第80話
文字数 6,337文字
…なんだ?…
…あのお嬢様の目は?…
私は、思った…
実に、楽しそうに、私を見ている…
この矢田トモコを見ている…
一体、私を見て、なにが、楽しいんだ?
自分と、同じ顔やカラダを持った女が、踊っているのを見て、なにが、楽しいんだ?
謎だった…
いくら、考えても、わからなかった…
当たり前だ…
他人が、考えていることが、わかる人間は、いない…
親子や兄弟ですら、なにを考えているか、わからないときが、ある…
ましてや、他人…
あのお嬢様は、他人だ…
しかも、あのお嬢様と私は、たいした知り合いではなかった…
だから、余計に、わからなかった…
が、
なにか、あると、思った…
あの矢口のお嬢様の大きな口が、いかにも、楽しそうに、笑っていた…
その笑いは、不気味の一言!…
この矢田トモコに、とっては、不気味の一言だった!…
別に、私そっくりな女が、笑っているから、不気味だと言ったのではない…
あの六頭身で、幼児体型のお嬢様が、笑っているから、不気味なのではない…
断じてない!…
なぜなら、それを言えば、この矢田トモコが、笑っていることが、不気味だと、言っているようなものだからだ…
だから、私そっくりの女が、笑っているから、不気味だとは、断じて、言っていない…
問題なのは、笑っているのが、矢口のお嬢様だからだ…
矢口トモコだからだ…
あのお嬢様には、さんざ、煮え湯を飲まされた…
ハッキリ言えば、利用された…
あの矢口のお嬢様は、狸(たぬき)…
文字通り、煮ても焼いても食えぬ女だ…
なにを考えているか、わからん…
ただ、わかることは、ただ一つ…
この矢田トモコを利用しようとしていることだけだ…
自分そっくりの人間と、出会うことは、滅多にない…
これは、誰もが、同じ…
そして、これが、例えば、独裁者なら、自分の身代わりとするだろう…
例えば、歴史上の独裁者…
スターリンや、ヒトラーなら、そうするだろう…
なぜ、そうするかと、問われれば、一番は、暗殺の危険から、逃れられる確率が、高くなるからだ…
危険な場所には、自分が、行かず、自分そっくりの他人を、派遣すればいい…
そうすることで、自分が、暗殺される危険が、低くなる…
そして、もう一つは、疲労の軽減…
誰もが、二十四時間、三百六十五日、働くことは、できない…
誰もが、休憩や休息が、必要だからだ…
だから、自分が、出席しなくても、構わない場所には、自分のそっくりさんを、派遣すればいい…
例えば、式典で、なにか、祝辞を述べるような仕事は、自分そっくりの人間に任せればいい…
そうすれば、自分は、その時間に、極秘裏に、他の仕事をしてもいいし、真逆に、休んでもいい…
そういうことだ…
が、
今、言ったのは、あくまで、独裁者=権力者の場合だ…
いかに、矢口のお嬢様が、スーパージャパンの社長でも、ヒトラーや、スターリンのような権力者ではない…
だから、彼らのように、私を身代わりにすることはない…
なにより、私は、ここで、矢口のお嬢様から、なにも、言われていない…
なにも、命じられていない…
いや、
一つだけ、言われた…
それは、ここで、子供たちといっしょに、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ることだ…
が、
私が、子供たちとAKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ることで、なにかを得られるのか?
この矢田トモコが、子供たちと、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ることで、あの矢口のお嬢様は、なにかを得られるのか?
否、
得られるはずがない…
たかだか、自分と同じ顔やカラダを持つ、女が、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ることで、得られることなど、あるはずが、なかった…
当たり前のことだ…
ということは、どうだ?
当然、なにか、別の目的があるはずだ?
それは、一体、なんだ?
