第70話

文字数 4,744文字

 …同士…

 私は、思った…

 私とファラドは、同士…

 同士だった…

 似た者同士だった…

 共に、カラダに恵まれなかったが、頭脳には、恵まれた…

 私、矢田トモコは、ソニー学園出身だが、それは、あくまで、学歴…

 勉強の結果に過ぎない…

 私は、学歴は、イマイチだが、実は、それ以外が、凄い…

 凄いのだ!…

 なにが、凄いかと、問われれば、すぐには、答えられない(笑)…

 つまりは、それほど、優れているのだ(笑)…

 一例を挙げれば、私は、友達は多い…

 常に、

 「…矢田…矢田…」

 と、街を歩けば、知り合いが、声をかけてくる…

 つまり、そういうことだ(笑)…

 スポーツも優れている…

 昔、初めて、スノボーをやったときも、わずかな時間で、できるようになった…

 いっしょに行った、前薗ねーさんは、最後まで、できなかった(爆笑)…

 つまり、私は、それほど、優れているということだ(笑)…

 まあ、これ以上は、自慢になるから、ここで、止めておこう…

 決して、これ以外に、私が、他人様よりも、優れている点が、ないわけではない(汗)…

 断じてないわけでは、ないのだ!…

 ただ、これ以上、ここで、語ることで、他人様の反感を買うことが、怖いだけだ…

 誰もが、他人様の自慢話を聞くぐらい、退屈なことはない…

 言っている本人は、鼻高々で、言っているが、周囲は、げんなりしている…

 自慢話など、常に、そういうものだ…

 だから、私も、これ以上は、語るまい…

 この矢田の美点をここで、語ることで、読者が、離れることを、私は、恐れるのだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…ファラド…オマエは、やり過ぎたんだ…」

