第43話
文字数 5,780文字
…これは、大変なことになった…
私は、思った…
アラブの女神という、正直、わけのわからん名前が出てきた…
このバニラが、言うには、クールを狙っている、ファラド王子が、将来、結婚するであろう女が、アラブの女神といわれるほど、権力を持つで、あろうことは、わかった…
そして、そのファラド王子が、マザコンであることも、わかった…
が、
正直、それを聞いたところで、どうすることも、できんかった…
が、
待てよ…
ふと、気付いた…
そのファラド王子は、マザコン…
そして、今、花嫁を探している…
だったら、リンダと結婚すれば、いいのではないか?
ふと、思った…
リンダは、独身…
好きな男もいない様子だ…
中身は、男の性同一障害の持ち主と言われているが、本当か、どうか、怪しいものだ…
なぜなら、本当に、性同一障害なら、リンダ・ヘイワースを演じることはできない…
リンダ・ヘイワースになりきることはできない…
なぜなら、リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
本当に、リンダが、性同一障害ならば、中身は男のはずだから、あれほどの色気が出せるのか、甚だ疑問だからだ…
が、
性同一障害だから、心は、男といっても、カラダは、女…
当たり前だが、妊娠できる…
子供を産むことができる…
だから、ファラド王子と、結婚できる…
結婚しても、問題はなにもない…
私は、思った…
それに…
それに、だ…
リンダには、申し訳ないが、葉尊の近くにいると、どうしても、気になる…
葉尊とリンダ=ヤンは、親友といっているから、男女の関係でないことは、わかる…
葉尊は、心の中に、葉問という、もう一人の人格を抱える多重人格者…
リンダもまた、カラダが、女であるにもかかわらず、心が男の性同一障害者…
共に、同じような心の悩みを抱える者同士、仲良くなったと、いっていたし、それにウソはないと思う…
現に、私は、今も、それを信じている…
しかし、
しかし、だ…
葉尊は、長身のイケメン…
対する、リンダもまた、長身の絶世の美女…
まさに、お似合いのカップルだ…
とても、この矢田トモコなど、付け入る隙がない…
本当ならば、この矢田トモコではなく、葉尊は、リンダと結婚するのが、正しいし、私も、そう思う…
が、
実際は、葉尊は、私と結婚している…
この矢田トモコと結婚している…
だから、この矢田トモコにとって、正直、リンダは、邪魔な存在…
リンダは、好きだし、人間的にも、嫌なところは、なにもない…
が、
正直にいって、近くにいて、もらっては、困る…
葉尊の近くにいて、もらっては、困るのだ(怒)…
なぜなら、いつも葉尊の近くにいれば、葉尊も男…
いつ、リンダ・ヘイワースの色気に惑わされて、男女の関係になっても、おかしくはないからだ…
そして、葉尊とリンダが、男女の関係になれば、この矢田は、もはや用済み…
葉尊に離婚され、元のフリーター生活に逆戻りの生活が、待っている…
が、
それは、困る…
困るのだ(涙)…
だから、どんな手を使っても、リンダを、葉尊の元から、遠ざけねば、ならん…
遠ざけねば、ならんのだ…
私は、固く心に誓った…
そして、今、絶好のチャンスが、訪れた…
ファラド王子が、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンと名乗って、リンダに近付いてきた…
が、
本当は、ファラド王子の狙いは、クール…
リンダを狙っているといったのは、名目に過ぎない…
クールに近付く、名目に過ぎない…
が、
名目ではなく、本当にすればいい(笑)…
ファラドとリンダが結婚すればいい(笑)…
噓から出た実(まこと)というやつだ…
そのウソが、真実になればいい…
そうすれば、リンダは、アラブ…いや、サウジに移住するだろう…
そうなれば、リンダは葉尊と離れ離れ…
これで、私は、安心できる…
枕を高くして眠ることができる…
誤解して、もらっては、困るが、私は別にリンダに恨みはない…
リンダはいいヤツだ…
私は、リンダが好き…大好きだ…
が、
それとこれとは、違う…
問題が、違う…
リンダは、好きだが、葉尊を取られては、困るからだ…
…許せ、リンダ…
私は、心の中で、リンダに詫びた…
オマエに恨みはないが、消えてもらうに限る…
葉尊の前から、消えてもらうに限るからだ…