私に、どうせよと、命じるつもりだ?…
私に、なにをさせたい?…
と、考えた…
AKBの恋するフォーチュンクッキーを必死になって、踊りながら、考えたのだ…
が、
それが、いけなかった…
「…矢田ちゃん…もっと、必死になって…」
と、いう声がした…
マリアの声だった…
見ると、マリアが鬼のような形相で、私を睨んでいた…
「…矢田ちゃん…考え事をしてたでしょ?…」
鬼のような形相で、言った…
「…し、してないさ…」
とっさに、答えた…
「…ウソ!…」
マリアが、言った…
「…矢田ちゃんのウソつき!…」
マリアが、喝破した…
すると、いつのまにか、踊りを止めた、隣のオスマン殿下が、
「…矢田さん…マリアを怒らせちゃ、いけません…矢田さんも、大人なんだから、3歳の幼児に目くじらを立てて、どうするんですか? 反論して、どうするんですか?…」
と、穏やかに、私を諭した…
そう言われると、私はなにも言えんかった…
なにしろ、アラブの至宝といわれる、オスマン殿下すら、マリアに従っているのだ…
オスマン殿下は、マリアを好きだから、従うのかもしれんが、オスマン殿下ほどの立場の人間が、3歳のマリアに従うことは、普通は、あり得ない…
そのオスマン殿下が、マリアに従っているのだ…
この矢田トモコも従うしか、なかった…
「…マリア…すまんかった…」
と、私は、マリアに、詫びた…
「…つい、考えことをしていて…」
「…わかれば、いいの…しっかり、やって…矢田ちゃん…」
「…わかったさ…」
私は、力なく答えた…
力なく答える一方で、これでは、真逆…
私とマリアの立場が、真逆だと気付いた…
なぜ、35歳の私が、3歳の幼児に叱られなきゃ、ならんのか?
正直、わけがわからんかった…
冷静に考えると、むかっ腹が、立った…
が、
そんな私の心中を察するように、
「…矢田さんは、偉い…」
と、隣のオスマン殿下が、私を褒めた…
「…偉い? …この私が?…」
一体、私のどこが偉いんだ?
さっぱり、謎だった…
「…3歳の幼児に従うなんて、大人なら、なかなかできないことです…」
オスマン殿下が、告げた…
「…ボクは、矢田さんを尊敬します…」
「…私を尊敬?…」
「…ハイ…」
オスマン殿下が、真顔で言った…
そして、そんなことを言われると、たった今、マリアに叱られたことなど、どうでも、よくなった…
なにしろ、オスマン殿下に褒められたのだ…
アラブの至宝に、褒められたのだ…
この矢田トモコが、褒められたのだ…
こんなことは、空前絶後…
もはや、一生ないかもしれない、出来事だった…
オスマン殿下は、見かけは、3歳の幼児に過ぎないかもしれないが、実際は、違う…
権力者だ…
そして、こんな権力者に、褒められることなど、生涯ないだろう…
それを、思うと、自然と顔がニヤニヤした…
表情が、崩れた…
そして、それを、見て、あの矢口のお嬢様の顔もまた嬉しそうになった…
ついさっきよりも、もっと、楽しそうな表情になった…
私は、どうして、あのお嬢様が、そんな嬉しそうな顔をするのか、わからなかった…
文字通り、謎だった…
だから、考えるのは、止めた…
これ以上、考えても、わかるはずは、ないからだ…
答えが出るはずが、ないからだ…
だから、ただ無心で、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊っていた…
すると、久々の爽快感だった…
カラダを動かすのが、こんなに、楽しいとは、思わなかった…
元々、私は、スポーツ万能…
なんでもできる女だ…
それが、歳を取って、さっぱりカラダを動かさなくなった…
だからこそ、楽しいのだ…
ハッキリ言って、無性に疲れるが、楽しいのだ…
