第78話

文字数 5,110文字

 
 が、

 バニラは、驚かんかった…

 「…やっぱり…」

 と、言って、笑った…

 「…さすが、リンダね…」

 と、だけ、言った…

 私は、どういうことだ?
 
 と、思った…

 思いながら、考えた…

 私とバニラの違いを、だ…

 私とバニラ…共に、リンダと、接しているが、付き合った長さが違う…

 私は、最近、知り会ったばかり…

 が、

 バニラは違う…

 何年前から、付き合っているのか、正確には、知らないが、私のように、昨日、今日、知り会った関係ではない…

 少なくとも、5年や、6年は、前から、知り会っているだろう…

 どうして、そう言えるのか?

 それは、リンダ・ヘイワースが、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる前から、知り会ったと、思えるからだ…

 リンダは、今のように、売れる前には、私の夫の葉尊の父、葉敬の援助を受けていた…

 そして、バニラは、葉敬の愛人…

 バニラの娘のマリアは、葉敬の娘だ…

 そのマリアは、3歳になる…

 その事実を踏まえれば、バニラは、最低でも、それ以前に、リンダと知り合っていることになる…

 なぜなら、バニラは、葉敬と知り合ったのは、4年以上前…

 だから、おおざっぱに、考えて、5年ぐらい前から、知っていたと、考えたのだ…

 だから、バニラは、私と違い、リンダのことは、おおげさに、言えば、なんでも、知っているに違いない…

 だから、リンダの実力を知っているのだ…

 リンダ・ヘイワースの実力を知っているのだ…

 そして、それは、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる、お色気たっぷりの姿だけではない…

 リンダ・ヘイワースの情報収集力…

 いわずと知れた、イギリス王室のウィリアム王子を筆頭とした、セレブ人脈…

 そのセレブ人脈の凄さを知っているのだ…

 熟知しているのだ…

 だから、バニラは、驚かんのだ…

 私は、あらためて、思った…

 が、

 と、そこまで、考えて、思った…

 バニラが、こんなことで、驚いたということは、リンダは、バニラに、今回の騒動というか、内訳を、どの程度、教えたのか?

 いや、

 もっと、言えば、どこまで、知っているのか?

 なにも、知らなければ、バニラは、リンダに化けて、この場にやって来るわけがない…

 当たり前だが、事前に、リンダから、頼まれて、リンダに化けて、この場にやって来たわけだからだ…

 だから、私は、バニラに、

 「…バニラ…オマエは、今日、どうして、リンダに化けて、ここに来たんだ?…」

 と、直球に聞いた…

 すると、バニラは、

 「…リンダに頼まれたの…」

 と、言った…

 が、

 それは、わかっている…

 だから、

 「…それは、わかっている…なんて、頼まれたんだ?…」

 と、私は、聞いた…

 「…仮装大会の出し物というか…」

 「…仮装大会の出し物だと?…」

 私は、思わず、素っ頓狂な声を上げた…

 「…今日は、私もこの保育園のお遊戯大会と聞いていたから、私が、リンダに化けて、現れれば、父兄が喜ぶって…すっかり、リンダに騙された…」

 …なんと!…

 …そんな子供が、騙されるような手で!…

 私は、思わず、リンダを見た…

 リンダ=ヤンを、見た…

 すると、

 「…ウソ、おっしゃい…」

 と、ヤン=リンダが指摘した…

 「…なに、ウソ?…」

 私は、言った…

 「…そう…ウソ…バニラは、ホントは、私の狙いを知っていた…いえ、知っていなくても、なにか、別の目的があることには、気付いていた…」

 「…どうして、気付いていたんだ?…」

 「…ピンクのベンツ…」

 「…アレが、どうかしたのか?…」

 「…あのベンツは、葉敬に用意してもらった…だから、当然、葉敬から、バニラに、内密で、どうして、あのベンツが、必要なんだ? とでも、聞かれたんじゃないの?…そして、勘のいい、葉敬とバニラだから、なにか、あると、勘づいていたんでしょ?…」

