第75話

文字数 5,098文字

 …お似合いの二人か…

 オスマンと、マリアを見て、つくづく思った…

 が、

 残念ながら、この恋は、成就しないだろう…

 なにしろ、オスマンは、本当は、30歳だ…

 見かけは、3歳だが、本当は、30歳だ…

 30歳のオスマンが、3歳のマリアと結婚するはずがない…

 仮に、20年後に、結婚することも、あるまい…

 私は、考えた…

 オスマンは、ただ、マリアが好きなのだろう…

 私は、思った…

 思いながら、今度は、あの矢口のお嬢様の狙いを考えた…

 しゅっーぽ…

 しゅっーぽ…

 と、機関車の真似事をしながら、園児たちを引き連れて、先頭を走りながら、考えた…

 …一体、なにを、狙っているのだろうか?…

 考えたのだ…

 なにしろ、あのお嬢様だ…

 矢口トモコだ…

 そのしたたかさを、私は、知っている…

 私は、矢口トモコの手口を知っている…

 ハッキリ、言って、食えない女…

 食えない女! の一言だ…

 金持ちのお嬢様のくせに、その手口は、狡猾極まりない…

 なにしろ、この私を身代わりにしたのだ…

 この矢田トモコを、身代わりにしたのだ…

 私は、そんなことを、考えながら、あのお嬢様を見た…

 矢口トモコを見た…

 しゅっーぽ…

 しゅっーぽ…

 と、叫びながら、あのお嬢様を見たのだ…

 傍目には、楽しそうに、3歳の園児たちを引き連れて、列車ごっこをしていると、他人は、この矢田トモコを見るかもしれない…

 が、

 そうではない…

 そうではないのだ!…

 この列車ごっこをしているのは、仮の姿…

 この矢田トモコの真の姿ではない!…

 ウルトラマンが、人間の姿をしているのと、同じ…

 仮面ライダーが、変身する前と、同じだ…

 この列車ごっこをしている姿が、この矢田トモコの真の姿だと、思われては、困る…

 誤解されては、困るのだ!…

 これは、あくまで、仮の姿…

 真の姿ではない…

 では、この矢田トモコの真の姿とは、なにか?

 台湾の大財閥、台北筆頭の子会社である、日本の総合電機メーカー、クールの社長夫人だ…

 日本中、誰もが、知っている、大企業の社長夫人だ…

 舐めて、もらっては、困る…

 甘く見てもらっては、困るのだ…

 たった今、3歳の園児たちを、率いて、この列車ごっこをしている、矢田トモコの姿は、真の姿ではない…

 あくまで、ボランティア…

 ボランティアだ…

 ボランティアに過ぎないのだ…

 3歳の園児たちに付き合っているに過ぎん…

 私は、そんなことを、考えながら、必死になって、

 しゅっーぽ…

 しゅっーぽ…

 と、繰り返した…

 そして、

 しゅっーぽ…

 しゅっーぽ…

 と、繰り返しながら、この大きな部屋を、40人の園児たちを引き連れて、右へ、左へと、グルグル回った…

 何周も、回った…

 さすがに、きつかった…

 無理もない…

 この矢田トモコも、すでに35歳…

 もう若くは、ない…

 3歳の園児たちを、引き連れて、

 しゅっーぽ…

 しゅっーぽ…

 と、声を出すのは、二十代の役目…

 私よりも、ずっと、年下の役目だ…

 それが、一体なぜ?

 なぜ、こんなことを、せねばならんのか?

 私は、思った…

 やはり、私は、神様にイジワルをされているのか?

 考えた…

 神様に、好かれてないのか?

 悩んだ…

 一体、どうして?

 一体、なぜ?

 と、

 そんなことを、考えていたら、急に、足がからまって、ステンと、呆気なく、転んでしまった…

 「…イター!」

 と、思わず、叫んだ…

 思わず、悲鳴を上げた…

 原因は、運動不足…

 不覚にも、運動不足だった…

 自分でも、驚いた…

 それを見た、マリアが、

 「…ハイ…休憩!…」

 と、声を挙げた…

 思わず、私は、

 「…歳はとりたくないものさ…」

 と、誰にともなく、呟いた…

 が、

 それは、この矢田トモコだけでは、なかった…

 私が、引き連れた3歳の園児たちも、口々に、

 「…疲れた…」

 とか、

 「…もう、無理…」

 と、いう声が、あちこちから、聞こえた…

 それを、聞いて、

 …そうか…

 …この子供たちも同じか!…

 と、内心、納得した…

 この矢田トモコと、同じか?

