そんなことを言われて、凄く嬉しい…」
と、上気した顔で、リンダが、言った…
「…でも、きっと、それは、最初だけ…」
「…最初だけ? どうしてだ?…」
「…クルマも女も、自分のモノにしてしまえば、すぐに飽きる…男は、皆、同じ…」
「…同じ?…」
「…いえ、女も同じ…でも、お姉さんは、違う…」
「…違う? …なにが、違うんだ?…」
「…あったかい…」
「…あったかい? …私が?…」
「…そう…お姉さんが、近くにいると、いつも、癒される…人生が楽しくなる…」
「…」
「…クルマも女も同じ…」
「…なにが、同じなんだ?…」
「…古くなって、歳を取れば、価値がなくなる…」
「…」
「…でも、お姉さんは違う…」
「…なにが、違うんだ?…」
「…お姉さんのキャラ…誰からも、愛される…それは、年齢とは無縁…関係ない…だから、私もバニラも、お姉さんに憧れる反面、嫉妬する…」
「…嫉妬? …私に…か? オマエやバニラのような世界的な有名人が?…」
「…たぶん、バニラは、気付いていない…」
「…なんに、気付いていないんだ?…」
「…自分の感情に…」
「…」
「…バニラが、いつもお姉さんにイジワルをするのは、それが原因…私やバニラは、歳を取れば、生き残れない…私やバニラの美しさは、若いときだけ…でも、お姉さんは違う…一生、その誰からも愛されるキャラでいられる…それが、羨ましいの…」
私は、リンダの指摘に、驚いた…
そんなことを、考えてもみんかったからだ…
が、
私は、すぐに、
「…ないものねだりだな…」
と、告げた…
「…ないものねだり?…」
「…そうさ…自分にないものを、誰かが持っているから、無意識に憧れる…そういうものさ…」
「…」
「…私だって、オマエやバニラのように、美人に生まれたかったさ…でも、それは無理さ…だから、そんなこと、考えても仕方がないさ…それと、同じさ…」
「…」
「…誰もが、与えられた能力の中で、生きてゆかなきゃならんものさ…オマエやバニラは、美人という武器がある…それを生かして、成功したわけだ…私が、もし、今、オマエが言うように、他人様を癒す力があるとすれば、それは、きっと、神様のご配慮さ…」
「…神様のご配慮?…」
「…オマエやバニラのように、美人に生まれなかった代わりに、他人様を癒す力を、神様が与えてくれたんだろう…」
私は、言った…
実に、しんみりと言った…
言いながら、内心、実は、なんてうまいことを言ったと、思った…
自分でも、自分を褒めたいぐらいだった…
それに気付いた私は、リンダが、どういう反応を示したのか、見たくて、振り返った…
すると、リンダが、ビックリした表情で、立ち止まっていた…
思わず、
「…どうした? …リンダ?…」
と、聞いてしまった…
それが、まずかった…
リンダが、いきなり、私を抱き締めたのだ…
「…お姉さんは凄い…やっぱり凄い…」
と、言って、またも、私を、抱き締めて、羽交い絞めにした…
「…自分がわかっている…それも、神様が、自分に能力を与えてくれたなんて、控えめに言って…なんて、謙虚なの…」
…け…謙虚?…
いまだかつて、他人様に、そんなことを、言われたことは、なかった…
この矢田トモコが、謙虚?
たしかに、私は、他人様を押しのけて、前に出る性格ではない…
だが、謙虚というのは、言い過ぎというか…
ちょっと、違うと思う(笑)…
一言で言えば、ほめ過ぎ…
ほめ過ぎだ(笑)…
それとも、
ほめ殺し?
わざと、私を褒めて、油断させるつもりなのか?
