第163話

文字数 3,900文字

 が、

 不思議ではなかった…

 すぐに、帝国ホテルの関係者と、思われる人物から、

 「…ちょっ…ちょっと…お客様…」

 と、呼び止められた…

 「…ここで、走るのは…」

 と、注意された…

 当たり前のことだった…

 が、

 それに、リンダが、反論した…

 いきなり、

 「…鳳凰の間…」

 と、リンダが、言った…

 「…鳳凰の間が、なにか?…」

 帝国ホテルの関係者が、当惑した…

 「…そこで、これから、行われるパーティーに、出席するの…」

 「…あのパーティーに?…ですが、あのパーティーは、総理も出席される、今日一番の重要なパーティーですが…」

 言いながらも、その関係者の男は、目の前の女性が、リンダ・ヘイワースであることに、気付いた様子だった…

 急に、態度が、変わったのだ…

 「…も、もしかして、リンダ…リンダ・ヘイワース様でしょうか?…」

 「…もしかしなくても、そうよ…」

 リンダが、答える…

 途端に、目の前の関係者の男が、なんとも、にやけた表情になった…

 急に、なんだか、ニヤニヤしたオスの顔になったのだ…

 …リンダが狙ったのは、コレか?…

 賢明な私は、気付いた…

 このリンダという女…

 自分が、リンダ・ヘイワースであることを、証明するために、わざと超ミニのワンピースを着たわけだ…

 そして、今日、この帝国ホテルで、走っていることを、咎められたときに、自分が、何者か、すぐに、わからせれば、相手も、納得すると、思ったに違いない…

 だから、わざと、超ミニのワンピースを着た…

 相変わらず、ずる賢いというか…

 敵ながら、あっぱれ…

 まさに、敵ながら、あっぱれだ…

 褒めてやるゾ…

 リンダ・ヘイワース…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 が、

 そんな私を見て、隣のバニラが、

 「…お姉さん…リンダが、羨ましいんだ?…」

 と、言った…

 「…なんだと? …なんで、羨ましい?…」

 わけが、わからんかった…

 なぜ、私が、リンダが、羨ましいんだ?

 「…お姉さん…リンダみたいに、男のひとを、デレデレさせたいんだ?…」

 バニラが、私をからかった…

 が、

 私は、そんな手には、乗らんかった…

 この矢田トモコ、35歳…

 そんな、バニラの手に乗るほど、愚かではない…

 このバニラの手の内は、見え透いている…

 いつも、同じ手を使うからだ…

 だから、

 「…思わんさ…」

 と、即座に、否定した…

 「…どうして、思わないの?…」

 「…私は、この通りの六頭身で、童顔だから、どうあがいても、リンダの足元にも、及ばんさ…むしろ、リンダに嫉妬しているのは、オマエじゃないのか?…」

 「…どうして、私なの?…」

 「…オマエは、リンダ同様の美人だが、リンダほどの知名度がない…だから、リンダが、羨ましいんだろ?…」

 と、言ってやった…

 わざと、バニラの痛いところを突いて、やったのだ…

 このバニラ…

 バニラ・ルインスキー…

 リンダと仲が良く、憧れている反面、内心リンダにコンプレックスを持っている…

 なぜなら、リンダほどの知名度がないからだ…

 だから、ホントは、リンダに取って代わりたい野心を持っている…

 が、

 それができない…

 だから、このバニラにとって、リンダは、憧れと、嫉妬の対象…

 そんなことは、この矢田トモコは、とっくに、お見通しさ…

 だから、今、わざと、それを言ってやったのさ…

 すると、どうだ?

 このバニラが、物凄い形相で、私を睨んだ…

 まるで、今にも、私を取って食わんばかりの、形相で、睨んだのだ…

 「…言うわね…お姉さん…」

 憎々しげに、私を睨んで、言った…

 「…まったく、憎々しい…」

 バニラが、言った…

 私が、今、言ったことが、図星だったからだ…

 私が、今、言ったことが、正鵠を射ていたからだ…

 だから、バニラは、物凄い形相で、私を見た…

 が、

 私は、怖くなかった…

 この矢田は、なぜか、このバニラが、怖くはなかった…

 なぜかは、わからん…

 これは、永遠の謎だった…

 「…まったく、そんなにちっちゃいのに、減らず口ばかり、叩いて…」

 「…なんだと?…」

 頭に来た私は、つい言ってしまった…

 これが、最後だから、ホントは、このバニラと、言い争いをしたくは、なかったが、つい言ってしまった…

 「…オマエ…ここで、やるか?…」

 私は、ファイティング・ポーズを取って、身構えた…

 「…いつでも、相手になってやるさ…」

 気が付くと、バニラ相手に、啖呵(たんか)を切っていた…

 気が付くと、バニラ相手に、ケンカを売っていた…

 そして、いつしか、私とバニラは、睨み合った…

 いつものことだった(笑)…

 すると、

 …パンパン…

 と、手を叩く音がした…

 私とバニラは、音のする方を見た…

 リンダだった…

 「…二人とも、いい加減にして!…」

 リンダが、怒った…

 「…特に、バニラ…アナタは、時間がないのは、わかっているでしょ?…」

 リンダが、烈火の如く怒った…

 私は、それを、見て、いい気味だと、思った…

 このバカ、バニラが、叱られるのを見るのは、痛快だった…

 実に、気分が、良かった…

 「…それに、今日のパーティーは、お姉さんが、主役…それが、わかっているでしょ?…」

 リンダが、強い口調で、言った…

 …私が、主役?…

 …そうか…

 …離婚式だから、私が、主役なのか?…

 今さらながら、思った…

 が、

 その離婚式に、総理大臣が、来るのか?