 そう考えると、ひどく安心した…

 私もまだ35歳…

 十分、若いと、思った…

 現に、まだ、結婚していない、友人、知人も、たくさんいる…

 そう考えていると、

 「…あの矢田ちゃんに、付き合うのも、大変…」

 と、いう声が聞こえた…

 …なんだと?…

 思わず、耳を疑った…
 
 「…あの歳で、列車ごっこなんて、ホント、お子様…」

 とか、

 「…将来、あんな大人には、なりたくないよな…」

 と、いう声が、聞こえた…

 幻聴ではない…

 はっきりと、聞こえたのだ…

 …おのれ!…

 …このガキども!…

 この矢田トモコが、貴重な時間を割いて、遊んでやっているのに、なんて、言い草だ…

 私は、頭に来た…

 もう二度と遊んでやらん!

 泣いて頼んでも、遊んでやらん…

 あの矢口のお嬢様が、泣いて頼んでも、遊んでやらんゾ…

 そう、私は、固く心に誓った…

 そう、私は、固く、肝に銘じた…

 そう、考えていると、

 「…矢田、ご苦労だった…」

 と、いう声がした…

 声の主は、当然というか、矢口のお嬢様だった…

 …ご苦労だっただと?…

 …一体、どういう意味だ?…

 …まだ、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ってないゾ…

 私は、言いたかった…

 そう、思って、矢口のお嬢様の顔を、見た…

 いや、

 睨んだ…

 すると、

 お嬢様は、私が、なにを考えているか、わかったらしい…

 「…矢田…恋するフォーチュンクッキーは、踊らなくていい…休め…」

 と、例によって、上から目線で、言った…

 私は、

 「…どうして?…」

 と、言いたかった…

 「…どうして、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊らなくていいのか?…」

 と、聞きたかった…

 すると、

 「…矢田…子供たちが、楽しめれば、いいんだ…」

 と、矢口のお嬢様が、言った…

 それから、

 「…みなさん…子供たちに、お菓子を上げて下さい…スーパージャパンで、扱っている商品です…気に入ったら、ぜひ、スーパージャパンで、同じ商品を買って下さい…どこよりも、安いです…」

 と、ちゃっかり、子供相手に、自分の店の宣伝をしていた…

 子供相手に、力説していたのだ…

 私は、それを見て、

 …あのお嬢様は、気が確かか?…

 と、思った…

 3歳の幼児相手に、店の宣伝をして、どうする?
 
 と、思ったのだ…

 が、

 私が、そんなことを、考えていると、近くで、リンダに化けたバニラが、

 「…あのお嬢様…やり手ね…」

 と、リンダに囁いている声が聞こえた…

 …なんだと?…

 …どうして、やり手なんだ?…

 「…どうして、やり手なの?…」

 リンダ=ヤンがバニラに聞いた…

 「…あのお嬢様…親の心を読んでる…」

 「…どういうこと?…」

 「…親は、子供に逆らえない…子供が、スーパージャパンで、お菓子を買ってくれと、言われれば、スーパージャパンで、お菓子を買うしかない…他の店ではダメ…例え、同じお菓子でも…」

