第152話

文字数 3,899文字

「…ボクがアムンゼン? …一体、なにを、そんなバカなことを?…」

 「…バカなことなんかじゃ、ないさ…」

 私は、自信を持って言った…

 「…オマエの動揺した顔が、その証拠さ…」

 私は、言った…

 「…なにより、オマエが、アムンゼンなら、辻褄が合うのさ…」

 「…どう、合うんですか?…」

 「…なぜ、オマエが、この日本のセレブの保育園に身を寄せているか、さ?…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…このセレブの保育園は、世界中のセレブの子弟が、通っている…だから、その親は、世界の名だたる金持ちや、有名政治家さ…」

 「…」

 「…そして、オマエが、この保育園に通うことで、この保育園に通う園児たちを、人質に取ることができる…」

 「…人質に? …ボクは、中身は、大人ですが、カラダは、この通り、子供です…そんな子供のボクが、一体、どうして、園児たちを、人質に取ることが、できるのですか?…」

 「…オマエには、できないさ…」

 「…でしょ?…」

 「…が、そのために、このオスマンや、ボディーガードたちがいる…」

 「…」

 「…つまり、本当のところは、こうなんじゃないか? …オマエは、現国王の弟で、以前も、国王の失脚を狙って、失敗した…それで、この甥のオスマンを連れて、このセレブの保育園に逃げ込んだのが、真相じゃないのか?…」

 「…証拠は?…証拠は、あるのですか? …矢田さん…」

 「…証拠は…」

 私が、言い淀んでいると、

 「…証拠は、あるわ…」

 と、突然、リンダが、言った…

 リンダ・ヘイワースが、言った…

 言ったのだ…

 「…リ、リンダさん?…」

 アムンゼンが、動揺した…

 「…証拠は、ある…」

 リンダが、繰り返した…

 「…どこに、証拠が、あるんですか?…」

 その言葉に、リンダが、ニヤッと、笑った…

 それは、スクリーンで見る、リンダ・ヘイワースの顔…

 実にセクシーな顔だった…

 女の私でも、思わず、ゾクッとする、妖艶(ようえん)な、笑いだった…

 「…この私が、アナタの誘いに、乗らなかったのが、その証拠…」

 リンダが、笑った…

 私は、そのリンダの笑いを見て、ピンと、きた…

 「…リンダ…」

 私は、叫んだ…

 「…リンダ・ヘイワースの持つ、セレブの情報網だな…」

 私は、言った…

 自信を持って、言った…

 「…その通り…」

 「…だったら、どうして、ボクが、アムンゼンだと思うんですか? …ボクの顔は、公には、知られてないはず…」

 「…だからよ…」

 リンダが、あっさりと言った…

 「…だから? …どういう意味ですか?…」

 「…サウジアラビアで、国王の腹違いの弟が、クーデターを起こそうとして、失敗したという情報は、得た…その弟の名前も、アムンゼンということも、わかった…」

 「…でも、肝心の顔が、わからない…年齢も、顔も、不明…わかっているのは、国王の腹違いの弟ということだけ…これは、おかしい…」

 「…どう、おかしいんですか?…」

 「…だって、クーデターを起こしたはずの人物の顔が、わからないなんて、おかしいでしょ?…」

 「…」

 「…それと、もう一つ…」

 「…なにが、もう一つですか?…」

 「…そのクーデターを起こした人物は、そこにいる、オスマンを国王にしようと、画策した…」

 「…それが、どうしたんですか?…」

 「…だって、普通は、クーデターを起こした自分が、国王になろうとするのが、当たり前でしょ?…」

 「…」

 「…だから、なぜ、このオスマンを国王にしようとしたのか? 考えた…」

 「…」

 「…一番、考えられるのが、このオスマンの協力を得るため…」

 「…どういうことですか?…」

 「…オマエを国王にしてやるから、力を貸せと言うのが、一番相手を説得しやすい…」

 「…でも、それでは、権力を得られないのでは?…」

 「…それは、関係ない…」

 「…どういうことですか?…」

 「…背後から、国王を操ればいい…自分が、権力を握れば、いい…」

 「…」

 「…そして、もう一つ…これが、最大の理由…」

 「…なんですか、それは?…」

 「…それは、国王になりたくても、なれない…」

 「…」

 「…人前に、決して、出れない容姿の持ち主…だから、自分は、国王になれない…だから、代わりに誰かを国王にして、自分が、その国王を陰から、操るしか、ない…」

 「…」

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 この矢田も、この小人症の人物が、国王の失脚を狙ったアムンゼンだということは、わかった…

