第131話

文字数 4,926文字

 「…リ…リンダ? …」

 私は、思わず、叫んだ…

 「…一体、オマエ、どうして、ここに?…」

 私が、焦って、言うと、リンダは、シッというふうに、自分の顔の前で、人差し指を立てた…

 「…黙って、お姉さん…」

 リンダが、言う…

 「…ちょうど、ここは、葉敬や、オスマンからは、見えない場所だから、私も出て来れた…」

 リンダが、慎重に、あたりを窺いながら、言った…

 私には、なにが、なんだか、わからなかった…

 一体、全体、どうして、リンダが、ここにいるんだ?

 ここにいるのは、ファラドじゃなかったのか?

 正直、わけが、わからんかった…

 「…一体、どうして、オマエが?…」

 私は、繰り返した…

 すると、リンダが、

 「…お姉さん…その話は、後で…とにかく、今は、保育園の中に、避難しましょう…」

 リンダが、言った…

 しかも、周囲を警戒した様子で、だ…

 私には、もうなにが、なんだか、わからんかった…

 一体、全体、どうして、ここに、リンダが、いるんだ?

 ここにいるのは、ファラドじゃないのか?

 わけが、わからんかった…

 「…ファラドは…ファラドは、どうした?…」

 私は、聞いた…

 聞かずには、いられんかった…

 「…中に、いるわ…」

 あっさりと、リンダが、答えた…

 「…中に?…」

 「…そうよ…このセレブの保育園…この中に、いれば、いかに、オスマンと、いえども、手を出せない?…」

 「…オスマンが、手を出せないだと? …どういう意味だ?…」

 「…このセレブの保育園は、世界中のお金持ちの子弟が、集まっている…いかに、アラブの至宝と呼ばれた権力者でも、手を出せない…」

 リンダが、言った…

 そして、そう言った、リンダの顔は、蒼白とまでは、いえないが、明らかに、緊張していた…

 「…ここに、集まる園児たちに手を出すことは、すなわち、世界中の権力者の子弟にケンカを売ること…いかに、オスマンと、いえども、それは、できない…」

 「…リンダ?…一体、どういう意味だ? …それでは、まるで、オスマン殿下が、敵みたいじゃないか?…」

 「…ええ、敵よ…」

 リンダが、あっさりと、言った…

 「…しかも、ただの敵じゃない…強敵…」

 「…強敵だと? …あのオスマン殿下が?…」

 「…そうよ…」

 「…まさか…」

 私と、リンダは、言いながら、急いで、中に、入った…

 セレブの保育園の中に、入った…

 リンダは、安心した様子だった…

 明らかに、ホッとした表情に、なった…

 「…これで、少しは、安心した…」

 リンダが、言う…

 だから、私は、そんなリンダを、見て、

 「…どういうことだ? …説明しろ!…」

 と、怒鳴った…

 怒鳴ったのだ…

 すると、リンダが、

 「…私が、あのオスマン殿下に、疑問を持ったのは、お姉さん…アナタのおかげ…」

 「…私のおかげだと? …どういう意味だ?…」

 「…ほら、前回、このセレブの保育園で、お姉さんが、この保育園の園児たちと、いっしょになって、電車ごっこや、ムカデごっこを楽しんだでしょ?…」

 「…楽しんださ…」

 「…それで、気付いたの?…」

 「…なにを、気付いたんだ?…」

 「…オスマンの正体?…」

 「…オスマンの正体だと? どういう意味だ?…リンダ、順を追って、説明しろ!…」

 「…お姉さんは、子供たちに好かれる…それは、お姉さんが、根が善人だから…だから、子供たちは、お姉さんが、善良な人間だと、一目で、わかって、安心する…」

 「…」

 「…そのお姉さんと、真逆なのが、オスマン…」

 「…オスマンだと? どうしてだ?…」

 「…子供たちに、好かれない…嫌われてる…」

 「…嫌われてる? …だが、それは、オスマン殿下が、本当は、30歳だから、子供たちと、歳が離れすぎているから、うまくいかないだけで…」

 「…私も、最初、そう思った…」

 リンダが、激白する…

 「…でも、あの嫌われようは、おかしい…度が過ぎている…」

 「…度が過ぎているだと?…」

 「…そう…度が過ぎている…そして、それが、最初の兆候…」

 「…」

 「…そして、私に近付いた、意味…いえ、目的…」

 「…目的? …なんだ、それは?…」

 「…このリンダ・ヘイワースの持つセレブのネットワーク…このリンダ・ヘイワースが、世界中のセレブのどんな人間と、繋がっているか、知りたい…そして、出来れば、そのネットワークを自分のものにしたい…それが、目的だと、気付いた…」

