第150話

文字数 4,866文字

 「…ホント、ビックリ…」

 リンダが、言った…

 まさに、オスマンが、言った通りになったからだった…

 が、

 私は、驚かんかった…

 この矢田トモコ、35歳…

 こんなことで、驚く女ではなかった…

 …これは、なにか、裏がある!…

 とっさに、思った…

 こんな簡単に、ファラドが、台北筆頭の買収を諦めるはずが、ないと、思ったのだ…

 いや、

 そうではない…

 もし、諦めるとしたら、台北筆頭よりも、いい会社がすでに、買収の候補に入っているか?

 あるいは、

 台北筆頭の経営状態等、諸々のことを、調べたら、買収を見送った方が、賢明だと、気付いたに違いなかった…

 だから、買収を断念した…

 私は、そう思った…

 私は、そう確信したのだ…

 そもそも、アラブの至宝と呼ばれた男が、たかだか、女との交際を、会社の買収よりも優先させる…

…そんな甘い男で、あるはずが、なかったからだ…

 だったら、さっきまで、マリアが、口を利いてくれないと、泣いたファラドの姿が、演技なのかと、いえば、これも違う…

 さっきまで、マリアが、口を利いてくれないと、泣いたファラドの姿が、真実ではないと、いうわけではない…

 これも、また真実…

 真実だ…

 つまり、同じ人間でも、さまざまな面を持つということだ…

 よく漫画では、それまで、ヘラヘラと笑ってばかりで、頼りなかった人物が、実は、切れ者で、恐ろしくしっかりした人物だという設定が、あるが、現実には、まず、ありえない(笑)…

 ありえるのは、いつも、ヘラヘラ笑っているが、実は、優れていると、いう事実だけだ…

 事実=真実だけだ…

 つまり、そこに、しっかりしているという設定は、ない(笑)…

 要するに、しっかりしていなくても、実は、優れている…

 本当は、ただ、それだけのことだ(爆笑)…

 つまり、いつも、ヘラヘラしていても、優れている…

 それだけのことだ…

 そして、それは、この矢田トモコにも、当てはまる…

 この矢田トモコ、35歳…

 実は、ただの童顔で、巨乳が自慢の六頭身の女ではない…

 他人は、私をそう見るかもしれんが、そうではない…

 そうではないのだ!…

 中身は、違う…

 決定的に違うのだ!…

 要するに、私は、それを、声を大にして、言いたかったわけだ(爆笑)…

 ちょうど、そのときだ…

 「…わかった…オスマン…」

 という、マリアの声が、聞こえた…

 「…でも、オスマン…」

 と、マリアが、続ける…

 「…約束を破ったら、そのときは、どうなるか、わかってるでしょうね?…」

 マリアが、突然、言った…

 ドスを利かせた、低い声で、言った…

 「…約束を破ったら?…」

 オスマンが、多少、動揺した声で、マリアに聞いた…

 「…約束を破って…パパの会社に手を出したら、そのときは…」

 「…そのときは…」

 「…オスマン…アンタを、徹底的にイジメてやる!…」

 マリアが、ドスの利いた声で、宣言した…

 「…イジメて?…」

 ファラドが、当惑した声で、マリアに聞いた…

 「…そうよ…この保育園でも、誰も、オスマン…アンタと、口を利いちゃ、ダメって、みんなに言うわ…男にも女にも…いいわね…」

 マリアが、キツイ表情で、ファラドに告げた…

 それは、ある意味、マリアのファラドに対する宣戦布告だった…

 同時に、それは、まるで、ファラドの妻か、なにかのようだった…

 一回目の浮気=不倫は、許す…

 が、

 二回目は、ない!

