第179話

文字数 4,762文字

 葉敬が、このパーティーにリンダとバニラを連れてきた理由…

 それは、美女二人を自分の傍らに置けば、自分が、目立つからだと、単純に考えていたが、違うかもしれない…

 ふと、気付いた…

 たしかに、あの二人の美女を傍らに置けば、自分は、目立つ…

 が、

 当然というか…

 あの美女は、誰?と、誰かが、聞いてくる可能性は、高い…

 すると、どうだ?

 アレは、ハリウッドの女優のリンダ・ヘイワースと、モデルのバニラ・ルインスキーだと、教えるものも、出て来るだろう…

 現に、リンダとバニラは、いつも、葉敬の会社、台湾の台北筆頭の宣伝要員というか…

 台北筆頭のテレビや、ネットの広告に出ている…

 だから、それを知っている者も、多い…

 だから、当然、

 「…ああ、そうか!…」

 と、なる…

 すると、今回のように、リンダとバニラと握手したいとか、記念撮影したいと、言い出す者が続出する者が出ることは、ある意味、織り込み済み…

 いわば、想定内…

 葉敬にとって、想定内の行動に、違いない…

 私は、そう見た…

 私は、そう睨んだ…

 この矢田トモコの目に狂いは、ない!…

 狂いは、ないのだ!…

 そして、私が、そう思っている目の前で、リンダ・ヘイワースの即席のファン・サービスが、始まったというか…

 このパーティーに参加した、大勢のひとたちと、握手をして、スマホの写真に納まった…

 そして、リンダと写真に写った、このパーティーの出席者は、まるで、小さな子供のように、嬉しそうだった…

 皆、相好を崩して、ニヤニヤしていた…

 まるで、自分が、皆、若い頃に戻った感じだった…

 まるで、このパーティーの出席した60歳以上の人間が、皆、40年も、50年も前に戻った感じだった…

 私は、それを見て、驚いたと言うか…

 まさか、60歳を過ぎた、男たちが、こんなに嬉しそうな表情をするとは、思わなかった…

 しかも、

 しかも、だ…

 このパーティーの出席者たちは、何度も、言うように、この日本を代表する、政界や財界のお偉方…

 そのお偉方が、ハリウッドのセックス・シンボルを目の前にして、にやけた姿を晒すのは、驚いたというか…

 これでは、街中の十代や二十代の若者と、変わらないと思った…

 この日本で、地位や名誉を築いた男たちと、街中に、どこにでもいる、十代、二十代の若者と、同じだと思った…

 私には、文字通り、それが、驚きだった…

 だから、驚きの目で、目の前の光景を見つめた…

 リンダに、殺到する、このパーティーの参加者たちを見つめた…

 見つめたのだ…


 結局、それからは、リンダの即席のファン・サービスが、パーティーの主流になった…

 いや、

 リンダだけではない…

 バニラも、だった…

 真紅のロングドレスを着た、リンダと、対照的に、青いロングドレスを着た、バニラ…

 リンダ同様、目立つ…

 すると、当然ながら、

 「…あの美女は誰?…」

 と、誰かが、聞いた…

 「…さあ?…」

 と、首をひねる者が、続出する中、

 「…アレは、バニラ・ルインスキーだ…」

 と、バニラの正体を知る者も、いた…

 「…バニラ・ルインスキー? …誰だ、それは?…」

 「…アメリカのトップモデルだ…あのリンダ・ヘイワースと同じく、台北筆頭の広告に出ているから、オレも、知っている…」

 「…そうか…だったら、彼女とも、記念撮影や、握手をしてもらいたいな…」

 そんなふうな会話が、あちこちで、なされ、その会話は、私の耳にも、届いた…

 その結果、

 「…葉敬会長…会長の隣にいる、バニラさんとも、握手や記念撮影してもらえないかな…」

 と、一部の人間が、言い出し、当然ながら、葉敬も、それに、応じざるを得なかった…

 「…わかりました…」

 と、葉敬は、これも、機嫌よく応じた…

 「…このバニラで、よかったら…」

 と、これも、葉敬の本心は、ともかく、このパーティーの出席者の要望に、応じざるを得なかった…

 「…バニラ…握手や、写真撮影を頼む…」