 とも、思った…

 いや、

 考えてみれば、おかしいが、その一方で、おかしくないかも、しれんとも、思った…

 なにしろ、葉尊は、クールCEО…

 日本を代表する総合電機メーカーのCEОだ…

 その父親は、葉敬…

 台湾を代表する、経済人だ…

 その二人も、当然のことながら、パーティーに参加するだろう…

 すると、どうだ?

 やはりというか、この日本でも、お偉いさんが、たくさん来るに決まっている…

 だから、現職の総理大臣も、来るのだろう…

 私は、思った…

 「…とにかく、急いで…」

 リンダが、焦った表情で、言う…

 だから、私は、

 「…わかったさ…」

 と、答えた…

 「…リンダ…オマエの言う通りに、してやるさ…」

 私は、答えた…

 なにしろ、コレが最後だ…

 このリンダの言う通りに、してやろうと、思ったのだ…

 思えば、この矢田トモコと、リンダは、実に、不思議な縁だった…

 私が、葉尊と結婚すると、聞くと、わざわざ、ハリウッドから、海を越えて、この日本に、やって来た…

 葉尊と、私の結婚を邪魔するためだ…

 このリンダと、葉尊は、幼馴染(おさななじみ)…

 だから、葉尊が、日本で、まったくの無名の一般人の私と結婚することが、許せんかったのだ…

 だから、私に勝負を挑んだ…

 私が、リンダと勝負して、私が、リンダに勝てば、葉尊との結婚を認めると、言ったのだ…

 勝負の方法は、私に任すとも、言った…

 柔道、剣道、フェンシング、囲碁、将棋、なんでも、よいと、言った…

 勝負を決めるものなら、なんでもよいと、言ったのだ…

 それゆえ、私は、書道を選んだ…

 私は、書道二段…

 字を書くのだけは、自信が、あった…

 だから、書道を選んだ…

 が、

 敵=リンダも、さるもの…

 リンダも、また書道の有段者だった…

 が、

 負けんかった…

 引き分けた…

 そして、勝負は、酒に移った…

 が、

 そこでも、私は、負けんかった…

 結局、私は、リンダに勝ち、リンダも、泣く泣く、私と葉尊の結婚を認めた…

 そんな半年前のことを、今さらながら、思い出した…

 が、

 ふと、思いついた…

 今日、これから、私と葉尊が、離婚すれば、リンダは、葉尊と結婚するのか? と、思ったのだ…

 リンダと葉尊は、仲がいい…

 が、

 それは、友人として…

 それは、友人として、だ…

 断じて、男女としてではない…

 断じて、男女の仲ではない…

 それは、自信を持って、断言できる…

 いや、

 それは、よほどの鈍い人間でも、ない限り、普通は、わかるものだ…

 それよりも、ホントは、怪しいのは、葉問と、リンダの仲だ…

 リンダは、葉問が、好き…

 これは、間違いない…

 普段は、性同一性障害で、中身は、男だ、なんだと、言っているが、葉問だけは、別…

 別だ…

 が、

 これは、一体、どういうことだ?

 私は、考える…

 思うに、これは、食事のときの別腹と同じなのか? とも、考える…

 さんざん、腹一杯食べても、

「…デザートは、別腹だから、大丈夫…」

とか、わけのわからんことを、言う女が、世の中には、いる…

 これと、同じなのかとも、思った…

 が、

 正直、わけがわからんかった…

 同時に、私は、気付いた…

 このリンダが、今、時間がないと、急いでいるのは、もしや、自分が、一刻も早く、葉尊と結婚したいからではないか? とも、思った…

 私が、葉尊と離婚すれば、このリンダは、葉尊と結婚できる…

 このリンダの狙いが、葉尊でなく、葉問であることは、わかっている…

 が、

 葉尊と、葉問は、同一人物…

 葉尊=葉問だ…

 二人は、コインの表と裏のようなもの…

 要するに、葉尊を手に入れれば、同時に、葉問を手に入れられることが、できる…

 当たり前だ…

 ということは、どうだ?

 やはり、このリンダが、今、急いているのは、一刻も早く、自分が、葉問と結婚したいからか?

 私は、思った…

 と、同時に、私の心の中に、邪(よこしま)な心が、広がった…

 このリンダを焦らすために、わざと、パーティー会場に、着くのを、遅らせてやれ、と、思ったのだ…

 まさに、悪魔の囁きだった…

 この善良な矢田トモコにとっては、ありえん、悪魔の囁きだった(笑)…

               
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