第139話

文字数 4,066文字

 私は、必死になって、ファラドと、リンダを追い抜いた…

 そうすることで、この矢田のプライドが、満たされた…

 が、

 結構、孤独だった…

 なぜなら、振り返って見た、ファラドと、リンダは、美男美女…

 お似合いのカップルだったからだ…

 そこに、この矢田トモコが、一人…

 正直、ルックスでは、負けている…

 あの二人を追い抜いたが、ルックスでは、負けていた…

 それを、思うと、少しばかり、私は、孤独になった…

 だから、今度は、立ち止まって、二人を待った…

 すると、リンダが、

 「…どうしたの? …お姉さん…そんなところで、立ち止まって…」

 と、言った…

 私は、

 「…いや、オマエたちを、追い抜いてみたが、私が、一人で、マリアたちの後を追うのも、どうかと、思ってな…」

 と、言った…

 ハッキリと、本音は、言わんかった…

 本音を言うのは、恥ずかしかったからだ…

 「…おかしな、お姉さん…」

 リンダが、笑った…

 私は、そんな、リンダを見ながら、あらためて、このリンダという女が、不思議だった…

 このリンダ・ヘイワースの行くところ、イケメンが、わんさかいる…

 ごまんといる…

 葉尊もそうだし、このファラドも、そうだ…

 が、

 このリンダは、そんなイケメンに、なびかない…

 仲がいいのは、傍から見ても、わかるが、一線は、超えてない…

 男女の関係には、なってない…

 これも、また傍目にも、わかる…

 だから、やはり、このリンダは、性同一性障害で、間違いは、ないのかも、しれん…

 私は、あらためて、思った…

 こんなイケメンが、身近にいるにも、かかわらず、手を出さんのは、おかしい…

 おかし過ぎる…

 私が、リンダほどの美貌を、持ったのならば、あっちの男、こっちの男と、手を出しただろう…

 出しまくって、いただろう…

 その結果、毎日が、忙しく、充実していたに、違いなかった…

 今日は、こっちのイケメン…

 明日は、あっちのイケメンという具合に、だ…

 が、

 リンダは、それをせん…

 やはり、頭が、おかしいのだろう…

 可哀そうな、ヤツだ…

 私は、思った…

 すると、そんなリンダを憐れむ、私の表情に、気付いた当のリンダ自身が、

 「…どうしたの? …お姉さん、変な顔をして?…」

 「…変な顔だと?…」

 「…ううん…変な顔は、言い過ぎだけど…なにか、難しい顔をして…」

 まさか、リンダ…オマエが、頭がおかしいとは、いえん…

 だから、私は、

 「…なんでもない…なんでもないさ…」

 と、言った…

 私の優しさというヤツだ…

 が、

 当のリンダは、そんな私の優しさに、露ほども、気付いて、おらんかった…

 「…変なお姉さん…」

 と、私を笑った…

 が、

 頭のおかしな女を相手にしても、仕方がない…

 私は、リンダの発言は、無視することにした…

 所詮は、男だか、女だか、わからん女だ…

 たしかに、この矢田は、ルックスでは、少しばかり、負けているかも、しれん…

 が、

 それは、あくまで、少しばかり…

 少しばかりだ…

 私は、それを、思った…

 が、

 いつまでも、そんなことを、考えていても、仕方がない…

 だから、私は、忘れることにした…

 だから、私は、そんなことを、考えるのを、止め、ファラドと、リンダと、いっしょに、マリアたちの後を追うことにした…

 私とリンダ、そして、ファラドが、マリアたちの後を追うことにしたが、思ったよりも、マリアたちの動きが速かった…

 私たち三人は、大人だが、すでに、子供に負けていたというか…

 子供が、走り出すと、思ったよりも、速い…

 まるで、ポップコーンが、弾けるように、小さなカラダが、とんでもなく速く、動き出す…

 だから、例えば、祖父母が、60代や70代になっていると、とてもではないが、孫やひ孫の面倒を見ることは、できない…

 体力が、追いつかないのだ…

 それと、同じだった…

 リンダは、29歳だが、この矢田トモコは、35歳…

 それでも、子供たちの後を追うのは、大変だった…

 大変だったのだ…

 私たち3人が、保育園の建物から、外に出ると、すでに、子供たちは、列を組んで、歩いていた…

 まるで、周囲を威圧するように、横に並んで、いた…

 いや、

 正確には、マリアを先頭にした、三角形というか…

 要するに、先頭が、マリアで、その幅を少しずつ広げて、他の女のコたちが、続いていた…

 私は、それを見て、唖然とした…

 正直、ありえん光景だった…

 ありえん光景だったのだ…

 3歳の女のコたちが、徒党を組んで、歩いてゆく…

 まるで、昔の暴走族か、なにかのようだった…

 私や、リンダ、そして、ファラドが、マリアたちの後を追って、行こうとすると、マリアが、

 「…オスマン、出て来なさい!…」

 と、大声を出した…

 「…いい、いますぐ、出て来なさい…」

 と、続けた…

 「…いい、いますぐよ…」

 マリアが、さらに、続ける…

 そして、マリアを、先頭にした女児の軍団が、セレブの保育園の校庭で、立ち止まった…

 私は、驚いたが、反面、面白くなると、思った…

 オスマンには、悪いが、面白くなると、思ったのだ…