そうと、決まったからには、バニラに、
「…なあ、バニラ…」
と、声をかけた…
「…なに、お姉さん?…」
「…バニラ…オマエも女なら、わかるだろ?…」
「…なにが、わかるの? …お姉さん?…」
「…リンダのことさ…」
「…リンダのこと? …なに、それ?…」
「…リンダも歳さ…」
私は、重々しく言った…
「…お姉さん…一体なにを言いたいの?…」
「…いい男が、身近にいれば、身を固めて、やりたくてな…」
「…なに…突然…どうして、そんな話になるの?…」
「…実はな…バニラ…ここだけの話だ…」
「…ここだけの話?…」
「…リンダも29歳…ハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、世間で、もてはやされていても、花の命は短い…」
「…ちょっと、お姉さん…なにが、言いたいわけ?…」
「…ファラドさ…」
「…ファラドが、どうしたの?…」
「…そのファラドが、リンダの大ファンだと名乗っているなら、ちょうどいいじゃないか…」
「…なにが、ちょうどいいの?…」
「…リンダの結婚相手にさ…」
「…リンダの結婚相手って? …お姉さん…さっきも言ったでしょ? そのファラド王子は、リンダのファンでも、なんでもないって…リンダのファンは、名目だけだって…」
「…それは、わかってるさ…」
「…だったら、なんで…」
「…噓から出た実(まこと)というやつさ…」
「…どういう意味?…」
「…だったら、それを本当にすればいい…」
「…本当にすればいい? …どういう意味?…」
「…リンダとファラド王子を結婚させればいい…」
私の提案に、バニラが目を丸くした…
「…お姉さん…一体、どうして、そうなるの?…」
「…いや…実はな…」
「…実はなに?…」
「…最近、私は、リンダが心配でな?…」
「…心配?…」
「…そうさ…」
「…どうして、いきなり…」
「…バニラ…オマエのせいさ…」
「…私のせい?…」
「…そうさ…リンダより、はるかに年下のオマエが、マリアを連れて、うちに遊びに来るようになって、私は、リンダの先行きが心配になってな…」
「…」
「…そしたら、ちょうど、今、サウジのファラド王子が、リンダの大ファンだという名目で、リンダに近付いてきた…だったら、リンダは、そのファラドと結婚すればいいと思ってな…ファラドは、大金持ちだ…世界中に知られたリンダ・ヘイワースのお相手として、ふさわしいだろう…」
私は、言った…
実に、重々しく言った…
「…いかに、リンダとはいえ、そんな大金持ちと結婚するチャンスは、滅多にないゾ…だから、このチャンスを逃しちゃいかん…」
私は、力を込めた…
そして、横目で、バニラの反応を見た…
バニラが、どういう反応をするか、確かめたのだ…
すると、最初は、バニラも眉間に皺を寄せて、考え込んでいたが、すぐに、
「…お姉さん…リンダが、邪魔なわけ?…」
と、いきなり、核心を突いた…
私の心の内を読んだのだ…
私は、驚いた…
驚いたのだ…
が、
それを認めるわけには、いかん…
いかんかった…
だから、
「…なんのことだ? …バニラ?…」
と、とぼけた…
とぼけたのだ…
が、
バニラは、そんな私に騙されなかった…
「…お姉さん…ウソはダメ?…」
「…ウソ? …なんのことだ?…」
「…お姉さん…リンダが怖いんでしょ?…」
「…怖い? …どうして?…」
「…葉尊が取られちゃうかもしれないと、疑ってるんでしょ?…」
バニラが、ずばり私の心の中を読んだ…
私は、どう返答していいか、わからなかった…
だから、一瞬、黙った…
その間に、冷や汗が走った…
私の背中に、冷や汗が走ったのだ…
「…オマエ…私を疑うのか?…」
私は、言った…
攻撃は最大の防御…
私のウソを正当化するためには、攻撃するに限るからだ…
「…リンダは私の親友だ…そんなことをするはずがあるまい…」
私は力を込めた…
が、
私の渾身の演技にも、なぜか、このバニラは薄ら笑いを浮かべた…
「…そんなことをするはずがない? …よく言うわ…一体、どの口が言うんだか?…」
「…なんだと?…」
「…お姉さんは、リンダが怖い…怖いのよ…いつ、リンダが、葉尊と、いい仲になるか、怖いのよ…」
「…バニラ…貴様…」
「…お姉さんは、いつもそう…」
「…どういう意味だ?…」
「…自分に都合が悪くなると、すぐに他人を利用しようとする?…」
「…どういう意味だ?…」