 そんな感じだった…

 私は、それを、見て、ブルった…

 震撼した…

 なぜなら、その姿は、このマリアの母親のバニラよりも、怖かったからだ…

 母親のバニラ・ルインスキーよりも、怖かったからだ…

 バニラは、180㎝と、大型な美人だが、怖くはなかった…

 なぜか、わからんが、私には、怖くは、なかった…

 理由は、わからん…

 が、

 不思議と、怖くは、なかったのだ…

 それは、もしかしたら、バニラが、バカだからかも、しれんかった…

 バカ、バニラだからかも、しれんかった…

 が、

 娘のマリアは、怖い…

 これは、なぜか、考えた…

 そして、その答えは、すぐに、見つかった…

 それは、マリアの父親は、葉敬だからだった…

 私の夫の父、葉敬だったからだ…

 私の義理の父親の葉敬だからだった…

 葉敬は、怖い…

 いつも、私には、優しいが、実は、怖かった…

 それは、なぜか?

 威厳があるからだった…

 台湾の大実業家だからかも、しれんかった…

 一代で、台北筆頭を、世界有数のメーカーに、育て上げた自信が、あるからかも、しれんかった…

 その自信が、態度に出ているからかも、しれんかった…

 その態度が、威厳に繋がったかも、しれんかった…

 これは、誰でも、そうだ…

 誰でも、成功すれば、それが、自信になり、態度に出る…

 真逆に、成功どころか、失敗ばかり、続けば、それもまた、態度に現れる…

 自信がない、態度に現れる…

 そういうことだ…

 わかりやすい例で、いえば、東大を出ても、会社で、出世できなかったり、出世しても、途中で、リストラされたりすれば、誰でも、自信がなくなる…

 そういうことだ…

 だから、それが、態度に出る…

 自信満々で横柄だった人間が、別人のように、謙虚な人間になったりする…

 そういうことだ(笑)…

 そして、それは、今の時代では、枚挙にいとまがないだろう…

 ありふれた事例だろう…

 話が、少しはずれたが、つまり、そういうことだ(笑)…

 つまり、葉敬は、怖いということだ(笑)…

 だから、その娘のマリアも、怖いのかも、しれんかった(笑)…

 つまりは、マリアは葉敬の血を引いているから、怖いのかも、しれんかった…

 そういうことだ…

 私は、今さらながら、その事実に、気付いた…

 気付いたのだ…

 と、ここまで、考えて、今さら、気付いた…

 その葉敬の姿がないことに、気付いた…

 一体、葉敬は、どうしたのだろ?

 さっき、私が、マリアが、このオスマンの人質に取られたと、思ったとき…

つまりは、このオスマンと交渉に、私が、この保育園の建物の中に、入って行くときに、

 「…お姉さん…よろしくお願いします…」

 と、まるで、私に土下座せんばかりに、頼んだのに、今は、その姿もない…

 影も形もない…

 これは、一体、どういうことだ?

