第172話

文字数 4,734文字

 「…わ、私と葉尊の結婚の半年を祝福して、パーティーを開く?…」

 思わず、私は、繰り返した…

 そ、そんな…

 そんな名目のパーティーは、聞いたことが、なかった…

 が、

 同時に、気付いた…

 なにか、別の目的がある?

 私と葉尊の結婚半年を記念して、パーティーを開くなどとは、普通は、思えない…

 だから、なにか、別の目的がある…

 そうに、違いない…

 賢明な私は、そのことに、気付いた(笑)…

 いや、

 そうでなければ、こんな大々的にパーティーを開くはずもなかった…

 なにしろ、日本の現職の総理大臣も、やって来るという…

 それほど、盛大なパーティーだった…

 この矢田トモコと葉尊の結婚半年を祝うのは、名目…

 あくまで、名目に過ぎないと、思った…

 名目に過ぎないと、確信した…

 すると、一気に肩の荷が抜けたというか…

 一気に、気が楽になった…

 なにしろ、このパーティーは、名目に過ぎない…

 なにか、別の目的があるに違いない…

 そう考えると、気分が、楽になった…

 それに…

 それに、だ…

 私の傍らには、葉問がいる…

 葉尊でも構わないが、とにかく、一人ではない…

 私一人ではない…

 それが、嬉しかった…

 なにしろ、ここに、私を連れてきた、あの矢口のお嬢様は、私を置いて、どこかに、行ってしまった…

 だから、不安で、仕方がなかった…

 一人では、不安で、仕方がなかったからだ…

 とりあえずは、葉問でも、なんでも、近くにいればいい…

 それだけで、十分…

 十分、満足だった…

 「…お姉さん…ホントに、スイマセン…事前に、お姉さんに相談すれば、良かったのですが、色々事情があって…」

 葉敬が、私に詫びた…

 「…そんなことは、ないさ…」

 私は、調子よく、言った…

 一気に、気分が、良くなったからだ…

 いつもの調子で、言った…

 「…この葉問が、いれば、いいさ…」

 「…葉問が?…」

 葉敬が、葉問を見た…

 そして、言った…

 「…ここに、いるのは、葉尊ですが?…」

 …なに?…

 内心、驚いた…

 そして、急いで、隣の葉問を見た…

 が、

 たしかに、違った…

 私の隣に、いるのは、葉尊…

 私の夫の葉尊だった…

 「…お姉さん…驚かせて、スイマセン…」

 と、葉尊が、詫びた…

 「…事前に、お姉さんに知らせると、緊張すると思って…」

 葉尊が、詫びる…

 私は、

 「…別にいいさ…」

 と、言った…

 「…たいしたことは、ないさ…」

 と、言った…

 ホントは、たいしたことが、あったが、そう言った…

 私なりの、気遣いだった…

 と、同時に、考えた…

 たった今、私をここへ、連れてきたのは、葉問…

 間違いなく、葉問だった…

 今、私の目の前にいる、葉尊ではない…

 私の夫ではない…

 そして、さっき、言った、お嬢様…

 矢口のお嬢様の言葉を思い出した…
 
 「…もう一人の男を頼れ…」

 と、言った、お嬢様の言葉を思い出した…

 アレは、間違いなく、葉問を指していた…

 そして、たった今、この会場で、一人ぼっちでいて、どうしていいか、わからなかった私に、救いの手を差し伸べてくれたのも、また葉問だった…

 私の夫の葉尊ではない…

 夫の弟の一卵性双生児の葉問だった…

 ホントは、現実には、存在しない、夫の葉尊のもう一人の人格の葉問だった…

 すると、やはりというか…

 あのお嬢様の指摘は、正しいのか? と、思った…

 あのお嬢様の指摘は、間違ってないのか? と、思った…

 同時に、気付いた…

 あの矢口のお嬢様は、

 「…リンダとバニラを頼れ…」

 と、言った…

 その言葉を、だ…

 私が、そんなことを、考えていると、そのリンダと、バニラが、私たちのところに、やって来た…

 っていうか、正確には、葉敬の元にやって来たというのが、正しいのだろう…