 そう言って、葉敬は、バニラから、離れた…

 バニラは、一瞬、戸惑ったが、やはりというか…

 葉敬の要望に、これも、応じざるを得なかった…

 だから、リンダとバニラの即席の握手会が、このパーティー会場に、突如、出現した…

 リンダと、バニラが、二人して、並ぶと、彼女たちを先頭にして、ズラーッと、このパーティーの出席者たちが、一列に、並んだ…

 それは、ある意味、壮観だった…

 だって、それは、まさか、帝国ホテルの鳳凰の間で、リンダ・ヘイワースと、バニラ・ルインスキーの即席の握手会が、開かれるとは、夢にも思わなかったからだ…

 しかも、

 しかも、だ…

 その握手会に順番に並んでいるのは、この日本を代表する政界や財界の大物たち…

 だから、これは、ある意味、シュールと言うか…

 もはや、絶対にありえない光景だった…

 が、

 出現した…

 あり得た(爆笑)…

 だから、私は、驚いた…

 唖然とした…

 が、

 同時に、それは、傍観者…

 私が、リンダや、バニラと違い当時者ではないから、余計に、そう思ったと言うか…

 まして、私は、日本人…

 リンダや、バニラのように、アメリカで、活躍しているわけではなく、葉敬や葉尊のように、台湾人でもない…

 だから、余計に、衝撃が、大きかったというか…

 なにしろ、リンダやバニラの即席の握手会に並ぶ、政界や財界のお偉方が、この日本で、どれだけ偉いかは、同じ日本人の私には、肌感覚で、わかっているからだ…

 テレビや、ネットで、見て、私が、知った顔も、ちらほら見える…

 つまりは、おおげさでなく、この日本の政界や財界の主要な老人たちが、リンダと、バニラと握手や、記念撮影するために、並んでいるのだ…

 冷静に、考えれば、これは、ありえん光景だった(爆笑)…

 決して、見ることが、できん光景だったのだ(爆笑)…

 そして、その光景を間近に見る、傍観者は、この矢田だけではなかった…

 葉敬と、葉問も、同じだった…

 おそらく、葉敬は、バニラに気を利かしたのだろう…

 バニラから離れて、バニラと、握手や記念撮影をする人間たちからも、距離を置いた…

 そうすることで、バニラが、スムーズに、このパーティーに出席したお偉いさんたちと、握手や、スマホでの記念撮影が、やりやすくなると、考えたのだろう…

 葉敬とバニラは、誰が見ても、父子ほど、歳が違うが、バニラは、葉敬の愛人…

 二人の関係を知らない者でも、やはりというか…

 バニラの隣に、父子ほど、歳の離れた葉敬がいては、握手や、記念撮影も、やりづらい…

 ちょうど、父親が、娘が握手会をするのに、隣にいるようなものだからだ(爆笑)…

 だから、葉敬は、バニラから離れた…

 私は、そう思った…

 そして、そして、だ…

 その葉敬の隣には、葉問が、いた…

 葉敬が、忌み嫌う葉問がいた…

 これは、これで、意味深だった…

 意味深な光景だった…

 なにしろ、葉敬は、葉問を気嫌いしている…

 当たり前だ…

 葉問は、葉敬の息子である、葉尊のもう一つの人格…

 本来は、存在しない、もう一つの人格だからだ…

 本来は、存在しないはずが、存在する…

 これは、葉敬にとって、面白いはずが、なかった…

 これは、葉敬にとって、許せるはずが、なかった…

 だから、二人は、普段から、蛇蝎(だかつ)の如く、忌み嫌っていた…

 葉敬は、葉問を忌み嫌い、葉問もまた、葉敬を、忌み嫌っていた…

 これは、当然だった…

 葉敬が、葉問を嫌う理由は、わかるし、理解できる…

 が、

 これも、当たり前だが、自分を嫌っている人間を、好きな人間も、またいない…

 だから、当然、葉問は、葉敬が、嫌い…

 これも、当たり前だった…

 私も、納得した…

 と、

 前置きが、長くなったが、その二人が、隣り合って、立っている…

 私は、二人が、一体、どんな会話をするのか、興味津々だった…

 幸いなことに、私と二人の距離は、あまり離れてなかった…

