第136話

文字数 4,429文字

 「…保育園のリーダー? …マリアが?…」

 言いながらも、実は、驚かんかった…

 このマリアは、常に、ひとを仕切っている…

 以前、この矢田が、この保育園で、子供たち相手に、列車ごっこや、ムカデごっこをしていたときも、仕切っていた…

 だから…

 もしや…

 もしや、

 生まれながらのリーダーかも、しれん…

 生まれながらに、他人様を、仕切る才能があるのかも、しれんと、思った…

 が、

 やはり、それは、ありえんと、考え直した…

 なぜなら、このマリアは、あのバニラの娘だからだ…

 あのバカ、バニラの娘だからだ…

 マリアは、カワイイが、それと、これとは、話が、別だ…

 いかに、マリアが、可愛くても、マリアの才能と、可愛さを、混同しては、いかん…
 
 いっしょに、しては、いかんと、思った…

 世の中には、親の欲目で、自分の子供を、良く思う親が、いるが、それも、程度の問題だ…

 あまりにも、本人の能力とかけ離れたことを、言うと、頭が、おかしいのでは?

 と、思われる…

 それと、同じだ…

 私は、思った…

 が、

 私が、そう考えていると、

 「…やはり、葉敬の娘…血は、争えないものね…」

 リンダが、言った…

 「…台北筆頭のCEОの娘か…」

 と、ファラドが、続けた…

 「…そう…」

 リンダが、答える…

 そして、

 「…このマリアは、最強…父親は、葉敬…そして、母親は、バニラ・ルインスキー…美の化身…将来が、楽しみって、いうか、末恐ろしいわ…」

 と、言った…

 「…末恐ろしい?…」

 と、ファラド…

 「…ルックスも、才能も、恵まれすぎている…」

 リンダが、言う…

 すると、その言葉を受けて、

 「…だから、兄貴が、憧れたのかな…」

 と、ファラドが、言った…

 「…どういう意味?…」

 「…兄貴は、あの通り、小人症だ…だから、ルックスに、恵まれた、マリアに、惹かれるのは、わかる…」

 「…でも、それを、言えば、オスマンが、このお姉さんに、憧れるのは、説明が、つかないわ…」

 そう言って、二人は、私を見た…

 この矢田トモコを見た…

 同時に、私は、不機嫌になった…

 ひどく、不機嫌になった…

 この二人の会話を、聞く限り、この矢田とマリアを、比べている…

 しかも、

 しかも、だ…

 マリアを、優れた代表のように、言い、この矢田を劣った代表のように、言っている…

 これが、許せるわけがなかった…

 なかったのだ…

 あたかも、この矢田が、マリアに負けているかのようだ…

 この35歳の矢田トモコが、3歳のマリアに負けているかのようだ…

 「…オマエたち…ふざけたことを、言うんじゃないさ…」

 私は、怒鳴った…

 「…どうして、この35歳の矢田トモコが、3歳のマリアに負けなきゃ、いかんのさ…」

 私は、怒鳴った…

 「…ふざけて、もらっちゃ、困るのさ…」

 私が、激怒して言うと、これまで、

