第76話
文字数 5,209文字
いや、バニラだけではない…
それを、いえば、ヤンも、だ…
ヤン=リンダも、だ…
なぜなら、バニラは、リンダに化けて、この場に現れた…
それは、事前に、リンダ本人の了承が、なければ、やらないはずだ…
リンダとバニラは、仲がいい…
が、
親しき仲にも、礼儀あり…
いくら、仲が良くても、やっていいことと、悪いことがある…
いくら、仲が良くても、許せることと、許せないことがある…
まして、リンダとバニラは、共に、一流…
一流の女優であり、一流のモデルだ…
当然、互いに、相手を認めている…
同時に、互いに、少なからぬライバル心が、あるはずだ…
だから、自分に了承なく、バニラが、リンダに化けて、この場に現れれば、リンダが、激怒するに違いない…
なにしろ、リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
そのプライドの高さといったら、バニラの比では、ないからだ…
バニラも、有名だが、リンダには、到底、及ばない…
っていうか、ハッキリいえば、バニラは、リンダのひと昔前の姿だ…
リンダも、元は、モデル…
モデルを経て、ハリウッドに進んだ…
だから、バニラは、リンダを尊敬している…
自分も、数年後は、同じ道を歩みたいと、思っているに、違いない…
だから、そんなバニラとリンダの関係を考えれば、今日、この場に、バニラが、リンダに化けて、現れることは、あらかじめ、リンダの了承を得たと、思っていい…
そして、それは、あのオスマンも同じ…
同じだ…
なぜなら、あのオスマンは、ヤンをリンダだと、喝破した…
ずばり、見破った…
もし、仮に、オスマンが、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンだと仮定しても、この場にリンダが、男装して、やって来ることを、見破ることは、不可能…
できないに、決まっている…
それを、見破ったのは、やはり、事前に、ヤンが、リンダだと、知っていたから…
そう、考えるのが、自然だし、そう、考えれば、納得する…
すると、どうだ?
こう考えてみると、要するに、この騒動が、起きることを知らなかったのは、この矢田トモコだけになる…
いや、
知らなかったのは、この矢田トモコだけではない…
おそらく、園児たちも、なにも、知らなかったに違いない…
と、すると、どうだ?
つまりは、なにも、知らないのは、この矢田トモコと、保育園児だけ?…
つまりは、同列…
この35歳の矢田トモコと、3歳の園児が、同列…
同じ扱いと、いうことになる…
どこの世界に、35歳の女と、3歳の保育園児の扱いが、同じことがある?
それに、気付いた私は、唖然とすると、同時に、激怒した…
むかっ腹が、立った…
…おのれ!…
…許さんゾ!…
文字通り、怒髪天を衝く、怒りが湧いた…
まさか?…
この矢田トモコと、保育園児が同列とは?
あまりの怒りで、言葉を失った…
と、
同時に、気付いた…
あの列車ごっこだ…
あのムカデごっこだ…
この矢田トモコが、仕方なく、3歳の園児たちと、同じレベルで、遊んでやっているにも、かかわらず、それに、気付かないとは?
まさか、この矢田トモコの中身が、3歳の保育園児たちと、同じと、思うとは?
つくづく、ひとを見る目がない…
私は、思った…
私は、ただ、3歳の保育園児たちと、遊んでやっただけ…
それだけだ…
だが、周囲の人間は、そう見なかったのだろう…
この矢田トモコの頭の中身も、3歳の保育園児たちと、同じと、思ったのだろう…
はああああ…
ため息が出た…
同時に、情けなくなった…
そんなことも、わからぬとは?