「…リンダを葉尊から遠ざけるのに、ファラドを使おうとするのが、いい例ね…うまく、他人を利用しようとする…」
バニラが指摘した…
が、
私は、反論できんかった…
なぜなら、その通り…
その通りだったからだ…
「…バニラ…貴様…言っていいことと、悪いことがあるゾ…」
と、言いたかったが、止めた…
これ以上は、不毛…
いくら、このバニラと話しても、不毛と思った…
お互いが、お互いを理解できない…
私が、リンダを罠にはめようとしているのは、その通りだが、それを知っても、口にしては、いかん…
私の心の内側を読み取っても、それを暴露しちゃ、いかん…
それが、大人…
大人の対応というものだ…
が、
それを思えば、このバニラも、まだ23歳…
世界に知られた、著名なモデルというだけで、まだ尻の青い小娘に過ぎん…
この矢田トモコのように、酸いも甘いも嚙み分けた女とは、経験が違う…
人望が違う…
能力が、違うのだ…
私は、それを思った…
だから、
「…バニラ…オマエは、まだ若い…」
と、言った…
「…若い? だから、なに?…」
「…人生というものは、常に正々堂々と、生きることはできんのさ…」
「…どういう意味?…」
「…ときには、トラップを使って、敵を貶(おとし)めることが、あっても、仕方がないことさ…」
私は、言った…
私は、バニラよりも、はるかに、大人…
12歳も、大人だ…
成熟した、大人の女として、いかに、人生を生き抜くか、教えてやろうとしたのだ…
私は、私の細い目を、さらに細めて、したり顔で、言った…
いかにも、わかったように、言った…
これで、バニラも少しは、私のいうことが、わかっただろう…
バカなバニラにも、少しは、私の気持ちがわかっただろう…
と、思ったのだ…
が、
違った…
「…つまり、お姉さんは、自分を正当化したいわけ?…」
「…なんだと?…」
「…どんな汚い手を使っても、リンダをファラド王子とくっつけて、自分の身を守る…それを正当化したいわけ…」
私は、頭に来た…
このバニラの物言いに頭に来た…
自分が悪いことが、十分わかっているにも、かかわらず、頭に来たのだ…
「…どうしてだ? バニラ?…どうして、オマエは、私の気持ちがわからん?…」
「…私の気持ちって…お姉さん、リンダを罠にかけたいんでしょ? …どうして、そんなお姉さんの気持ちがわからなくちゃ、いけないの?…」
「…わからなくちゃ、いけないのさ!…」
「…どうして、わからなくちゃ、いけないの?…」
「…どうしてもさ!…」
私は、怒鳴った…
「…とにかく、リンダは、ファラドと結婚して、葉尊の前から、いなくなればいいのさ…」
気が付くと、私は、本音をバニラの前で、ぶちまけていた…
バカなバニラの前で、本音をさらけ出していた…
すると、バニラが、ニヤッと笑った…
「…お姉さん…本音が出たわね…」
「…出たさ…それが、どうかしたのか?…」
「…葉敬に言いつけてやる…このお姉さんは、善人を装っていても、中身は、真っ黒…どす黒いと…」
「…どす黒い? どこが、どす黒いんだ?…」
「…全部よ…全部…その159㎝の小さなカラダ全部の中身が、どす黒いのよ…」
「…なんだと?…」
「…でも、よかった…これで、お姉さんの正体が、掴めた…」
「…掴めた? どういう意味だ?…」
「…これで、お姉さんと、葉尊が離婚できる理由ができた…」
「…離婚できる理由だと?…」
「…そんな腹黒いお姉さんと、息子の葉尊をいっしょにいさせるわけにはいかないと、葉敬もすぐに、葉尊とお姉さんを離婚させるでしょ? …」
「…」
「…そしたら、ちょうど今、サウジのファラド王子を招いて、クールが主催で、大々的にパーティーを開くから…その席で、リンダと葉尊の婚約を発表すればいい…リンダは、世界中に知られたハリウッドのセックス・シンボル…片や、葉尊は、世界中に知られた、日本の総合電機メーカー、クールの若きプリンス…おまけに、二人とも、長身の美男美女…まさに、絵になる二人…きっと、世界中に、すぐにそのニュースを広まって、祝福されるわ …考えただけで、ワクワクする…」
バニラが、嬉しそうに言った…
まさに、有頂天というか…これ以上ない弾けぶりだった…
私は、頭に来た…
これ以上、ないくらい、頭に来た…
おそらく生まれて、初めて、他人に殺意を覚えた…
このバニラに、殺意を覚えた…
この目の前のバニラを殺して、口を封じるべきか?