私を油断させ、私を葉尊の妻の座から、引きずり降ろす魂胆なのか、考えた…
ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースが、日本の総合電機メーカー、クールの社長夫人になる…
クールにとって、これ以上の宣伝はない…
なにより、長身で、イケメンの葉尊とリンダは、お似合いのカップル…
まさに、美男美女…
絵になるカップルだ…
が、
それを、許すことはできん…
できんのだ…
私は、リンダに羽交い絞めにされながら、リンダを敵認定した…
一方、リンダは、私を抱き締めながら、
「…お姉さんが好き…」
と、あたりをはばからず、号泣していた…
お互いの考えることが、まったく違った…
まったく違ったのだ(爆笑)…
「…ハイ…こちら、一階のロビーの受付の渡辺です…」
と、社内電話で、おそらく、社長室に電話をしていた…
「…ハイ…社長の奥様と、リンダ・ヘイワースさんが、到着しました…これから、社長室へ、伺ってよろしいでしょうか?…」
「…」
「…ハイ…わかりました…」
と、言って、渡辺が電話を切った…
それから、私とリンダに向かって、満面の笑みを浮かべた…
「…奥様…それに、リンダさん…OKだ、そうです…」
「…そうか…」
私は、言った…
そう言って、思わず、リンダと顔を見合わせた…
が、
背の低い私は、リンダの顔ではなく、胸に視線がいってしまった…
リンダは、当然、高いヒールを履いているので、本来の175㎝から、優に、10㎝以上、背が高い…
真逆に、私、矢田トモコは、普段から、履きなれたスニーカー…
だから、本来の159㎝に数㎝プラスされたに過ぎない…
だから、目の前にリンダの顔ではなく、胸が迫った…
圧倒的な色気を持つ、リンダ・ヘイワースの胸に、視線がいってしまった…
すると、女の私でも、なんだか、恥ずかしくなった…
おおげさに言えば、公の場で、女の胸に目がいっているのだ…
いくら、女の私でも、公然と、リンダ・ヘイワースの胸を見ることに、テレというか、恥ずかしくなってしまったのだ…
それに、気付いたのだろう…
「…お姉さん…どうしたの?…」
と、リンダが、不思議そうに、聞いた…
「…リンダ…オマエ、その胸をなんとしろ…」
と、私は、躊躇いながら、言った…
「…なんとしろって?…」
「…目の前に、そんな大きなおっぱいがあってみろ…女の私でも恥ずかしくなるさ…」
私が、おそらく顔を真っ赤にして言うと、リンダが、一瞬、当惑した様子だった…
それから、いきなり、
「…カワイイ…」
と、言って、私を抱き締めた…
「…お姉さんって、ホント、カワイイ…」
と、嬉しそうに、私を羽交い絞めにした…
小柄な私は、大柄なリンダに抱き締められて、息もできんかった…
「…バカ…リンダ…止めろ…苦しい…」
私は、息も絶え絶えに、怒鳴った…
すると、リンダは、ここが、クールの本社ビルの一階のロビーであることを思い出して、すぐに、私から、離れた…
私は、ホッとした…
まるで、大柄な女子プロレスラーに、羽交い絞めされた気分だった…
「…リンダ…オマエ、私を殺す気か?…」
私が、息をゼーゼーしながら、言うと、
「…スイマセン…」
と、リンダが、しおらしく謝った…
「…オマエのカラダの大きさを考えろ…」
私が、言うと、ふと誰かの視線を感じた…
私は、誰の視線か、視線の主を見ると、受付の渡辺だった…
私とリンダのやりとりを、目の前で見て、目を白黒させて、驚いていた…
私は、まずいところを見られたと思った…
だから、すぐに、
「…いいか…今の光景は忘れろ…見なかったことにするんだ!…」
と、言おうとした…
が、
その前に、渡辺が、
「…凄い!…」
と、大声を出した…
「…あのリンダ・ヘイワースと、そんなことができるなんて…どれほど、親密なんですか?…」
と、驚嘆した…