だから、自然と顔が、ニヤついた…
ニヤついたのだ…
が、
お嬢様の顔は、違った…
笑いながらも、どこか、真剣だった…
目が、笑ってなかった…
だから、不気味だった…
だからこそ、不気味だった…
人間、なにが、怖いと言っても、目が笑わない人間ほど、怖いものは、ない…
これは、私が、子供の頃から、思っていることの一つ…
誰もが、楽しければ、笑い…哀しければ、泣く…
それは、当たり前だ…
ごく自然の感情だからだ…
が、
稀に、顔は笑ってはいるが、決して、目が笑わない人間が、いる…
子供の頃、見た、昔の大相撲で、いえば、元大関の小錦…
笑ってはいるが、目が笑ってない…
真逆に、元横綱の曙は、楽しそうに、目が笑っていた…
そして、私は、どうして、目が笑ってないのか? 考えた…
一番は、心の底から、楽しんでいないからだろうと、思う…
誰もが、楽しければ、目が笑うものだ…
が、
それがない…
つまり、楽しくないのだ…
ある場面で、目が笑わないのは、わかる…
が、
どんな場面でも、顔や口だけ、笑って、目が笑ってないとすれば、それは、一体、どういう人間か、考えてしまう…
性格に二面性があるとか…
もっと、言えば、簡単に笑うことが、できないほど、困難な人生を歩んできたのかと、思ってしまう…
生まれつきの性格なのか?
はたまた、
人並み以上の困難な人生を歩んで来た結果なのか?
わからない…
答えは出ない…
が、
ただ、そういう人間を、間近に見て、困惑するのは、確かだ…
私は、今、矢口のお嬢様の目を見て、そんなことを、考えた…
もしかすると、このお嬢様…
この矢口トモコ…
案外、苦労しているのかもしれない…
そう、気付いた…
金持ちのお嬢様に、生まれ、なに不自由のない暮らしをしてきたのかと、思っていたが、案外、違うのかもしれない…
そう、思った…
いわば、考え直したのだ…
そして、そこまで、考えると、この矢口のお嬢様と、私、矢田トモコとの違いに、気付いた…
私は、よく目が笑っていると、ひとに、言われる…
が、
真逆に、この矢口のお嬢様は、目が笑わない…
それが、このお嬢様と、私との差だと、気付いたのだ…
矢口トモコと、矢田トモコの決定的な外見の差だと、気付いたのだ…
が、
そんな差に、気付いていて、どうする? とも、思った…
目が笑おうが、笑うまいが、それが、どうした? と、思ったのだ…
例えば、それが、わかれば、私や矢口トモコと、偶然、街で会っても、それが、矢口トモコなのか、私、矢田トモコなのか、わかるに過ぎない…
見分けることが、できるに、過ぎないのだ…
私は、あらためて、気付いた…
そして、これ以上は、考えるのは、止めた…
いくら、考えても、答えが出ないからだ…
ふと、周囲を見ると、ヤン=リンダと、リンダに化けたバニラは、踊ってなかった…
踊りに、参加しなかった…
これも、また、当たり前だった…
大人で、この踊りに参加したのは、この矢田トモコだけ…
後は、全員、子供…
オスマン殿下は、本当は、30歳の大人だが、外見は、3歳の子供…
だから、この矢田トモコを除いては、全員が、子供だった…
保育園児だった…
が、
それが、一体、なんだと言うんだ?
現に、カートに、お菓子を載せて、この部屋にやって来た屈強な男たち…
オスマンの配下の男たちも、当然ながら、踊りに参加していない…
園児たちの父兄に化けた、他のオスマンの配下たちも同じ…
当然ながら、私を筆頭に、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊っている園児たちを見守っている…
だとすれば、一体、このお嬢様の狙いは、一体?
