第155話

文字数 4,159文字

 …私が、葉問を好き?…

 …どうして、わかった?…

 いや、

 問題は、そこではない…

 私自身、葉問は、好きだが、それほど、好きではない…

 もちろん、嫌いではない…

 なにしろ、葉問は、私を守ってくれる…

 暴力沙汰が、苦手な、夫の葉尊の代わりに、私を守ってくれる…

 だから、嫌いではない…

 が、

 好きかと、問われれば、返答に困る…

 困るのだ…

 だから、

 「…リンダ…それは、どういう意味だ?…」

 と、舌鋒鋭く、私は、リンダに聞いた…

 「…それは、葉問は、葉尊の弟だし、私を守ってくれる男だから、嫌いじゃないさ…でも、たぶん、オマエが、思う、好きとは、違うさ…」

 「…どう違うの?…」

 「…おそらく、オマエは、葉問を、男として、好きか、どうか、聞いたんだろ? …だから、それは、違うさ…」

 「…どう違うの?…」

 「…私の夫は、葉尊さ…それが、答えさ…」

 「…それが、答え?…」

 「…そうさ…」

 「…でも、心は、葉問じゃないの?…」

 「…なんだと?…」

 「…お姉さんの態度というか、行動を見ると、そう思える…」

 「…なんだと? …どうして、そう思えるんだ…」

 「…しゃべりよ…しゃべり…会話よ…」

 「…会話だと?…」

 「…お姉さん…葉問と話しているときの方が、自然なのよ…葉尊と、話しているときより…」

 リンダが、断言した…

 リンダが、見抜いた…

 これは、困った…

 反論できんかった…

 なぜなら、その通り…

 その通りだからだった…

 だから、反論できんかった…

 反論できんかったのだ…

 だから、どう言おうか、悩んだ…

 だから、どう反論しようか、悩んだ…

 「…見た目だな…」

 私は、言った…

 少し、考えてから、言った…

 「…見た目? …どういう意味ですか?…」

 「…私が、葉問と、話す…そして、今度は、葉尊と、話す…その私の姿を見て、リンダ…オマエは、私が、葉尊と、話すよりも、葉問と話す方が、リラックスしているとか、楽しそうに、話しているとか、思ったのだろ?…」

 「…ハイ…その通りです…」

 「…でも、それは、違うさ…」

 「…どうして、違うんですか?…」

 「…中身さ…」

 「…中身?…」

 「…そうさ…例えばさ…私は、オマエも、知っている通り、イケメン好きさ…だから、ジャニーズや、エグザイルの男たちを見ると、つい、頬が緩むさ…」

 「…」

 「…だから、ジャニーズの玉森裕太を見て、ニヤニヤしている姿を見れば、オマエは、私が、玉森裕太を好きだと、思うだろ?…」

 「…ハイ…」

 「…でも、私は、エグザイルのTAKAHIRОを見ても、ニヤニヤしているゾ…」

 「…」

 「…そして、その姿を見れば、リンダ…オマエは、私が、玉森裕太か、TAKAHIRОのどっちが、好きか、わからんだろ?…」

 「…」

 「…つまり、そういうことさ…」

 「…そういうことって? どういうことですか?…」

 「…私の心の内は、私しか、わからない…私しか、ホントは、どっちが、好きか、わからない…当たり前のことさ…」

 私の言葉に、リンダは、

 「…」

 と、黙った…

 黙って、しまった…

 「…別に、オマエの言うことを、否定するわけじゃないさ…」

 私は、リンダの言葉に、寄り添う発言をした…

 「…みんな、同じさ…」

 「…同じ…」

 「…そうさ…例えば、オマエが、なにを、考えているかは、オマエにしか、わからん…当たり前さ…でも、他人は、オマエの行動を見て、アイツが、好きだとか、アイツは、嫌いだとか、考える…でも、それは、あくまで、他人が、言っているだけさ…あくまで、他人の憶測に過ぎんさ…だから、占いじゃないけど、当たっている場合も、あるし、当たってない場合も、ある…そういうことさ…」

 私は、言った…

 言い切った…

 すると、さすがに、リンダも、

 「…」

 と、なにも、言わなくなった…

 私は、安心した…

 私は、ホッとした…

 ホントは、リンダの言う通りだったからだ…

 ホントは、リンダの言う通り、私は、夫の葉尊と話すより、葉問と話す方が、ホッとした…

 葉問と、話す方が、リラックスした…

 これは、ホントだった…

 ウソ偽りのない、ホントのことだった…

 これは、なぜか、わからん…

 なぜか、わからんが、ホントのことだった…

 だから、それを、見た、リンダは、そう思ったのだろう…

 が、

 だからと言って、私が、夫の葉尊よりも、葉問を好きだと言うのは、早計…

 安易過ぎる意見だ…

 私の中では、葉尊も、葉問も、いっしょ…

 葉尊も、葉問も、同じだ…

 共に、私を愛してくれている…

 共に、私を守ってくれている…

 だから、二人とも、好き…

 なにしろ、冷静に考えれば、二人は、同じカラダを、持つ、同一人物…

 だから、どっちが、好きでも、同じ…

 同じかもしれん…

 私は、そう思った…

 私は、今さらながら、そう思ったのだ…

 私が、そんなことを、考えていると、いまだ、リンダが、なにも、私に話しかけて、こないことに、気付いた…

 だから、

 「…リンダ…どうした?…」

 と、声をかけた…

 一体、なにが、あったのかと、思ったのだ…

 が、

 リンダは、なにも、言わんかった…

 せっかく、私が、声をかけてやったのにも、かかわらず、答えもせん…

 私は、頭に来た…

 だから、これ以上、私もリンダには、話しかけなかった…

 話して、やらんかった…

 が、

 やはりというか、不安になった…

 まるで、私が、隣にいるのを、忘れたかのように、リンダが、一言も、私に話しかけて、こんかったからだ…

 こんなことは、初めてだった…

 だから、不安になった…

 不安に、なったのだ…

 「…どうした? …リンダ?…」

 私は、まるで、子供の機嫌を取るように、聞いた…

 私は、まるで、子供を、あやすように、聞いた…

 聞いたのだ…

 すると、どうだ?

