第30話

文字数 5,704文字

 私が、珍しく、そんなことを、考えていると、あの矢口のお嬢様のことを、思い出した…

 あの私そっくりの外観のお嬢様…

 スーパージャパンの、創業者のご令嬢だ…

 あの矢口のお嬢様は、外観は、私そっくりだが、中身は、真逆だった…

 矢口のお嬢様は、東大卒…

 片や、私は、ソニー学園出身…

 矢口のお嬢様は、当然、お金持ち…

 私は、平凡…平凡な家庭の出身…

 が、

 とりわけ違うのは、性格だった…

 私は、自分でいうのもなんだが、結構器用で、はしっこい…

 が、

 矢口のお嬢様は、不器用だった(笑)…

 自分の父親が、経営するスーパージャパンで、身分を隠して、働いても、終始、トロトロして、使い物にならなかったと、人づてに聞いた…

 要するに、頭でっかちというか…

 頭は、いいが、その頭の良さを生かすような仕事でないと、使い物にならないということだ(笑)…

 スーパーを例にたとえれば、末端で、商品を棚に並べるような仕事は、トロトロして、ちっとも、進まない…

 だから、同じ末端でも、スーパーの経営戦略とか、頭を使う難しい部署で、議論をしたり、資料を作るのが、あっていた…

 事実、矢口のお嬢様は、実家が、大手の安売りスーパーを経営しているから、そのような仕事に就き、着実に実績を伸ばした…

 つまり、東大卒の頭の良さを生かしたということだ…

 が、

 思えば、それは、ただ単に運がいいの一言…

 そんなにうまくゆく人間は少ない…

 以前、経済評論家の森永卓郎が言っていたが、自分と同世代の仲間内で、東大を卒業した人間で、成功したと、思われる人間は、わずか二割だと、言っていた…

 二割=20%だと、断言していた…

 日本で、一番、頭のいい大学を出て、成功したと思えるのは、わずか、20%の人間に過ぎない…

 いかに、少ないか?

 そう、思える…

 矢口のお嬢様の場合は、実家が、大手のスーパーを経営していたから、簡単に、父親が、娘の頭の良さを生かせるような職場に、配属したのだろうが、普通は、それは、無理…

 できない…

 当たり前だ…

 たとえ、東大を出ていても、仮にマクドナルドに入社すれば、最初は、店舗スタッフから、始めろと、言われる…

 当たり前だ…

 そして、店舗スタッフをすれば、正直、学歴は関係ない…

 たとえ、高卒の人間でも、テキパキ動く人間は、いるし、東大を出ているかといって、テキパキ動く高卒の人間に、勝てない東大卒は、多いだろう…

 だから、そんな高卒の人間に、

 「…アイツは、東大を出ているのに、なんなんだ?…」

 と、陰口を叩かれて、落ち込む東大卒の人間は、多いに違いない…

 マクドナルドは、わかりやすい例だが、どんな大企業も、最初は、誰もが、末端の仕事から、始めさせる…

 すると、当然のことながら、東大を出ても、自分に合わない仕事や、職場が、存在する…

 そうなると、地獄になる(涙)…

 が、

 あの矢口のお嬢様は、そういう心配がないのが、救いだった…

 自分の父親が経営する店=会社だったから、職場を選べた…

 だから、合わない職場に、長くいることもなく、オサラバできたわけだ…

 が、

 普通は、そうは、いかない…

 だから、自分に合わなければ、誰もが、職場の移動を人事に願い出るか、それが、叶わなければ、転職するか、のどちらかだろう…

 が、

 さらに言えば、あの矢口のお嬢様は、対人関係が、苦手だった…

 他人とうまく、付き合うことができなかった…

 他人とうまくつきあえないというのは、職場においては、致命的だ…

 職場で、ひとりで、任されてやる仕事は、ないではないが、ごく少数…

 大抵が、最低でも、二人で、組んでする仕事が多い…

 だから、コミュニケーション能力が、不可欠になる…

 学校の勉強では、一人で、やれば、よいが、仕事は、ひとりで、やる仕事は少ない…

 そういうことだ…

 だから、矢口のお嬢様は、それで、悩んでいたと、聞いた…

 だから、考えてみれば、あのとき…

 つまりは、スーパージャパンの再建方法を巡って、他の重役たちと、言い争いになり、他の重役たちを説得できないから、お嬢様は、自分の結婚式を隠れ蓑にして、勝手に、他社との提携の調印をしたのだろう…