考えるなと、思っても、つい、考えてしまう…
つい、考えてしまうのだ…
結局、その日は、園児たちと、みんなで、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊って、後は、みんなで、お菓子を食べて、終わった…
矢口トモコの実家である、スーパージャパンが、提供したお菓子を、園児たちと、みんなで、食べて、終わった…
園児たちは、皆、楽しそうだった…
誰もが、皆、お菓子を食べる時間は、楽しいものだ…
これは、大人も子供も関係ない…
誰もが、おいしいものを、食べるときは、嬉しいものだ…
お菓子は、山ほど、あるので、私や、園児たちだけでなく、ヤン=リンダや、バニラ、そして、他のオスマンの配下の人間たちも食べた…
それを見て、矢口のお嬢様が、
「…どうです? …スーパージャパンで、扱う、お菓子は、おいしいでしょ?…」
と、みんなに、声をかけた…
すると、
「…うん…」
と、園児たちが、口々に、言った…
「…だったら、今度は、パパやママに頼んで、スーパージャパンで、お菓子を買ってね…」
と、矢口のお嬢様が、優しく、園児たちに、呼びかける…
「…うん…わかった…」
「…そうする…」
と、いう声が、あちこちから、上がった…
私は、その光景を見ながら、これは、まるで、CMにでも、使えば、いいような場面だな? と、思った…
スーパージャパンの社長自ら、園児たちに、自分の店で、売っている商品をPRする…
これ以上の宣伝は、ないからだ…
そう思っていると、この光景をカメラに映している人間が、いることに、気付いた…
さっき、私を映していた人間たちだった…
これは、一体、どうして?
これは、一体、なぜ?
謎が、深まった…
が、
そのときは、その謎が、解けなかった…
後日、その謎が、解けた…
呆気なく、解けた…
ヤン=リンダから、電話があり、
「…今日の徹子の部屋を、見て…」
と、言われたのだ…
「…徹子の部屋を見ろ、だと? …どうして?…」
私が、聞くと、
「…とにかく、見て!…」
と、だけ、言って、リンダが電話を切った…
なにやら、忙しそうだった…
私は、リンダに言われるままに、徹子の部屋を見た…
すると、なんと、あの矢口のお嬢様が、登場したのだ…
私は、仰天した…
あの黒柳徹子が、例のトレードマークの玉ねぎ頭で、
「…今日のお客様は、スーパージャパンの矢口トモコさんです…」
と、紹介したのだ…
「…テレビの前の皆さんもよく行くスーパージャパンの社長が、こんなに若くて、かわいらしいお嬢さんだとは、思いませんでした…」
と、黒柳徹子が、お世辞を言った…
「…いえ…とんでも、ありません…」
矢口のお嬢様が、謙遜する…
「…おまけに、東大を出ていらっしゃるんですって…完璧ですね…」
「…とんでも、ありません…」
お嬢様が、遠慮がちに答えた…
すると、今度は、
「…たしかに…」
と、徹子が、意味深に、言った…
「…実は、このお嬢様、意外な一面をお持ちなんですよ…テレビの前の皆さん…」
「…意外な一面?…」
お嬢様が、当惑したようだ…
「…では、時間がないので、早速、この番組のスタッフが、入手した、お嬢様の意外な一面を、テレビの前の皆さんにも、知ってもらいましょう…」
徹子が宣言した…
「…VTR、スタート…」
徹子の掛け声と共に、場面が、変わった…
場所は、見覚えがあった…
すぐに、わかった…
つい先日、あのお嬢様と、会った、セレブの保育園だった…
園児たちが、集まっていた…
そして、すぐに、VTRが、次の場面に、変わった…
私が、センターに立ち、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊っている姿に、変わった…
すると、その場面を見て、
「…このお嬢様、東大を出て、この若さで、大きなスーパーの社長さんをなさっているのに、こんな子供たちと、踊って…ホント、意外な一面をお持ちなのね…」
と、言った…
すると、それを受けて、
「…この歳で、まだ、童心が抜けなくて、ホント、お恥ずかしい…」
と、矢口のお嬢様が、照れ笑いを見せた…
それを、見て、悟った…
またも、私が、あのお嬢様に、身代わりにされたことを、悟ったのだ…
利用されたことを、悟ったのだ…
…あのお嬢様の目は?…
私は、思った…
実に、楽しそうに、私を見ている…
この矢田トモコを見ている…
一体、私を見て、なにが、楽しいんだ?
