第41話

文字数 5,740文字

 …ファラドか?…

 私は、考えた…

 サウジの王子…

 サウジアラビアの王族だ…

 が、

 別に、皇太子でも、なんでもない…

 サウジには、王族が、2万も、3万もいるそうだ…

 サウジか…

 私は、呟いた…

 私の脳裏には、昔、映画で見た、アラビアのロレンスの姿が、あった…

 あの白い、アラブの民族衣装を着て、ジープに乗って、砂漠を走る…

 そんな姿だ…

 この矢田もまた、白い民族衣装を着て、アラブの砂漠をジープで走る姿を、夢想をした…

 …カッコイイ!…

 私は、そう思った…

 …アラビアのロレンス…

 ではなく、

 …アラビアの矢田…

 だ…

 いや、

 ファラドは、アラビアではなく、サウジアラビア…

 だったら、私は、

 …アラビアの矢田…

 ではなく、

 …サウジの矢田…

 が、正しいのか?

 私は、自分の家で、デスクトップのパソコンのモニターで、ファラドの画像を見ながら、考えた…

 すると、近くで、

 「…なにが、サウジの矢田よ…バカじゃないの?…」

 という声がした…

 私が、振り返ると、バニラがいた…

 思えば、このバニラが、遊びに来ていたのだ…

 すっかり、忘れていた(笑)…

 もとより、バカなバニラが身近にいようと、私の眼中になかったからだ…

 が、

 どうして、このバニラは、私の考えていることが、わかるのか?

 謎だった…

 まさか、超能力者ではあるまい…

 まさか、この矢田の心の中を読んだ?…

 そんなわけではあるまい…

 だから、私は、

 「…バニラ…どうして、私の考えていることが、わかる?…」

 と、聞いた…

 「…それとも、まさか、オマエは、ひとの心が読めるとか?…私が、なにを考えているか、わかるとか?…」

 私は、恐る恐る聞いた…

 まさかとは、思うが、このバニラ…

 バニラ・ルインスキーは、世界中に知られた、有名なモデル…

 おまけに、とんでもない美人だ…

 今は、ダボダボのトレーナーを着ていて、誰が見ても、ヤンキーそのものだが、着飾ると、この矢田が見ても、思わず、ハッと後ずさりするほどの美人だ…

 そんな、世界に知られた、美人の有名人だから、この平凡な、矢田トモコには、ない能力があるのかもしれん…

 私は、思った…

 すると、バニラが、

 「…ハアァ…」

 と、口を大げさに開けて、声を出した…

 ヤンキーがよくやる、口真似だ…

 「…心が読めるもなにも、お姉さん…今、独り言を、ブツブツ言っていたじゃない?…」

 バニラが呆れた様子で、言った…

 …そうか…

 …これは、マズかった…

 この矢田トモコにも、欠点はある…

 常に、完璧を目指す、この矢田トモコにも、欠点がある…

 それは、つい独り言を言ってしまう癖だ…

 完璧を目指す、矢田トモコにも、欠点があるということを、今さらながら、思い知った…

 っていうか、どうして、ここに、バニラがいるのか?

 謎だった…

 正直、わけがわからんかった…

 ここは、私の家だ…

 葉尊と住む、私のマンションだ…

 「…バニラ…どうして、オマエはここにいるんだ?…」

 私は、聞いた…

 聞かずには、いられなかったのだ…

 すると、またも、バニラは、顔をしかめ、
 
 「…ハアァ?…」

 と、ヤンキー丸出しで、聞いた…

 「…ちょっと、お姉さん…頭は、大丈夫?…」

 「…なんだと?…」

 「…今日、私が、ここに来たのは、リンダに頼まれたからって、さっき、言ったでしょ?…」

 …そうだった…

 …すっかり、忘れていた(汗)…

 実は、この前、葉尊と、リンダが、まるで、夫婦や恋人のように、私の前で振る舞うから、私は頭にきて、二人の前から去った…

 そのときに、葉尊は、もう一人の人格の葉問の力を借りて、私に謝りに来たが、リンダは、来んかった…

 だから、今日は、リンダの代わりに、バニラがやって来たのだ…

 リンダに、

 「…この前は、申し訳ありませんでした…」

 と、私に詫びることを、頼まれだのだ…

 が、

 ちょっと、待て…

 どうして、今日は、リンダは、やって来んのだ?

 謎だった…

 だから、

 「…バニラ…どうして、今日は、リンダは、来ないんだ?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられんかったのだ…

 すると、またも、バニラが顔をしかめ、

 「…ハアァ?…」

 と、ヤンキー丸出しの声を出した…

 「…お姉さん…ひとの話を聞いてないの?…さっきも言ったでしょ? …今、リンダは、忙しいの…サウジのファラド王子の接待の準備で、アレコレ、忙殺されている…だから、お姉さんに、直接、謝れないから、代わりに、この私に謝ってくれと、リンダに頼まれたわけ…」

 …そうだった…

 …すっかり、忘れていた…

 …今、バニラの言った通りだった(汗)…

 「…お姉さん…今、いくつ?…」

 「…35歳さ…」

 「…だったら、なに? …お姉さん…35歳で、もう痴呆症のわけ? …もしかして、若年認知症?…」

 「…なんだと?…」

 私は、怒った…

 怒ったのだ…

 言うに事欠いて、この矢田を若年認知症とは?

