第160話

文字数 4,512文字

しかし、正直、わけのわからん女だ…

 私は、思った…

 つい、今の今まで、私を取って、食いかねないほど、激怒していたのが、一転して、十代の恋する少女のような姿に変貌するとは?

 やはり、頭が、おかしいのか?

 ふと、思った…

 ハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、周囲から、持ち上げられている間に、わけが、わからなくなったのかも、しれん…

 私は、思った…

 そして、このような例は、この世の中に、ありふれているとも、思った…

 いい例が、会社や学校だ…

 会社や、学校で、例えば、全体が、男だらけで、若い女は、一割程度しか、いないとする…

 すると、どうだ?

 当然ながら、若い女は、モテる…

 想像以上に、モテる…

 若い女が、圧倒的に少ないから、当たり前だ…

 そして、そのような状態でも、独身の若い男が、同じく、独身の若い女と、付き合ったり、将来、結婚したいと、思ったりしたら、その学校や会社で、探すのが、一番、手っ取り早い…

 だから、モテる…

 っていうか、そもそも、それ以外の場所で、相手を、見つけるのは、困難だ…

 男女の出会いの場というものは、案外、少ない…

 昔から、よく言われるのは、学校、会社、友人の紹介の3つだけだ…

 昨今は、よくネットで、知り合って、結婚したというのが、あるが、正直、不安だ…

 学校や、会社で、知り合えば、少なくとも、学校や会社で、その人間が、普段、どういうふうに、振る舞っているか、わかるし、その人間の周囲からの評価も、わかる…

 つまり、人間性がわかる…

 だから、安心できる…

 これがいい(笑)…

 ただ、実際には、家と、学校や職場では、全然別人とまでは、言わないが、ギャップもある人間も、少なからず、いるから、本当の性格は、わからない…

 だが、ネットで、知り合った人間よりも、安心できる…

 普段から、生身で、接しているから、安心できる…

 そういうことだ(笑)…

 つまりは、男女の出会いの場は、案外少ないし、男女のバランスが、崩れていれば、少ない男女は、どうしても、モテる…

 それを、言いたいわけだ…

 そして、その結果、本来の実力よりも、モテて、それが、いつしか、当たり前に、なってゆく(笑)…

 そして、それが、自分の実力と、勘違いする(笑)…

 だから、さっきの例で、言えば、若い女が、少ない会社や学校では、モテて、周囲から、チヤホヤされても、普通に、若い男女が、五分五分にいる職場に代われば、途端に、モテなくなる…

 当たり前のことだ(笑)…

 誰もが、よほど、頭が、おかしくなければ、周囲に自分のような若い女が、いないから、自分も、モテるんだと、頭では、わかっているが、どうしても、周囲から、チヤホヤされるから、調子に乗る…

 つまり、正確に、自分の実力が、わからなくなる…

 正確に、自分のモテ具合が、わからなくなる…

 実力以上に、モテると、考える…

 そういうことだ(笑)…

 っていうか、そもそも、男も女も、街中を歩いていて、思わず、振り返るような美男美女は、滅多にいない(笑)…

 大半の男女は、十把ひとからげといえば、言葉は、悪いが、平凡…

 とりたてて、取り柄はない…

 だから、稀に、思わず、振り返って見るような美男美女を見て、驚くのだ…

 言葉は、悪いが、それが、現実だ…

 そして、それを、このリンダ・ヘイワースに当てはめれば、どうだ?

 たしかに、絶世の美女…

 お世辞ではなく、美しい…

 が、

 だから、いかん…

 調子に乗る…

 ハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、周囲に持ち上げられ、男からは、鼻の穴を広げて、見られ、同性の女からも、羨望の眼差しで、見られる…

 だから、調子に乗る…

 所詮は、ただ、キレイなだけ…

 美人なだけだ…

 それ以外に、取り柄はない…

 取り柄は、ないのだ!

