第92話

文字数 5,712文字

あのお嬢様の目的は、ずばり、オスマン殿下だ…

 私は、気付いた…

 葉敬ではない…

 なぜなら、葉敬の買収対策としては、何度も言うように、遅すぎる…

 すぐに、有効的な対策は、取れない…

 それよりも、おそらく、オスマン殿下に、近付くこと…

 オスマン殿下に、気に入られることだ…

 そして、なぜ、あの場所で、私が、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ったか?

 要するに、それをすることで、私が、オスマン殿下に、気に入られることを、見越していたのだ…

 私の特徴は、誰にも好かれること…

 それを、このリンダは、さっきも、口にした…

 つまりは、私にヒントを与えたのだ…

 私が、オスマン殿下に気に入られることで、あのお嬢様の立場が、変わる…

 どう変わるのか?

 オスマン殿下から見れば、私そっくりの矢口のお嬢様を見れば、嫌いになれない…

 好きには、ならないかもしれないが、嫌いには、なれない…

 そういうことだ…

 そして、それが、あのお嬢様の目的だ…

 私が、オスマン殿下に気に入られれば、私そっくりの、矢口のお嬢様を、オスマン殿下は、嫌いになれない…

 だから、オスマン殿下と、大げさにいえば、親密になれる…

 要するに、アラブの至宝と呼ばれた人物と、親しくなれるのだ…

 つまり、そのパイプを作る…

 そのきっかけを作る…
 
 それこそが、あのお嬢様の目的に違いなかった…

 なにより、オスマン殿下は、お金持ち…

 サウジの王族の大金持ちだ…

 その資産は、葉敬の比ではない…

 つまり、オスマン殿下さえ、味方につけることができるならば、葉敬も、なにも、怖くはない…

 葉敬が、スーパージャパンの買収を目論んでも、オスマン殿下に、頼めば、資金を貸してくれるかもしれないし、最悪、オスマン殿下に頼んで、直接、葉敬に買収を止めるように、伝えてくれと、言うこともできる…

 そうすれば、葉敬としても、アラブ世界の商売のことを、考えて、スーパージャパンの買収を断念するに違いない…

 きっと、あのお嬢様は、そこまで、読んで、行動したに違いない…

 つまりは、ピンチをチャンスに変える…

 買収されるかもしれない危機をチャンスに変えたのだ…

 文字通り、もの凄いやり手だった…

 「…オスマン殿下か?…」

 私は、言った…

 「…あの、お嬢様の狙いは、オスマン殿下だったんだな?…」

 私は、リンダに断言した…

 私の言葉に、リンダは、目を丸くした…

 「…お姉さん…どうして、そう思うの?…」

 「…簡単さ…」

 「…簡単って?…」

 「…リンダ…オマエのファン…」

 「…私のファン?…」

 「…ファラドは、最初、リンダ…オマエのファンだと言い張った…が、違った…ホントは、オスマン殿下が、オマエのファンだった…」

 「…」

 「…ファラドは、オスマン殿下の代理人…オスマン殿下が、オマエのファンだから、そう言っただけだ…ファラド自身は、オマエのファンでも、なんでもない…」

 「…どうして、そう思うの?…」

 「…答えは、バニラさ…」

 「…バニラが、どうかしたの?…」

 「…あのとき、バニラは、リンダ…オマエに変装して、ファラドと闘った…もし、ファラドが、オマエのファンなら、たとえ、バニラが、オマエに化けていたのを知っていたとしても、闘うことはできんさ…」

 「…どうして、できないの?…」

 「…自分の好きな女と闘うことは、できんだろ?…」

 私が、言うと、

 「…」

 と、リンダは、黙った…

 「…リンダ…オマエの言う通り、ファラドが、お義父さんに、スーパージャパンの買収を持ちかけたとしよう…が、それを、あのお嬢様は、手玉にとったのさ…」

 「…手玉に取った?…」

 「…あのお嬢様が、どこまで、知っているのかは、わからんさ…が、あの騒動で、真の実力者が、オスマン殿下で、あることに、気付いた…そのとき、とっさに、私を利用することを、思いついたに違いないさ…」

 「…お姉さんを、利用することを、思いついた?…」

 「…そうさ…オスマン殿下は、私が、マリアと、仲良しだと気付いた…マリアが好きなオスマン殿下は、当然、私に好意を抱く…マリアが、好きな私を、嫌いになることは、できんからだ…それを見た、あの矢口のお嬢様は、自分も、オスマン殿下と、仲良くなれば、いいと、思ったに違いないさ…あのお嬢様は、私そっくり…私に好意を抱いたオスマン殿下は、矢口のお嬢様が、なにか、頼み込めば、断ることは、できんさ…」

 私の説明に、リンダは、

 「…」

 と、黙った…

 そして、考え込んだ…

 「…今度の騒動の内訳は、こうなんじゃないか?…単純に、日本に滞在している、オスマン殿下は、なにかのきっかけで、リンダ・ヘイワースが、同じように、日本に、滞在していることを知った…オスマン殿下は、リンダ・ヘイワースの大ファン…それで、ファラドを使って、リンダに遭おうとした…」