 が、

 それを口にすることはなかった…

 なぜなら、それを口にすれば、少々この矢田にとって、マズい事態になるかもしれないからだ…

 さっき、このバニラに聞いていたにも、かかわらず、忘れていたのは、文句なく、私の失態だし、なにより、リンダが、私に詫びるべく、代わりに、バニラを寄こしたのに、そのバニラとケンカするわけには、いかんかった…

 これ以上、リンダと揉めることは、避けたかったからだ…

 それは、なにより、夫の葉尊とのこともある…

 リンダ=ヤンは、葉尊の親友…

 だから、夫の葉尊のことを、考えれば、これ以上、リンダと揉めたくなかった…

 だから、話を変えることにした…

 「…バニラ…どうして、サウジの矢田が、バカなんだ?…」

 「…だって、そうでしょ?…」

 「…なにが、そうでしょ、なんだ?…」

 「…お姉さん…言っちゃなんだけど、目が笑っているの…」

 「…なんだと? …目が笑っているだと?…だが、それと、サウジの矢田となんの関係がある?…」

 「…お姉さん…考えてみて…」

 「…なにを、考えるんだ?…」

 「…目が笑ったお姉さんが、あの白い民族衣装を着て、ジープに乗っているところを想像してみて…」

 私は、バニラの言う通り、この矢田が、ジープに乗って、あの白い民族衣装を着て、走っているところを、頭の中で、想像してみた…

 が、

 なにもおかしいところはない…

 一体、なにが、おかしいというのだ?
 
 謎だった…

 だから、

 「…想像してみたが、おかしいところは、なにもないゾ…」

 と、言った…

 「…お姉さん…何度も言うように、目が笑っているのよ…」

 「…それが、どうした?…」

 「…目が笑ったお姉さんが、あの白い民族衣装を着て、ジープに乗ってれば、傍から見れば、童顔の大人だが、子供だか、わからない女が、ニコニコしているから、まるで、子供がゴーカートに乗って、はしゃいでいるのと同じに見えるの…」

 「…なんだと?…」

 「…男でいえば、とっつぁん坊やだけれども、女で、いえば、なんていうのかな? オバサン少女とでも、いうのかな?…いずれにしろ、お姉さんが、あの白い民族衣装を着て、ニコニコすれば、コスプレ以外に見えないし、まるで、娘のマリアと同じようにしか見えない…」