 この矢田トモコのように、優れた頭脳を持って、生まれたわけではない…

 この矢田トモコ、35歳…

 実は、本名は、智子だ…

 智慧(ちえ)の智(ち)だ…

 だから、優れている…

 本当は、知性に溢れている…

 が、

 私は、普段、それを、隠して生きている…

 それは、なぜか?

 それは、人間は、嫉妬の生き物だからだ…

 この矢田トモコが、実は、知性の塊(かたまり)だと、わかれば、周囲から、尊敬されるかもしれんが、同時に、嫉妬される…

 だから、それを隠して、バカを装っているのだ…

 それが、真相だ…

 と、

 ここまで、考えて、わかった…

 あのバカ、バニラも、私と同じかも、しれんと、気付いた…

 あのバカ、バニラは、アメリカ人…

 本来の言語は、英語だ…

 にもかかわらず、日本語は、流暢…

 だから、もしかしたら、この矢田トモコ、同様、バカを装っているに、過ぎないかも、しれん…

 ふと、気付いた…

 だったら、どうする?

 今度、誰も、いない場所で、二人きりで、腹を割って、話してみるか?

 ふと、思った…

 が、

 それで、あのバニラが、バカだったら、どうする?

 やはり、バカだったら、どうする?

 ふと、そんなことを、考えた…

 うーむ、

 困った…

 これは、困った…

 私が、悩んでいると、

 「…お姉さん…なにを、一体、さっきから、悩んでいるの?…」

 と、リンダが、聞いてきた…

 私は、一瞬、悩んだが、

 「…バニラのことさ…」

 と、告白した…

 「…バニラのこと? 相変わらず、お姉さん、バニラにこだわるわね?…」

 「…そんなことは、ないさ…ただ…」

 「…ただ…なに?…」

 「…なぜか、アイツが、気になってな…」

 「…どうして、気になるの?…」

 「…どうしてと、言われても…」

 答えれんかった…

 「…ただ、いつも、アイツが私に突っかかって、きてな…」

 私が、言うと、ニヤリと、リンダが、笑った…

 「…同じね…」

 「…なにが、同じなんだ?…」

 「…バニラに聞いても、きっと、同じ…今、お姉さんが、言ったように、いつも、お姉さんが、突っかかってくると、言うに、決まっているわ…」

 「…なんだと?…」

 「…二人とも、年齢も外見も、まったく、違うけれども、なにか、似ているところがあるのね…だから、気になる…だから、ぶつかる…」

 「…私と、バニラが、似ているだと?…」

 「…そうよ…だから、娘のマリアが、お姉さんになついているのは、母親のバニラに、似ているところが、あるからじゃない…」

 そう言って、リンダが、笑った…

 笑ったのだ…

 もはや、堪忍袋の緒が切れる寸前だった…

 さっきは、このリンダに怒鳴られて、ビビったが、もはや、このリンダに怒鳴りまくる寸前だった…

 「…リンダ…オマエな…」

 私が、怒りのあまり、つい口に出したときだった…

 ちょうど、そのときに、

 「…帝国ホテルに、到着しました…」

 と、運転手が、告げた…

 …帝国ホテル?…

 ついに、到着したか?