 「…それは、なんとなくね…」

 と、言って、バニラが、笑った…

 「…リンダが、私にリンダに化けて、と言った時点で、なにかあると、思った…でも、それが、なんだか、わからなかった…」

 バニラが、説明する…

 「…まさか、ファラドと殴り合いのケンカをするとは、思わなかった…」

 「…それは、私も想定外だった…まさか、ファラドが、マリアを人質に取るとは…」

 ヤン=リンダが、言う…

 「…でも、そのおかげで、マリアとオスマン殿下の絆が、深まった…まさに、ケガの功名ね…」

 が、

 バニラは、なにも、言わなかった…

 複雑な、表情になった…

 「…まさか、オスマン殿下は、マリアのことを…」

 そう言って、後は、なにも言わなかった…

 あえて、言わなかったのだろう…

 オスマン殿下は、見かけは、3歳の幼児だが、実際は、30歳の成人男子…

 3歳のマリアと、恋愛や結婚ができるわけがないからだ…

 が、

 オスマン殿下は、本当は、どう思っているのか、わからない…

 だから、マリアの母親である、バニラは、心配だったのだろう…

 まさかとは、思うが、将来、オスマンが、マリアと結婚したいと言い出すのでないかと、不安だったのだろう…

 が、

 その不安を、リンダが、払拭した…

 「…バニラ…その心配は、無用よ…」

 「…無用…どうして?…」

 「…オスマン殿下のマリアを見る目を、見なさい…」

 「…見る目?…」

 「…アレは、妻や恋人を見る目じゃない…子供を見る目…自分の愛する子供を見る目…」

 「…愛する子供を見る目?…」

 「…オスマン殿下は、本当は、30歳…きっと、マリアのような子供が、欲しいと、思ったのでしょう…それが、あの目に表れてる…」

 その言葉で、私は、マリアとオスマンを見た…

 酒をマリアに取られたオスマンは、マリアと言い争っていたが、その目は、優しかった…

 マリアを可愛くて、仕方がない様子だった…

 「…オスマン殿下は、アラブの至宝と呼ばれるほどの頭脳の持ち主…自分のことも、マリアのことも、わかっている…」

 ゆっくりと、リンダが告げる…

 「…おそらく、オスマン殿下は、今、このときを楽しんでいるのだと思う…」

 「…今、このときって?…」

 バニラが、リンダに聞いた…

 「…マリアと過ごせる時間…マリアは、当たり前だけれども、大きくなる…そうなると、オスマン殿下と不釣り合いになる…だから、今、このときを楽しんでいる…そして、いずれ、それは、オスマン殿下の中で、楽しい思い出に変わる…」

 リンダが、説明した…

 私も、バニラも、その言葉に、なにも言えんかった…

 おそらく、その通りだったからだ…

 賢明なオスマンは、なにもかも見抜いているに違いない…

 自分が、将来、マリアと結婚できないことも…

 将来、マリアが、自分から、離れてゆくことも、すべて、見抜いているのだろう…

 すべて、見抜いた上で、今を楽しんでいるのだろう…

 いわば、思い出作り…

 楽しい思い出は、一生、心に残る…

 そして、それを、思い出せば、ひとは、幸福になる…

 オスマン殿下は、そう考えているに、違いなかった…

 が、そこまで、考えて、気付いた…

 やはりというか、あのお嬢様の狙いが、わからない…

 あの矢口トモコの狙いがわからないのだ…

 だから、

 「…ヤン…いや、リンダ…」

 と、私は、言った…

 「…なに、お姉さん?」

「…あの矢口のお嬢様…あの、お嬢様は一体、なにを、考えているんだ? いや、一体、なにを、目的に、このお遊戯大会に参加したんだ?…」

 私の質問に、ヤン=リンダは、考え込んだ…

 それから、少しして、

 「…あのお嬢様が、なにを考えているかは、わからない…ただ…」

 「…ただ、なんだ?…」

 「…別に、お姉さんに、不利になるとか、そんなことじゃないと思う…」

 「…私が、不利になる? …どういう意味だ?…」

 「…私も、詳しくは、知らない…なにより、あのお嬢様と、そう接してはいない…でも…」

 「…でも、なんだ?…」

 「…悪い人じゃないと思う…」

 「…悪い人じゃないだと?…」

 「…悪い人間は、大げさに、言えば、匂いで、わかるといえば、言い過ぎだけれども、初対面で、なにか、嫌なものを、感じる…変な例えかもしれないけれども、例えば、ホントは、中身は、真っ黒なのに、白い服を、着て、中身が、黒いのを、隠すようなもの…少し、目を凝らして、見れば、黒いのが、わかる…別に、黒人のことを、揶揄して、言っているわけじゃないわよ…」