真剣に悩んだ…
もはや、この物語は、コメディであることすら、忘れて、悩んだ…
悩んだのだ!…
が、
私は、なにもせんかった…
ここで、バカなバニラに手を出しても、私が、バニラに勝てないことが、わかっているからだ…
ここに拳銃でもあれば、バカなバニラめがけて、発砲するかもしれんが、あいにく、ここに拳銃はなかった…
当たり前だ…
ここは、日本だ…
アメリカでも、なんでもない…
が、
それが、良かった…
ここに拳銃があれば、本当に、私は、バニラを撃ち殺すところだったからだ…
…本当に、ここが日本でよかった…
私は、心の中で、安堵した…
目の前で、狂喜乱舞するバニラの姿を目の当たりにしながら、そう考えることで、己を慰めた…
矢田トモコ、35歳…
まさに、絶体絶命だった…
私は、思った…
アラブの女神という、正直、わけのわからん名前が出てきた…
このバニラが、言うには、クールを狙っている、ファラド王子が、将来、結婚するであろう女が、アラブの女神といわれるほど、権力を持つで、あろうことは、わかった…
そして、そのファラド王子が、マザコンであることも、わかった…
が、
正直、それを聞いたところで、どうすることも、できんかった…
が、
待てよ…
ふと、気付いた…
そのファラド王子は、マザコン…
そして、今、花嫁を探している…
だったら、リンダと結婚すれば、いいのではないか?
ふと、思った…
リンダは、独身…
好きな男もいない様子だ…
中身は、男の性同一障害の持ち主と言われているが、本当か、どうか、怪しいものだ…
なぜなら、本当に、性同一障害なら、リンダ・ヘイワースを演じることはできない…
リンダ・ヘイワースになりきることはできない…
なぜなら、リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
本当に、リンダが、性同一障害ならば、中身は男のはずだから、あれほどの色気が出せるのか、甚だ疑問だからだ…
が、
性同一障害だから、心は、男といっても、カラダは、女…
当たり前だが、妊娠できる…
子供を産むことができる…
だから、ファラド王子と、結婚できる…
結婚しても、問題はなにもない…
私は、思った…
それに…
それに、だ…
リンダには、申し訳ないが、葉尊の近くにいると、どうしても、気になる…
葉尊とリンダ=ヤンは、親友といっているから、男女の関係でないことは、わかる…
葉尊は、心の中に、葉問という、もう一人の人格を抱える多重人格者…
リンダもまた、カラダが、女であるにもかかわらず、心が男の性同一障害者…
共に、同じような心の悩みを抱える者同士、仲良くなったと、いっていたし、それにウソはないと思う…
現に、私は、今も、それを信じている…
しかし、
しかし、だ…
葉尊は、長身のイケメン…
対する、リンダもまた、長身の絶世の美女…
まさに、お似合いのカップルだ…
とても、この矢田トモコなど、付け入る隙がない…
本当ならば、この矢田トモコではなく、葉尊は、リンダと結婚するのが、正しいし、私も、そう思う…
が、
実際は、葉尊は、私と結婚している…
この矢田トモコと結婚している…
だから、この矢田トモコにとって、正直、リンダは、邪魔な存在…
リンダは、好きだし、人間的にも、嫌なところは、なにもない…
が、
正直にいって、近くにいて、もらっては、困る…
葉尊の近くにいて、もらっては、困るのだ(怒)…
なぜなら、いつも葉尊の近くにいれば、葉尊も男…
いつ、リンダ・ヘイワースの色気に惑わされて、男女の関係になっても、おかしくはないからだ…
そして、葉尊とリンダが、男女の関係になれば、この矢田は、もはや用済み…