自分と、同じ顔やカラダを持った女が、踊っているのを見て、なにが、楽しいんだ?
謎だった…
いくら、考えても、わからなかった…
当たり前だ…
他人が、考えていることが、わかる人間は、いない…
親子や兄弟ですら、なにを考えているか、わからないときが、ある…
ましてや、他人…
あのお嬢様は、他人だ…
しかも、あのお嬢様と私は、たいした知り合いではなかった…
だから、余計に、わからなかった…
が、
なにか、あると、思った…
あの矢口のお嬢様の大きな口が、いかにも、楽しそうに、笑っていた…
その笑いは、不気味の一言!…
この矢田トモコに、とっては、不気味の一言だった!…
別に、私そっくりな女が、笑っているから、不気味だと言ったのではない…
あの六頭身で、幼児体型のお嬢様が、笑っているから、不気味なのではない…
断じてない!…
なぜなら、それを言えば、この矢田トモコが、笑っていることが、不気味だと、言っているようなものだからだ…
だから、私そっくりの女が、笑っているから、不気味だとは、断じて、言っていない…
問題なのは、笑っているのが、矢口のお嬢様だからだ…
矢口トモコだからだ…
あのお嬢様には、さんざ、煮え湯を飲まされた…
ハッキリ言えば、利用された…
あの矢口のお嬢様は、狸(たぬき)…
文字通り、煮ても焼いても食えぬ女だ…
なにを考えているか、わからん…
ただ、わかることは、ただ一つ…
この矢田トモコを利用しようとしていることだけだ…
自分そっくりの人間と、出会うことは、滅多にない…
これは、誰もが、同じ…
そして、これが、例えば、独裁者なら、自分の身代わりとするだろう…
例えば、歴史上の独裁者…
スターリンや、ヒトラーなら、そうするだろう…
なぜ、そうするかと、問われれば、一番は、暗殺の危険から、逃れられる確率が、高くなるからだ…
危険な場所には、自分が、行かず、自分そっくりの他人を、派遣すればいい…
そうすることで、自分が、暗殺される危険が、低くなる…
そして、もう一つは、疲労の軽減…
誰もが、二十四時間、三百六十五日、働くことは、できない…
誰もが、休憩や休息が、必要だからだ…
だから、自分が、出席しなくても、構わない場所には、自分のそっくりさんを、派遣すればいい…
例えば、式典で、なにか、祝辞を述べるような仕事は、自分そっくりの人間に任せればいい…
そうすれば、自分は、その時間に、極秘裏に、他の仕事をしてもいいし、真逆に、休んでもいい…
そういうことだ…
が、
今、言ったのは、あくまで、独裁者=権力者の場合だ…
いかに、矢口のお嬢様が、スーパージャパンの社長でも、ヒトラーや、スターリンのような権力者ではない…
だから、彼らのように、私を身代わりにすることはない…
なにより、私は、ここで、矢口のお嬢様から、なにも、言われていない…
なにも、命じられていない…
いや、
一つだけ、言われた…
それは、ここで、子供たちといっしょに、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ることだ…
が、
私が、子供たちとAKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ることで、なにかを得られるのか?
この矢田トモコが、子供たちと、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ることで、あの矢口のお嬢様は、なにかを得られるのか?
否、
得られるはずがない…
たかだか、自分と同じ顔やカラダを持つ、女が、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊ることで、得られることなど、あるはずが、なかった…
当たり前のことだ…
ということは、どうだ?
当然、なにか、別の目的があるはずだ?
それは、一体、なんだ?