 と、オスマンが、もう何度目かの同じセリフを言った…

 私は、なぜ、オスマンが、そんなに、何度も、同じセリフを言っているのか、不思議だった…

 不思議だったのだ…

 が、

 少し考えて、気付いた…

 おそらく、オスマンは、迷っているのだ…

 ファラドの処遇をどうするか、迷っているのだ…

 オスマンが、ファラドに対して、

 「…そんなに、悪い男ではない…」

 と、言いつつ、

 「…だから、困る…」

 と、言ったのは、その言葉通り…

 悪い人間は、即座に切れば、いい…

 企業で、いえば、即座にリストラすれば、いい…

 が、

 中途半端に優秀だったり、中途半端にひとが、良かったり、すれば、扱いに困る…

 切るのに、躊躇われるからだ…

 切る人間が、判断に迷うからだ…

 コイツを切れば、路頭に迷うだろうなと、つい考えてしまう…

 つい、仏心を出してしまう…

 だったら、コイツではなく、別の誰かにすれば、いいのでは? と、考える…

 そういうことだ…

 つまりは、オスマンもそれと、同じ…

 同じに違いない…

 ファラドの処遇に、迷ったに違いない…

 私が、そう考えていると、

 「…ファラド…オマエの処遇は、国王に任せる…」

 と、オスマンが告げた…

 「…陛下に?…」

 と、ファラドの表情が、固まった…

 いや、

 冷や汗をかいた…

 というレベルではなく、深刻な表情になった…

 見るからに、落ち込んだ表情になった…

 「…そんな…」

 「…すべては、オマエが招いたことだ…ファラド…」

 オスマンが、淡々と告げた…

 「…オマエが、実力以上の地位を得たいと、夢見たからだ…」

 オスマンの言葉に、ファラドは、一言もなかった…

 黙って、俯いたままだった…

 「…オスマン殿下は、私に死ねと?…」

 「…死ねだと? …ボクは、そんなことは、一言も、言っていないゾ…」

 「…言っていなくても、同じことです…オスマン殿下…アナタから、ノーと言われた人間は、サウジでは、生きてゆけない…」

 「…なんだと?…」

 思わず、私は、口に出してしまった…

 「…殿下…アナタは、それをわかっているはずです…」

 ファラドが、必死の表情で、訴えた…

 が、

 その訴えは、オスマンに、響かなかった…

 「…終わったことだ…」

 と、小さく、言った…

 「…すべて、終わったことだ…」

 オスマンが、言った…

 その言葉に、ファラドは、落胆した…

 明らかに、落ち込んだ…

 それから、

 「…クックックッ…」

 と、笑った…

 笑ったのだ…

 「…だったら…」

 と、突然、大声を出した…

 「…殿下…失礼ながら、アナタの身をちょうだいします…」

 「…ボクの身を?…」

 「…ハイ…」

 「…やってみるがいい…」

 オスマンが、ゆっくりと言った…

 「…ぜひ、やってみればいい…」

 オスマンが、淡々と告げた…

 「…と、その前に、ひとつ、気付かないか? ファラド?…」

 「…気付く? なにを?…」

 「…ボクとオマエが、こうして、こんな、やりとりを、長々としている間にも、集まった父兄から、なにも、不平の声が出ない…おかしいとは、思わないか?…」

 言われてみれば、その通り…

 その通りだった…

 これは、一体、どういうことだ?

 私は、考えた…

 すると、その答えを、言った者が、いた…

 他ならぬ、ヤン=リンダだった…

 「…この集まった父兄たち…園児の父兄ではないわね…」

 「…なんだと?…」

 思わず、私は、声を発した…

 不覚にも、声を発してしまった…

 「…どれも、ゴツイ…格闘技に精通する人間たち…男女ともに…」

 ヤンが、言った…

 ヤン=リンダが、言った…

 「…大方…なにか、あったら、困るから、あらかじめ、手を打っていたのでしょう…」

 「…手だと? …どういうことだ?…」

 「…ファラドは、お菓子のカートを押してきた、屈強な男たちを使って、オスマン殿下を誘拐しようとした…」
 
 「…」

 「…事前に、それを知ったオスマン殿下は、彼らを買収するか、あるいは、メンバーをすべて、取り替えた…自分の息のかかった者たちに…」

 「…なんだと?…」

 「…でも、それだけでは、安心できない…このお遊戯大会にやって来た父兄も皆、あらかじめ、すべて、自分の息のかかった者たちに変えた…そうすれば、仮に、お菓子を積んだカートを引いてきた男たちが、裏切っても、それを阻止することができる…」


