第122話

文字数 4,381文字

 「…それは、そうと、お姉さん…」

 と、葉敬が、いきなり、話を変えた…

 「…リンダの件ですが…」

 「…リンダ? …リンダが、どうか、したんですか?…」

 「…ちょっと、困った事態になりました…」

 「…困った事態?…」

 「…そうです…」

 そう言って、葉敬が、言葉を切った…

 途端に、私は、バニラが、言ったことを、思い出した…

 リンダが、この葉敬から、離れようとしている事実を、だ…

 リンダは、今、オスマン殿下の庇護を受けて、葉敬から、離れようとしている…

 リンダは、学生時代、この葉敬に世話になった…

 そして、それは、成功するまで…

 ハリウッドのセックス・シンボルといわれるほど、成功するまで、金銭的に、援助を受けてきた…

 そして、それゆえ、葉敬と離れられない…

 世話になった、葉敬から、離れられない…

それゆえ、ハリウッドのセックス・シンボルとまで、呼ばれる地位に就いても、台北筆頭や、クールの宣伝を優先する…

過去の恩義に、報いるためだ…

 だから、本当は、もっと割のいい、仕事が、あるに違いないが、それを差し置いても、台北筆頭や、クールの宣伝を優先する…

 葉敬の恩に、報いるためだ…

 そして、それを、今、リンダが、嫌がっている…

 ハッキリ言えば、葉敬の元にいることを、嫌がっている…

 なんにもまして、葉敬の指示を優先することに、嫌気がさしたのだ…

 当たり前のことだ…

 すでに、ハリウッドのセックス・シンボルといわれるまでの地位を得たにも、かかわらず、ある意味、かごの鳥に近い…

 常に、葉敬の指示を優先しなければ、ならないからだ…

 だから、そんな生活に、嫌気がさしたに違いなかった…

 それゆえ、オスマン殿下の力を借りて、葉敬の元から、逃げ出したい…

 それが、リンダの狙いだと、バニラが言った…

 そして、そのバニラとリンダの違いは、葉敬との関係…

 葉敬との距離感の違いとも、言っていい…

 なにしろ、バニラは、葉敬の愛人…

 葉敬との間には、娘のマリアもいる…

 が、

 リンダには、それがない…

 リンダと葉敬は、他人…

 まったくの他人だ…

 だからこそ、葉敬の元から、逃げ出したいのだろう…

 バニラには、それが、できないからだ…

 と、

 ここまで、考えて気付いた…

 もしかしたら、この矢田とリンダは、同じ…

 同じかもしれんと、気付いた…

 つまりは、

 …奇貨居くべし…

 と、いうことだ…

 リンダも、また、葉敬の援助を受けてきた当時は、無名…

 世間では、まったくの無名だった…

 が、

 美貌は、すでに、抜きん出ていたに違いない…

 だから、葉敬は、もしかしたら、リンダの美貌に、投資したのかも、しれない…

 将来、モデルや女優として、目が出るかもしれんと考えて、金を投資したのかも、しれん…

 まさに、

 …奇貨居くべし…

 将来、もしかした、宝になるかもしれんから、リンダに投資したのかもしれん…

 私は、その事実に、気付いた…

 私は、その可能性に、気付いた…

 だから、この矢田トモコと、リンダ・ヘイワースは、同じ…

 同じということだ(爆笑)…

 …奇貨居くべし…

 将来、なにかの役に立つと、思って、この葉敬は、私に甘いのかも、知れんと、気付いた…

 リンダは、今、ハリウッドのセックス・シンボルと、呼ばれるほどの地位に就いても、依然、台北筆頭や、クールの宣伝をすることで、十分過ぎるほどの、見返りを、葉敬は、受けている…

 そして、この矢田は、オスマン殿下に、気に入られたことで、やはり、台北筆頭や、クールに、莫大な利益をもたらした…

 アラブ世界で、台北筆頭や、クールの発展に寄与したからだ…

 つまりは、この葉敬は、将来、自分の役に立つかもしれんと、睨んだ人間に、投資する…

 そんな人間かも、しれんと、気付いた…

 要するに、生粋の商売人…

 常に打算…

 常に計算…

 損得勘定が、頭の中に、あるのかもしれん…

 そう、気付いた…

 そして、何度も言うように、バニラは、別格…

 すでに、葉敬の愛人にすることで、取り込んだ…

 そして、それを言えば、この矢田トモコもまた、息子の葉尊の妻にすることで、取り込んだ…

 が、

 リンダは、取り込んでない…
 
 そういうことだ…

 が、

 ならば、一体?

 ならば、一体全体、この葉敬は、今、一体、なんのために、この矢田と、ここにいるのか?

と、考えた…

 この葉敬が、この矢田が、思うように、計算高い人物で、ある以上、今現在も、ここで、この矢田と話している…

 そのための打算があるからだ…

 そのための、計算が、あるからだ…

 すると、一つの可能性が、ふと、脳裏に浮かんだ…

 もしや…

 もしや…

 この矢田に、リンダを引き留めてくれ…

 リンダの気持ちを翻意させてくれ…

 と、頼むかも、しれんと、気付いた…

 すると、

 「…ところで、お姉さん…」

 と、葉敬が、口を開いた…

 「…ハイ…なんでしょうか?…」

 「…お姉さんは、リンダが、好きですか?…」

 来た!

 来た!

 単刀直入だった…

 やはり、そう来たか!

 私は、思った…

 だから、一瞬、考えた…

 「…好きです…」

 と、いうのは、容易い…

 簡単だ…

 が、

 だからこそ、あえて、

 「…いえ、別に、好きでは…」

 と、言えば、いいのではないか?

 そう、気付いた…

 そう、答えれば、この目の前の葉敬は、どう答えるか?