私に、どうせよと、命じるつもりだ?…
私に、なにをさせたい?…
と、考えた…
AKBの恋するフォーチュンクッキーを必死になって、踊りながら、考えたのだ…
が、
それが、いけなかった…
「…矢田ちゃん…もっと、必死になって…」
と、いう声がした…
マリアの声だった…
見ると、マリアが鬼のような形相で、私を睨んでいた…
「…矢田ちゃん…考え事をしてたでしょ?…」
鬼のような形相で、言った…
「…し、してないさ…」
とっさに、答えた…
「…ウソ!…」
マリアが、言った…
「…矢田ちゃんのウソつき!…」
マリアが、喝破した…
すると、いつのまにか、踊りを止めた、隣のオスマン殿下が、
「…矢田さん…マリアを怒らせちゃ、いけません…矢田さんも、大人なんだから、3歳の幼児に目くじらを立てて、どうするんですか? 反論して、どうするんですか?…」
と、穏やかに、私を諭した…
そう言われると、私はなにも言えんかった…
なにしろ、アラブの至宝といわれる、オスマン殿下すら、マリアに従っているのだ…
オスマン殿下は、マリアを好きだから、従うのかもしれんが、オスマン殿下ほどの立場の人間が、3歳のマリアに従うことは、普通は、あり得ない…
そのオスマン殿下が、マリアに従っているのだ…
この矢田トモコも従うしか、なかった…
「…マリア…すまんかった…」
と、私は、マリアに、詫びた…
「…つい、考えことをしていて…」
「…わかれば、いいの…しっかり、やって…矢田ちゃん…」
「…わかったさ…」
私は、力なく答えた…
力なく答える一方で、これでは、真逆…
私とマリアの立場が、真逆だと気付いた…
なぜ、35歳の私が、3歳の幼児に叱られなきゃ、ならんのか?
正直、わけがわからんかった…
冷静に考えると、むかっ腹が、立った…
が、
そんな私の心中を察するように、
「…矢田さんは、偉い…」
と、隣のオスマン殿下が、私を褒めた…
「…偉い? …この私が?…」
一体、私のどこが偉いんだ?
さっぱり、謎だった…
「…3歳の幼児に従うなんて、大人なら、なかなかできないことです…」
オスマン殿下が、告げた…
「…ボクは、矢田さんを尊敬します…」
「…私を尊敬?…」
「…ハイ…」
オスマン殿下が、真顔で言った…
そして、そんなことを言われると、たった今、マリアに叱られたことなど、どうでも、よくなった…
なにしろ、オスマン殿下に褒められたのだ…
アラブの至宝に、褒められたのだ…
この矢田トモコが、褒められたのだ…
こんなことは、空前絶後…
もはや、一生ないかもしれない、出来事だった…
オスマン殿下は、見かけは、3歳の幼児に過ぎないかもしれないが、実際は、違う…
権力者だ…
そして、こんな権力者に、褒められることなど、生涯ないだろう…
それを、思うと、自然と顔がニヤニヤした…
表情が、崩れた…
そして、それを、見て、あの矢口のお嬢様の顔もまた嬉しそうになった…
ついさっきよりも、もっと、楽しそうな表情になった…
私は、どうして、あのお嬢様が、そんな嬉しそうな顔をするのか、わからなかった…
文字通り、謎だった…
だから、考えるのは、止めた…
これ以上、考えても、わかるはずは、ないからだ…
答えが出るはずが、ないからだ…
だから、ただ無心で、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊っていた…
すると、久々の爽快感だった…
カラダを動かすのが、こんなに、楽しいとは、思わなかった…
元々、私は、スポーツ万能…
なんでもできる女だ…
それが、歳を取って、さっぱりカラダを動かさなくなった…
だからこそ、楽しいのだ…
ハッキリ言って、無性に疲れるが、楽しいのだ…
だから、自然と顔が、ニヤついた…
ニヤついたのだ…
が、
お嬢様の顔は、違った…
笑いながらも、どこか、真剣だった…
目が、笑ってなかった…
だから、不気味だった…
だからこそ、不気味だった…
人間、なにが、怖いと言っても、目が笑わない人間ほど、怖いものは、ない…
これは、私が、子供の頃から、思っていることの一つ…
誰もが、楽しければ、笑い…哀しければ、泣く…
それは、当たり前だ…
ごく自然の感情だからだ…
が、
稀に、顔は笑ってはいるが、決して、目が笑わない人間が、いる…
子供の頃、見た、昔の大相撲で、いえば、元大関の小錦…
笑ってはいるが、目が笑ってない…
真逆に、元横綱の曙は、楽しそうに、目が笑っていた…
そして、私は、どうして、目が笑ってないのか? 考えた…
一番は、心の底から、楽しんでいないからだろうと、思う…
誰もが、楽しければ、目が笑うものだ…
が、
それがない…
つまり、楽しくないのだ…
ある場面で、目が笑わないのは、わかる…
が、
どんな場面でも、顔や口だけ、笑って、目が笑ってないとすれば、それは、一体、どういう人間か、考えてしまう…
性格に二面性があるとか…
もっと、言えば、簡単に笑うことが、できないほど、困難な人生を歩んできたのかと、思ってしまう…
生まれつきの性格なのか?