 「…」

 「…そして、もっと言えば、本当は、今日は、お遊戯大会なんて、ものは、なかったんじゃない?…」

 「…なかった? …どういう意味だ?…」

 「…つまり、園児たちのご両親には、一切、知らせなかった…」

 「…知らせなかっただと?…どうしてだ?…」

 「…これは、ファラドを追い詰める場所だから…」

 ヤン=リンダが笑った…

 「…そうでしょ? …オスマン?…」

 ヤン=リンダが、笑いかけた…

 それは、女の私でも、ゾクッとするほど、色っぽい笑いだった…

 ヤン=リンダは、オスマンを30歳の成人男子として、遇した…

 そう、思った…

 そして、それは、リンダ・ヘイワースが、オスマンに最大の敬意を表した証(あかし)だった…

 証(あかし)だったのだ…

 それに、気付いた、オスマンが、

 「…リンダさん…ありがとう…」

 と、リンダに礼を言った…

 「…ボクを一人前の男として、扱ってくれて…」

 が、

 それに対して、リンダは、

 「…」

 と、無言だった…

 ただ、微笑んでいた…

 圧倒的なセックス・アピールを全開にして、微笑んでいた…

 だから、そのリンダの態度に、オスマンが、再び礼を言った…

 「…ありがとう…」

 感激した声であり、感激した表情だった…

 ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースが、オスマンを正当に扱ってくれたのだ…

 自分が、憧れた、大物女優が、自分を正当に扱ってくれたのだ…

 これ以上の感激は、ないのかもしれない…

 それを、思えば、オスマンの気持ちもわかった…

 わかったのだ…

 が、

 むろん、ファラドは、違った…

 追い詰められて、落胆していた…

 困惑していた…

 「…ボクは、…ボクは、…これから、どうすれば…」

 ファラドは、下を向いたまま、声を絞り出すように、言った…

 こう言っては、失礼だが、ファラドが、哀れだった…

 同時に、滑稽でも、あった…

 なにしろ、身長180㎝もある、大人の男が、3歳の幼児に叱られているのだ…

 普通に、考えて、こんな光景は、ありえない…

 まるで、時代劇のようだ…

 3歳の若君かなにかが、年長の家来を叱っているようだ…

 現代の日本では、まずは、お目にかかれない光景だった…

 と、

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…オスマン…厳し過ぎ…」

 という声がした…

 私は、慌てて、その声の主を見た…

 なんと、マリアだった…

 バニラの娘のマリアだった…

 3歳のマリアだった…

 「…オスマン…やり過ぎ…もう少し、優しくなれないの?…」

 マリアが、怒っていた…

 その証拠に、腕を組んでいる…

 まさに、奥様の風格…

 まるで、オスマンの奥様のような風格だった…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 マリアは、3歳にも、かかわらず、ひょっとすると、この矢田トモコよりも、風格があるかもしれんかった…

 この矢田トモコよりも、威厳があるかも、しれんかったのだ…

 が、

 やはり、3歳の子供というか…

 話の展開が、読めんと、思った…

 このオスマンは、3歳の幼児にしか、見えんが、実は、30歳で、アラブの至宝と呼ばれるほど、優れている…

 それが、わかった今となっては、気安く話しかけることなど、できんかった…

 さらにいえば、今さら、マリアが、なにを言おうと、オスマンが、マリアの言葉など、まともに、聞くわけがなかった…

 なにしろ、オスマンは、30歳の大人で、アラブの至宝と呼ばれるほど、優れているし、権力も持っている…

 現国王の信頼も厚い…

 なにしろ、現国王に、王族の教育係を任されているのだ…

 それが、わかった今、マリアが、オスマンになにを言おうと、無駄だと、思った…

 マリアとオスマンでは、立場が、違い過ぎる…

 オスマンが、マリアをまともに、相手にするわけがなかったからだ…

 だから、思わず、私は、

 「…マリア…言葉を慎め…」

 と、言いそうになった…

 マリアと、オスマンは、対等ではない…

 対等の身分ではない…

 マリアは、それが、わかっていないからだ…

 私が、オスマンを見ると、オスマンも、どう言っていいか、わからなかったのか、

 「…」

 と、無言だった…

 「…」

 と、黙ったままだった…

 すると、マリアが、

 「…オスマン…ちゃんと、アタシの話を聞いている? …返事をしなさい…」

 と、怒った…

 怒ったのだ…

 私は、驚いた…

 そして、バニラを見た…

 リンダに化けた、マリアの母親のバニラを見た…

 私は、マリアを叱ろうとしたが、それは、バニラの役割だと思った…

 やはりというか、母親のバニラの役割だと思ったのだ…

 だから、私は、急いで、バニラを見た…

 見たのだ…

 すると、バニラもまた、私同様、驚いた表情をしていた…

 ビックリしていた…

 が、

 すぐに、娘の間違いを正そうと、思い直したのだろう…

 マリアになにか、言おうと、口を開きかけたが、それより前に、

 「…マリア…」

 と、オスマンが、口を開いた…

 すると、マリアが、

 「…ちゃんと聞こえているのに、どうして、返事をしないの?…」

 と、オスマンに迫った…

 迫ったのだ…

 私は、慌てて、オスマンを見た…

 見たのだ…
 
 すると、明らかに、オスマンは、当惑していた…

 戸惑っていた…

 なぜか、戸惑っていたのだ…

 私は、それを見て、どうして? と、思ったが、それは、バニラもまた同じだったようだ…

 30歳のオスマンが、3歳のマリアに叱られて、どうして、戸惑うのか、文字通り、謎だった…

 だから、私は、悩んだ…

 すると、偶然、ファラドの顔が、視界に入った…

 そのファラドの顔は、笑っていた…

 実に、愉快そうに、笑っていた…

               
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