 私の心が、高鳴った…

 この矢田トモコの心が、高鳴った…

 それは、まるで、さざ波のようだった…

 ゆっくりとだが、私の心の動揺を広げるように、高鳴った…

 そして、

 …来るべきときが、来たか?…

 と、内心、堪忍した…

 …やはり、来たか?…

 とも、思った…

 葉尊と結婚して、半年…

 すべては、夢のような時間だった…

 この平凡な矢田トモコが、台湾の大富豪の跡取り息子と、結婚する…

 そのおかげで、クールの本社に行けば、
 
 「…奥様…」

 と、呼ばれ、尊敬された…

 正直、ありえん待遇だった…

 普通なら、この矢田が、

 「…奥様…」

 と、クールの社長夫人を、呼ぶ立ち位置だ…

 間違っても、私が、

 「…クールの社長夫人…」

 と、呼ばれることなど、ありえんかった…

 が、

 実際に、そんな摩訶不思議なことが、起こっている…

 うーむ…

 わからん…

 実に、世の中、なにが、起きるか、わからん…

 私は、思った…

 が、

 それも、まもなく、終わる…

 この矢田トモコが、葉尊と離婚して、ただのひとになる…

 おそらくは、仮に、今度、クール本社を、訪れることが、あっても、末端の派遣社員か、バイトとしてだろう…

 あるいは、

 掃除のおばちゃんか…

 とにかく、仮に、今後、クール本社に、足を踏み入れることが、あっても、立場が、まるで、違う…

 それが、よくわかった…

 痛いほど、よくわかった…

 いや、

 もしかしたら、クール本社に、ピザ屋や寿司屋として、ピザや寿司を配達することに、なるかもしれん…

 華麗に、三輪車に跨(またが)り、クール本社を、訪れる…

 が、

 そんなときも、決して、ヘルメットを、取っては、いかん…

 ヘルメットをはずしては、いかん…

 それでは、顔バレする…

 つい、最近まで、クールで、

 「…奥様…」

 と、呼ばれた人間が、間違っても、ピザや、寿司の配達をしに来たとあっては、何事かと、思う…

 きっと、クール本社が、阿鼻叫喚の地獄絵図に見舞われるとまでは、いわんが、格好の噂の種になるのは、わかっている…

 私の脳裏に、そんな光景が、浮かんだ…

 浮かんでは、消えて、などと、いうものではない…

 浮かびっぱなしだった(涙)…

 だが、

 これが、現実…

 非情な現実だ…

 が、

 その非情な現実に、立ち向かわねば、ならん…

 この矢田トモコ、35歳…

 どんな非情な現実にも、立ち向かわねば、ならん…

 それが、この矢田トモコの生き方…

 誰にも、真似のできない、矢田トモコの生き方だったからだ…

 私が、そんな悲壮な決意で、クルマを降りようとすると、

 「…お姉さん…さっきから、なにを、一人で、ブツブツ言っているの?…」

 と、リンダが、聞いて来た…

 私は、そんなリンダを見た…

 リンダ・ヘイワースを見た…

 リンダは、リンダ・ヘイワースたるべく、短いワンピースを着て、パンツが見えそうで、おまけに、オッパイもこぼれ落ちそうな格好をしていた…

 要するに、リンダ・ヘイワースたるべく、わざと、自分のカラダを強調した、安易にハダカを想像できる服を着ていたのだ…

 私は、そんなリンダを見て、

 「…オマエは、いいな…」

 と、言ってやった…

 「…そんな恰好をすれば、スケベオヤジが、いっぱい寄って来る…」

 と、言ってやった…

 「…せいぜい、これからやるパーティーで、その恰好で、スケベオヤジたちに、媚びを売れば、いいさ…喜ぶゾ…」

 と、言ってやった…

 捨て台詞だった…

 もはや、このリンダ・ヘイワースとも、二度と会うことは、あるまい…

 そう思ったのだ…

 だから、言った…

 だから、言ってやったのだ…

 すると、どうだ?

 リンダが、ニヤッと、笑った…

 「…なにっ? …お姉さん、このカラダが、羨ましいの?…」

 「…なんだと?…」

 「…お姉さん…六頭身の幼児体型だから、羨ましいんだ?…」

 と、リンダが、私の気になるところを突いた…

 この六頭身の幼児体型は、この矢田トモコの弱点…

 数少ない、弱点だった…

 それを突くとは?

 …卑怯!…

 …まさに、卑怯!…

 そう、思った…

 このリンダは、まさに、禁じ手を使ったのだ…

 もはや、許せん…

 もはや、この女と二度と会うことは、あるまい…

 ここで、ケリをつけるか?

 私は、とっさに、思った…

 思ったのだった…

               
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