 バニラが、説明した…

 私は、それを聞いて、

 …さすがは、この矢田トモコのそっくりさん…

 と、思った…

 この矢田トモコ同様、優れている…

 やはり、外見が、同じだから、中身も、また同じなのだろうと、思った…

 私は、ソニー学園出身…

 お嬢様は、東大出身…

 偏差値は、少しばかり? 違うが、たいした違いではない…

 いわば、学歴ではなく、頭がいいということだ…

 学歴に現れない、頭の良さを持っているということだった(笑)…

 私は、それを、あの矢口のお嬢様の中に、見た…

 見たのだ…

 その結果、

 同士…

 と、私は、思った…

 私は、心の中で、叫んだ…

 もしかしたら、あの矢口のお嬢様も、私同様、優れているのかもしれん…

 そこまで、考えると、あのお嬢様と、この矢田が、将来タッグを組むことも、視野に入った…

 激安スーパー、スーパージャパンと総合電機メーカー、クール…

 タッグを組めば、面白い化学反応が、起こるかもしれん…

 この矢田トモコと、あの矢口のお嬢様が、タッグを組んだように、面白い化学反応が、起こるかもしれん…

 業界の垣根を越えて、タッグを組む…

 そして、その結果、この日本、いや、世界を席捲するかもしれん…

 この矢田トモコと、あの矢口のお嬢様が、手を組めば、それも可能かもしれん…

 そして、その後は…

 あの矢口のお嬢様を、捨ててやる…

 ポイと、ごみ箱に捨ててやるさ…

 あのお嬢様とタッグを組むのは、あくまで、事業拡大のため…

 夫の葉尊のためだ…

 そして、その目的を達成した暁には、あの女を、ごみ箱に捨てて、やるさ…

 矢口トモコを捨ててやるさ…

 この世の中に、同じ顔を持つ女は、二人と、必要ないのさ…

 一人で、いいのさ…

 悪魔の囁きが、脳内に、聞こえた…

 だが、これが、本心…

 本心だった…

 矢田トモコの本心だった…
 
 すべては、クールのため…

 すべては、夫の葉尊のために、今は耐え難きを耐え、忍び難きを、忍んでいるのさ…

 臥薪嘗胆…

 すべては、未来のため…

 この矢田トモコのバラ色の未来のためさ…

 ふっふっふっ…

 そのときまでは、顔を洗って待っているが、いいさ…

 目にモノを、見せてやるさ…

 今に見ていろ…

 きっと、ほえ面をかかせてやる…

 目にモノを、な…

 気が付くと、私は、すっかり、悪人だった…

 なぜか、悪役になっていた(汗)…

 このシーンだけを見れば、まるで、私は、悪い人間に、見えてしまっていた…

 が、

 これは、困る…

 困るのだ…

 私は、善人だった…

 心の底から、善人だった…

 ただ、ちょっと、悪ぶっただけだった…

 いや、

 プロレスラーの悪役=ヒールは、誰もが、善人と聞く…

 だから、それは、この矢田トモコも同じ…

 同じだ…

 私は、そんなことを、考えながら、矢口のお嬢様を見た…

 すると、

 「…矢田…疲れたろう?…」

 と、矢口のお嬢様が、私に声をかけた…

 「…ハイ…」

 私は、素直に言った…

 「…疲れました…」

 「…そうか…オマエもうちのお菓子を食べろ…」

 と、言って、矢口のお嬢様が、自ら、この矢田トモコの元へ、やって来て、お菓子をくれた…

 「…疲れたときは、甘いものが、一番だ…」

 そう言って、お嬢様は、私に、お菓子をくれた…

 キットカットだった…

 私の好物だった…

 …これは、偶然か?…

 私は、思った…

 偶然、このお嬢様は、私にキットカットを差し出したのか?

 それとも、あらかじめ、私の好物をリサーチしていたのか?

 そんなことを、考えていると、マリアが、私の目に入った…

 私の細い目に入った…

 …そういえば、さっき、マリアも、私にキットカットをくれたな…

 私は、慌てて、ポケットを探った…

 マリアのくれたキットカットが、あった…

 …これは、偶然か?…

 …それとも?…

 すると、私は、突然、今日、この会場に、ピンクのベンツで、やって来たことを、思い出した…

 私は、ピンクのベンツに乗っていることが、恥ずかしくて、仕方がなかった…

 私は、本来、目立ちたがり屋でも、なんでもない…

 あんな派手なベンツに乗るのは、嫌で仕方がなかった…

 恥ずかしい…

 みっともないと、思ったのだ…

 すると、あのとき、

「…セレブの保育園だから、目立つために、このベンツを選んだ…」

と、たしか、バニラが、言った…

「…セレブの保育園だから、送迎車は、みんな高級車…その中で、目立つために選んだ…」

と、バニラは、説明した…

それを聞いて、私は、そんなものかと、思った…

たしかに、セレブの保育園だから、送迎車は、皆、高級車ばかりだった…

だから、あのときは、バニラの発言に、納得した…

が、

今となっては、それも、怪しい…

なぜなら、この会場に、園児の父兄は、いない…

父兄は、バニラのみ…

これは、一体、どういうことだ?

あらためて、思った…

そもそも、この保育園のお遊戯大会は、なかったのだ…

この大会は、ファラドを罠にかけるために、開かれた…

いや、

きっと、それだけではない…

このお嬢様も、一枚噛んでいる…

絶対、噛んでいる…

そうでなければ、司会はできない…

司会=MCはできない…

 お遊戯大会と、銘打っても、実は、ファラドを罠にかけるためと、あらかじめ、知っていなければ、できない…

 そもそも、スーパージャパンの提供するお菓子を運んできた、屈強な男たちは、すべて、オスマン殿下の配下の者たち…

 父兄に化けた、屈強な男女も、皆、オスマン殿下の配下の人間だった…

 それを、事前に、この矢口のお嬢様が、知らないわけがなかった…

 そして、それは、バニラも同じだった…

               
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