第153話

文字数 4,107文字

「…オレが、オジサンと、敵対した? …どうして、そう思うんだ?…」

 オスマンが、聞いた…

 当たり前だった…

 すると、

 「…オスマン…アナタ、バカ?…」

 と、リンダが、オスマンに、からかうように、言った…

 「…今回もだけれども、前回も、アナタは、このアムンゼンに、煮え湯を飲まされている…」

 「…煮え湯?…」

 「…そう、煮え湯…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…それって、前回、私が、あの壇上で、この保育園で、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ったときに、このオスマンが、反乱を起こしたことか?…」

 私は、言った…

 言わずには、いられんかった…

 「…その通り…」

 「…オスマン…アナタは、以前も、言ったように、やんちゃが、過ぎて、サウジにいられなくなり、このアムンゼンの元に、身を寄せた…でも、それは、形だけ…本当は、国王の命で、このアムンゼンを、見張っていたんでしょ?…」

 「…」

 「…それに、気付いたアムンゼンが、アナタを捕まえようとした…」

 「…」

 「…そして、このアムンゼンは、アナタを捕まえる舞台を、このセレブの保育園に選んだ…誰もが、ここで、そんな大捕り物をするわけがないと、油断する…オスマン…アナタも、例外じゃ、なかったってこと…」

 「…」

 「…でも、アナタが、再び、現れて、このセレブの保育園に逃げ込んだってことは、このアムンゼンのボディーガードに、裏切り者が、いたってこと…」

 「…裏切り者?…」

 私は、つい口を挟んだ…

 「…このアムンゼンを裏切ったものが、いるってこと…ただ、このアムンゼンのボディーガードは、ホントは、すべて、国王の命で、アムンゼンを監視するのが、任務だから、裏切ったというのは、違うかもしれない…」

 「…」

 「…だから、裏切らなかった…アムンゼンに、寝返らなったというのが、正しいのかな…いずれにしろ、その人間たちの手で、解放されたから、オスマン、アナタは、逃げ出すことが、できたんでしょ?…」

 「…」

 「…いずれにしろ、いったんは、拘束された、このオスマンが、再び、私たちの前に、現れて、このセレブの保育園に、逃げ込んだのが、その証拠…」

 リンダが、言った…

 淡々と、言った…

 私は、それを、聞いて、考えた…

 このオスマンと、アムンゼンの関係を、だ…

 このオスマンと、アムンゼンは、甥と叔父…

 そして、その関係は、すでに、説明したオスマンと、ファラドの関係に過ぎないのでは?

