第37話

文字数 5,706文字

 美人の悩みというやつだ…

 私は、思った…

 リンダの言葉を聞きながら、思った…

 この矢田は、美人ではないが、やはり、美人を知っている…

 リンダのような有名人ではないが、一般のひとで、美人を知っている…

 誰もが、そうだろう…

 同じだろう…

 今、リンダが、言ったこと…
 
 「…だって、この格好で、男の傍に寄れば、その男の妻や恋人は、私に、夫や恋人が取られるかもと、いつも不安になる…そして、私を敵視する…それが、困るの…」

 という、リンダの言葉は、美人に共通する悩みだからだ…

 私は、美人ではないが、やはり、今言ったリンダと同じ悩みを持つ美人を見たことがある…

 要するに、高校時代、クラスで、一組(ひとくみ)の男女が、話していたときに、別の女が、血相を変えて、そこに、割って入り、

 「…私の男を取らないで…」

 と、絶叫したのだ…

 まあ、絶叫というと、大げさだが、大声を出したことは、たしかだ(笑)…

 近くにいた者は、皆、目が点になった…

 何事かと思ったのだ…

 つまりは、クラス一というか、学年一、いや、学校一の美人が、自分が、付き合っている男と、楽しそうに話しているから、

 「…取られる…」

 と、思って、その女の子は、絶叫して、二人の間に割って入ったのだ…

 そこにいた者は、誰もが、目が点になったが、その女の子の気持ちもわからないではなかった…

 割って入った女の子の容姿は、平凡…

 実に、平凡だったからだ…

 だから、自分の付き合っている男が、学校一の美人と楽しそうに話しているのを、見て、危機感を覚えたに違いなかった…

 私は、その美人の女の子とも、結構親しかったから、後日、

 「…矢田、あんときは、焦った…これからは、自分が、話す男に、付き合っている女がいるかどうか、確かめてから、話す…」

 と、言ったのが、印象的だった…

 美人に生まれるのも、大変…

 実に、大変だと思った…

 自分が、男と話しているだけで、その男と付き合っている女から、恨まれては、たまったものではない…

 その美人の女の子は、その男と付き合いたいとか、そんな気持ちは、毛頭なかったと言っていた…

 ただ、なんとなく話していただけ…

 世間話をしていただけだ…

 それが、こんなことになった(笑)…

 思えば、リンダもまた同じなのだろう…

 リンダも、現在のハリウッドのセックス・シンボルという地位に立つまでもなく、生来の美人だ…

 当たり前だが、子供の頃から、美人に決まっている…

 だから、周りの人間に、恨まれるとか、妬まれるとか、あったのかもしれない…

 だから、ひきこもりではないが、それから、逃れるために、ヤンという男の格好をしたのかもしれない…

 ふと、思った…

 女を隠すために、男装したのかもしれない…

 美人であることを、隠すために、男装したのかもしれない…

 そう、思った…

 そして、それが、悪化して、性同一障害と、思い込むようになったといえば、うがち過ぎか?

 考え過ぎか?