 「…」

 「…まさに、恐るべき男…あの子供じみた外観で、世間のひとが、彼を子供だと、思って、侮っている…それを、逆手に、取って、行動する…」

 リンダが、言った…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 まさに、

 まさか、だ…

 まさか、こんな展開に、なるとは、予想も、せんかった…

 いや、

 たしか、以前、あのバニラが、今、このリンダが、言ったことと、同じことを、言った…

 あのオスマン殿下の目的が、リンダ・ヘイワースの持つ、セレブのネットワーク…

 セレブのネットワークの情報網だと、気付いた…

 私は、それを、思い出した…

 そして、なにより、このリンダ…

 リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…

 完璧なルックスと、肉体を持つ女…

 世界中の男の憧れだ…

 だから、30歳の成人男子のオスマン殿下が、リンダに憧れていると、言えば、誰もが、納得する…

 それが、狙いだったのだろう…

 これは、以前、もしやと、気付いたことだった…

 そのときだった…

 「…悪い男では、ないんだ…」

 いきなり、声が、近くでした…

 私は、その声の主が、誰だか、振り返る前に、わかっていた…

 その声の主は、ファラド…

 ファラドに間違いは、なかったからだ…

 「…兄貴は、悪い男では、決してないんだ…」

 ファラドが、繰り返す…

 私は、振り返って、ファラドを見た…

 以前、見た時と、比べ、明らかに、やつれていた…

 疲れた様子だった…

 が、

 イケメンだった…

 やはり、以前と、同じ、イケメンだったのだ…

 「…ただ、あのカラダだ…コンプレックスが、半端じゃない…だから、ことさら、権力を得ようとする…権力に、近付こうとする…」

 「…権力に近付く…どういうことだ?…」

 「…現国王陛下さ…」

 「…現国王陛下だと?…」

 「…最近、体調が悪くなって、倒れた…すると、兄貴は、自分の権力を、さらに、拡大すべく、動いた…」

 「…なんだと?…」

 私は、言った…

 そして、私は、考えた…

 たしか、オスマン殿下は、現国王が、倒れたと、いう、フェイクのニュースをわざと流したと、言っていた…

 それにつられて、現国王の弟が、権力を得ようと、動き出し、このファラドを、王位に、つけ、自分は、陰で操ろうとした…

 たしか、そう、私に説明した…

 が、

 このファラドの説明は、オスマン殿下から、聞いた説明と、まったく、違う…

 一体、どっちが、本当なんだ?

 私は、悩む…

 悩んだ…

 すると、リンダが、

 「…このファラドの目的は、オスマン殿下の監視だったの…」

 と、口を出した…

 「…監視だと? …どういうことだ?…」

 「…オスマンの野心…それに、歯止めをかけるべく、現国王が、ファラドを、オスマン殿下の元に、預けたの…」

 「…なんだと?…」

 たしか、オスマン殿下の説明では、ファラドは、やんちゃ過ぎて、手に負えない…

 だから、オスマン殿下の元に、現国王が、預けたと、言った…

 アレは、ウソだったのか?

 私は、とっさに、思った…

 だから、

 「…ファラド…オマエは、サウジで、やんちゃ過ぎて、身の置き所が、なくなって、この日本で、オスマン殿下の庇護のもとに、過ごしたんじゃ、ないのか?…」

 と、聞いた…

 すると、ファラドが、ニヤリと、笑った…

 私は、その笑いに、思わず、ドキリとした…

 ファラドは、やつれたとはいえ、物凄いイケメンだったからだ…

 「…それは、ウソじゃない…ホントのことだ…」

 ファラドが、言った…

 「…当然、兄貴も知っている…だから、オヤジは、国王は、それを、逆手に取ったんだ…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…やんちゃをした弟を、腹違いの兄が、面倒を見る…その構図というか…それを、作ることで、兄貴の元に、オレを送り込みたかった…そうすれば、兄貴は、それを、信じて、オレを、手元に置く…」