「…世界中の男が憧れる、セックス・シンボルですよ…そんな女性と、そんなことができるなんて!…」
私は、驚いた…
私は、このリンダに殺される寸前だったのに、それを、こんなふうに取られるなんて…
「…さすが、奥様…クールの社長夫人です…スケールが違います…そんな有名人とそんな関係なんて…」
渡辺の私に対する賞賛は、止まらなかった…
私は、唖然として、言葉もなかった…
ハッキリ言えば、この渡辺の前で、リンダとプロレスごっこをしたようなものだ…
それが、この渡辺には、物凄いことだと、思ったのかもしれん…
私は、そう、気付いた…
すると、リンダが、
「…今、見たことは、忘れて…」
と、突然、言った…
私は、なぜ、リンダが、そんなふうに、言うのか、疑問だった…
言われた渡辺も、どう返答していいか、わからない様子だった…
「…いえ、忘れなくていい…」
リンダが、いきなり、前言撤回した…
渡辺が、キョトンとした表情に、なった…
「…ただ、他言無用…誰にも、言わないで…言えば、私の…リンダ・ヘイワースのイメージが崩れる…」
そう言って、リンダが、渡辺に笑いかけた…
リンダ・ヘイワースが、まるで、男に迫るように、渡辺に笑いかけた…
圧倒的に、魅力のある笑いだった…
どんな男も、その笑いの前では、理性をなくすというか…
リンダのいいなりになるしかない笑いだった…
そして、それは、女も例外ではなかった…
女の渡辺も、例外ではなかった…
「…わかりました…」
すぐに、渡辺が、答えた…
「…誰にも、言いません…」
「…そう、ありがとう…」
リンダが、満面の笑みで、答える。
「…渡辺さん…アナタを信じている…」
リンダが、ジッと、渡辺を見て、言った…
途端に、渡辺の顔が、紅潮した…
真っ赤になった…
無理もない…
世界中に知られた有名人…リンダ・ヘイワースに言われたのだ…
まるで、渡辺は、小さな子供のように、感激していた…
私は、その一部始終を、隣で見ていた…
…リンダ・ヘイワース、恐るべし!…
…恐るべし!…
と、いう言葉が、私の脳裏に浮かんだ…
この頭脳明晰な、矢田トモコの脳裏に浮かんだ…
このリンダ・ヘイワースは、誰よりも、自分の力がわかっている…
自分の知名度の高さが、わかっている…
だから、それを最大限、利用している…
そういうことだ…
リンダほどの有名人が、
「…言わないで…」
と、懇願すれば、大抵の人間は、従う…
それが、わかっているから、わざと、そういうのだ…
そう、考えれば、やはり、強敵…
強敵に違いなかった…
もしかしたら、この矢田トモコから、葉尊の妻の座を奪うかもしれん、強敵に違いなかった…
私は、今さらながら、そのことを、肝に銘じた…
もう何度目だか、わからないほど、肝に銘じたのだ…
私とリンダは、渡辺から離れて、このクールの本社ビルの最上階にある、社長室に向かった…
私は、一階のエレベータに向かいながら、
「…リンダ…凄いな…オマエは…」
と、つい声をかけた…
声をかけずには、いられなかったのだ…
「…凄い? …なにが、凄いの?…」
「…あの渡辺という受付の女の子さ…」
「…あの子が、どうしたの?…」
「…わざと、あの子に、話すなと、念を押しただろ?…」
「…わざと?…」
「…そう、わざとだ? …あんなふうに言われれば、ひとは、周囲に話すか、話さないかのどっちかだ…それを狙っただろ?…」
私が指摘すると、驚いた表情で、マジマジと、私の顔を見た…
「…なにを言うかと、思えば、相変わらず、鋭い…」
リンダが、ため息をついた…
「…普段は、ボーッとしているかと、思えば、ときどき、こちらが、ドキッとする鋭いことを言う…どっちが、本当のお姉さんか、知りたくなる…」
…それは、オマエも同じさ…
私は、心の中で、毒づいた…
リンダ・ヘイワース、オマエもいっしょさ…