 私は、思った…

 そして、ポツリと、

 「…美人も大変だな…」

 と、呟いた…

 リンダが、

 「…エッ?…」

 と、言って、目を丸くして、私を見た…

 「…リンダ…オマエの言うことは、わかるさ…」

 「…わかる? …どうして、わかるの?…」

 「…オマエほどの美人ではないが、やはり、私も同じように、美人の友達はいるさ…やはり、その美人の友達も、今のオマエと同じような悩みを抱えていたのさ…」

 「…」

 「…誰もが同じさ…」

 「…同じ? なにが、同じなの?…」

 「…美人に生まれれば、他人に嫉妬される…メリットばかりじゃない…自分が、なにもしなくても、他人に嫉妬されるデメリットが、生じる…」

 「…」

 「…金持ちも、たぶん、同じさ…なにもしなくても、嫉妬される…だから、必ずしも、いいことばかりじゃないさ…」

 「…」

 「…所詮、人間は、嫉妬の生き物さ…自分にないものを、持っている人間を妬む人間が、一定数存在する…それが、現実さ…」

 私が、言うと、リンダが、

 「…」

 と、考え込んだ…

 それから、

 「…やっぱり、お姉さんは、違う…凄い…」

 と、私を持ち上げた…

 「…見た目と違う?…」

 …なに?…

 …見た目と違う?…

 …どういう意味だ?…

 私は、頭に来た…

 まさか、この矢田の六頭身の幼児体型をバカにしているわけでは、あるまいな…

 私は、それに気付いた…

 だから、

 「…リンダ…オマエ、私が見た目と違うっていうのは、どういう意味だ?…」

 と、怒鳴った…

 すると、リンダが、

 「…お姉さんは、失礼だけれど、ルックスは、美人じゃない…でも、心は美人…」

 と、言った…

 私は、とっさに、

 …うまい!…

 と、唸った…

 …うまいことを言う!…

 と、心の中で、感嘆した…

 だから、

 「…オマエ…うまいことを言う…」

 と、言おうとしたところで、社長室の扉の前に立った…

 リンダが、

 「…お姉さん…開けるわよ…」

 と、言って、扉を開いた…

 私は、思わず、ゴクンと生唾を飲み込んだ…

 緊張したのだ…

 「…さあ、行くわよ…」

 リンダの言葉に促されて、社長室の中に入った…

 が、

 誰もいなかった…

 いや、

 いないのではない…

 隅にある、テーブルとソファに、ひとがいた…

 ただし、社長室に入ってきた私が、気付かないほど、静かだったのだ…

 …なんだ、これは?…

 私は、その雰囲気に圧倒された…

 静かというよりも、沈黙だった…

 重厚だった…

 どんよりと、異様に、重い空気が、あたりに、充満していたのだ…

 私とリンダが部屋に入ってきたのも、気付かないほど、重い空気が、あった…

 「…お、お姉さん…」

 そんな中で、真っ先に、私の存在に、葉尊が気付いた…

 さすがに、私の夫だ…

 頼りになる…

 「…リンダも…」

 と、葉尊は、付け加えた…

 リンダは、ただ、ニコッと笑って、

 「…今日は、ビジネスだから…」

 と、葉尊に告げた…

 「…その姿を見れば、わかる…」

 葉尊が、ぶっきらぼうに、告げた…

 明らかに、不機嫌だった…

 私は、夫の葉尊が不機嫌なのを、あまり見たことがなかった…

 だから、珍しいと思った…

 それから、ソファに座ったままの、矢口のお嬢様が、

 「…矢田か?…」

 と、短く言った…

 私は、

 「…ハイ…」

 と、直立不動の姿勢で言った…

 矢口のお嬢様が、横柄に座ったままなのに、なぜか、私は、直立不動で、挨拶した…

 なにやら、立場の違いを雄弁に、物語っていた(涙)…

 が、

 矢口のお嬢様が、リンダの姿を見るや、ソファから、起き上がって、丁重に、挨拶した…

 「…初めまして…スーパージャパンの矢口と言います…今日は、よろしくお願いします…」

 と、リンダに挨拶した…

 私は、その光景に目を丸くした…

 違い過ぎる!…

 あまりにも、私への態度と違い過ぎるのだ!…

 私は、頭に来た…

 私には、ソファに座ったまま、横柄に、

 「…矢田か?…」

 と、呟くのみ…

 一方、リンダには、わざわざソファから立ち上がって、丁重に挨拶する…

 なんという違い!

 これが差別でなくて、なんだというのだ!…

 私は、差別は、否定しない…

 キレイごとは言わない…

 人間は、平等ではない…

 だから、差別があるのは、仕方がないことだ…

 だから、私も、当然、ひとを差別する…

 当たり前のことだ…

 イケメンは、優遇する…

 当たり前のことだ…

 だが、差別されるのは、嫌だ…

 自分は、当然、他人を差別するが、自分が、差別されるのは、嫌だ…

 矛盾するが、これは、誰もが、同じ…

 同じだ(笑)…

 頭に来た私は、

 「…お嬢様…あんまりでは…」

 と、言おうとしたが、その前に、なぜ、葉尊が、私に、今回、この社長室で、矢口のお嬢様とリンダが会うのを、伝えなかったのか、疑問に思った…

 一体、なぜ、葉尊は、私に、今日、ここで、矢口のお嬢様と、会うことを、告げなかったのだろうか?