葉尊に離婚され、元のフリーター生活に逆戻りの生活が、待っている…
が、
それは、困る…
困るのだ(涙)…
だから、どんな手を使っても、リンダを、葉尊の元から、遠ざけねば、ならん…
遠ざけねば、ならんのだ…
私は、固く心に誓った…
そして、今、絶好のチャンスが、訪れた…
ファラド王子が、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンと名乗って、リンダに近付いてきた…
が、
本当は、ファラド王子の狙いは、クール…
リンダを狙っているといったのは、名目に過ぎない…
クールに近付く、名目に過ぎない…
が、
名目ではなく、本当にすればいい(笑)…
ファラドとリンダが結婚すればいい(笑)…
噓から出た実(まこと)というやつだ…
そのウソが、真実になればいい…
そうすれば、リンダは、アラブ…いや、サウジに移住するだろう…
そうなれば、リンダは葉尊と離れ離れ…
これで、私は、安心できる…
枕を高くして眠ることができる…
誤解して、もらっては、困るが、私は別にリンダに恨みはない…
リンダはいいヤツだ…
私は、リンダが好き…大好きだ…
が、
それとこれとは、違う…
問題が、違う…
リンダは、好きだが、葉尊を取られては、困るからだ…
…許せ、リンダ…
私は、心の中で、リンダに詫びた…
オマエに恨みはないが、消えてもらうに限る…
葉尊の前から、消えてもらうに限るからだ…
そうと、決まったからには、バニラに、
「…なあ、バニラ…」
と、声をかけた…
「…なに、お姉さん?…」
「…バニラ…オマエも女なら、わかるだろ?…」
「…なにが、わかるの? …お姉さん?…」
「…リンダのことさ…」
「…リンダのこと? …なに、それ?…」
「…リンダも歳さ…」
私は、重々しく言った…
「…お姉さん…一体なにを言いたいの?…」
「…いい男が、身近にいれば、身を固めて、やりたくてな…」
「…なに…突然…どうして、そんな話になるの?…」
「…実はな…バニラ…ここだけの話だ…」
「…ここだけの話?…」
「…リンダも29歳…ハリウッドのセックス・シンボルだ、なんだと、世間で、もてはやされていても、花の命は短い…」
「…ちょっと、お姉さん…なにが、言いたいわけ?…」
「…ファラドさ…」
「…ファラドが、どうしたの?…」
「…そのファラドが、リンダの大ファンだと名乗っているなら、ちょうどいいじゃないか…」
「…なにが、ちょうどいいの?…」
「…リンダの結婚相手にさ…」
「…リンダの結婚相手って? …お姉さん…さっきも言ったでしょ? そのファラド王子は、リンダのファンでも、なんでもないって…リンダのファンは、名目だけだって…」
「…それは、わかってるさ…」
「…だったら、なんで…」
「…噓から出た実(まこと)というやつさ…」
「…どういう意味?…」
「…だったら、それを本当にすればいい…」
「…本当にすればいい? …どういう意味?…」
「…リンダとファラド王子を結婚させればいい…」
私の提案に、バニラが目を丸くした…
「…お姉さん…一体、どうして、そうなるの?…」
「…いや…実はな…」
「…実はなに?…」
「…最近、私は、リンダが心配でな?…」
「…心配?…」
「…そうさ…」
「…どうして、いきなり…」
「…バニラ…オマエのせいさ…」
「…私のせい?…」
「…そうさ…リンダより、はるかに年下のオマエが、マリアを連れて、うちに遊びに来るようになって、私は、リンダの先行きが心配になってな…」
「…」