 言葉は、悪いが、見ものだ…

 一体、どういう反応をするのだろうか?

 見て見たく、なった…

 だから、

 「…嫌いじゃ、ありません…」

 と、答えた…

 「…いえ…別に、好きじゃ、ありません…」

 とは、言えんかった…

 さすがに、言えんかったのだ(笑)…

 すると、やっぱりというか…

 目の前の葉敬の顔が面食らった表情に、なった…

 「…嫌いじゃ、ない?…」

 私の言った言葉を、オウム返しに、繰り返した…

 「…ということは、それほど、好きじゃないということですか?…」

 啞然として、葉敬が、続けた…

 私は、答えるのも、頷くのも、おかしいと思い、反応しなかった…

 あえて、無表情を装った…

 すると、

 「…そうですか…」

 と、目の前の葉敬が、落胆した…

 「…残念です…」

 …残念?…

 …どういうことだ?…

 「…お姉さんは、リンダと、仲がいいと思ったのに…」

 葉敬が、呟く…

 ハッキリ言えば、嘆いた口調になった…

 これは、

 …しまった!…

 と、私は、気付いた…

 もしかしたら…

 もしかしたら…

 私が、葉尊の妻で、いられることは、私が、リンダや、バニラと、仲がいいからではないか?

 と、考え直した…

 だから、ハッキリ言えば、今回のように、リンダが、葉敬の元から、逃げ出したいなんて、言えば、それを、私が、引き留めてくれると、見込んだのかも、しれん…

 それゆえ、私を、葉尊の妻として、認めて、くれたのかも、しれんかった…

 だから、それに、気付いた私は、慌てて、

 「…いえ、違うんです…お義父さん…」

 と、葉敬に、言った…

 「…違う? …なにが、違うんですか?…」

 「…私が、リンダを、嫌いじゃ、ありませんと言ったのは、リンダの気持ちが、わからないからです…」

 「…リンダの気持ち? …それは、一体、どういう意味ですか?…」

 「…私は、リンダが、好きです…」

 と、大声で言った…

 全力で言った…

 「…でも、リンダが、私を好きか、どうか、わからないじゃないですか?…」

 葉敬は、私が、なにを言いたいのか、わからず、キョトンとした表情に、なった…

 「…つまり、私が、言いたいのは、私は、リンダが、好きですが、リンダが、私を好きか、どうかは、わからない…それなのに、私が、一方的に、リンダを好きなんて、言うのは、恥ずかしいと、思ったんです…」

 私は、必死になって、説明した…

 私は、必死になって、弁明した…

 ここが、

 …勝負だ…

 と、思ったからだ…

 ここが、

 この矢田トモコが、葉尊の妻で、いられるか、否かの、

 …勝負だ!…

 と、思ったからだ…

 ここで、私が、リンダと、仲が、良くないと、葉敬に、思われれば、下手をすれば、

 …葉尊と離婚!…

 と、いう結末が、待っているかも、しれんかった…

 そうなれば、

 …ジ・エンド…

 おしまいだ…

 私は、再び、実家に、戻って、35歳のフリーターに、逆戻りするかも、しれんかった…

 が、

 それは、できんかった…

 もはや、それは、できんかった…

 なぜなら、この矢田トモコは、35歳のシンデレラとして、マスコミに取り上げられた経験を持つ…

 だから、今でも、それを覚えている、世間の人間も、少なからず、いるだろう…

 人の噂も七十五日というが、アレは、ウソ…

 アレは、無名の人間の場合だ…

 現に、テレビでは、つい最近まで、

 …あの人は、今…

 というような、30年も、40年も前に、一世を風靡した人間の特集を組んで、放送してきたではないか?…

 それは、視聴率が、高いからだ…

 それは、人々の関心が、高いからだ…

 つまり、そういうことだ…

 だから、この矢田が、葉尊と離婚して、元のフリーターに戻り、どこかの会社の面接にでも、行って、

 「…もしかしたら、失礼ですが、35歳のシンデレラ?…」

 と、訊かれたら、目も当てられない…

 ちょうど、それは、芸能界で、一発屋として、名をなした人間が、

 「…もしかしたら、〇〇さん?…」

 と、初対面の人間に言われるのと、同じだ…

 恥ずかしくて、堪らない…

 正常な神経では、なかなか、耐えられんだろう…

 そして、それは、この矢田トモコも例外ではない…

 例外ではないのだ!…
 
 私は、思った…

 だから、今、力を込めて、リンダとの繋がりを、強調した…

 いかに、私が、役に立つか、葉敬に、強調したのだ…

 君子豹変す…

 つい、今の今まで、言ってきたことと、まるで、違うことを言う…

 が、

 それが、私だ…

 それが、矢田トモコだった…

 恥ずかしいも、へちまもなかった…

 なかったのだ…

 だから、私は、いかに、自分が、有能か、葉敬に訴えるべく、葉敬を睨んだ…

 この矢田トモコが、渾身の力を込めて、睨んだのだ…

 ひとは、そんな私を見て、

 「…お姉さんじゃない!…」

 とか、

 「…目が笑ってない!…」

 とか、

 言うに違いない…

 が、

 この矢田トモコも、もはや、35歳…

 いつまでも、目が笑っている女ではなかった…

 なかったのだ…

 すると、そんな私の気持ちが、通じたのだろう…

 葉敬が、

 「…わかりました…お姉さんに、お任せします…」

 と、言った…

 そして、

 「…リンダのわがままを直して下さい…」

 と、続けた…

 「…リンダのわがまま?…」

 …一体、どういう意味だ?…

 「…リンダは、今、自分が、性同一性障害だと、世間に発表しようとしているんです…」

 …な、なんだと?…

 思ってもいない、葉敬の言葉だった…

                

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