 「…矢田ちゃん…矢田ちゃん…」

 と、言って、私の周りに、いた子供たちが、ビックリした表情になった…

 そして、中には、驚いて、泣き出す子まで、現れた…

 また、泣き出さんまでも、誰もが、一気に、引いたというか…

 皆、べそをかいた表情になった…

 とっさに、

 …しまった…

 と、思った…

 子供たちの前で、怒るんじゃなかったと、気付いた…

 私は、たしかに、頭に来たが、子供たちの前で、怒るのは、まずかったと、気付いた…

 が、

 手遅れだった…

 私は、どうして、いいか、わからんかった…

 …泣くな!…

 というのは、容易い…

 …泣いちゃ、ダメ!…

 と、言うのは、簡単だ…

 が、

 それを、言ったところで、子供たちの機嫌が、直るか、どうかは、わからん…

 いや、

 わからんではない…

 直るはずもなかった…

 だから、

 困った…

 困ったのだ…

 すると、

 「…泣いちゃ、ダメ!…」

 という声が、聞こえてきた…

 声の主は、あろうことか、マリアだった…

 マリアだったのだ…

 「…べそも、かいちゃ、ダメ!…」

 と、言って、マリアが、子供たちを叱った…

 私は、驚いた…

 まるで、マリアが、子供たちの母親か、なにかのようだったからだ…

 「…聖母マリア…」

 と、誰かが、言った…

 「…なに、聖母マリアだと?…」

 私は、言った…

 言いながら、聖母マリアと言った女の顔を見た…

 リンダだった…

 リンダ・ヘイワースだった…

 「…この子供たちのお母さん…」

 リンダが、笑う…

 このマリアが、この子供たちのお母さん?

 さすがに、ありえんが、態度だけ、見れば、お母さん…

 お母さんで、間違いは、なかった…

 「…だったら、リンダ…この私は、なんだ? この矢田トモコは、なんだ?…」

 私は、聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 「…サウジの矢田…」

 あっさりと、リンダが、言った…

 「…サウジの矢田だと? 一体、どういう意味だ?…」

 「…アラビアのロレンス…」

 リンダが、いきなり、言った…

 「…アラビアのロレンスだと? …なんだ、それは?…」

 「…有名な映画…実在のモデルを元にした…」

 「…それが、一体、どうした?…」

 「…お姉さんは、それと、同じ…アラブの至宝と呼ばれた、オスマン殿下が、後ろ盾になり、サウジの矢田と、呼ばれる…」

 リンダが、説明する…

 その言葉を聞いて、隣のファラドが、

 「…アラブの女神…」

 と、言い出した…

 「…なんだ、それは?…」

 「…矢田さんの別称です…今、アラブ世界で、有名です…」

 「…なんだと?…」

 「…このお姉さんが、オスマンに、気に入られ、その結果、クールや、台北筆頭の名が、アラブ世界に広まり、一気に、売り上げが伸びた…これは、オスマンのおかげ…そして、このお姉さんのおかげ…」