 疑問に思った私は、葉尊に視線を向けた…

 すると、すぐに、葉尊は、私の視線に気づいた…

 「…お姉さん…ボクになにか?…」

 「…いや、どうして、私に、今日のことを、知らせなかったのかと、思ってな…」

 「…今日のこと?…」

 「…矢口のお嬢様が、リンダとCMの件で、話すということさ…しかも、その場所が、このクールの社長室とは…」

 私が、見るからに不満げに、言うと、矢口のお嬢様が、

 「…矢田…これは、ビジネスだからだ…」

 と、口を出した…

 「…ビジネスだから?…」

 「…そうだ…葉尊社長が、この場を提供したのも、ビジネスだからだ…ビジネスだから、矢田…妻であるオマエに告げなかった…そうですね…葉尊社長…」

 「…その通りです…」

 葉尊が答えた…

 「…お姉さんに、隠す形になってしまって、申し訳ありません…でも、これは、ビジネスです…だから、お姉さんには、伝えなかった…」

 「…そうか…」

 私は、答えた…

 夫の葉尊に、そう言い訳されると、私としても、どう返答していいか、わからなかった…

 夫たるもの、会社であったことを、家庭に持ち込む人間は、少ない…

 会社であったことを、大げさにいえば、逐一、妻に、報告する夫も世間にいるらしいが、普通は、あまり、いない(笑)…

 基本、会社とプライベートは、分けるものだからだ…

 だから、夫の葉尊に、ビジネス=会社だからと、言われると、私としても、なにも、言えなかった…

 だから、返答に詰まった…

 すると、リンダに挨拶するために立ち上がった矢口のお嬢様が、

 「…リンダさんも、矢田も、ここに座れ…」

 と、促した…

 そして、

 「…葉尊社長も…」

 と、付け足した…

 矢口のお嬢様に、促されて、皆、ソファに座った…

 なぜか、この社長室の主である夫の葉尊を差し置いて、矢口のお嬢様が、この場を仕切っていた(笑)…

 正直、わけのわからん展開だった(笑)…

 一体、なぜ、この矢口のお嬢様が、この場を仕切るのか、謎だった…

 が、

 私には、それが、なぜか、わかった…

 わかったのだ(笑)…

 要するに、仕切り屋だ(笑)…

 どんな場所でも、自分が、その場を仕切らなければ、すまない人間が、いる(笑)…

 とにかく、自分が、一番でなければ、気が済まないのだ(笑)…

 たぶん、矢口のお嬢様は、そうなのだろう…

 私は、そう見た…

 私は、そう睨んだ…

 それが、即座にわかった私は、矢口のお嬢様の言う通り、ソファに、座った…

 リンダも、葉尊も、矢口のお嬢様に従って、ソファに座った…

 この手の人間には、逆らわないことが、肝心…

 経験上、わかっている…

 どんなことでも、自分が、一番でなければ、気が済まない…

 だから、それを邪魔すれば、不満を述べるからだ…

 まあ、この矢口のお嬢様の場合は、お金持ちのお嬢様で、東大卒の学歴を持っているから、許せる(笑)…

 が、

 世の中には、なにもないのに、ただ、その場を仕切りたい人間が、一定数、存在する(爆笑)…

 学歴も、人望もなにもないが、とにかく、自分が、一番になりたいのだ…

 昔は、なぜ、そんなにも、一番になりたいのか、わからなかった…

 が、

 少し歳をとって、そんな人間たちを見ていると、一定の傾向があることがわかった…

 大抵が、学歴がないのだ…

 大学も出ていないか、出ていても、偏差値が低い大学の出身…

 つまり、学歴では、勝てないから、仕事では、負けないと、言っているのだ…

 だから、どんな場所でも、自分が、先頭に立って、その場を仕切らないと、気が済まない…

 少しでも、自分に能力があると、周囲の人間に言いたいのだろう…

 しかしながら、それは、大半が、会社に入って、数年…

 三十歳になるまでには、大半が、自分の会社での将来の立ち位置がわかる…

 わからないのは、よほど、おめでたい人間だ(笑)…

 あるいは、なまじ学歴があるから、常に、

 …オレが…オレが…

 …アタシが…アタシが…

 と、前に出たい人間…

 つまりは、オレは、アタシは、アンタたちとは、違うんだと、自分の能力を必要以上に、周囲にアピールする人間…

 頭のレベルは、真逆だが、共通するのは、誰よりも早く上の地位に上がりたいことと、性格が、悪いこと(爆笑)…

 だから、自分が、会社や学校で、なにをしようと、注意する者は、いない…

 誰もが、相手にしたくないからだ(爆笑)…

 だから、会社にいても、将来の出世はない…

 頭が良くない人間は、もちろん、ないし、頭が良くても、性格が悪ければ、誰もが、嫌うから、人事でも、それがわかっているから、出世は難しい…

 仮に、同じ能力なら、上にあげるならば、人柄が、いい方を選ぶのが、人情だからだ…

 誰もが、同じ選択をする(笑)…

 これが、芸能人ならば、事務所に所属しているとはいえ、基本は、フリーランスだから、いずれ、仕事がなくなる…

 若くて、売れているうちは、男女とも、少々性格が、悪くても仕事があるが、三十を過ぎたあたりから、仕事が激減して、大抵は、業界から消えると言われている…

 それは、その芸能人が、売れているときに、接した関係者が、テレビ等の会社で、出世して、キャスティングできる立場に昇格すると、真っ先に、自分が、嫌いだった芸能人をキャスティングしないからだと、言われている…

 その結果、その芸能人は、仕事がなくなる…

 誰もが、嫌な芸能人は、嫌だからだ…

 だから、誰もキャスティングしなくなる…

 その結果、その芸能人は、芸能界を引退するしかなくなる…

 つまり、会社員よりも、フリーランスの方が、よりシビアな結果になる…

 まあ、当たり前のことだ(笑)…

 私は、それを思い出した…

 が、

 この矢口のお嬢様は、そこまで、性格が悪いわけでもない…

 ただ、性格に若干難があるだけだ(爆笑)…

 私とリンダ、葉尊、矢口のお嬢様と、4人が、席に座った…

 私たち、全員が、席に座ると、矢口のお嬢様が、
 
 「…実は…」

 と、言って、一枚の写真を見せた…

 そこには、浅黒い肌をした精悍な男の顔が写っていた…

 私は、その顔に見覚えがあった…

 サウジアラビアのファラド王子だった…

               

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