第81話

文字数 5,768文字

 あの、お嬢様、子供たちと踊る姿を、自分だと、思わせることで、私を呼んだのだ…

 私を、利用したのだ…

 おのれ、矢口トモコ!…

 許さん!

 貴様だけは、どんなことをしても、許さん!

 私の心の中が、復讐の炎で、燃え盛った…

 復讐の炎が、メラメラと、私の心の中で、燃え盛った…

が、その一方で、私は、冷静だった…

 テレビを食い入るように、見た…

 一体、自分が、どんなふうに、利用されているか、見たのだ…

 すると、AKBの恋するフォーチュンクッキーの曲が流れ、私をセンターにして、園児たちが、踊っている…

 その場面が、音付きで、流れている…

 が、

 私に関しての、音声は、一切流れなかった…

 例えば、マリアが、

 「…矢田ちゃん…」

 と、私の名前を呼んだ、場面は、一切、流れない…

 なにより、壇上に、立った、矢口のお嬢様の姿は、一切、映さなかった…

 当たり前だが、似たような体型の女が、映像に映るのは、まずいと、判断したのだろう…

 あくまで、映すのは、私のみ…

 この矢田トモコのみだ…

 そして、そのカメラに映った、私、矢田トモコを、自分だと、言い張っているのだ…

 私は、それを確かめた…

 私の細い目で、徹子の部屋で、流れた映像を見て、確かめたのだ…

 っていうか、そもそもその映像は、それほど、流れなかった…

 せいぜい、一分ぐらい…

 いや、

 数十秒だろう…

 あくまで、私が、子供たちと踊っている姿を映して、自分だと、言い張っているに、過ぎない…

 矢口トモコだと、見せているに過ぎないのだ…

 私は、この映像を見ながら、考えた…

 そして、ふと、気付いた…

 一体、なぜ、こんなことをするのか、考えたのだ…

 矢口のお嬢様は、相変わらず、黒柳徹子の質問に、ときに、よどみなく答え、ときには、躊躇いがちに、答えていた…

 あくまで、若くして、父の後を継いだ、娘が、仕方なく、一生懸命、自分の役割を果たしている…

 社長業をやっていると、いうように、だ…

 が、

 お嬢様のことを、少しは、知っている、この私としては、少々不思議だった…

 解せない部分が、あった…

 そもそも、なぜ、あのお嬢様が、私を身代わりにして、テレビに出るのか?

 それが、わからなかった…

 あのお嬢様は、出たがりでも、なんでもない…

 お嬢様が、経営するスーパーに限らず、世の社長や、会長の中には、率先して、マスコミに出ている者も、多い…

 そして、その当の社長や会長に、

 「…どうして、社長は、いつも、マスコミの出演依頼を、受けるんですか? どうして、断らないんですか?…」

 と、でも、直球に聞けば、

 「…ボクが出ることが、会社の宣伝になるから…」

 と、異口同音に答えるに、違いない…

 そして、それは、それで、正しい…

 いつもテレビや雑誌に出れば、誰にでも、顔を覚えてもらえ、会社の宣伝になるからだ…

 が、

 当然、それだけではない…

 その多くは、根が出たがりなのだ(爆笑)…

 マスコミに頻繁に顔を出し、世間に、知られるのが、快感なのだ(爆笑)…

 例えば、美人やイケメンに生まれても、普通は、平凡な人生を歩む…

 そのルックスの良さを世間に知られることはない…

 それと、似ている…

 なにかのきっかけで、テレビや雑誌に出ることになった…

 つまりは、自分の存在が、世間に知られることになった…

 それが、快感なのだ…

 ずっと、昔、アイドルになった女の子が、

 「…私、本当は、引っ込み思案で、外に出るのが嫌で…」

 と、言っていたが、それを見た私の友人が、

 「…ウソ丸出し…引っ込み思案の子が、アイドルになるわけないじゃん…ただの作り話…ホントは、可愛く生まれたから、それを世間に知らせるために、アイドルになりたくて、仕方がなかったに、違いないじゃん…」

 と、笑い飛ばしていた…

 私は、それに、同意した…

 激しく同意した…

 それが、真実だろうと、思ったからだ…

 自分が、可愛いか否か…

 自分が、キレイか否かは、誰もが、わかる…

 仮に、自分が、キレイだ、可愛いだと言い張っていても、近くに、本当に、キレイだったり、可愛かったりする女が、来れば、途端に態度が変わる…

 大げさに、言えば、態度が、豹変する…

 誰もが、キレイだ、カワイイだと、言い張っても、隣に、本物のキレイだったり、可愛かったりする女が、来れば、冗談でも、自分が、キレイとか、カワイイとかは、口に出せないからだ…