「…そしたら、ちょうど、今、サウジのファラド王子が、リンダの大ファンだという名目で、リンダに近付いてきた…だったら、リンダは、そのファラドと結婚すればいいと思ってな…ファラドは、大金持ちだ…世界中に知られたリンダ・ヘイワースのお相手として、ふさわしいだろう…」
私は、言った…
実に、重々しく言った…
「…いかに、リンダとはいえ、そんな大金持ちと結婚するチャンスは、滅多にないゾ…だから、このチャンスを逃しちゃいかん…」
私は、力を込めた…
そして、横目で、バニラの反応を見た…
バニラが、どういう反応をするか、確かめたのだ…
すると、最初は、バニラも眉間に皺を寄せて、考え込んでいたが、すぐに、
「…お姉さん…リンダが、邪魔なわけ?…」
と、いきなり、核心を突いた…
私の心の内を読んだのだ…
私は、驚いた…
驚いたのだ…
が、
それを認めるわけには、いかん…
いかんかった…
だから、
「…なんのことだ? …バニラ?…」
と、とぼけた…
とぼけたのだ…
が、
バニラは、そんな私に騙されなかった…
「…お姉さん…ウソはダメ?…」
「…ウソ? …なんのことだ?…」
「…お姉さん…リンダが怖いんでしょ?…」
「…怖い? …どうして?…」
「…葉尊が取られちゃうかもしれないと、疑ってるんでしょ?…」
バニラが、ずばり私の心の中を読んだ…
私は、どう返答していいか、わからなかった…
だから、一瞬、黙った…
その間に、冷や汗が走った…
私の背中に、冷や汗が走ったのだ…
「…オマエ…私を疑うのか?…」
私は、言った…
攻撃は最大の防御…
私のウソを正当化するためには、攻撃するに限るからだ…
「…リンダは私の親友だ…そんなことをするはずがあるまい…」
私は力を込めた…
が、
私の渾身の演技にも、なぜか、このバニラは薄ら笑いを浮かべた…
「…そんなことをするはずがない? …よく言うわ…一体、どの口が言うんだか?…」
「…なんだと?…」
「…お姉さんは、リンダが怖い…怖いのよ…いつ、リンダが、葉尊と、いい仲になるか、怖いのよ…」
「…バニラ…貴様…」
「…お姉さんは、いつもそう…」
「…どういう意味だ?…」
「…自分に都合が悪くなると、すぐに他人を利用しようとする?…」
「…どういう意味だ?…」
「…リンダを葉尊から遠ざけるのに、ファラドを使おうとするのが、いい例ね…うまく、他人を利用しようとする…」
バニラが指摘した…
が、
私は、反論できんかった…
なぜなら、その通り…
その通りだったからだ…
「…バニラ…貴様…言っていいことと、悪いことがあるゾ…」
と、言いたかったが、止めた…
これ以上は、不毛…
いくら、このバニラと話しても、不毛と思った…
お互いが、お互いを理解できない…
私が、リンダを罠にはめようとしているのは、その通りだが、それを知っても、口にしては、いかん…
私の心の内側を読み取っても、それを暴露しちゃ、いかん…
それが、大人…
大人の対応というものだ…
が、
それを思えば、このバニラも、まだ23歳…
世界に知られた、著名なモデルというだけで、まだ尻の青い小娘に過ぎん…
この矢田トモコのように、酸いも甘いも嚙み分けた女とは、経験が違う…
人望が違う…
能力が、違うのだ…
私は、それを思った…
だから、
「…バニラ…オマエは、まだ若い…」
と、言った…
「…若い? だから、なに?…」
「…人生というものは、常に正々堂々と、生きることはできんのさ…」
「…どういう意味?…」
「…ときには、トラップを使って、敵を貶(おとし)めることが、あっても、仕方がないことさ…」
私は、言った…
私は、バニラよりも、はるかに、大人…
12歳も、大人だ…
成熟した、大人の女として、いかに、人生を生き抜くか、教えてやろうとしたのだ…