 と、気付いた…

 今も、リンダが、言ったが、すでに、さっき、このオスマンが、セレブの保育園の建物の中で、同じことを言った…

オスマンと、アムンゼンは、互いに、国王の命で、監視しあっていた…

 これが、真実だろう…

 ただ、あのときは、わからなかったが、この小人症の男は、ファラドではなく、アムンゼンだった…

 これだけが、違った…

 が、

 同時に、この違いが、大きかった…

 なにより、まさか、この小人症の男が、そんなだいそれたことをする人間とは、思えんかった…

 まさか、国王の座を、狙っているとは、思わんかった…

 実際には、国王の座を狙っているわけではなく、国王をすげかえて、代わりに、自分が、このオスマンを国王にして、背後から、操ろうとした…

 そういうことだった…

 だから、このオスマンが、この小人症の男の野心は、半端ないと言ったのだ…

 そう考えれば、なぜ、このオスマンが、あのとき、そう言ったのか、わかる…

 わかるのだ…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 と、

 そのときだ…

 いきなり、マリアが、

 「…それって、このオスマンが、生意気だったってこと?…」

 と、横から、口を出した…

 「…生意気?…」

 リンダが、唖然として、言った…

 いきなり、マリアが、

 「…生意気…」

 と、言ったので、驚いたのだ…

 どう、反応して、いいか、わからなかったのかも、しれない…

 が、

 当のアムンゼンの方が、わかりやすく反応した…

 「…そう…生意気だったのかも、しれない…」

 と、ポツリと下を向いて、呟いた…

 「…アラブの至宝と呼ばれ…調子に乗っていたのかも、しれない…」

 アムンゼンが、頭(こうべ)を下げたまま、呟いた…

 「…だが、結局は、ボクは、国王の…兄の掌(てのひら)の上で、踊っている存在に過ぎなかったのかも、しれない…」

 「…それって、孫悟空のこと?…」

 リンダが、茶々を入れた…

 が、

 その茶々に、アムンゼンが、まともに、反応した…

 「…孫悟空ほどの力は、ありませんよ…」

 と、力なく、呟いた…

 「…ボクの力は、頭脳です…暴力では、ない…だから、孫悟空のように、暴れまくることは、不可能です…」

 「…」

 「…孫悟空のように、暴れまくるのは、ある意味、ボクの理想ですが、残念ながら、このカラダでは、できない…無理です…」

 アムンゼンが、落胆した様子で、呟いた…

 私は、このアムンゼンの苦しみが、わかった…

 いや、

 私だけではない…

 この場にいる、大人全員が、わかった…

 リンダも、オスマンも、わかった…

 だから、

 「…」

 と、なにも、言えんかった…

 …ないものねだり…

 一言で、言ってしまえば、そういうことだ…

 小人症で、生まれたアムンゼン…

 永遠に大きくならない、ピーターパンのような存在…

 いや、

 ピーターパンは、少年だが、少年にも、なれない…

 永遠に、子供のまま…

 が、

 真逆に、頭脳は、アラブの至宝と呼ばれるほど、優れて、生まれた…

 だから、

 悩む…

 普通に、小人症で、生まれても、悩むに、違いないが、それが、さらに、頭脳が、人並外れて優れていては、余計に悩むに違いない…

 だが、

 悩んだところで、カラダは大きくならない…

 カラダは、永遠に、子供のまま…

 だから、その悩み=不満は、解消できないわけだ…

 それゆえ、その不満を解消するために、別の行動に出る…

 それが、権力を得ようする行動に現れる…

 要するに、カラダは、子供だが、ボクは、偉いんだと、他人に、見せたい行動に出る…

 このアムンゼンと同じ行動を取ったのは、徳川幕府、五代将軍、徳川綱吉だったと、言われる…

 綱吉は、身長が、124㎝とも、言われる(諸説あり)…

 が、

 それが、本当だとしたら、綱吉が、ことさら、能を、好んだり、大名の前で、学問の講義をするのを、好んだと、言われるのも、頷ける…

 要するに、

 …オレは、カラダは、小さいが、こんなことも、できるんだ…

 …オレは、カラダは、小さいが、偉いんだ…

 と、周囲に、アピールしているわけだ…

 ハッキリ言えば、コンプレックスの裏返し…

 小人症で、生まれたゆえの、コンプレックスの裏返しに、他ならない…

 これを、このアムンゼンに当てはめれば、それゆえ権力を手に入れることが、悲願になったのだろう…

 カラダは、どうにも、ならない…

 だから、代わりに、権力を手に入れる…

 偉くなる…

 そういう発想だろう…

 が、

 その苦しみは、大人には、わかる…

 まだ、子供には、わからないが、大人には、わかる…

 だから、この場にいる、私も、リンダも、オスマンも、なにも、言えんかった…

 とてもではないが、可哀そうすぎて、アムンゼンに、そんなことは、とても、言えんかったのだ…

 が、

 そんなとき、

 「…バッカじゃないの!…」

 と、言う声がした…

 私は、驚いた…

 驚いて、声の主を見た…

 マリアだった…

 「…オスマン…アンタ、バッカじゃないの!…」

 マリアが、繰り返した…

 「…アンタ、そんなカラダが、ちっちゃいのに、偉くなれるはずが、ないでしょ!…」

 マリアが、怒った…

 怒ったのだ…

 「…オスマン…アンタは、子供なの…ホントは、大人かもしれないけど、子供なの…子供にしか、見えないの…」

 マリアが、怒って、言った…

 「…だから、偉くなれないの…」

 マリアが、続ける…

 そして、それは、その通り…

 その通りだった…

 大人は、それが、わかっていても、誰も、口にできんかった…

 さすがに、口にできんかった…

 さすがに、言えんかった…

 誰でも、言っていいことと、悪いことがある…

 たとえ、思っていても、口に出せんことが、ある…

 そういうことだ…

 さっき上げた、徳川綱吉を例に挙げれば、当時は、写真どころか、テレビも、ネットも、なかった…

 だから、当時、小人症だった綱吉の姿を、知るひとは、限られる…

 が、

 今は、違う…

 だから、仮に、このアムンゼンが、サウジアラビアの次の国王になる、資格が、あっても、実際に、国王になれるかと、言えば、だいぶ怪しい…

 ひとは、どうしても、外見が、大事…

 まして、国王となれば、たとえ、政治的実権は、なくても、その国を象徴する存在だ…

 だから、本当は、少しでも、見栄えが、いいほうが、いい…

 少しでも、長身の美男美女の方が、いい…

 それが、本音だ…

 だから、それを、考えれば、このアムンゼンは、真逆…

 まったく、当てはまらない…

 だから、国王になるのは、無理…

 それゆえ、甥の長身のイケメンのオスマンを、国王に、据えて、自らは、陰で、権力を握る…

 そういう道を選んだのだろう…

 そして、それは、わかる…

 痛いほど、わかるのだ…

 だからこそ、この矢田も、なにも、言えんかった…

 そして、それは、リンダも、オスマンも、同じだった…

 が、

 マリアは、それを口にした…

 それは、マリアが子供だったからだ…

 子供だったから、ある意味タブーなし…

 本音を言えた…

 そういうことだった…

 が、

 マリアの言葉に、アムンゼンは、怒らんかった…

 「…マリアの言う通り…」

 と、真逆に涙した…

 涙を流した…

 「…この外見では、ボクは、偉くなれない…」

 と、涙を流した…

 これも、また、わかった…

 誰もが、思っていても、ハッキリと口に出せない…

 が、

 マリアは、それを口にした…

 それを、言ってくれた…

 だから、嬉しいのだ…

 まして、マリアに悪意は、ない…

 だから、余計に嬉しいのだ…

 「…マリア…ゴメン…」

 アムンゼンが、涙を流した…

 「…ホントに、ゴメン…」

 涙を流して、謝り続けた…

               
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