 「…私のおかげ?…」

 「…そうよ…」

 リンダが、告げる…

 その言葉を、聞きながら、そう言えば、以前、そんな言葉を聞いたことを、思い出した…

 が、

 すっかり、忘れていた…

 無理もない…

 私は、自分自身を慰めた…

 アラブの女神だ、なんだと、大層な名前だから、以前、聞いたときは、驚いたが、聞いたのは、その一回だけ…

 一回だけだ…

 しかも、私が、アラブ世界へ、行って、直接聞いたわけでもない…

 これは、誰でも、同じだが、わかりやすい例で、言えば、芸能人で、例えば、オマエは、アラブで、人気が、あると、周囲から、聞かされたと、する…

 こう言われれば、誰もが、悪い気持ちは、しないが、本当には、どれだけ、人気があるのか、わからない…

 だから、アラブに行って、現地で、熱狂的な歓迎を受ければ、

 「…オレ(アタシ)は、本当に、凄い人気があるんだ…」

 と、実感するし、真逆に、大した歓迎を受けなければ、

 「…人気があるって、聞いたけれども、たいしたことはないな…」

 と、落胆する…

 それと、同じだ…

 要するに、経験だ…

 体験だ…

 言い訳するわけではないが、一回や二回、自分が、アラブの女神と呼ばれていると、言われても、簡単に忘れる(笑)…

 世の中、そういうものだ(爆笑)…

 私は、そう思った…

 そう、思ったときだった…

 ファラドが、いきなり、

 「…そういうことか?…」

 と、言い出した…

 私は、なにが、そういうことか、わからんかった…

 そして、それは、リンダも、同じだったようだ…

 「…なにが、そういうことなの? …ファラド?…」

 と、不思議そうに、聞いた…

 「…兄貴だよ…兄貴の弱点?…」

 「…オスマンの弱点?…」

 「…このマリアと、このお姉さん…この二人に、兄貴は、弱い…」

 「…ちょっと、ファラド…アナタ、なにが、言いたいの?…」

 と、リンダ…

 「…この二人が、いっしょに、兄貴を説得すれば、いい…」

 「…説得って?…」

 と、言いながら、リンダは、私とマリアを見た…

 「…たしかに、この二人が、オスマンのお気に入りだということは、わかるけれども…」

 リンダが、口ごもる…

 「…でも、この二人が、オスマンを説得できるかは…」

 リンダの声が、小さくなった…

 が、

 それとは、真逆に、

 「…できるさ…」

 と、ファラドは、力強く言った…

 「…兄貴は、自分が、好きな人間には、弱いんだ…」

 「…弱い?…」

 「…誰だって、そうだろ? …自分が、好きな男や女に、これは、ダメだ、とか、これは、こうしろ、と、言われれば、断れない…」

 と、ファラドが、言ってから、

 「…おーっと、それは、リンダ・ヘイワース…アンタが、一番、わかっているはずだ…」

 と、苦笑した…

 「…ハリウッドのセックス・シンボル…アンタが、その大きな胸を強調したドレスを着て、パンツが、見えそうな姿を見せれば、男は、老いも若きも、よだれを流さんばかりに、喜ぶ…」

 ファラドが、笑う…

 「…リンダ…オマエ自身が、自分を好きな人間に、なにかを、頼めば、いかに、有利に、物事が、運ぶか、わかっているはずだ…」

 ファラドが、断言した…

 私は、そのファラドの言葉に、同意…

 激しく、同意した…

 この矢田トモコも、同意したのだ…

 だから、私は、リンダを見た…

 リンダが、どういう反応をするのか、知りたかったからだ…

 ハリウッドのセックス・シンボルが、どういう反応をするか、知りたかったからだ…

 が、

 リンダの反応は、

 「…たしかに、それは、ある…」

 と、些か、冷たいものだった…

 これは、意外だった…

 私は、どうして? と、思った…

 リンダは、もっと、自慢げに、言うものかと、思ったからだ…

 「…でもね…ファラド…」

 「…なんだ?…」

 「…自分が、好きな相手というのは、大抵が、自分を好きになってくれないものよ…」
 
 リンダが、しみじみ語る…

 「…真逆に、自分を好きになってくれる人間は、こういっては、なんだけれども、自分にとっては、どうでもいいひと…」

 いつしか、リンダが、私の顔を見て、話していた…

 「…もちろん、役には、立つ…このリンダ・ヘイワースのファンは、世界の著名人…おおげさでなく、世界を動かす力を持つ、人間も、いっぱいいる…でも…」

 「…でも、なんだ?…」

 と、ファラド…

 「…肝心の…もっとも、大切な人間は、私には、振り向かない…」

 リンダが、なぜか、私の顔を見ながら、言った…

 そして、それを見て、ファルドが、

 「…なるほど…」

 と、呟いた…

 私には、なにが、

 「…なるほど…」

 だか、わからんかったが、聞かんことにした…

 ここで、リンダに、聞けば、なにか、私の身に起きる…

 そんな不安があった…

 文字通り、なにか、起こるか、わからん不安があったのだ…

 「…まあ、それ以上は、聞かないことにしよう…」

 ファラドが、言った…

 が、

 そのファラドの顔は、ニヤニヤしながら、私の顔を見ていた…

 私は、ファラドのようなイケメンは、好きだが、このファラドの顔は、好かんかった…

 好かんかったのだ…

 代わりに、なぜか、マリアの顔を、見た…

 が、

 マリアの顔は、怒っていた…

 なぜか、怒っていた…

               
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