 会社の重役たちと、うまく、コミュニケーションを取れないから、自分勝手に動くしかなかったのだろう…

 私は、それを思った…

 そして、たしか、あのお嬢様は、私に憧れていると言った…

 この矢田トモコに、憧れていると、言った…

 理由は、ただ一つ…

 私が、他人とコミュニケーションを取るのが、うまいからだ…

 あの葉問が、言ったように、私は、他人に好かれる…

 なぜか、わからないが、好かれる…

 私が、思うに、私が、頼りないのが、一因だろうと、思う…

 私は、実は、頼りない…

 だから、助けてやろうという人間が、必ず周囲に、存在した…

 これが、私とお嬢様の違い(笑)…

 また、私は、美人でも、なんでもなかった…

 これが、良かった…

 美人は、羨ましいが、困ることも、結構多い…

 なにより、なにもしていなくても、目立つ…

 これが、困る(笑)…

 また、美人だと、必ず、それを羨ましく思って、さまざまな、嫌がらせ=イジメを仕掛けてくる同性の女も存在する…

 要するに、美人が羨ましいのだ…

 だから、美人に生まれると、なにもしなくても、敵を作ることになる…

 が、

 私は、幸か不幸か、美人に生まれなかった…

 それが、幸いした(笑)…

 だから、そのような敵はいなかった…

 また、なにより、愛想が良かった…

 そして、人間が、軽かった…

 だから、いつも、矢田ちゃんだった(笑)…

 矢田ちゃんと、軽く呼ばれていたから、周囲の人間が、助けてくれたのだ…

 これは、ラッキー…

 ラッキーこの上なかった…

 これが、男ならば、困るかもしれない…

 会社に入社して、数年は、それでいいかもしれないが、ずっと、そういうわけにはいかないからだ…

 歳を取り、後輩もできたにもかかわらず、いつまでも、矢田ちゃんと軽く呼ばれて、威厳もなにもないのは、困る…

 困るに決まっている…

 正直、女の私でも、困るが、男は、もっと困るだろう…

 やはり、上に上がった以上、威厳は、欠かせないというか…

 同じことをやるにしても、威厳があると、周りを説得しやすい…

 どうしても、同じことをする場合、誰が、言うか? で、周囲の反応も変わって来るからだ…

 はっきり言えば、

 ○○が言うと、納得しないが、○○が言うと、納得するというか…

 仕方ないと思うかもしれないが、納得する…

 それは、威厳のせいも、あるし、正直、人間性の部分もあるだろう…

 あんな奴に言われても、となることは、誰もが、経験することだからだ…

 私が、こんなことを、書くのは、何度も言うように、短大を出て、さまざまな職場を経験したからに、他ならない…

 どうしても、一つの職場しか経験しないと、視野が狭くなる…

 たとえば、以前の職場で、こんなことがあってと、別の職場の人間にいっても、

 「…そんなこと、あるわけないじゃん…」

 とか、

 「…アンタ…話を盛っているんじゃない?…」

 と、言われたこともあるからだ…

 どうしても、その職場では、ありえない話だから、信じてもらえないことが、多い…

 なぜなら、その職場では、そんな人間は、存在しないからだ…

 たとえば、さっき例に挙げた、高卒で、出世を目指した人間のことを言っても、普通に、考えれば、

 「…偏差値40の工業高校を出て、出世なんて、できるわけないだろ?…」

 と、なる…

 だから、

 「…そんなヤツ、いるわけないだろ?…」

 と、なる…

 が、

 現実に、私は、そんな人間を知っている…

 が、

 そんな人間を見たこともなければ、私の話を信じないだろう…

 それも、また、よくわかる…

 人間は、何事も経験だ…

 歳をとって、それがわかって来た…

 経験しなければ、どんな話を、聞いても、ホントに、そんなことがあるの? と、眉唾物にしか、聞けないからだ…

 だから、同じように、以前、年収400万円の、三十代前半の女性の看護師が、私は、年収一千万円の男としか、結婚しないと、断言したのを、聞いて、呆れたというのを、ネットで、見た…