私は、私の細い目を、さらに細めて、したり顔で、言った…
いかにも、わかったように、言った…
これで、バニラも少しは、私のいうことが、わかっただろう…
バカなバニラにも、少しは、私の気持ちがわかっただろう…
と、思ったのだ…
が、
違った…
「…つまり、お姉さんは、自分を正当化したいわけ?…」
「…なんだと?…」
「…どんな汚い手を使っても、リンダをファラド王子とくっつけて、自分の身を守る…それを正当化したいわけ…」
私は、頭に来た…
このバニラの物言いに頭に来た…
自分が悪いことが、十分わかっているにも、かかわらず、頭に来たのだ…
「…どうしてだ? バニラ?…どうして、オマエは、私の気持ちがわからん?…」
「…私の気持ちって…お姉さん、リンダを罠にかけたいんでしょ? …どうして、そんなお姉さんの気持ちがわからなくちゃ、いけないの?…」
「…わからなくちゃ、いけないのさ!…」
「…どうして、わからなくちゃ、いけないの?…」
「…どうしてもさ!…」
私は、怒鳴った…
「…とにかく、リンダは、ファラドと結婚して、葉尊の前から、いなくなればいいのさ…」
気が付くと、私は、本音をバニラの前で、ぶちまけていた…
バカなバニラの前で、本音をさらけ出していた…
すると、バニラが、ニヤッと笑った…
「…お姉さん…本音が出たわね…」
「…出たさ…それが、どうかしたのか?…」
「…葉敬に言いつけてやる…このお姉さんは、善人を装っていても、中身は、真っ黒…どす黒いと…」
「…どす黒い? どこが、どす黒いんだ?…」
「…全部よ…全部…その159㎝の小さなカラダ全部の中身が、どす黒いのよ…」
「…なんだと?…」
「…でも、よかった…これで、お姉さんの正体が、掴めた…」
「…掴めた? どういう意味だ?…」
「…これで、お姉さんと、葉尊が離婚できる理由ができた…」
「…離婚できる理由だと?…」
「…そんな腹黒いお姉さんと、息子の葉尊をいっしょにいさせるわけにはいかないと、葉敬もすぐに、葉尊とお姉さんを離婚させるでしょ? …」
「…」
「…そしたら、ちょうど今、サウジのファラド王子を招いて、クールが主催で、大々的にパーティーを開くから…その席で、リンダと葉尊の婚約を発表すればいい…リンダは、世界中に知られたハリウッドのセックス・シンボル…片や、葉尊は、世界中に知られた、日本の総合電機メーカー、クールの若きプリンス…おまけに、二人とも、長身の美男美女…まさに、絵になる二人…きっと、世界中に、すぐにそのニュースを広まって、祝福されるわ …考えただけで、ワクワクする…」
バニラが、嬉しそうに言った…
まさに、有頂天というか…これ以上ない弾けぶりだった…
私は、頭に来た…
これ以上、ないくらい、頭に来た…
おそらく生まれて、初めて、他人に殺意を覚えた…
このバニラに、殺意を覚えた…
この目の前のバニラを殺して、口を封じるべきか?
真剣に悩んだ…
もはや、この物語は、コメディであることすら、忘れて、悩んだ…
悩んだのだ!…
が、
私は、なにもせんかった…
ここで、バカなバニラに手を出しても、私が、バニラに勝てないことが、わかっているからだ…
ここに拳銃でもあれば、バカなバニラめがけて、発砲するかもしれんが、あいにく、ここに拳銃はなかった…
当たり前だ…
ここは、日本だ…
アメリカでも、なんでもない…
が、
それが、良かった…
ここに拳銃があれば、本当に、私は、バニラを撃ち殺すところだったからだ…
…本当に、ここが日本でよかった…
私は、心の中で、安堵した…
目の前で、狂喜乱舞するバニラの姿を目の当たりにしながら、そう考えることで、己を慰めた…
矢田トモコ、35歳…
まさに、絶体絶命だった…