 葉敬が、この中で、一番偉いからだ…

 リンダは、この葉敬に学生時代から、金銭を援助されているから、今なお、頭が、上がらない…

 一方、バニラは、公式には、知られてないが、葉敬の愛人…

 バニラと葉敬の間には、あのマリアがいる…

 私は、そんなことを、考えた…

 そして、リンダとバニラが、私たちのところに、やって来ることで、いきなり、私たちにスポットライトが、浴びせられたというか…

 一気に、このパーティーの主役になった…

 この会場にいる全員の視線を浴びる、美女二人が、身近にやって来たことで、私たちに、注目が集まったのだ…

 私は、あらためて、このリンダとバニラの実力を思い知ったというか…

 この美女二人の力の偉大さを知った…

 そして、葉敬が、あらためて、この二人の美女を身近に置く理由が、わかった…

 この美女二人を、身近に、置くことで、常に、自分が、目立つことができる…

 それを、思ったのだ…

 とりわけ、このパーティーのような場所で、ドレスアップした、リンダとバニラを従えれば、常に、自分が、パーティーの主役になれる…

 その効果に、あらためて、気付いた…

 「…おひさしぶりです…」

 と、リンダが、丁寧に、葉敬に頭を下げた…

 それに対して、葉敬の愛人のバニラは、ニッコリと、葉敬に笑いかけただけだった…

 この対応は、二人の葉敬に対する距離感が出ていると、思った…

 リンダは、葉敬と親しいが、あくまで、他人…

 葉敬の身内ではない…

 が、

 バニラは、身内…

 葉敬の愛人だから、身内だ…

 その差だった…

 だから、リンダは、言葉にして、キチンと葉敬に挨拶するが、バニラは、言葉にしないというか…

 変に、言葉にすれば、他人行儀に見えると思ったのかもしれない…

 いずれにしろ、この挨拶ひとつで、この二人の美女の葉敬に対する距離感が、わかった…

 同時に、この二人が、私たちの元にやって来たことで、パーティーが、始まったことが、わかった…

 いわば、パーティーが始めるベルが、鳴ったのと、同じだった…

 「…お姉さん…今日は、おめでとう…」

 と、リンダが、やけに、しんみりと、言った…
 
と、それは、バニラもいっしょだった…

「…おめでとうございます…」

と、私に頭を下げたが、どこか、ぎこちないというか…

とても、本心から、言っているようには、思えんかった…

 私には、どうしてか、わからんかった…

 が、

 それを、考えている時間もなかったというか…

 このリンダとバニラに次いで、大きな歓声というか、どよめきが、聞こえてきたからだ…

 岸田首相の登場だった…

 現職の日本の総理大臣が、大勢の取り巻きを引き連れて、現れたのだ…

 すると、どうだ?

 岸田首相は、当然、壇上に向かうと、思ったが、さにあらず、まっすぐに、私たちの元にやって来た…

 正確には、葉敬の元へ、やって来たのだ…

 「…今日は、おめでとうございます…」

 葉敬の前に立つと、岸田首相は、丁寧に、腰を折って、挨拶した…

 「…これは、ありがとうございます…」

 葉敬も、腰を折って、挨拶した…

 「…サウジアラビアでの台北筆頭の成功…羨ましい限りです…」

 「…これは、私の手柄では、ありません…」

 「…葉敬さんの手柄ではない? というのは?…」

 「…ここにいる、お姉さんの手柄です…」

 と、葉敬が、思いがけず、私を岸田首相に紹介した…

 私は、目が点になった…

 一体全体、なにが、なんだか、わからなかったのだ…

 「…このお姉さんの力です…」

 と、葉敬が、繰り返した…

 「…このお嬢さんの?…」

 岸田首相が、当惑した…

 誰が見ても、平凡な私を見て、どう対応していいか、わからなかったのだろう…

 「…このお姉さんは、サウジの王族のお気に入りです…」

 「…王族のお気に入り?…」

 「…そうです…アムンゼン殿下と、オスマン殿下から、祝辞が、寄せられてます…」

 なに?

 祝辞だと?