 バニラが言った…

 実に、衝撃的な一言だった…

 たしかに、バニラの言う通り…

 この矢田は、身長が、159㎝と小柄…

 日本の女性の中では、普通だが、世界では、小さい…

 そんな小柄な矢田が、あの白い民族衣装を着て、ニコニコ笑っていれば、たしかに、バニラの娘のマリアと、変わらん…

 大差ない…

 私は、それを悟った…

 悟ったのだ…

 が、

 待てよ…

 サウジは、当然のことながら、暑い…

 だから、サングラスが必須…

 そうなれば、この矢田の目が笑っていても、隠せる…

 そうなれば、問題はない…

 なにも、問題は、ないのだ…

 「…サングラスだ…バニラ…」

 私は、言った…

 「…サングラス? …それがなに?…」

 「…サウジは暑い…そうなれば、サングラスが必須…サングラスをかければ、私の目が笑っていても、それが隠せる…」

 「…たしかに、言われてみれば、その通りかも…」

 「…だろ?…」

 「…でも、お姉さんのその体型と身長は隠せないわよ…おまけに、お姉さんの行動…」

 「…私の行動? …それが、どうした?…」

 「…お姉さん、子供っぽいのよ…だから、娘のマリアと気が合うのよ…」

 散々な言われようだった…

 私は、バニラの言葉に、

 「…」

 と、絶句した…

 正直、バニラの言葉に、心当たりはあった…

 いや、

 あり過ぎた(涙)…

 私は、矢田ちゃん…

 どこに、行っても、矢田ちゃんだった…

 学校や職場で、周囲の人間に、嫌われたことは、一度もない…

 自分でいうのも、なんだが、周囲の人間に、好かれている…

 が、

 軽いのだ…

 私の頭の中身ではなく、人間が軽いのだ…

 私が、なにをしようと、周囲から、軽く見られる…

 自分でも、認めたくはないが、私は、そういう残念な人間だった…

 これは、欠点であり、同時に、私の長所でもあった…

 矢田ちゃんと軽く見られることで、どこに行っても、周囲の人間に、溶け込めるし、仲良くなれるからだ…

 だから、そう考えれば、よいのだが、やはりというか…

 昔は、良かったが、35歳という今の年齢を考えたときに、素直に喜ぶことは、できんかった…

 が、

 このバニラの場合は、それが、功を奏した…

 このバカなバニラに私は、勝てない…

 頭の中身では、私の圧勝だが、カラダの大きさが、違う…

 バニラは、180㎝の長身…

 対する、この矢田は、159㎝と、小柄…

 殴り合いになれば、勝つのは、バニラに決まっているからだ…

 が、

 このバニラは、私に逆らえない…

 なぜかといえば、娘のマリアが、私になついているからだ…

 このバニラは、娘のマリアを溺愛している…

 だから、娘のマリアが、大好きな私に逆らえば、私が、マリアと遊ばないことが、わかっているから、私に逆らわないのだ…

 いわば、マリアを、私に人質に取られているのと、いっしょ…

 だから、バニラは、私に逆らえない…

 私は、その状況を楽しんでいる…

 この矢田は、そんなズルい一面を持つ女だった(笑)…

 そう考えていると、ふと、気付いた…

 今日は、バニラが、マリアを連れて来ないことに、気付いたのだ…

 バニラは、私の家にやって来るときは、大抵、マリアを連れてくる…

 今日は、一体、どうしたのだろう?

 疑問だった…

 「…バニラ…今日は、マリアは、どうしたんだ?…」

 私の質問に、バニラは、

 「…マリアは、今日は、保育園にいます…」

 と、答えた…

 「…保育園?…」

 「…ハイ…」

 「…どうしてだ? …いつもは、保育園があっても、私の元に、遊びに来させてたんだろ?…」

 「…いつもは、そうだってけれど、そうすると、保育園の友達になじめないというか…」

 バニラが、苦悩した表情で、語った…

 バニラは、娘のマリアの話題になると、途端に、私に対して、敬語になる…

 何度も言うが、娘のマリアが、私に遊んで、もらえなくなると、困るからだ…

 「…でも、大丈夫じゃないか?…」

 「…なにが、大丈夫なの?…」

 「…マリアは、私に似て、人懐っこい…だから、誰とも、仲良くなれるだろ?…」

 「…今までは、そうだったけれど…」

 バニラの言葉が、湿った…

 言い淀んだ…

 「…どうした? …なにか、あるのか?…」

 「…転校生というか…」

 「…転校生?…」

 「…今度、来た、子と仲が悪いらしいの…」

 「…今度、来た子?…」

 「…マリアを預けてる保育園は、いわゆる、アメリカン・スクールだから、外人が、多い…」

 「…外人?…」

 「…まあ、外人の私が、言うのも、なんだけど…」

 バニラが、恥ずかしそうに、語る…

 「…日本の保育園に預けると、どうしても、肌の色が違うから、目立つし、イジメにでもあったら、困るから…今の保育園に預けたの…ぶっちゃけ、毎月の保育料も高いから、いわゆるセレブ専用の保育園ね…」

 「…」

 「…保育料が高いだけあって、しっかりした保育園なんだけれど、最近、やんちゃな子供が、やって来たらしくて、その子と、マリアが、仲が良くないらしいの…」

 「…そうか…」

 「…だから、本当は、マリアを今日も連れて来たかったんだけれども、保育園の保母さんたちが、そのやんちゃな子供も、まだ、やって来たばかりだから、みんなと馴染めば、すぐに仲良くなるからと、言って…」

 「…」

 「…だから、マリアに保育園を休ませることは、なるべくやめてくれと、懇願されて…」

 「…そうか…」

 私は、言った…

 そんな話は、初めて、聞いた…

 そして、そんな話を聞くと、マリアも大変だなと、思った…

 大人もそうだが、子供も、生きるのは、大変だ…

 3歳の幼児でも、生きるのは、大変だ…

 そう思わないのは、大人だけ…

 いや、

 子供に寄り添うことができない大人だけかもしれない…

 自分が、かつて、子供だったことを、忘れている大人だけかもしれない…

 私は、思った…

 「…で、どんな子なんだ?…」

 私は、聞いた…

 私の質問に、バニラは、口ごもった…

 「…なんだ? …どうした?…」

 「…実は、私もよくは、知らないの?…」

 「…知らない?…」

 「…ええ…私は、モデルだし、いつも、世界中を飛び回っている…だから、日本に来たときは、マリアと少しでも、いっしょにいたいと思っているけれど、マリアは、普段は、保育園に入っているし、当たり前だけれども、マリアの送迎は、お手伝いさんに、頼んでいるから…私もよくは、知らないの…」

 「…」

 「…それに、私もお姉さんの知っているように、それなりに、世間で名前を知られているから、直接、保育園に顔を出すのは、避けたいし…」

 「…」

 「…でも、その子の名前というか…どんな子供だかは、わかっている…」

 「…どんな子?…」

 「…アラブの王族…サウジの王族だと聞いた…」

 「…サウジの王族だと?…」

 私は、驚いた…

 驚愕した…

 まさか、ここで、サウジの王族の名前が出るとは、思わなかった…

 まさに、まさかだった…

                
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