 「…」

 「…ファラドは、ファラドで、オスマン殿下の追い落としを狙っていた…それで、リンダ、オマエのことを調べた…すると、リンダ・ヘイワースは、台湾の大富豪、葉敬と、親しいことに、気付いた…それで、ファラドは、葉敬に近付き、矢口のお嬢様のスーパーの買収を持ちかけた…理由は、単純…葉敬の趣味が、スーパー巡りだということが、一つ…それに、矢口のお嬢様が、私そっくりだということが、もう一つの理由さ…」

 「…どうして、お姉さんそっくりなことが、理由なの?…」

 「…混乱するからさ…」

 「…混乱するから?…」

 「…私とお嬢様は、外見がそっくり…瓜二つさ…そんなお嬢様の会社の買収を提案されれば、戸惑う…買収するか、どうかは、理性的な判断が、必要だが、どうしても、感情が、入ってしまう…それを、狙ったのさ…」

 「…」

 「…だから、葉敬が、どう買収を判断するか、どうかは、わからないが、感情が、揺れることは、わかる…それが、ファラドの狙いさ…」

 「…」

 「…でも、ファラドにとって、予想外だったのは、たぶん、オスマン殿下が、私を気に入ったことさ…」

 「…それが、どうして、予想外なの?…」

 「…オスマン殿下が、私を気に入ったことで、混乱した…きっと、あのオスマン殿下は、一途というか…熱い性格なんじゃないか? …オスマン殿下のマリアを見る目を見れば、わかるさ…」

 「…どう、わかるの?…」

 「…まるで、自分の娘を見るように、見る…可愛くて、仕方がないように、見る…」

 私の言葉に、リンダは、

 「…」

 と、沈黙した…

 それから、

 「…お姉さんって、ホント、面白い…」

 と、笑った…

 「…私が、面白い? なにが、面白いんだ?…」

 「…さっきも言ったように、普段は、ボッとしてるけど、意外に鋭い…」

 「…」

 「…なにより、誰からも、愛される…」

 私は、そんなリンダの姿から、ふと、一つのことを、思いついた…

 「…リンダ…オマエも、もしかして、今回の件で、オスマン殿下を利用しようとしたんじゃないか?…」

 私の質問に、リンダは、大きく目を見張った…

 「…鋭い! …どうして、わかったの?…」

 「…オマエが、葉敬…お義父さんが、嫌いだからさ…」

 「…私が、葉敬を嫌い? …どうして、そう思うの?…」

 「…オマエが、ハリウッドのセックス・シンボルだからさ…」

 「…どういう意味?…」

 「…オマエは、頂点に上り詰めた…だが、これまで、葉敬に、世話になってきて、今も葉敬の頼みは、断れない…台北筆頭や、クールの宣伝を断れない…それが、嫌に違いないからさ…」

 「…」

 「…オスマン殿下の庇護を受ければ、葉敬から逃れられる…そう思ったんじゃないのか?…」

 「…」

 「…だが、そうは、問屋が卸さなかった…」

 「…どういう意味?…」

 「…オスマンの庇護を受ければ、今度は、オスマンのために、動かなければ、ならなくなる…つまり、オマエにとって、葉敬が、オスマンに取って代わるだけのことだと、気付いたのさ…」

 「…」

 「…そして、葉問…」

 「…葉問が、どうかしたの?…」

 「…オマエの大好きな葉問が、今度の一件で、暗躍した…それを知った葉敬が、とりあえず、葉問の存在を認めた…葉問の価値を認めたのさ…そしたら、オマエは、葉敬から、離れたくなくなる…葉敬と、離れれば、葉問に会えなくなるからさ…」

 「…お姉さん…そこまで…」

 リンダが、絶句した…

 「…同床異夢…」

 私は、言った…

 「…同床異夢? …なにそれ?…」

 「…同じ布団で、寝ていても、違う夢を見ることさ…」

 「…それが、どうかしたの?…」

 「…今回の件が、まさに、そうさ…」

 「…どういう意味?…」

 「…オスマン殿下が、来日中のリンダ…オマエに会いたいと言う…だが、それが、きっかけで、さまざまな思惑が、うごめき出した…ファラドは、オスマンを失脚させて、自分が、オスマンの地位に就きたいと願い、オマエは、葉敬から、独立したいと思った…そして、それに、いわば、巻き込まれた矢口のお嬢様は、その状況を、うまく逆手にとって、オスマン殿下の庇護を得ようとした…」

 「…」

 「…みんな、一つのことを、きっかけに、別の夢を見たのさ…」

 「…」

 「…が、その中で、一番、得をしたのは、おそらく、葉問さ…」

 「…どうして、葉問なの…」

 「…今度の一件の裏をコソコソ嗅ぎまわり、葉敬に告げて、自分の価値を認めてもらったに違いないからさ…」

 「…」

 「…それで、自分が、しばらく、消滅せずに、済む…だからさ…」

 私は、断言した…

 すると、どうだ?