 驚いて、私は、葉敬を見た…

 見たのだ…

 が、

 目の前の岸田首相は、意味が、わからんようだった…

 きっと、アムンゼンと、オスマンが、誰か、わからんのだろう…

 私は、そう見た…

 私は、そう睨んだ…

 そして、それは、葉敬にも、わかった様子だった…

 だから、

 「…首相…アムンゼン殿下と、オスマン殿下は、国王の右腕ともいえる重臣です…」

 と、告げた…

 …なに?…

 …重臣?…

 これには、私も、驚いた…

 驚いたのだ…

 「…僭越ながら、この私が、率いる台北筆頭も、アムンゼン殿下と、オスマン殿下の信を得たことで、アラブ世界で、事業が、以前より、格段に、うまくゆくようになりました…すべては、このお姉さんのおかげです…」

 と、葉敬は、再び、私の名前を出した…

 「…このお姉さんは、私どもの宝です…」

 大げさに言う…

 私は、驚いたし、正直、吹き出す寸前だった…

 これが、発言の主が、葉敬で、なければ、間違いなく、吹き出したところだった…

 「…宝?…」

 岸田首相も、唖然として、言った…

 そして、岸田首相には、珍しく、

 「…どうして、宝なんですか?…」

 と、葉敬に、突っ込んだ…

 すると、どうだ?

 葉敬が、ニコニコと、

 「…このお姉さんは、誰からも好かれます…一度、このお姉さんと接すれば、誰でも、このお姉さんの力になりたいと、思います…そんな人間は、これまで、私が会った中で、このお姉さんだけです…」

 と、言う…

 岸田首相は、

 「…」

 と、絶句した…

 どう返答していいか、わからなかったのかもしれない…

 が、

 やはり、百戦錬磨の政治家だ…

 「…葉敬会長が、そうおっしゃるなら、その通りでしょう…」

 と、調子よく言って、愛想笑いをした…

 実に、巧みな、反応だった…

 実に、鮮やかな、対応だった…

 「…それよりも、首相、この後の挨拶をお願いします…」

 と、葉敬が、再び、腰を屈めて、岸田首相に、頼んだ…

 「…わかりました…」
 
 岸田首相が、返答した…

 私は、そのやりとりを、目にして、目が点になったというか…

 どうして、私が、アムンゼン殿下と、オスマン殿下の信を得たんだと、思った…

 つい、さっきまで、この眼前のバニラの娘のマリアの通うセレブの保育園で、立てこもりの騒動が、あったばかりだ…

 それが、一体、なぜ?

 あの騒動で、実は、あの小人症の3歳にしか、見えない子供が、以前、サウジで、現国王をクーデターを、起こそうとして、権力の座から、引きずり落とそうとして、真逆に追い落とされたアムンゼンで、あのイケメンのオスマンが、その動静を見張るために、アムンゼンの元に、置いた、国王陛下のスパイだと知った…

 そして、アムンゼンは、現国王の腹違いの弟…

 そして、オスマンは、現国王の息子だった…

 つまり、アムンゼンと、オスマンは、叔父と甥の関係だった…

 私は、それを、考えた…

 すると、だ…

 近くで、リンダと、バニラが、苦笑しているのが、わかった…

 だから、これは、おそらく葉敬のハッタリだと、気付いた…

 仮に、今、葉敬が、言った言葉が、ウソではなくても、こんなに早く、さっきの騒動の顛末(てんまつ)が、葉敬に伝わるわけがないと、思った…

 なにしろ、最初は、あの小人症の男が、オスマンで、あの長身のイケメンは、ファラドと名乗っていた…

 それが、まったく違った…

 次は、あのオスマンとファラドが、互いに、名前を交換していると、思った…

 互いに、名前を入れ替えていると思った…

 が、

 それも、違った…

 すべて、ウソだった…

 偶然、私は、あの小人症の男が、アムンゼンだと気付いた…

 それは、以前、サウジアラビアの現国王が、倒れたときに、クーデターを起こそうとして、追放されたというアムンゼンのことを、聞いたことを思い出したからだった…

 だから、気付いた…

 私は、それを、思い出していた…

 そして、ふと、このパーティーの目的に気付いた…

               

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