第157話

文字数 4,107文字

 が、

 リンダが、突如、沈黙を破ったというか…

 再び、

 「…お姉さん…お姉さんは、葉尊を、どう思うの?…」

 と、聞いて来た…

 私は、

 「…」

 と、沈黙しようと、思った…

 が、

 ダメだった…

 それは、なぜか?

 リンダが、その青い目で、私を、すがるように、見たからだった…

 その青い目で、私を、凝視したからだった…

 それは、おおげさに、言えば、女神から、
 
「…お姉さん…お姉さんは、葉尊を、どう思うの?…」

 と、聞かれたも、同然だった…

 それほどの衝撃だった…

 なんというか、いつものリンダではない…

 かといって、スクリーンで見る、映画の中のセクシーなリンダ・ヘイワースとも、違う…

 まるで、違う、清廉潔白というか…

 清純そのものの金髪美女…

 だから、おおげさに、言えば、女神だった…

 金髪の女神だった…

 その女神に、
 
 「…お姉さん…お姉さんは、葉尊を、どう思うの?…」

 と、聞かれたものだから、答えんわけには、いかんかった…

 だから、

 「…オマエの言うことは、わかるさ…」

 と、私は、答えた…

 「…たしかに、葉尊は、私に優し過ぎるのさ…」

 「…優し過ぎる?…」

 「…そうさ…だから、不満なのさ…」

 「…優し過ぎるのに、不満って…」

 リンダが、驚いた…

 が、

 そのリンダの反応に、私は、驚いた…

 驚かずには、いられんかった…

 「…なんだ? …リンダ…その態度は?…」

 私は、聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 すると、リンダが、笑った…

 笑ったのだ…

 「…だって、お姉さん…私が、真面目な話をしているのに、ノロケるなんて…」

 「…私が、ノロケる?…」

 「…そう…葉尊が、優し過ぎるなんて、ノロケ以外の何物でも、ないでしょ?…」

 リンダが、笑いながら、言った…

 たしかに、言われて見れば、その通り…

 リンダの言う通りだった…

 私と葉尊は、まだ結婚して、わずか半年…

 つまりは、まだ新婚状態…

 傍から見れば、新婚そのものだ…

 そんな私が、

 「…葉尊が、私に優し過ぎる…」

 と、言えば、誰もが、ノロケていると、思う…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 「…でも、それが、お姉さんなのね…」

 と、リンダが、続けた…

 「…お姉さんのいいところ…」

 「…私のいいところだと? …どういう意味だ?…」

 「…なんていうか…どんな真剣な話も、いつのまにか、笑いに変えるというか…」

 「…笑いに変えるだと?…」

 「…きっと、お姉さん自身に、その気は、なくても、なんとなく、お姉さんと、いっしょに、いると、周囲の人間が、皆、癒されるというか…だから、葉尊が、きっと、お姉さんを、利用しようと考えても、たいしたことには、ならないと思う…」

 「…なんだと?…」

 「…葉尊の真の姿…それは、きっと、大きな闇を抱えていると、思う…そして、それは、葉尊が、生まれつき、抱えてきたものか…それとも、弟の葉問を、亡くしたことで、その闇が、もっと、深くなったのかは、わからない…でも…」

 「…でも、なんだ?…」

 「…お姉さんなら、きっと、そんな、葉尊の心の闇を埋めることが、できる…」

 「…」

 「…お姉さんなら、きっと、葉尊の抱えた心の闇を、明るく照らして、その闇を消滅させることができる…」

 リンダが、言った…

 金髪碧眼の女神が、言ったのだ…

 そして、今、リンダは、スクリーンで見る、リンダ・ヘイワースの格好をしていた…

 パンツが、見えそうな超ミニのワンピースを着て、私の隣に座って、話しかけてきた…

 が、

 全然、いやらしくなかった(笑)…

 これは、不思議だった…

 実に、不思議だった…

 おおげさに、言えば、裸に近い恰好のセクシーな姿をしているにも、かかわらず、いやらしくなかったのだ…

 これは、失格…

 職業失格だ…

 私は、思った…

 だから、

 「…リンダ…オマエ…職業、失格さ…」

 と、言ってやった…

 「…エッ? …なに、いきなり?…」

 と、リンダが、驚いた…

 私は、さらに、

 「…今のオマエは、リンダ・ヘイワース失格さ…」

 と、決めつけた…

 「…ナニッ? …お姉さん、どうしたの?…」

 「…今のオマエは、リンダ・ヘイワース失格さ…ハリウッドのセックス・シンボル失格さ…全然、色っぽくないさ…リンダ・ヘイワースの姿をしているときは、いつも、色っぽくなくては、ダメさ…」

 私は、言った…

 私は、言い切った…

 すると、だ?