はたまた、
人並み以上の困難な人生を歩んで来た結果なのか?
わからない…
答えは出ない…
が、
ただ、そういう人間を、間近に見て、困惑するのは、確かだ…
私は、今、矢口のお嬢様の目を見て、そんなことを、考えた…
もしかすると、このお嬢様…
この矢口トモコ…
案外、苦労しているのかもしれない…
そう、気付いた…
金持ちのお嬢様に、生まれ、なに不自由のない暮らしをしてきたのかと、思っていたが、案外、違うのかもしれない…
そう、思った…
いわば、考え直したのだ…
そして、そこまで、考えると、この矢口のお嬢様と、私、矢田トモコとの違いに、気付いた…
私は、よく目が笑っていると、ひとに、言われる…
が、
真逆に、この矢口のお嬢様は、目が笑わない…
それが、このお嬢様と、私との差だと、気付いたのだ…
矢口トモコと、矢田トモコの決定的な外見の差だと、気付いたのだ…
が、
そんな差に、気付いていて、どうする? とも、思った…
目が笑おうが、笑うまいが、それが、どうした? と、思ったのだ…
例えば、それが、わかれば、私や矢口トモコと、偶然、街で会っても、それが、矢口トモコなのか、私、矢田トモコなのか、わかるに過ぎない…
見分けることが、できるに、過ぎないのだ…
私は、あらためて、気付いた…
そして、これ以上は、考えるのは、止めた…
いくら、考えても、答えが出ないからだ…
ふと、周囲を見ると、ヤン=リンダと、リンダに化けたバニラは、踊ってなかった…
踊りに、参加しなかった…
これも、また、当たり前だった…
大人で、この踊りに参加したのは、この矢田トモコだけ…
後は、全員、子供…
オスマン殿下は、本当は、30歳の大人だが、外見は、3歳の子供…
だから、この矢田トモコを除いては、全員が、子供だった…
保育園児だった…
が、
それが、一体、なんだと言うんだ?
現に、カートに、お菓子を載せて、この部屋にやって来た屈強な男たち…
オスマンの配下の男たちも、当然ながら、踊りに参加していない…
園児たちの父兄に化けた、他のオスマンの配下たちも同じ…
当然ながら、私を筆頭に、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊っている園児たちを見守っている…
だとすれば、一体、このお嬢様の狙いは、一体?