 リンダの顔が、夜叉になった…

 憤怒の表情に、変わった…

 リンダの美貌が、憤怒に染まった…

 真っ赤に、染まった…

 「…お姉さんが、憎い…」

 いきなり、言った…

 「…私が、憎い? どうしてだ?…」

 「…葉問の心は、お姉さんにある!…」

 「…私にある?…」

 「…そう…お姉さんにある!…」

 「…」

 「…お姉さん…葉問が、どうして、葉敬のために、動いたか、わかる…」

 「…それは、自分が、消滅したくないからだろ?…」

 「…それは、もちろんだけれども…その原因は、お姉さん…」

 「…わ、私?…」

 「…そう…今、消えれば、お姉さんと、二度と会えなくなる…」

 「…私と会えなくなる?…」

 「…葉問は、それを恐れたの…葉問の心は、お姉さんで、いっぱい…」

 「…私で、いっぱい?…」

 「…ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれるほどの地位に就いても、好きな男の心を振り向かすことは、できない…こんなに、悔しいことはない!…」

 リンダ=ヤンが、感情を込めて、激白した…

 「…」

 「…しかも、そのお姉さんは、葉問を好きでも、なんでもない…完全な一人相撲…悔しいったらない!…」

 「…」

 「…まったく、バカバカしい…このリンダ・ヘイワースが、こんな童顔で、六頭身の幼児体型のオバサンに負けるなんて…」

 「…オ、オバサン?…」

 その一言が、私の心に火をつけた…

 私の闘志に火をつけたのだ…

 「…誰が、オバサンさ…私は、お姉さんさ!…」

 リンダが、唖然とした表情で、私を見た…

 「…お姉さん? …だって、35歳といえば、世間では、中年よ…」

 「…世間もなにも、関係ないさ…私が、お姉さんといえば、お姉さんなのさ…私が、80歳…90歳になっても、お姉さんなのさ…」

 私は、勢い込んで言った…

 「…ふざけたことを、言うんじゃないさ…」

 私の言葉に、

 「…」

 と、リンダは、沈黙した…

 それから、

 「…プッ!…」

 と、吹き出した…

 「…なんていうか…」

 リンダが、笑いながら、言った…

 「…お姉さん…どこの世界に、ハリウッドのセックス・シンボルに、立ち向かおうとする女がいるの…しかも、そのルックスで…」

 「…なんだと?…」

 「…普通ならば、誰も、お姉さんを相手には、しないわ…ルックスも、平凡、頭も平凡、しかも、お金持ちでも、なんでもない…そんな、お姉さんを、どうして、私や、葉尊が、相手にするの?…」

 当たり前のことだった…

 そう、言われれば、当たり前のことだった…

 反論できんかった…

 「…でも、お姉さんは、中身が優れている…」

 リンダが、ポツリと、漏らした…

 「…誰もが、お姉さんと、接すると、楽しくなる…優しくなれる…」

 「…優しくなれるだと?…」

 「…これから、結婚する新婦をイメージすると、わかる…」

 「…新婦だと?…」

 「…結婚間近…誰もが、ウキウキと楽しくなる…幸せになる…だから、そんな自分も、つい、他人に優しくなる…誰かに、自分の幸せを、おすそ分けしたくなる…」

 「…」

 「…ちょうど、お姉さんは、真冬の、焚火(たきび)のようなもの…誰もが、お姉さんの元に、集まる…そして、なんとなく、あったかく、気持ちがなる…だから、お姉さんは、好かれる…だから、お姉さんは、愛される…」

 「…」

 「…そして、誰も、そんなお姉さんに勝てない…ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる私も、バニラも、歯が立たない…それは、マリアを見れば、わかる…」

 「…マリアを見れば、だと? …どういう意味だ?…」

 「…子供は、純真…他人を見抜く力がある…」

 「…他人を見抜く力だと?…」

 「…オスマン殿下が、お姉さんを気に入ったのは、あのとき、子供たちと、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊って、子供たちから、好かれたからよ…」

 「…なんだと?…」

 「…きっと、オスマン殿下は、子供たちの中に身を置いて、子供たちが、接した大人たちに、どういう反応をするのか、観察していると思う…」

 「…観察だと? 殿下が?…」

 「…オスマン殿下は、外見は、3歳の幼児だけれども、中身は、30歳の大人…本当は、子供の気持ちは、わからない…」

 「…」

 「…だから、観察する…子供たちが、その大人に対して、どういう態度を取るのか、観察する…」

 「…」

 「…それで、お姉さんは、選ばれた…合格した…」

 「…私が、合格した?…」

 「…オスマン殿下が、日本で、ただ一人、信頼できる人物だと、周囲の人間に、話したそうよ…」

 リンダ=ヤンが、仰天の話を続けた…

               

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