 それこそ、頭が、おかしいと思われるからだ…

 だから、なにも、言わなくなる…

 そういうものだ…

 そして、中には、その本物の、キレイだったり、可愛かったりする女を妬んだり、イジメたりする者が、現れる…

 その美貌が、羨ましくて、仕方がないからだ…

 自分には、ないものを、生まれつき、持っている…

 だから、羨ましくて、仕方がない…

 悔しくて、仕方がない…

 そんな女が、一定数いる…

 そして、それを思うと、つくづく、人間は、嫉妬の生き物だと、思う…

 自分が、持っていないものを、他人が、持っているのが、許せないのだ…

 そして、また、それを公然と、口に出したり、口に出さないまでも、態度に出すものは、大抵が、頭が、悪い人間が、多かった…

 ハッキリ言えば、学歴が高い人間で、そんなことを、言ったり、公然と態度に出したりする人間は、いなかった…

 そして、それは、なぜかと、考えれば、頭が良い人間の方が、頭の悪い人間よりも、性格が良いということだろう…

 残念ながら、そう結論づけるしかなかった…

 と、話は、少々、横に外れたが、いつものことだ(笑)…

 話を元に、戻せば、私は、なぜ、矢口のお嬢様が、私を利用して、テレビに出たのか、それが、謎だった…

 矢口のお嬢様は、苦手だが、決して、性格が、悪くはない…

 根性が、ねじ曲がっているわけではない…

 それは、以前、リンダも言っていた…

 リンダ?

 リンダ・ヘイワース?

 リンダは、なぜ、そんなことを、言ったのか?

 たしか、そう口にしたのは、バニラではなかったはずだ…

 リンダだったはずだ…

 そして、今日、テレビを見ろ、と、リンダは、私に言った…

 矢口のお嬢様が、徹子の部屋に出てるから、見ろ、と、私に言った…

 つまりは、リンダと矢口のお嬢様は、繋がっている…

 水面下で、繋がっていると、思った方が、いいのでは、ないか?

 私は、ようやく、その事実に気付いた…

 気付いたのだ…

 私が、そんなことを考えていると、

 「…矢口さんは、そんなお若いのに、滅法やり手なんですって…」

 と、お嬢様に言った…

 すると、即座に、

 「…そんなことは、ありません…」

 と、お嬢様が強く否定した…

 これは、意外だった…

 普通なら、婉曲に、

 「…いえ…そんな…」

 と、穏やかに否定するものだ…

 まして、あのお嬢様は、狸(たぬき)…

 ハッキリ言って、食わせ者だ…

 その食わせ者のお嬢様が、いつになく、真剣な表情で、反論したのに、驚いた…

 これは、もしかしたら?

 ふと、脳裏に閃くものがあった…

 そう思っていると、

 「…今…この業界も競争が激しくて…」

 と、お嬢様が、続けた…

 「…生き残るのに、必死です…」

 お嬢様が言った…

 そして、その目は、文字通り、必死だった…

 この矢田トモコ同様、細い目が、大げさに、言えば、死に物狂いになっていた…

 …それでか?…

 私は、ようやく合点がいった…

 私を身代わりにして、この徹子の部屋に出て、必死になって、スーパージャパンを宣伝する理由が、わかった…

 おそらく、会社の業績が、悪いのだ…

 あるいは、

 ライバルが、現れたのだ…

 そう、気付いた…

 だから、お嬢様、自ら、テレビに出て、宣伝していたのだ…

 何度も言うが、このお嬢様は、出たがりではない…

 そのお嬢様が、テレビに出て、自らのスーパーの宣伝をすることが、いかに、苦境を陥っているかの証明だった…

 
 私は、その夜、会社から、帰ってきた、夫の葉尊と、矢口のお嬢様について、話した…

 矢口トモコについて、話した…

 以前、夫の葉尊の会社である、クール本社で、矢口のお嬢様に、葉尊と、私が、会ったからだ…

 夫の葉尊は、

 「…この世の中に、お姉さんにそっくりなひとがいる…」

 と、言って、驚いていた…

 だから、当然、矢口トモコを知っていたからだ…

 「…なあ、葉尊…」

 私は、言った…

 「…なんですか? …お姉さん?…」

 「…矢口のお嬢様を覚えているか? スーパージャパンの社長の…以前、クールの本社の社長室で会った…」

 「…忘れるわけが、ありません…」

 葉尊が、勢い込んで、言った…

 「…お姉さん、そっくりのひとですよね?…」

 「…そうさ…」

 「…でも、一体、それが、どうしたんですか?…」

 「…いや…今日の昼間、リンダから電話があってな…」

 「…リンダから? …一体、なんの用事だったんです? いえ、リンダと、あの矢口さんと、なんの関係があるんですか?…」

 「…リンダから、電話があった内容は、あの矢口のお嬢様が、テレビに出るという電話だったのさ…」

 「…テレビに?…」

 「…そうさ…徹子の部屋という番組さ…オマエは、台湾人だから、知らんかもしれんが、この日本では、知らない者はいないほどの、有名番組だ…私が、生まれる前から、放送している…」