 リンダが、

 「…お姉さんは、まるで、わかってない…」

 と、呟いた…

 呟いたのだ…

 「…なんだと、どういうことだ?…」

 「…今度のからくり…」

 「…からくりだと? …どういう意味だ?…」

 「…今度の黒幕は、葉尊よ…」

 「…葉尊?…」

 「…そう…」

 短く言った…

 私は、信じられんかった…

 まさか、葉尊が?

 そんなバカな?…

 「…葉尊は、葉敬と、対立している…」

 「…お義父さんと、対立している?…どうしてだ?…」

 「…葉問の扱い?…」

 「…葉問の扱いだと?…」

 「…そうよ…葉敬は、葉問の存在を認めない…葉尊は、その真逆…」

 「…」

 「…葉尊は、その真逆…葉問を必要としている…」

 「…それは、二人は、同じカラダを持つから…」

 「…違う…」

 「…なにが、違うんだ?…」

 「…葉尊は、葉問を利用しようとしている…」

 「…なんだと? …利用だと?…」

 「…葉尊は、自分にできないことを、葉問にさせている…」

 「…そんなバカな?…」

 「…そして、お姉さん…」

 「…私? …私が、どうした?…」

 「…なぜ、お姉さんを葉尊が、大事にするか?…」

 「…それは…」

 「…それは?…」

 「…それは、葉尊が、私に惚れてるからさ…」

 「…甘いわ…葉尊が、惚れてるのは、お姉さんの才能よ…」

 「…私の才能?…」

 「…誰からも、好かれ、どんな人間も、虜(とりこ)にする…そんなお姉さんの稀有の才能…」

 「…」

 「…そして、葉問…」

 「…葉問が、どうした?…」

 「…そんな葉尊から、葉問は、お姉さんを、守ろうとしている…」

 「…私を守る?…」

 「…そう…」

 短く、リンダが、言った…

 仰天の言葉だった…

 驚きの言葉だった…

 私は、なんて言っていいか、わからんかった…

 文字通り、驚愕した…

 これまで、一切、考えたことのない…

 これまで、一切、思ったこともないことだったからだ…

 「…ウソを言うな!…」

 私は、怒鳴った…

 「…ウソじゃないわ…」

 「…ウソさ…ウソに決まっているさ…」

 私は、言った…

 私は、言い切った…

 「…葉尊は、そんな男じゃないさ…」

 「…いえ、そんな男よ…」

 「…なんだと?…」

 「…よく考えて、お姉さん…」

 「…なにを、考えるんだ?…」

 「…本物の葉問が、亡くなった原因…」

 「…亡くなった原因だと?…」

 「…それは、お姉さんも、知っているように、葉尊のイタズラが、原因…」

 「…」

 「…でも、小さな子供が、そんな弟が、死ぬかも、しれない、イタズラをするかしら?…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…つまり、それこそが、葉尊の本性…」

 「…本性?…」

 「…葉尊は、まるで、ジキルとハイドのように、自分の中に、危険なものを、持っている…」

 「…」

 「…葉尊は、それを、いつも、隠して、生きている…でも、その事実に、葉問は、気付いている…」

 「…」

 「…そして、葉問は、葉尊のそのタチの悪い負の感情が、お姉さんに、向かわないか、心配している…」

 「…葉問が、心配している?…」

 「…そうよ…いわば、葉問が、この世に存在し続けたいのは、お姉さんのため…今、お姉さんが、言った、葉尊の心の傷が、癒えれば、葉問が、消えると言ったのは、葉尊の心の中から、そんな負の感情が、消えれば、自分は、安心して、この世から、消えることが、できると、言いたいのよ…」

 リンダが、言った…

 「…そんな…」

 私は、呟いた…

 「…そんなバカな…」

 呟きながらも、今、言ったリンダの言葉には、説得力があった…

 今、聞いたリンダの言葉には、納得するものが、あった…

 なぜなら、それは、この矢田トモコが、以前から、漠然と考えていたことでも、あったからだ…

 ただ、おとなしい人間は、いない…

 ただ、真面目な人間は、いない…

 皆、どこかで、わがままだったり、少しばかり、性格が悪かったりする…

 それが、人間だ…

 そして、それは、老若男女とも、変わらない…

 この世の中に、聖人君子は、存在しないからだ…

 が、

 葉尊は、ただ、真面目で、おとなしい…

 だから、私は、葉尊に、疑問を、持った…

 疑惑を、持ったのだ…

 そんな人間は、これまで、見たこともない…

 そんな人間は、存在しないからだ…

 だから、このリンダの発言は、この矢田トモコの心の内を、十分に、揺らすものだった…

 だから、この矢田トモコの心を、十分に、戸惑わせるものだった…

               
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