第177話

文字数 4,357文字

 「…バカ! …だから、オマエは、ダメなんだ!…」

 私は、怒鳴った…

 大声で、怒鳴った…

 リンダが、ビックリした表情になった…

 「…なに? …お姉さん…どうしたの? いきなり、そんな大声を出して…」

 「…どうしたも、こうしたも、ないさ…」

 私は、大声で言った…

 「…オマエは、今、リンダ…リンダ・ヘイワースとして、この場にいるのさ…ハリウッドのセックス・シンボルとして、このパーティーに出席しているのさ…だから、どんな場所でも、注目されなくちゃ、ダメさ…」

 私は、怒鳴った…

 怒鳴ったのだ…

 「…オマエが、リンダ・ヘイワースの姿をしたときは、すべて、仕事さ…リンダ・ヘイワースの姿をしているときは、常に、男の目を奪うようで、なくちゃ、ダメさ…男に、憧れて、見られなくちゃ、ダメさ…」

 私は、怒鳴った…

 同時に、怒った…

 この女…

 このリンダは、自分の立場が、わからんと、思ったのだ…

 リンダは、普段、男装している…

 男の格好をしている…

 そして、男装をしている自分のことは、

 「…ヤン…」

 と、呼んでくれと、周囲の者に、言っている…

 リンダ・ヘイワースだと、知られたら、困るからだ…

 リンダ・ヘイワースだと知れれば、周囲から騒がれる…

 それが、嫌だから、普段、男装をしている…

 男の格好をしている…

 が、

 今は、真逆に、リンダの格好をしている…

 リンダ・ヘイワースの格好をしている…

 つまり、仕事をしているのだ…

 そして、リンダ・ヘイワースの仕事は、一言で、言えば、男を虜(とりこ)にすること…

 そして、女から見れば、あんなふうに、なりたいと、思わせることだ…

 いわば、大昔で、言えば、マリリン・モンローの役割…

 その根底には、男から見れば、

 「…あんな女とやりたい…」

 と、思わせることだ(笑)…

 それが、根底にある…

 だから、おおげさに、言えば、誰から見ても、そう思わせなければ、ダメだ…

 私は、リンダが、自分の役割が、わかってないと、思った…

 だから、頭に来たのだ…

 私が、大声で、怒鳴ったためだろうか?

 パーティー会場のあちこちで、

 「…リンダ・ヘイワース…」

 「…ハリウッドのセックス・シンボル…」

 という声が、聞こえてきた…

 どうやら、リンダを知っている人間が、いたらしい…

 当たり前だ…

 ハリウッドのセックス・シンボルだ…

 アメリカは、もとより、世界中で、有名だ…

 それに、このパーティーに参加しているものは、すべて、60歳以上のお爺ちゃんではない…

 もちろん、大半が、60歳以上のお爺ちゃんだが、それ以下の男女もいる…

 だから、当然、その中には、リンダを見知っている者も、多いだろう…

 また、60歳以上のお爺ちゃんの中にも、リンダ・ヘイワ―スの名前を知っているものも、いるだろう…

 ただ、名前と顔が、一致しない(笑)…

 だから、気付かない…

 そういう人間も、いるだろう…

 しかし、そんな人間たちも、今、私が、大声で、

 「…リンダ…」

 と、怒鳴るものだから、わかった…

 わかったのだ…

 だから、このパーティー会場のあちこちから、

 「…アレが、リンダ…リンダ・ヘイワースか…」

 とか、

 「…このパーティーに出席していたのか…」

 とか、

 言う声が、聞こえてきた…

 さっき、壇上に、葉敬と共に、上がったときは、リンダは、自分の名前を名乗らなかった…

 だから、気付かぬものも、多かった…

 それが、今、気付いた…

 すると、どうだ?

 それまでとは、一転して、このパーティー会場にいる、大げさに、言えば、すべての人間が、リンダに押し寄せてきた…

 一斉に、リンダに押し寄せてきた…

 一目、リンダを間近に見ようと、押し寄せてきたのだ…

 私は、文字通り、面食らった…

 どうしていいか、わからんかった…

 当たり前だ…

 このパーティーの出席者の大半が、一斉に、リンダめがけて、やって来たのだ…

 私は、どうして、いいか、わからんかった…

 が、

 そのときだ…

 「…壇上に、上がれ…」

 という声がした…

 私は、思わず、声のする方向を見た…

 葉問だった…

 「…壇上に上がって、スピーチをしろ…」

 葉問が、続けた…

 「…そうすれば、治まる…」

 「…治まるだと? …どうして、オマエにわかる?…」

 私は、つい言ってしまった…

 「…ここにいるのは、日本の著名人…日本の政界、財界のお偉いさん…おまけに、年寄りが、多い…わけのわからない若者じゃない…」

 葉問が、短く言った…

 私は、意味が、わからんかった…

 が、

 リンダは違った…

 葉問の言う意味が、わかったようだった…

 「…わかった…そうする…」

 リンダが、即答した…

 すると、すぐに、葉問が、リンダの手を掴み、二人して、このパーティー会場の壇上目指して、走り出した…

 長身のイケメンの葉問と、同じく、長身で、美人のリンダ…

 実に、お似合いの二人だった…

 二人とも、黒のタキシードと、真紅のロングドレスが、似合った…

 そして、その後ろをこの矢田が、追った…

 身長、159㎝で、六頭身の矢田トモコが、追った…

 童顔、巨乳の矢田トモコが、追った…

 実に、不似合い…

 不似合いだった(涙)…

 おまけに、私は、着物を着ていた…

 洋服の二人に、対して、和服の私…

 これまた、似合わなかった(涙)…

 が、

 それでも、私は、気にせんかった…

 気にせんかったのだ…

 そんなことに、構っている余裕は、なかったからだ…

 が、

 あろうことか、和服を着た私だけ、駆けることが、難しかった…

 なにしろ、足元に履いているのは、草履だ…

 草履で、走るのは、難しい(涙)…

 ハイヒールを履いたリンダも、走るのは、難しかったが、私は、それ以上に、難しかった…

 だからだろう…

 「…あっ!…」

と、思うと、転んだ…

 その場に倒れた…

 不覚!