 だから、今、リンダとバニラの握手会や撮影会で賑わっている、このパーティー会場でも、葉敬と葉問の会話は、私の耳にも、届く…聞こえてくる…

 そんな絶妙な位置だった…

 私が、耳をそばだてていると、

 「…葉問…すまなかった…」

 という葉敬の声が、聞こえた…

 「…いえ…」

 葉問が、短く返答した…

 「…コレが、ボクのできることですから…」

 「…オマエが、できること?…」

 「…ボクは、生まれつき遊び人…このパーティーのような華やかな場所が、似合ってます…だから…」

 「…だから、さっきのスピーチで、葉尊から、代わったと言いたいわけか…」

 「…」

 「…今、言った、すまなかったというのは、あのときのスピーチのことだ…そして、今も…」

 「…」

 「…今も、私が、どうして、リンダの正体を明かさなかったのか、うまく、この会場に、いるひとたちに、説明してくれた…礼を言う…」

 「…」

 「…葉問…オマエのおかげだ…」

 「…いえ、ボクの力だけでは、ありません…」

 「…オマエの力だけではない? …では、誰の力だ?…」

 「…もちろん、あのお姉さんの力です…」

 「…お姉さんの?…」

 「…葉敬…アナタが、あのお姉さんを野放しにしているというか…常に、自由にしているのは、あのお姉さんを利用するためでしょ?…」

 「…利用? …どういうことだ?…」

 「…あのお姉さんは、天衣無縫…天真爛漫…何事にも、縛られず、自由に行動する…にも、かかわらず、敵を作らず、真逆に、自分の味方につける…」

 「…」

 「…そんな人間は、あのお姉さんだけです…」

 「…」

 「…葉敬…アナタは、今回、どこまで、知っていたんですか?…」

 「…知っていた? …私が、なにを、知っていたんだ?…」

 「…マリアの通うセレブの保育園の出来事です…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…アラブの至宝…アムンゼン殿下が、あのセレブの保育園に身を隠していることを、アナタは、事前に知っていたんじゃ、ないんですか?…」

 「…」

 「…それを、知っていて、わざと、放置した…」

 「…」

 「…いや、違う…バニラに、娘のマリアが、あのセレブの保育園で、イジメられていると、あのお姉さんに、言わせたのは、アナタじゃ、ないんですか?…」

 「…なに? …どうして、私が、そんな真似を?…」

 「…あのお姉さんを、セレブの保育園に関わせるためです…」

 「…お姉さんを?…」

 「…あのお姉さんは、トラブルメイカーというか…あのお姉さんを、関わせることで、トラブルを引き起こすことが、できる…」

 「トラブルを引き起こして、どうする?…」

 「…その結果、あのお姉さんが、アムンゼン殿下を味方につけることができる…」

 「…」

 「…あのお姉さんは、不思議な魅力というか…いっしょにいると、どうしても、離れがたくなる…いつまでも、いっしょに、いたくなる…」

 「…」

 「…リンダも、バニラも、絶世の美女だが、いっしょに、いると、飽きると、言うと、失礼だが、いっしょにいると、平凡になる…平凡な日常になる…」

 「…」

 「…が、あのお姉さんは、違う…」

 「…違う? …どう違うんだ?…」

 「…退屈しない…」

 葉問が、笑った…

 「…退屈しない?…」

 「…そうです…いつも、なにか、やらかしてくれる…」

 「…」

 「…そして、それを、見ているのが、実に、楽しい…なにより、これが、一番大事ですが、あのお姉さんと、関わると、離れがたくなる…いつまでも、いっしょにいたくなる…これに、当てはまらない人物は、いない…アムンゼン殿下、しかり…」

 葉問が、葉敬に、語る…

 実に…

 実に、衝撃的な内容だった…

 今回の騒動の黒幕というか…

 あの騒動に葉敬が、関わっているとは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

               
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