 が、

 どうしてかと、問われれば、答えられんかった…

 しいて言えば、勘…

 直観だった…

 が、

 このリンダは、今、それを、理路整然と、説明した…

 やはり、このリンダ…

 リンダ・ヘイワース…

 ただの美人ではない…

 ただの色気を売りにする、女ではない…

 あなどれん…

 油断できん…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 「…そして、葉敬…」

 「…お義父さん?…」

 意外な名前が出た…

 「…どうして、葉敬が、このセレブの保育園にわざわざ、やって来たと思うの?…」

 「…それは、まさか…」

 アムンゼンが、口を出した…

 「…そうよ…アナタを見るためよ…」

 「…」

 「…アナタが、アムンゼンだという憶測は、ついた…でも、確証がない…だから、自分の目で、どんな人物か、確かめようとした…」

 「…」

 「…そして、その用事は、済んだ…だから、帰ったというわけ…」

 リンダが、説明した…

 実に、理路整然とした説明だった…

 なにより、辻褄が合っていた…

 だからだろう…

 アムンゼンも、ぐうの音も出なかった…

 私は、それを、見て、思った…

 「…すべて、お見通しということさ…」

 私は、腕を組み、少しばかり、足を開いて、言った…

 威厳を、作って、言ったのだ…

 「…世間の目は、ごまかすことは、できても、この矢田トモコの目をごまかすことは、できんのさ…」

 私は、断言した…

 「…オマエの目論見は、最初から、お見通しさ…」

 「…最初から?…」

 アムンゼンが、動揺した…

 「…そうさ…」

 私は、自信を持って、言った…

 「…どうして? …どうして、わかったんですか?…」

 アムンゼンが、聞いた…

 当たり前だった…

 が、

 答えられんかった…

 なぜなら、最初から、わかっていたと言ったのは、ウソだったからだ…

 ただ、カッコつけたいから、言っただけだったからだ…

 だから、

 答えれんかった…

 が、

 代わりに、リンダが、

 「…そんなの簡単じゃない…」

 と、横から、口を出した…

 「…なにが、簡単なんですか?…」

 と、アムンゼン…

 「…だって、アナタと、オスマンが、双子のわけ、ないでしょ?…」

 リンダが、笑った…

 「…誰が見ても、一目で、わかるウソ…」

 リンダが、続ける…

 「…そんなウソを言うから、疑問に、思ったのよ…」

 リンダが、オスマンを見ながら、言った…

 もはやと、いうか、リンダが、見ているのは、アムンゼンでは、なかった…

 オスマンだった…

 イケメンのオスマンだった…

 「…ねっ? そうでしょ?…」

 リンダが、オスマンに、同意を求めた…

 そして、その姿は、ただの同意を求めたのではない…

 リンダ・ヘイワースとして…

 ハリウッドのセックス・シンボルとして、わざと、色っぽい表情で、オスマンに同意を求めた…

 その姿を見て、オスマンは、

 「…たしかに…」

 と、苦笑する以外なかった…

 「…さすがに、オレと、オジサンが、双子なのは、無理があるかも…」

 「…大ありよ…」

 リンダが、笑う…

 「…アナタ、映画の見過ぎよ…シュワルツェネッガーの映画の見過ぎ…」

 それを、聞いて、オスマンは、またも、

 「…たしかに…」

 と、苦笑する以外なかった…

 それから、リンダは、アムンゼンに向かって、

 「…アナタが、アラブの至宝であることは、わかった…」

 と、言った…

 「…どうして、わかったんですか?…」

 「…アナタが、生きているからよ…」

 「…ボクが、生きている? …どういう意味ですか?…」

 「…アナタが、優秀だから、将来、役に立つから、殺さない…」

 「…」

 「…黒い猫でも、白い猫でも、鼠を捕るのが、良い猫だということ…」

 「…なるほど、鄧小平ですか?…」

 アムンゼンが、言った…

 が、

 リンダは、それには、答えんかった…

 代わりに、

 「…アムンゼン…アナタ…根っからの悪人ではないでしょ?…」

 と、聞いた…

 が、

 アムンゼンは、

 「…」

 と、答えんかった…

 「…かといって、根っからの善人でもない…」

 リンダが、続けた…

 「…どうして、そう思うんですか?…」

 「…アナタが、こうして、生きているからよ…」

 「…」

 「…根っからの悪人なら、処分するしかない…殺すしかない…」

 「…」

 「…そして、権力も与えられている…」

 「…権力?…」

 「…アナタの周りにいる、ボディガードたち…」

 「…いえ、あのひとたちは、ボクのボディーガードでは、ありません…監視です…」

 「…監視?…」

 思わず、私は、声をあげた…

 「…そうです…国王の命を受けた…」

 アムンゼンが、告白する…

 が、

 リンダは、それを、信じんかった…

 「…ウソを言いなさい…」

 「…どうして、ウソなんですか?…」

 「…たしかに、彼らは、全員、国王の命で、アムンゼン…アナタを監視している…でも、一部の人間は、すでに、アナタが、取り込んでいるでしょ?…」

 「…どうして、そう思うんですか?…」

 「…このオスマン…」

 「…オスマンが、どうかしたんですか?…」

 「…このオスマンが、アナタと敵対しているから…」

 リンダが、意外なことを、言った…

                
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