 私は、思った…

 今さらながら、思った…

 だから、それを、ファラドに聞いた…

 っていうか、ファラドに聞く以外なかった…

 この中で、葉敬と、いっしょにいたのは、今では、ファラドだけだったからだ…

 この小人症のファラドだけだったのだ…

 リンダも、オスマンも、保育園の建物の中に、いた…

 だから、この場に葉敬といたのは、このファラドだけだったからだ…

 だから、私は、ファラドに、

 「…葉敬は…お義父さんは、一体、どうしたんだ?…」

 と、聞いた…

 「…お義父さん?…」

 ファラドが、意外な顔をした…

 「…そうさ…私が、この保育園の建物に入る前には、オマエといたはずさ…」

 私が、言うと、

 「…帰られました…」

 と、即答した…

 「…帰った?…」

 思わず、私も、素っ頓狂な声を出したが、実は、それは、わかっていた…

 当たり前だが、私が、戻って来たときは、このファラドを残して、誰も、いなかったからだ…

 この本物のオスマンと話して、このオスマンが、父の国王の命で、ファラドを監視していたことは、わかった…

 また、このファラドもまた、オスマンを監視していた…

 つまり、父の国王の命で、兄弟相互が、互いを監視していた…

 そういうことだ…

 権力欲の強い、ファラドが、暴走することを、危惧して、父の国王は、弟のオスマンを、兄のファラドの監視役に就けた…

 ヤンチャなオスマンの面倒を見るようにと、ファラドに告げて、その実、ファラドに、オスマンを監視させた…

 その権力欲が、暴走して、なにか、しでかしたら困ると、危惧した父の国王の発案だった…

 が、

 真逆に、オスマンが、叔父の策略に利用された…

 叔父に唆されて、手駒に使われた…

 クーデターの道具に利用された…

 それが、失敗…

 その結果、この保育園に逃げ込んだ…

 そして、それを、このファラドが、追い詰めたわけだが、なにか、違うというか…

 現実に、今、このファラドと、オスマンは、対立していない…

 それどころか、会話もしていない…

 危機がなくなったから、日本の警察も、サウジのボディーガードたちも、いなくなったのは、わかる…

 だから、葉敬も去ったのは、わかる…

 いや、

 わからない…

 葉敬は、日本の警察や、サウジの関係者とは、違う…

 明らかに、関係ない…

 そういうことだ…

 これは、一体、どういうことだ?

 あらためて、考えた…

 そもそも、どうして、ファラドと、オスマンは、今、対立してないんだ?

 私は、考えた…

 ヒントは、あった…

 このリンダの言葉だ…

 このリンダは、さっき、このイケメンのオスマンに、

 「…お芝居は、やめたら…」

 と、言った…

 つまりは、お芝居=やらせだということだ…

 では、一体、なにが、お芝居なのか?

 それは、さっき、このリンダは、ファラドが、台北筆頭を買収するのが、目的だと、言った…

 ファラドが、サウジのために、台北筆頭を買収して、その技術を、手に入れて、それを、足掛かりに、サウジアラビアを先進国にするのが、目的だと、喝破(かっぱ)した…

 そして、その情報の元はと、言うと、リンダ・ヘイワースの情報網…

 このリンダが、築き上げた情報網だった…

 ハリウッドのセックス・シンボルという地位を利用して、世界中の名だたるセレブと繋がった、リンダ・ヘイワースの情報網…

 それだった…

 その情報網に、アラブの関係者もいたということだ…

 サウジの関係者もいたということだ…

 それゆえ、リンダは、オスマンの行動をお芝居と、言った…

 お芝居と、喝破(かっぱ)した…

 が、

 なにが、お芝居か、わからんかった…

 お芝居の意味は、わかる…

 お芝居=ウソ…やらせということだ…

 が、

 私の見るところ、このファラドと、オスマンの対立の結果、このオスマンが、このマリアの通うセレブの保育園に、逃げ込んだのは、ウソではない…

 その結果、このファラドが、自分を、守るボディーガードたちで、このセレブの保育園を、囲んだのは、事実…

 事実だ…

 だから、ファラドと、オスマンが、父の国王の命で、互いに監視しあっていたというのも、事実だと、思った…

 と、

 そこまで、考えると、なにが、お芝居なのか、わからんかった…

 が、

 ヒントは、ある…

 このセレブの保育園に、ファラドたちが、集まったときに、たしか、あの生意気な、女警察官の木原だったか、サウジアラビアの大使館に、問い合わせた結果、

 「…ファラドという王族は、存在しない…」

 と、言った…

 それを、聞いて、当時、オスマンだと、信じていたファラド自身が、

 「…そうですか…サウジ本国にも、見捨てられましたか…」

 と、落胆した…

 あのときは、たった今さっきまで、このセレブの保育園に、逃げ込んでいたのが、ファラドだと、思っていた…

 が、

 違った…

 このセレブの保育園に逃げ込んでいたのは、オスマンだった…

 つまりは、あのとき、オスマンと、思っていた、本物の小人症のファラドが、

 「…そうですか…サウジ本国にも、見捨てられましたか…」

 と、嘆いたのは、自分自身のことだった…

 自分自身の存在が、否定された…

 サウジアラビアの大使館に問い合わせたところ、

 「…ファラドという王族は、存在しない…」

 と、自分自身の存在を、否定された…

 だから、嘆いたのだ…

 そして、それは、本物のファラドが、小人症だから…

 本当は、30歳だが、3歳にしか、見えない外見の持ち主だから、サウジの王族に、そんな人間が、存在するのが、恥ずかしいから、サウジアラビア大使館は、その存在を、公式に否定したと思った…

 が、

 もしかしたら?

 が、

 もしかしたら、別の意味かも?

 私の脳裏に、さまざまな、可能性が、浮かんだ…

               
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