 「…」

 「…そして、兄貴の手元に、いる、オレは、兄貴を四六時中、監視できたわけだ…兄貴が、これ以上、変な野心を抱かないように…」

 「…なんだと?…」

 「…だから、兄貴は、オヤジから、オレの面倒を見ろと、命じられたが、本当は、オレが、兄貴の監視をしろと、オヤジから、命じられたのが、真相と、いうわけさ…」

 …バカな!…

 …そ、そんなことが!…

 …そんなことが、あるはずがない…

 …あるはずが、なかった…

 だから、

 「…ウソを言うな! ファラド! …オマエ、少しばかり、イケメンだからと、言って、この矢田トモコを騙せると、思っては、いかんゾ…」

 と、大声で、言った…

 「…イケメンだからって、なんでも、できると、思うとは、大きな間違いさ…」

 と、さらに、大声で、言った…

 「…いいか、少しばかり、イケメンだからといって、調子に乗るんじゃないさ…いくら、イケメンだって、できることと、できないことが、あるのさ…」

 私が、大声で、言うと、ファラドが、ポカンとした顔になった…

 「…いや、イケメンと、今の話とは、なにも、関係が、ないと、思うが…」

 「…大ありさ…オマエは、少しばかり、イケメンだからって、調子に乗ってるのさ…だから、この矢田トモコを、騙せると、思ってるのさ…」

 私は、断言した…

 断言したのだ…

 このファラドが、この矢田が、イケメン好きだということを、知って、それを、利用しようとしたと、思ったのだ…

 が、

 すぐに、

 「…お姉さん…それは、ないです…」

 と、リンダが、口を出した…

 「…それは、ないだと? …どうして、オマエにそれが、わかる…」

 「…ファラドは、お姉さんだから、オスマン殿下の野心を話したの…オスマンの野心を止められるのは、お姉さんだけだから…」

 「…オスマン殿下の野心を止められるのは、私だけ? …どういう意味だ?…」

 「…オスマン殿下は、お姉さんを、気に入っている…」

 リンダが、突然、言った…

 「…私を、気に入っている? …どうしてだ?…」

 「…アンタが、誰からも、愛されるからだ…」

 ファラドが、言った…

 「…私が、誰からも、愛される?…」

 「…そうだ…その姿に、兄貴は、憧れている…」

 「…なんだと?…」

 「…アンタは、天衣無縫…誰からも、束縛されず、誰にも、気兼ねなく、行動する…その言動に、裏も表もない…足の向くまま、気の向くまま、本能の赴くままに、行動する…が、にもかかわらず、誰からも、好かれる…愛される…」

 「…なんだと?…」

 さんざんな言われようだ…

 私は、私なりに、周囲に、気を遣って生きてきた…

 あくまで、私なりに、だ…

 それを…

 「…だったら、オスマンは、一体、どうだと言うんだ? …私以上に、気を遣うというのか?…」

 「…そうだ…」

 あっさりと、ファラドが、言った…

 「…なんだと?…」

 「…兄貴は、猜疑心の塊(かたまり)…常に、対人関係で、周囲に気を遣って生きてきた…だから、この保育園に、身を寄せたのも、そのためだ…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…子供相手なら、変に気を遣う必要は、ないと、思ったの…」

 リンダが、告げた…

 「…いつも、周囲の言動に、気を遣うオスマンは、猜疑心の塊(かたまり)…いつ、誰が、自分の寝首を掻くか、わからない…そんな恐怖に、怯えてる…つまりは、権力者特有の恐怖ね…」

 「…なんだと?…」

 「…だから、子供相手なら、そんな心配は、しないですむと、このセレブの保育園に、身を寄せた…でも、それが、裏目に出た…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…さっきも言ったように、オスマンの邪悪さに、子供たちが、嫌悪感を覚えた…」

 リンダが、言った…

 「…そして、それこそが、今回の騒動の遠因になった…」

 リンダが、重々しく告げた…

               
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