第181話

文字数 5,149文字

 …葉敬が、私を好き?…

 まさか…

 まさか…

 考えんもせんかった…

 が、

 考えて見れば、当たり前…

 当たり前だった…

 以前にも、何度も言ったが、私は、この葉敬のお気に入り…

 なぜか、知らんが、お気に入りだった…

 が、

 今、この葉問が、言ったように、

 …葉敬が、私を好き…

 だとは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

 たしかに、葉敬に、気に入られているから、考えて見れば、葉敬が、私を好きなのは、わかる…

 が、

 面と向かってと言うか…

 他人が、葉敬が、私を好きと、断言すると、なんだか、おかしいというか…

 自分でも、変な気分になった(笑)…

 が、

 同時に、その好きは、男女の好きではないとも、葉問は、言った…

 だったら、それは、どういう好きなのか?

 それが、疑問だった…

 と、その疑問を葉敬が、聞いた…

 「…男女の好きではない? …どういう意味だ?…」

 「…それは、葉敬…アナタが、誰よりも、わかっているはず…」

 葉問が、答えると、葉敬は、

 「…」

 と、なにも、言わんかった…

 「…いずれにしろ…」

 と、ゆっくりと、葉問が、言った…

 「…葉敬…リアルな現実主義者で、商売人のアナタが、こと、お姉さんに関しては、採算度外視というか…仮に、お姉さんが、役に立たずとも、なにも、言わないというか…見て、見ぬフリをしているでしょう…だから、それが、アナタのお姉さんに対する愛ではなくて、なんだと、言うんです…」

 葉問が、舌鋒鋭く、追及した…

 すると、葉敬は、答えれんかった…

 「…」

 と、なにも、言えんかった…

 と、葉問は、さらに追い打ちをかけた…

 「…おそらく、アナタが、お姉さんを、常に、庇うのは、なにか、理由があり、その理由が、なにかは、ボクには、わからない…ただ、アナタのお姉さんに対する愛情は、隠しきれない…」

 葉問が、断言した…

 すると、だ…

 今度は、葉敬が、

 「…それは、オマエもいっしょじゃないか?…」

 と、葉問に、言った…

 「…ボクも、いっしょ? …どういう意味ですか?…」

 「…オマエは、一体、誰から、お姉さんを守ろうとしている?…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…オマエは、一見、お姉さんを、お姉さんに害をなす者から、守ろうとしている…が、本当は、違う…」

 「…どう違うんですか?…」

 「…オマエは、葉尊から、お姉さんを守ろうとしているんじゃないのか?…」

 「…」

 「…隠すな…オマエの行動など、お見通しだ…」

 葉敬が、断言した…

 私は、驚きだった…

 おそらく、葉問以上に、驚きだった…

 なにより、この葉敬が、今、言ったことは、同じ…

 あの矢口のお嬢様が、言ったことと、同じだったからだ…

 だから、驚いた…

 驚いたのだ…

 「…葉尊は、見かけとは、違う…そんなことに、気付かぬ、私だと、思っていたのか?…」

 「…」

 「…葉問…オマエは、なにより、葉尊から、お姉さんを守ろうとしているんじゃないのか?…きっと、いつか、葉尊が、あのお姉さんに、なにか、するのではと、心配しているんじゃないのか?…」

 「…」

 「…オマエが、いかに、自分を偽ろうと、オマエが、なにを考えているか、など、お見通しだ…」

 「…」

 「…このパーティーも、同じだ…一見、このパーティーの主役は、リンダと、バニラだと、思うだろ? …現に、今、目の前で、二人の即席の握手会や、撮影会を開いている…が、ホントは、このパーティーの主役は、葉尊と、あのお姉さんだ…それと、同じだ…」

 「…どう、同じなんですか?…」

 「…すべて、お姉さんが、関わっている…」

 「…お姉さんが?…」

 「…おおげさに、言えば、あのお姉さんが、葉尊と結婚して以来、常に、我が台北筆頭も、葉尊が、社長を務める日本のクールも、すべて、あのお姉さんを中心に回っている…あのお姉さんを、中心に、動いている…」