性同一障害と、告白しながら、一方で、そのおっぱいやパンツが見えそうな、煽情的な服で、男を誘う…
誰もが、そんな姿を見れば、性同一障害などと、思わない…
が、
一方で、与えられものは、最大限利用する…
つまりは、天から与えられた、その美貌を最大限、利用するということだ…
私は、思った…
つまりは、性同一障害かもしれないが、そんなことは、関係ない…
心が男であれ、カラダが絶世の美女のカラダならば、最大限そのカラダを利用するということだ…
そんな女を目の当たりにして、油断できるはずがない…
私は、考えた…
下手をすれば、私は、このリンダ・ヘイワースに、身ぐるみ剝がされて、ホームレスの道を真っ逆さまに歩むかもしれん(涙)…
そんなことが、わからないほど、私は、バカではないし、お人よしでもない…
リンダは、悪い人間ではない…
それを言えば、バニラも同じだが、成功した人間で、悪い人間はいない…
これは、なぜかと、問われれば、成功した人間は、皆、他人を味方にすることができるからだ…
嫌われる人間は、どこにいっても、嫌われる…
学校や職場など、人が集まる場所で、いつも、自己主張を繰り返して、嫌われるものだ…
常に、自分を主張して、うまく他人と、人間関係を構築することが、できない…
また、他人が、自分をどう見るかの視点も欠けている…
ありていに言えば、アイツは、性格が悪いからと、誰もが避ける人間と、積極的に付き合う…
つまりは、自分も性格が悪いと周囲に吹聴しているようなものだ(爆笑)…
そういうことだ…
類は友を呼ぶと、陰口を叩かれることが、まったくわからない…
理解できない…
そういうことだ…
リンダもバニラも、断じて、そういう人間ではない…
なにより、他人に好かれなければ、なにもできないことを悟っている…
理解している…
モデルも映画女優も、一人でできる仕事ではない…
誰かに支えられたり、誰かと協力して、出来上がっている…
だから、性格が悪い人間は嫌われるし、いずれは、その世界から、去る…
そういうことだ…
が、
リンダもバニラも性格が、メチャクチャいいかと言えば、それも違う…
どんな世界も、競争はある…
まして、映画やモデルは、競争がし烈だろう…
自分が、自ら、他人を追い落とすことはなくても、競争から、落ちた人間に、可哀そうだと思う気持ちがあり過ぎれば、その世界にいられない…
極端な話、一本道で、前から、ひとが来て、自分が、譲るようでは、成功しない…
そういうことだ…
だから、どんなことがあっても、自分から、道を譲っては、ならない…
神様ではないが、常に、相手を優遇して、他人を優先すれば、成功は掴めない…
だから、それを思えば、リンダもバニラも善人ではない…
かといって、悪人でもない…
そういうことだ…
私は、思った…
そう思いながら、リンダを見た…
リンダ・ヘイワースを見た…
そして、おっぱいと、パンツを、わざと強調するリンダのワンピース姿を、見ながら、リンダのこんな姿を見るのは、いつ以来かと、思った…
そんな私の視線に、気付いたリンダが、
「…なにを見ているの?…」
と、聞いた…
私は、ホントのことを言おうと、思ったが、止めた…
真逆に、
「…いや、私が、男なら、こんな、色っぽい奥さんが、身近にいては、堪らんと、思ってな…」
と、言った…
わざと、自分が、考えていたことと、別のことを言ったのだ…
私の言葉に、リンダは、顔を赤らめて、
「…ありがとう…」
と、小さく言った…
「…お姉さんに、そんなことを言われて、凄く嬉しい…」
と、上気した顔で、リンダが、言った…
「…でも、きっと、それは、最初だけ…」
「…最初だけ? どうしてだ?…」
「…クルマも女も、自分のモノにしてしまえば、すぐに飽きる…男は、皆、同じ…」
「…同じ?…」
「…いえ、女も同じ…でも、お姉さんは、違う…」
「…違う? …なにが、違うんだ?…」
「…あったかい…」