 私は、とっさに、思った…

 この矢田トモコ、生涯最大のの不覚だった…

 が、

 こんなことに、負ける矢田トモコでは、なかった…

 こんなところで、後れをとる矢田トモコではなかったのだ…

 慌てて、立ち上がろうとする私に、あろうことか、誰かの手が差し伸べられた…

 私は、その手の先を見た…

 葉敬の顔があった…

 「…お義父さん?…」

 思わず、私は、言った…

 言わずには、いられんかった…

 「…大丈夫ですか? …お姉さん?…」

 と、葉敬が、優しく言った…

 私には、一瞬、その顔が、葉尊に、見えた…

 葉尊に、重なって見えたのだ…

 だから、

 「…葉尊…」

 と、呟いた…

 が、

 それを、聞いて、

 「…私は、葉尊の父の葉敬です…葉尊では、ありません…」

 と、丁寧に葉敬が、返した…

 私は、

 「…わかってるさ…」

 と、言いながら、立ち上がった…

 「…一体、どうしたのですか?…」

 「…ついさっき、私が、リンダの名前を呼んだら、近くにいる、このパーティーに出席している大勢のひとたちが、リンダに殺到して…」

 「…そうでしたか? …私も、一斉に、ひとが、動き出したから、何事かと、思いました…」

 「…私が、いけなかったのさ…」

 「…お姉さんが、いけなかった? …どうして、いけなかったんですか?…」

 「…私が、リンダ・ヘイワースが、ここにいると、言ったから…これまで、リンダが、ここにいることが、わかってなかったひとたちも、驚いて、リンダに殺到して…」

 「…そうだったんですか? …それは、気付きませんでした…私の元には、お姉さんの声は、届きませんでした…なにしろ、ここには大勢の人間がいますから…」

 たしかに、言われてみれば、葉敬の言う通りだった…

 このパーティー会場は、広い…

 しかも、皆、酒を飲みながら、大声で、談笑している…

 だから、私が、リンダに怒鳴っても、それに気付いたのは、このパーティー会場にいる、一部の人間…

 このパーティー会場の全員ではない…

 私は、あらためて、その事実に気付いた…

 気付いたのだ…

 そんなことを、考えていると、いきなり、スピーカーから、声が流れた…

 「…皆さん…こんにちは…」

 リンダの声だった…

 「…今日は、このパーティーに来て、下さって、本当に、ありがとうございます。今日は、私の大好きなお姉さんの結婚半年を祝ってのパーティーです…ぜひ皆さん、このパーティーを楽しんで下さい…以上、リンダ・ヘイワースでした…」

 と、言って、ウィンクをした…

 それが、茶目っ気たっぷりだったが、同時に、実に魅力的だった…

 いかにも、ハリウッドのセックス・シンボル、ここにありといった感じだった…

 この会場のあちこちから、ため息が、漏れた…

 私は、それを見て、安心したというか…

 リンダが、私の言うように、したのを、見たのが、嬉しかった…

 が、

 葉敬は、そうではなかった…

 明らかに、怒っていた…

 怒っていたのだ…

 「…リンダ…今日は、名前を、名乗らなくて、いいと言ったのに…」

 葉敬が、独り言を言った…

 …エッ?…

 …どういうことだ?…

 私がビックリして、葉敬を見た…

 すると、私の驚いた、表情に、気付いたのだろう…

 葉敬の傍らのバニラが、

 「…今日は、私にも、リンダにも、名前を名乗るなと、この葉敬が、言ったの…今日は、特別な日だから、お姉さんより、目立ってはダメだって…」

 …そういうことか?…

 私は、あらためて、思った…

 リンダや、バニラが、名前を名乗れば、下手をすれば、私や葉尊よりも、目立つ…

 この葉敬は、それを、危惧したわけだ…

 「…リンダめ!…」

 隣で、葉敬が、歯ぎしりをして、憤った…

 私は、それを見て、

 「…違うんです…お義父さん…」

 と、言った…

 言わずには、いられんかったのだ…

 「…違う? …なにが、違うんです?…」

 「…リンダにリンダ・ヘイワースだと、名前を名乗れと言ったのは、私なんです…」

 「…お姉さん?…」

 「…そうです…私が、リンダに言ったんです…」

 「…どうして、そんなことを?…」

 「…リンダは、今日、ロングドレスを着て、リンダ・ヘイワースとして、このパーティーに参加しています…だから、リンダ・ヘイワースとして、現れたときは、いつも、男の目を楽しませなければ、ならない…それが、ハリウッドのセックス・シンボルの役割だろ? と、言ったんです…」

 私が、葉敬に説明すると、

 「…なるほど、そういうことだったんですか?…」

 と、葉敬が、言った…

 「…たしかに、そう言われれば、お姉さんの言うことも、わかります…」

 葉敬は、言った…

 リンダの行動に、納得した様子だった…

 「…が、私の言葉を無視したのは、許せんですな…」

 葉敬が、言った…

 その顔は、怒っていた…

 明らかに、怒っていた…

 久しぶりに、見る、葉敬の怒った顔だった…

               
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