 なにより、オスマンが、どう出るか、見物だった…

 いや、

 楽しみだった…

 が、

 反応は、なかった…

 なかったのだ…

 私は、なぜか、わからんかった…

 わからんかったのだ…

 なぜなら、オスマンは、日本の警察と、いっしょに、このセレブの保育園を、包囲しているはずだったからだ…

 が、

 誰も、出て来んかった…

 なんの、反応もなかった…

 …おかしい?…

 …これは、おかしい…

 私は、思った…

 と、

 これは、リンダも、同じだった…

 「…おかしいわね…」

 リンダが、言った…

 「…なんの反応もない…」

 「…たしかに…」

 ファラドが、相槌を打った…

 「…これは、変だ…」

 ファラドが、続ける…

 と、

 そのときだった…

 「…オスマン…私を、これ以上、怒らせるんじゃない…」

 マリアが、大声を出した…

 文字通り、大声を出したのだ…

 「いい、これで、出て来なかったら、ただじゃ、すまないわよ…」

 マリアが、続けた…

 が、

 やはりというか、反応はなかった…

 これは、一体、どういうことだ?

 私は、思った…

 どうして、反応が、ないんだ…

 しかも、

 しかも、だ…

 なんとなくだが、このセレブの保育園を、包囲しているはずの、人影がなかったというか…

 なぜか、ひとがいる、雰囲気が、なかった…

 つまりは、この保育園を囲んでいるはずの、警察も、オスマンを守る、サウジの護衛も、誰も、いなかったということだ…

 私は、悩んだ…

 悩み抜いた…

 この矢田トモコの頭脳をフル回転して、悩んだ…

 余人なら、いざ知らず、この矢田トモコだ…

 このからくりが、わからないはずが、ないからだ…

 だから、頭脳明晰な私が、頭をフル回転させていると、

 「…もう、いいんじゃない…」

 と、誰かが、いきなり、言った…

 女の声だった…

 私は、その声の主を見た…

 リンダだった…

 「…どういう意味だ?…」

 「…これ以上、ファラド…アナタのお芝居に、付き合うつもりは、ないということ…」

 リンダが、言った…

 「…お芝居?…」

 ファラドが、驚く…

 「…そうよ…お芝居…」

 「…なにが、お芝居なんだ?…」

 「…すべてよ…」

 「…すべて?…」

 「…あのオスマン…アナタの替え玉でしょ?…」

 「…替え玉? …なんのことだ?…」

 「…ファラド…ホントは、アナタが、オスマンで、外にいる、あの小人症の皇子が、ファラドだと、いうこと…」

 リンダが、意外なことを、言った…

 私は、文字通り、目が点になった…

 意味が、わからんかった…

 そもそも、どうして、リンダが、そんなふうなことを、言うのか、意味が、わからんかったのだ…

 「…リンダ…キミは、一体、どうして、そんなことを?…」

 ファラドが、当惑して、言う…

 もちろんだった…

 当たり前のことだった…

 私も、ファラドに同意…

 全面的に、同意だった…

 「…オレが、オスマンで、兄貴が、ファラドだって? …一体、なにを、根拠にそんなバカバカしいことを?…」

 「…根拠はあるわ…」

 「…どこにある?…」

 「…根拠は、このお姉さんよ…」

 …なに、私だと?…

 …どういう意味だ?…

 私は、声にこそ、出さんが、私の細い目で、リンダを睨んだ…

 睨んだのだ…

 「…どうして、このお姉さんなんだ?…」

 「…このお姉さんが、イケメン好きだからよ…」

 …なんだと?…

 私は、声にこそ出さんが、心の中で、言った…

 「…イケメン好き? …それが、一体、どうした?…」

 「…つまり、このお姉さんに近付くには、イケメンがいい…」

 「…オレが、このお姉さんに近付くには、いいって?…オレが、このお姉さんに、近付いて、なにが、得する…」

 「…クール…台北筆頭…」

 「…なにが、言いたい?…」

 「…このお姉さんに、近付いて、台北筆頭に近付く…クール、台北筆頭の製品を、アラブ世界で、宣伝する…そして、その本当の目的は、台北筆頭の買収…」

 「…」

 「…台北筆頭を買収すれば、自動的に、クールは、手に入る…クールは、台北筆頭の子会社だから…」

 「…」

 「…要するに、ファラド、いえ、オスマン、アナタは、台北筆頭や、クールの技術を狙ったということよ…」

 「…なんだと?…」

 私は、声を出した…

 声を出さずには、いられんかった…

 まさか、

 まさか、そんなことが?

 この矢田トモコが、イケメン好きだと、いうことが、世間に知られているとは?

 いや、

 そうではない…

 このイケメン好きの矢田トモコに、近付いて、クールに接触しようとするとは?

 まさか…

 そんな卑劣な…

 このイケメンのファラドが、そんな卑劣な男だったとは?

 思いもせんかった…

 考えもせんかった…

 イケメンに悪い男は、いない…

 イケメンに、悪い男は、皆無…

 それが、この私の主張だった…

 が、

 それを、あらためるときが、来たのかも、しれん…

 私は、今、そう、思った…

 そう、思ったのだ…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み