 「…」

 「…そして、葉問…オマエが、言ったように、現に、あのお姉さんは、アラブ世界で、信用を得た…その結果、アラブの女神と、評されているようだ…」

 「…アラブの女神? …あのお姉さんが?…」

 葉問が、愕然とした様子で、言った…

 私は、それが、ショックだった…

 文字通り、大きな、ショックだった…

 私が、アラブ世界で、

 「…アラブの女神…」

 と、密かに、呼ばれていることは、以前にも、聞いた…

 が、

 それを、聞いたとき、自分でも、思わず、吹き出しそうだった(笑)…

 「…アラブの女神…」

 という大層な名前と、私が、まったく似合わんからだ(笑)…

 「…アラブの女神…」

 と、いう名前なら、今、目の前にいる二人…

 リンダとバニラが、ふさわしい…

 二人とも、世界中に知られた美女…

 長身で、金髪碧眼の美女だからだ…

 しかも、若い…

 当たり前だ…

 「…アラブの女神…」

 と、呼ばれて、50過ぎのオバサンが、出てきたら、台無しになる…

 例え、昔は、美女でも、30年前の姿で、出て来てくれと、言いたくなる…

 可哀そうだが、それが、現実だ(笑)…

 まして、若くも、なく、背も、159㎝と、低く、ルックスも、平凡な私が、

 「…アラブの女神…」

 では、笑ってしまう…

 笑い過ぎて、腹がよじれるかも、しれん…

なにより、私自身が、恥ずかしくて、仕方がない…

「…アラブの女神…」

などと、呼ばれては、おいそれと、外に出ることも、できん…

私は、それほど、厚顔無恥の女ではない…

そこまで、自分に自信を持つ女ではない…

そういうことだ(笑)…

と、そんなことを、考えていると、

「…アラブの女神…大層な名前ですね…仰々しいというか…」

葉問が、苦笑した…

が、

「…ですが、その名前も、あのお姉さんに、ふさわしい…」

これには、葉敬も、仰天した…

「…ふさわしい? …あのお姉さんに、アラブの女神の呼称が?…」

「…アラブの女神と呼ばれる女が、リンダや、バニラのような長身の美女では、ありきたりでしょ? …それに…」

「…それに、なんだ?…」

「…言いたくは、ないですが、これは、アラブ特有のジョークかも、しれない…」

「…ジョーク?…」

「…アラブの至宝と呼ばれたアムンゼン殿下が、小人症の大人でした…それを、考えれば…」

葉問が、うまいことを、言った…

なるほど、ジョークか?