「…あったかい? …私が?…」
「…そう…お姉さんが、近くにいると、いつも、癒される…人生が楽しくなる…」
「…」
「…クルマも女も同じ…」
「…なにが、同じなんだ?…」
「…古くなって、歳を取れば、価値がなくなる…」
「…」
「…でも、お姉さんは違う…」
「…なにが、違うんだ?…」
「…お姉さんのキャラ…誰からも、愛される…それは、年齢とは無縁…関係ない…だから、私もバニラも、お姉さんに憧れる反面、嫉妬する…」
「…嫉妬? …私に…か? オマエやバニラのような世界的な有名人が?…」
「…たぶん、バニラは、気付いていない…」
「…なんに、気付いていないんだ?…」
「…自分の感情に…」
「…」
「…バニラが、いつもお姉さんにイジワルをするのは、それが原因…私やバニラは、歳を取れば、生き残れない…私やバニラの美しさは、若いときだけ…でも、お姉さんは違う…一生、その誰からも愛されるキャラでいられる…それが、羨ましいの…」
私は、リンダの指摘に、驚いた…
そんなことを、考えてもみんかったからだ…
が、
私は、すぐに、
「…ないものねだりだな…」
と、告げた…
「…ないものねだり?…」
「…そうさ…自分にないものを、誰かが持っているから、無意識に憧れる…そういうものさ…」
「…」
「…私だって、オマエやバニラのように、美人に生まれたかったさ…でも、それは無理さ…だから、そんなこと、考えても仕方がないさ…それと、同じさ…」
「…」
「…誰もが、与えられた能力の中で、生きてゆかなきゃならんものさ…オマエやバニラは、美人という武器がある…それを生かして、成功したわけだ…私が、もし、今、オマエが言うように、他人様を癒す力があるとすれば、それは、きっと、神様のご配慮さ…」
「…神様のご配慮?…」
「…オマエやバニラのように、美人に生まれなかった代わりに、他人様を癒す力を、神様が与えてくれたんだろう…」
私は、言った…
実に、しんみりと言った…
言いながら、内心、実は、なんてうまいことを言ったと、思った…
自分でも、自分を褒めたいぐらいだった…
それに気付いた私は、リンダが、どういう反応を示したのか、見たくて、振り返った…
すると、リンダが、ビックリした表情で、立ち止まっていた…
思わず、
「…どうした? …リンダ?…」
と、聞いてしまった…
それが、まずかった…
リンダが、いきなり、私を抱き締めたのだ…
「…お姉さんは凄い…やっぱり凄い…」
と、言って、またも、私を、抱き締めて、羽交い絞めにした…
「…自分がわかっている…それも、神様が、自分に能力を与えてくれたなんて、控えめに言って…なんて、謙虚なの…」
…け…謙虚?…
いまだかつて、他人様に、そんなことを、言われたことは、なかった…
この矢田トモコが、謙虚?
たしかに、私は、他人様を押しのけて、前に出る性格ではない…
だが、謙虚というのは、言い過ぎというか…
ちょっと、違うと思う(笑)…
一言で言えば、ほめ過ぎ…
ほめ過ぎだ(笑)…
それとも、
ほめ殺し?
わざと、私を褒めて、油断させるつもりなのか?
私を油断させ、私を葉尊の妻の座から、引きずり降ろす魂胆なのか、考えた…
ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースが、日本の総合電機メーカー、クールの社長夫人になる…
クールにとって、これ以上の宣伝はない…
なにより、長身で、イケメンの葉尊とリンダは、お似合いのカップル…
まさに、美男美女…
絵になるカップルだ…
が、
それを、許すことはできん…
できんのだ…
私は、リンダに羽交い絞めにされながら、リンダを敵認定した…
一方、リンダは、私を抱き締めながら、
「…お姉さんが好き…」
と、あたりをはばからず、号泣していた…
お互いの考えることが、まったく違った…
まったく違ったのだ(爆笑)…