考えるなと、思っても、つい、考えてしまう…
つい、考えてしまうのだ…
結局、その日は、園児たちと、みんなで、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊って、後は、みんなで、お菓子を食べて、終わった…
矢口トモコの実家である、スーパージャパンが、提供したお菓子を、園児たちと、みんなで、食べて、終わった…
園児たちは、皆、楽しそうだった…
誰もが、皆、お菓子を食べる時間は、楽しいものだ…
これは、大人も子供も関係ない…
誰もが、おいしいものを、食べるときは、嬉しいものだ…
お菓子は、山ほど、あるので、私や、園児たちだけでなく、ヤン=リンダや、バニラ、そして、他のオスマンの配下の人間たちも食べた…
それを見て、矢口のお嬢様が、
「…どうです? …スーパージャパンで、扱う、お菓子は、おいしいでしょ?…」
と、みんなに、声をかけた…
すると、
「…うん…」
と、園児たちが、口々に、言った…
「…だったら、今度は、パパやママに頼んで、スーパージャパンで、お菓子を買ってね…」
と、矢口のお嬢様が、優しく、園児たちに、呼びかける…
「…うん…わかった…」
「…そうする…」
と、いう声が、あちこちから、上がった…
私は、その光景を見ながら、これは、まるで、CMにでも、使えば、いいような場面だな? と、思った…
スーパージャパンの社長自ら、園児たちに、自分の店で、売っている商品をPRする…
これ以上の宣伝は、ないからだ…
そう思っていると、この光景をカメラに映している人間が、いることに、気付いた…
さっき、私を映していた人間たちだった…
これは、一体、どうして?
これは、一体、なぜ?
謎が、深まった…
が、
そのときは、その謎が、解けなかった…
後日、その謎が、解けた…
呆気なく、解けた…
ヤン=リンダから、電話があり、
「…今日の徹子の部屋を、見て…」
と、言われたのだ…
「…徹子の部屋を見ろ、だと? …どうして?…」
私が、聞くと、
「…とにかく、見て!…」
と、だけ、言って、リンダが電話を切った…
なにやら、忙しそうだった…
私は、リンダに言われるままに、徹子の部屋を見た…
すると、なんと、あの矢口のお嬢様が、登場したのだ…
私は、仰天した…
あの黒柳徹子が、例のトレードマークの玉ねぎ頭で、
「…今日のお客様は、スーパージャパンの矢口トモコさんです…」
と、紹介したのだ…
「…テレビの前の皆さんもよく行くスーパージャパンの社長が、こんなに若くて、かわいらしいお嬢さんだとは、思いませんでした…」
と、黒柳徹子が、お世辞を言った…
「…いえ…とんでも、ありません…」
矢口のお嬢様が、謙遜する…
「…おまけに、東大を出ていらっしゃるんですって…完璧ですね…」
「…とんでも、ありません…」
お嬢様が、遠慮がちに答えた…
すると、今度は、
「…たしかに…」
と、徹子が、意味深に、言った…
「…実は、このお嬢様、意外な一面をお持ちなんですよ…テレビの前の皆さん…」
「…意外な一面?…」
お嬢様が、当惑したようだ…
「…では、時間がないので、早速、この番組のスタッフが、入手した、お嬢様の意外な一面を、テレビの前の皆さんにも、知ってもらいましょう…」
徹子が宣言した…
「…VTR、スタート…」
徹子の掛け声と共に、場面が、変わった…
場所は、見覚えがあった…
すぐに、わかった…
つい先日、あのお嬢様と、会った、セレブの保育園だった…
園児たちが、集まっていた…
そして、すぐに、VTRが、次の場面に、変わった…
私が、センターに立ち、AKBの恋するフォーチュンクッキーを踊っている姿に、変わった…
すると、その場面を見て、
「…このお嬢様、東大を出て、この若さで、大きなスーパーの社長さんをなさっているのに、こんな子供たちと、踊って…ホント、意外な一面をお持ちなのね…」
と、言った…
すると、それを受けて、
「…この歳で、まだ、童心が抜けなくて、ホント、お恥ずかしい…」
と、矢口のお嬢様が、照れ笑いを見せた…
それを、見て、悟った…
またも、私が、あのお嬢様に、身代わりにされたことを、悟ったのだ…
利用されたことを、悟ったのだ…