ジョークなら、わかる…

この矢田が、

「…アラブの女神…」

と、呼ばれるのも、わかる…

そう言われて、葉敬は、考え込んだ…

「…たしかに、そう言われれば、オマエが、そう言うのも、わかる…」

葉敬が、考え込んだ…

が、

 「…だが、アムンゼン殿下は、権力者…たしかに、アラブの至宝と呼ばれている…」

 「…」

 「…だが、それが、わかっていて、外見が、子供だから、それを皮肉って、アラブの至宝と呼ばれたのか?…あるいは…」

 「…あるいは、嫉妬か?…」

 葉問が、言った…

 「…外見が、子供にしか、見えないが、頭脳は、とんでもなく優秀…それを、嫉妬した周囲の凡人が、わざと、アラブの至宝と名付けたのかも…」

 「…たしかに…」

 葉敬は、頷いた…

 そして、頷いてから、

 「…初めてだな…」

 と、葉敬が、言った…

 「…初めて? …なにが、初めてなんですか?…」

 「…こうして、葉問…オマエと話すことだ…」

 葉敬が、笑った…

 「…たしかに…」

 葉問も、笑った…

 「…そして、これこそが、あのお姉さんの力かも、しれん…」

 「…お姉さんの? …どういう意味ですか?…」

 「…今のこの話題も、お姉さんが、アラブの女神と呼ばれたということから、始まった話題だ…あのお姉さんが、関わると、オマエと、争うこともなくなる…」

 「…たしかに…」

 葉問は、頷いた…

 「…たしかに、それは、あのお姉さんの力かも、しれない…」

 葉問が、続けた…

 「…あのお姉さんが、関わると、ひとの悪口は言えなくなるし…なんだか、話が、進むにつれ、誰もが、明るくなる…」

 「…それこそが、あのお姉さんの力だ…誰にも、真似のできないお姉さんの力だ…」

 葉敬が、上機嫌で、言った…


 私は、二人の会話を聞きながら、そっと、その場から、離れた…

 なんだか、近くに、いるのが、嫌だった…

 酒に酔った二人が、私が、近くにいたのを、気付かなかったか、どうかは、わからない…

 ただ、どう聞いていても、私のことを、異常に、持ち上げていた…

 私は、それが、嫌だった…

 私は、何度も言うが、平凡な人間だ…

 どこから見ても、平凡…

 平凡そのものだ…

 それが、まるで、なにか、特別に優れたもののように、扱われる…

 それが、嫌だった…

 ずっと以前のことだが、派遣で、ある会社に派遣されて、行ったとき、大勢の若い女が、周囲からチヤホヤされて、調子に乗っていたのを、見たことがある…

 私は、それを、思い出した…

 会社は、学校とは、違う…

 学校ならば、男女共学ならば、基本的には、フィフティフィフティ…

 わかりやすい例でいえば、40人が、一クラスとすれば、男が、二十人、女も、二十人だ…

 実際には、男が、23人で、女が、17人とかいうことはあるが、大体五分五分…

 男女の割合が、フィフティフィフティだ…

 が、

 会社はそれに当てはまらない…

 私が、体験した会社は、おおげさでなく、男女の比率が、10対1だった(笑)…

 だから、女が、極端に、少ない…

 だから、必然的に、男にモテ、その結果、誰もが、調子に乗っていた…

 いわば、そこに、いれば、自分の実力以上に、モテる…

 だから、誰もが、調子に乗っていた…

 当たり前のことだ…

 だから、若い女と付き合う競争率も、高い…

 が、

 その高い競争率をくぐり抜けても、そこに、いる女子は、平凡だ…

 あくまで、女が、極端に少ないから、モテる…

 それだけのことだからだ…

 だから、高い競争率をくぐり抜けたところで、そこにいるのは、高い競争率をくぐり抜けたことに、見合う女ではない…

 当たり前のことだ…

 男女とも、それが、わかっているが、現実には、会社以外で、男女とも、交際相手を探すのが、難しい…

 だから、そうなる(笑)…

 私は、それを、思い出していた…

 要するに、葉敬と葉問の話を聞いて、自分に調子に乗るなと、戒めたわけだ…

 人間は、環境の生き物…

 どうしても、環境に左右される…

 今、葉敬と葉問の会話を聞いていれば、自然と、自分に、自信を持つ…

 もしかしたら、自分は、とんでもなく、優れているのでは? と、誤解してしまう…

 葉敬と、葉問の会話で、自分が、とんでもなく優れているのでは? と、誤解する環境が、出来てしまったからだ…

 これは、さっき言った、会社の例と同じ…

 極端に、女子が少ない環境では、若い女は、誰もが、モテる…

 それは、自分の実力ではなく、若い女が、少ない環境だから…

 だから、平凡なルックスの女でも、実力以上に、モテる…

 が、

 それが、もしかしたら、自分の実力と、勘違いしてしまう…

 もちろん、周囲に、女が、少ないから、自分が、モテるのは、わかっているが、それでも、どうしても、実力以上に、自分の力を過信してしまう…

 誰もが、そういうものだ(笑)…

 仮に、10段階で、2や3ぐらいの、力しかないにも、かかわらず、自分の実力を9や10あると、誤解するものだ(爆笑)…

 そして、その環境が、変わり、今の例で、言えば、その会社を辞めて、男女比が、五分五分の会社に入社しても、最初のうちは、例えば、自分の実力を、5や6ぐらいに、置くものだ…

 それが、大方の人間だ…

 そして、時間が、経ち、自分の実力は、やはり、2か3ぐらいだと、思うようになるものだ(笑)…

 これは、誰もが、同じ…

 仮に、これが、美人でも、同じ…

 しかも、若いときに、周囲から、美人とチヤホヤされた女ほど、誤解が、激しいというか(笑)…

 歳をとっても、まだ自分の実力が、若いときと、同じだと思っている(笑)…

 仮に、40歳になっても、自分が、二十歳とは言わないが、まだ30歳時点での、魅力があると、勘違いしている…

 それと、同じだ…

 実際は、ルックスは、劣化するから、二十歳のときの実力は、とっくに、なくなっている…

 が、

 自分は、そうは、まったく思わない…

 誰もが、そういうものだ(笑)…

 この矢田トモコは、幸か不幸か、美人には、生まれなかったから、そんなことが、余計にわかる…

 誰もが、同じだ…

 自分のことは、わからないが、他人のことは、わかる…

 そういうものだ(笑)…

 そして、自己評価が、極端に高く、誰が見ても、そのひとの実力と、違い過ぎれば、周物の笑いの種になる…

 そういうものだ(笑)…

 そして、そんなことを、考えながら、ふと、葉尊のことを、思った…

 私の夫、葉尊のことを、思ったのだ…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み