 一瞬、リンダは、真面目な表情になったが、すぐに、

 「…プッ!…」

 と、吹き出した…

 「…な、なんだ? …なにが、おかしい?…」

 「…だって、お姉さんたら、ひとが、真面目な話をしているときに、色っぽくないなんて…」

 「…バカ、だから、オマエはダメなんだ!…」

 「…ダメ? …どうして、ダメなの?…」

 「…オマエは、今、リンダ・ヘイワースの姿をしているんだ…リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボルさ…だから、その恰好で、真面目な話をしちゃ、ダメさ…」

 私は言った…

 「…マリリン・モンローは、自分が、なにを、求められてるか、わかっていたさ…だから、オマエも、リンダ・ヘイワースの姿で、いるときは、真面目な話をしちゃ、ダメさ…真面目な話は、ヤンの格好をしているときに、すれば、いいさ…普段の男装をしているときに、すれば、いいさ…」

 私は、怒鳴った…

 怒鳴ったのだ…

 途端に、リンダは、シュンとなった…

 まるで、青菜に塩をかけたみたいに、元気をなくした…

 だから、

 「…どうした…リンダ?…」

 と、私は、声をかけた…

 「…まったく、このお姉さんは…」

 と、ぼやいた…

 「…ひとが、真面目な話をしているときに、話の腰を折るというか…」

 「…なんだと?…」

 「…しかも、まるっきりの的外れのことを、言っているわけじゃないから、始末に困る…」

 リンダが、苦笑する…

 「…なんだと?…」

 「…でも、憎めない…なんとも、憎めない…」

 リンダが笑った…

 「…だから、余計に、扱いに、困る…きっと、この後、会う人間も、当惑する…」

 「…この後、会う人間だと?…」

 「…お姉さん…私が、どうして、今も、こんなリンダ・ヘイワースの姿を、していると、思っているの? …」

 リンダが、不満をぶつけた…

 「…これから、ひとに会うためよ…お姉さん、それぐらい、気付かなきゃ…」

 リンダが笑った…

 笑ったのだ…

 考えてみれば、当たり前だった…

 このリンダ・ヘイワースの姿をするときは、通常は、スクリーンの中…

 リンダ・ヘイワースが、街中を歩くことはない…

 ある意味、リンダ・ヘイワースは、日常の中には、存在しない存在…

 それゆえ、ハリウッドのセックス・シンボルなのだ…

 街中を歩けば、セクシーなリンダ・ヘイワースにいつも、会えれば、その価値は、半減する…

 それは、ちょうど、街中を歩けば、いつも、ロールス・ロイスや、フェラーリを、見るようなもの…

 滅多に見れないから、価値がある…

 そういうことだ(笑)…

 街中の普通のスーパーや、コンビニで、キャビアは、売ってない…

 そういうことだ(笑)…

 つまり、希少価値…

 めったに、見られないものだから、価値があるのだ…

 「…で、これから、どこに、行くんだ?…」

 私は、聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 「…どこだと、思う?…」

 リンダが、いたずらっぽく、笑って、聞いた…

 「…どこだ?…」

 私は、ストレートに、聞いた…

 リンダの笑いは、美しいが、私は、リンダ・ヘイワースのファンではない…

 リンダの謎かけに、付き合っている暇は、なかった…

 だから、

 「…どこだ? …どこに、行くんだ?…」

 と、私は、聞いた…

 「…どこに、向かってるんだ?…」

 私が、何度も、しつこく聞くと、リンダが、

 「…お姉さん…せっかちね…」

 と、笑った…

 「…それじゃ、まるで、お爺ちゃんか、お祖母ちゃんよ…」

 「…バカ、私は、まだ35歳さ…そんな年寄りじゃないさ…」

 私は、怒った…

 「…どこだ? …どこに、行くんだ?…」

 私が、さらに、何度も、聞くと、リンダが、呆れた…

 そして、

 「…帝国ホテルよ…」

 と、告白した…

 「…帝国ホテルだと?…」

 「…そうよ…」

 「…一体、なんのために?…」

 「…お姉さんは、葉尊と、どこで、結婚式を挙げたの?…」

 「…帝国ホテルさ…」

 「…だから、これから、行くの…」

 リンダが、言った…

 意味が、わからんかった…

 私が、帝国ホテルで、葉尊と結婚式を挙げたからって、どうして、これから、帝国ホテルに、行かなきゃ、ならんのか?

 さっぱり、わからんかった…

 「…葉敬も、そこで、待っている…」

 「…お義父さんが?…」

 「…そうよ…」

 葉敬は、あのアムンゼンを見に、この日本にやって来たわけでは、なかったのか?

 私は、考えた…

 だから、

 「…リンダ…お義父さんが、台湾から、わざわざ、やって来たのは、アムンゼンを見に、来たわけじゃ、なかったのか?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 すると、

 「…それも、あるけど、たぶん、それは、付け足しというか…」

 「…付け足しだと?…」

 「…葉敬が、来日した目的は、今日、これから行く帝国ホテルのイベントのため…」

 「…帝国ホテルのイベントだと?…」

 「…そう…」

 リンダが、笑った…

 が、

 その笑いは、実に、意味深なものだった…

 同時に、

 美しかった…

 実に、キレイだった…

 「…そして、そのイベントのメインは、お姉さん…」

 「…私?…」

 「…そう…」

 リンダが言った…

 私は、意味が、わからんかった…

 さっぱり、意味が、わからんかった…

 なぜ、私が、これから、帝国ホテルで、行われる、イベントの主役なのか?

 いや、

 そもそも、そのイベントとは、なんなのか?

 さっぱり、わからんかった…

 皆目、見当も、つかんかった…

 私の童顔に、冷や汗が、流れた…

 この矢田トモコの、童顔に、冷や汗が、流れた…

 滅多に、ないことだった…

 あまりの、恐怖に、私の自慢の巨乳も、少しばかり、縮んだ、気がした…

 それほどの恐怖だった…

               
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