 「…そんな有名な番組に、矢口さんが、出演したんですか?…」

 「…そうさ…」

 「…で、お姉さんは、なにが、言いたいんですか?…単に、お姉さんは、自分そっくりな矢口さんが、テレビに出たことを、ボクに言いたいわけじゃないでしょ?…」

 「…その通りさ…」

 「…」

 「…私が、言いたいのは、そこで、私が利用されたのさ…」

 「…お姉さんが、利用された?…」

 「…そうさ…」

 「…どう、利用されたんですか?…」

 「…バニラの娘のマリア…オマエも知っているだろ?…」

 「…ハイ…ボクの妹です…」

 「…そうさ…マリアが、通うセレブの保育園があって、そこで、お遊戯大会があったのさ…そこで、私が、園児たちと、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ったのさ…」

 「…お姉さんが、踊った?…」

 「…そうさ…その映像が、徹子の部屋で、流れたんだが、それが、あのお嬢様が、踊ったことになっていたのさ…」

 「…エッ?…」

 葉尊が、絶句した…

 当たり前だ…

 一体、どう言っていいか、わからなかったんだろう…

 「…私もそれを、見て、驚いたさ…でも、問題は、そこじゃない…」

 「…そこじゃない?…」

 「…なんで、あのお嬢様は、そんなことをしたのか? と、いうことが、問題なのさ…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…葉尊…オマエには、まだ言ってなかったかもしれんが、実は、以前にも、私は、あのお嬢様に利用されたことが、あってな…」

 「…矢口さんに、利用された?…」

 「…そうさ…なにしろ、私そっくりさ…二人並んでも、ちょっと見には、どっちが、どっちだか、わからないほど、似ているさ…だから、お嬢様の身代わりに利用されたことが、あったのさ…」

 「…」

 「…だが、ここで、言いたいのは、そんなことじゃない…」

 「…じゃ、お姉さんは、なにが、言いたいんですか?…」

 「…リンダも言っていたが、あの矢口のお嬢様は、抜け目がない女だが、決して、性格が悪いわけじゃない…」

 「…」

 「…だから、冷静に考えれば、追い込まれているんじゃないかと、思ってな…」

 「…追い込まれている?…」

 「…そうさ…そう考えれば、あのお嬢様の行動が、すべて納得できる…」

 「…納得? …どういう意味ですか?…」

 「…私が、最初、聞いたのは、リンダを使って、自分のスーパーで扱う化粧品のCMを流したいという話だった…」

 「…」

 「…そして、次には、葉尊…オマエも知っているように、自社のスーパーで、ハラールと言って、イスラム教徒の食べる食べ物を置きたいと言っていた…まだ大手のスーパーで、そんなものを置いているスーパーは、どこもない…だから、機先を制したいと、思ったんだと思う…」

 「…」

 「…そして、今日の徹子の部屋さ…あのお嬢様は、決して、出たがりではない…でも、テレビに出た…きっと、話題を作りたいんだろう…ただ、出ても、インパクトはない…だから、私が、園児たちと、踊った姿をテレビに流して、自分が、踊ったことにした…その方が、若き女社長が園児たちと、楽しく踊っていると、思われて、意外性があるからだ…」

 「…」

 「…つまり、すべて、話題づくり…あのお嬢様が、やっていることは、自社の話題づくり…スーパージャパンの宣伝さ…そして、そんな宣伝をしなければ、ならないほど、スーパージャパンは、追い込まれているのかと、推測したのさ…」

 「…」

 「…そして、葉尊…案外、オマエは、そのあたりの事情を知っているんじゃないかと、思ってな…」

 「…どうして、ボクが、知っていると思ったんですか?…」

 「…オマエは、経済人だ…日本の総合電機メーカー、クールの社長だ…経団連の会員でもある…だから、経済人の知り合いも多いだろ…そのルートから、なにか、聞いているんじゃないか?と、思ってな…」

 私が、言うと、葉尊は、黙り込んだ…

 黙り込んで、考え込んでいた…

 それから、だいぶ、時間が経ってから、

 「…実は…」

 と、葉尊が、ゆっくりと切り出した…

 「…実は、なんだ?…」

 「…矢口さんのスーパーを買収しようとしている噂は、聞いたことがあります…」

 「…そうか…」

 私は、言った…

 …やはり、そうか!…

 私は、思った…

 やはり、この矢田トモコの思った通りだ…

 余人ならば、気付くまい…

 この矢田トモコ以外の人間なら、無理…

 できない…

 私だから、できた…

 この矢田トモコだから、当てることができた…

 そう考えると、我ながら、鼻の穴が、膨らんだ…

 得意になったのだ…

 それから、

 「…そいつは、誰だ?…」

 と、葉尊に聞いた…

 いつもにもまして、強気に聞いたのだ…

 すると、葉尊は、言いづらそうに、

 「…葉敬です…」

 と、言った…

 思わず、私は、

 「…葉敬って、お義父さん? …葉尊…オマエの父親の…」

 と、訊き返した…

 「…ハイ…」

 目の前の葉尊が、言いづらそうに、それを、肯定した…

               
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