 ヤン=リンダが、笑った…

 私は、そのたとえに、うまいことを言うと、思った…

 たしかに、ヤン=リンダのいうことは、わかる…

 誰もが、直観というか、センサーというか…

 コイツは、危険という人物は、男女の別なく、初対面で、わかる…

 少し、おおげさに、いえば、第六感ではないが、人間誰もが、生まれつき、備わった力というか…

 それがあるから、普通のひとは、そんな人間と付き合わない…

 そして、それが、もっとも、明らかなのは、会社の就職やパートや、アルバイトの面接だろう…

 ずばり、面接官が、採用しないのだ…

 一言で、言えば、初対面で、なにか、嫌なものを、感じるのだろう…

 ハッキリ言って、この人間を採用すれば、後で、なにか、やらかすというか…

 職場が、ゴタゴタすると、考える…

 だから、採用しない…

 が、

 当然ながら、本人には、それが、わからない…

 ずっと以前に、私も、とある職場で、そんな人間と会ったことがある…

 ITバブルの頃だ…

 正直、景気が、良いときは、どんな人間も採用しているので、その時期は、その前や後に比べ、採用した人間のレベルが、一目見て、落ちていた(笑)…

 もっとも、当の採用された人間は、わからない…

 いや、

 わかる人間は、いたかもしれないが、私の周りでは、いなかった(笑)…

 だから、大半が、ITバブルが、弾ければ、サヨナラというか…

 クビになった…

 また運よく、クビにならなくても、正直、未来は、なかった…

 出世はなかったのだ…

 ハッキリ、言えば、ITバブルに、限らず、景気が、良い時期は、悪い時期に比べて、採用レベルが、緩くなる…

 大げさに、言えば、早慶レベルの人間を採用していた会社が、日大レベルを採用する…

 そして、日大レベルを採用していた会社が、高卒を採用するという具合にだ…

 だから、一目見て、集めた人間のレベルが、それまでとは、違う…

 が、

 それを目の当たりにしても、わからない人間は、わからない(笑)…

 採用レベルが、下がった現実が、わからないのだ…

 そんな人間には、なにを言ってもダメ…

 無駄だ…

 そして、そんな人間は、すべからく、プライドが高い…

 さらに、上昇志向が、強かった…

 私は、それが、驚きだった…

 それまで、そんな人間に会ったことが、なかったからだ…

 そんな人間を見たことが、なかったからだ…

 例えば、東大や、早慶を出て、

 「…オレは、いい大学を出ているんだから、この会社で、出世するんだ…」

 と、までは、言わないが、態度で、示していれば、まだわかる…

 いい大学を出ているから、偉くなりたいと思っても、理解できる…

 が、

 まったくの無名の大学や、高卒で、

 「…オレは、この会社で、偉くなってやる…」

 と、言葉や態度で、示した人間を見て、驚いた…

 文字通り、驚愕した…

 それまで、そんな人間を見たことが、なかったからだ…

 そして、その後もなかったからだ(笑)…

 ハッキリ言って、その時代だから、出会った…

 見ることができた…

 大げさに、言えば、希少生物に近かった(笑)…

 できもしないことを、平然とできると、言い張る人間に、接したのは、後にも先にも、そのときだけだった…

 そして、世の中には、色々な人間がいると、しみじみ思ったものだ…

 そのとき、初めて、人間の能力について、考えさせられた…

 中学や高校で、勉強で、成績が、いいか悪いかは、誰もが、考える…

 が、

 社会に出て、これほどの差があるとは、考えもしなかったのだ…

 正直、これほど、驚いたことも、後年、役に立ったこともない…

 当時、ITバブルの時期に出会った人間を超える人間には、ついぞお目にかかることがなかった(笑)…

 ただ、最近になって、そんな人間は、今、なにをしているのだろうと、思う…

 そう考えるのは、私も歳をとった証拠だ…

 私は、ヤン=リンダの言葉を聞きながら、そんなことを、思った…

 ヤン=リンダが、中身が、黒いのに、白い服を着ていて、それを隠そうとしていると、言ったことで、そう思ったのだ…

 まあ、そう考えれば、私の想像力も凄いものだ(笑)…

 そして、その間にも、カメラは、回っていた…

 私を撮り続けていた…

              
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