 その看護師は、ルックスも平凡にも限らず、大言壮語していたそうだ…

 話を聞いた女性が、

 「…そんな年収がある男性なら、もっと、いい女性と結婚するでしょ?…」

 と、話しても、頑として聞き入れなかったそうだ…

 普通に考えれば、頭がおかしいの一言だが、たしかに、世の中には、そんな人間も存在する…

 だが、そんな人間を知らなければ、

 「…ホントにそんな人間が、いるの?…」

 とか、

 「…矢田は、ウソを言っている…私を騙している…」

 としか、言えないだろう…

 なにしろ、そう考えるのが、普通だからだ…

 要するに、世の中には、色々な人間が、いるということだ…

 私と矢口のお嬢様のことを、比べていたが、いつのまにか、話が、別の方向に転んだ…

 いつものことだった(笑)…

 そして、あのお嬢様…

 私が、苦手なのは、あのお嬢様が、策士だからだった…

 悪く言えば、ずるがしこい(笑)…

 私を身代わりにして、自分の結婚式を隠れ蓑にして、会社の提携の調印を、したのが、その実例だ…

 私とお嬢様が、同時に結婚式を挙げる…

 すると、まったく同じ顔をした、二人だから、どちらが、本物のお嬢様か、わからない…

 どっちが、本物のスーパージャパンのご令嬢の矢口トモコか、わからない…

 それを狙って、私を身代わりにした…

 結婚式の会場は、同じ…

 同じ結婚式場で、同じ時刻に、結婚式を挙げる…

 つまり、お嬢様の真の目的に気付いた、スーパージャパンの重役たちが、お嬢様を止めようとしても、どっちの式場に乱入すれば、いいのか、わからなかった…

 一か八か…

 二つに一つ…

 そういうことだ…

 こうすれば、お嬢様の狙いに、気付いても、時間を稼ぐことができる…

 現に、お嬢様の狙いに気付いた関係者たちは、お嬢様の狙い通りに、間違って、私の結婚式場に、乱入した…

 つまり、お嬢様は、そのおかげで、時間を稼ぐことができたのだ…

 と、

 ここまで、考えて、気付いた…

 あのとき、なぜ、お嬢様の結婚式場ではなく、身代わりである、私の結婚式場に、関係者が、殺到したのか?

 今、考えれば、謎だ…

 もしかしたら?

 もしかしたら、あのお嬢様…誰か、関係者の中に、わざと、ミスリードするように、操作する人間を、手配していたのかもしれない…

 そう気付いた…

 あの混乱の中で、私とお嬢様が、同時に、結婚式を挙げれば、どっちの会場に乱入すれば、よいか、わからない…

 判断に苦しむ…

 そう言ったときに、誰かが、

 「…こっちの会場に行こう…」

 とでも、言えば、皆が、そっちの会場に向かう…

 どうしても、人間は、混乱していると、正常な判断ができなくなるからだ…

 それが、わかっていた、お嬢様は、あらかじめ、そんな人間を、手配して、重役たちの中に潜ませていた…

 あるいは、反対する重役たちの中に、事前に、内通者を、潜ませていたのかもしれないと、気付いた…

 そして、さらに言えば、その内通者は、おそらく、お嬢様ではなく、お嬢様の実父に頼まれたのかもしれない…

 今さらながら、そう気付いた…

 私と同じ年代のお嬢様に頼まれても、お嬢様よりも、はるかに、年上の、スーパージャパンの重役たちは、動かないだろう…

 しかしながら、お嬢様の実父である、スーパージャパンの社長に頼まれたならば、動くに違いない…

 すると、どうだ?

 私は、思った…

 スーパージャパンの再建策…

 あのときは、あのお嬢様が、再建の主役を演じていると、思ったが、実は、違った可能性が高い…

 本当は、お嬢様の実父の社長が、陰で、糸を引いていた可能性が高い…

 いや、

 可能性ではない…

 おそらく、それが、事実に違いない…

 あるいは、実父の社長でなければ、その妻…

 つまりは、お嬢様の母親や、叔父や叔母の可能性が高い…

 なぜなら、あのお嬢様の年齢では、何度も言うように、自分より、はるかに年長のスーパージャパンの重役たちを動かすのは無理だからだ…

 私は、それに気付いた…

 ということは、どうだ?

 今回の件…

 アラブの王族との接待の件にしても、実は、これは、お嬢様の発案でない可能性もある…

 お嬢様の実父や、それ以外の身内の可能性も高い…

 私は、そう気付いた…

 あのお嬢様が、自分の経営するスーパージャパンに、イスラム教徒が、食するハラールという食材を置くためというのは、わかるが、それが、口実の可能性もある…

 考えれば、きりがないが、あのお嬢様が、一筋縄ではいかないところに、さらに、その上がいたのかもしれないと、気付いたのは、痛かった(笑)…

 もしかしたら、とんでもないモンスターが出てくるかもしれない…

 私は、思った…

 あのお嬢様ひとりだけでも、十分、強敵なのに、それ以上の強敵がいては、困る(涙)…

 私は、思った…

 思いながら、実は、内心、ドキドキした…

 それも、面白いかも、と、思ったのだ…

 ジェットコースターではないが、ドキドキする…

 刺激がある…

 どんなモンスターが、あのお嬢様の背後に控えているか、見てみたい気持ちもある(笑)…

 いわば、怖いもの見たさ…

 子供のような、純粋な好奇心だ(笑)…

 あのお嬢様が、誰かの操り人形ならば、そのお嬢様を操っている人間を、見てみたい…

 どんな人間が、あのお嬢様を操っているのか、見てみたい…

 そういうことだ…

 そして、そのお嬢様の背後にいる人間の狙いを知りたい…

 当然、アラブの王族の接待に、お嬢様が出席することで、なにか、狙いがあるはずだからだ…

 それは、もしかしたら、純粋に、お嬢様が言ったように、ハラールかもしれないし、それ以外に目的があるかもしれないからだ…

 いや、

 それ以外に、本当の目的が、隠されていても、おかしくはない…

 が、

 本当のところは、わからない…

 ただ、俄然、面白くなってきた…

 そんな気がした…

                
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