つくづく、ダメな連中だ…
あの矢口のお嬢様も所詮、ただの金持ちの娘に過ぎん…
ただ、東大を出て、頭が、いいに、過ぎん…
この矢田トモコのように、十も、二十も、さまざまな職場を転々とした経験など、あるまい…
まあ、その中には、自分から、辞めたものも、あったし、クビになったものも、あった(涙)…
正直、千差万別…
いろいろあった(笑)…
が、
それをここでは、語るまい…
それは、いずれ、別の機会で、語ろう…
ふっふっふっ…
楽しみにしていろ!…
まあ、話は、少し外れたが、つまりは、東大を出た、金持ちのお嬢様には、所詮、この矢田トモコの偉大さが、わからないと言いたいのだ…
そして、それは、リンダとバニラも、同じ…
同じだ…
二人とも、苦労はしてきたと言った…
その言葉に、ウソは、ないだろう…
が、
それは、モデルや女優としての苦労…
芸能人としての苦労だ…
この矢田トモコのように、一般人としての苦労ではない…
つまり、苦労は、苦労でも、苦労の質が、違うのだ…
そして、それは、例えば、一般人と、皇族の苦労の違いと考えれば、わかりやすい…
皇族に生まれれば、生活の苦労は、ないだろう…
会社で、リストラはされることは、ないし、受験で、苦労することはない…
が、
違う苦労は、するだろう…
例えば、頭が悪くては、困るから、英語は、必須…
しゃべれなければ、ならないし、その他、諸々のことを知っていなければ、ならない…
つまりは、常に、勉強をしなければ、ならないということだ…
それがたまらなく嫌という皇族もいるだろう…
一般人に生まれれば、しなくてもいい苦労をすることになる…
が、
真逆に生活は、一生、保障される…
しかし、いかに、生活が、保障されようと、そんな生活は、絶対嫌だという皇族は、いるに違いない…
ただ、いかに嫌でも、選べない…
選択の自由は、ないからだ…
ハッキリ言えば、皇族として、生まれれば、仕方がない…
それが、答えだ…
若干、話は、それたが、いつものことだ(笑)…
つまり、苦労は、しても、苦労には、さまざまな苦労があるということだ…
リンダや、バニラのした苦労は、この矢田トモコがした苦労とは、違うということだ…
だから、この矢田トモコのように、世間を見ることができない…
ひとを見ることができないと言いたいのだ…
まあ、仕方がない…
この矢田トモコとは、器が違う…
もって、生まれた能力が違う…
リンダもバニラも絶世の美女…
その美貌を生かして、成功した…
そして、今、世間から、チヤホヤされている…
だから、きっと、苦労をしたことを、忘れたのだろう…
片や、この矢田トモコ…
クールの社長夫人に、のし上がったが、正直、チヤホヤされたことなど、滅多にない…
だから、自分でも、全然偉くなったとは、思えない…
おまけに、平凡なルックス…
この六頭身で、幼児体型の平凡極まりないルックスのおかげで、これまで、平凡極まりない人生を送って来た…
だから、世間を見ている…
世間を知っているといいたいのだ…
が、
それを、あの矢口のお嬢様も、リンダもバニラも知らない…
だから、私だけ、ハブられた…
私だけ、除け者にされた…
あのオスマンのガキも、私には、教えんかった…
今回の企みを、私だけには、教えんかった…
許せん!
許せんのだ…
みんな敵だ…
この矢田トモコの敵だ…
そんなことを、思っていると、
「…矢田…オマエは、幸せだな…」
と、矢口のお嬢様が、言った…
そうだ…
すっかり、目の前に、矢口のお嬢様が、いることを忘れていた…
「…幸せ? …私が?…」
「…そうだ…オマエは、愛されてる…みんなに?…」
…私が、愛されている?…
…一体、どういう意味だ?…
「…オマエは、今度の一件で、自分が、ハブられていると思ったかもしれんが、オマエを安全圏に置くためだ…許せ…」
「…」
「…オマエが羨ましい…」
「…私が、羨ましい?…」
「…愛される人間は、どこでも、誰にでも、愛される…真逆に、嫌われる人間は、どこでも、誰からも、嫌われる…」
「…」
「…あのオスマン殿下は、傑物だ…すべてを見切っている…」
矢口のお嬢様が言った…
「…傑物?…」
「…そうだ…殿下は、言いたくは、ないが、あのカラダだ…肉体的には、恵まれてない…ただ、頭脳は、一流…本物の一流だ…」
「…本物の一流?…」
「…そうだ…本物の一流というと、じゃ、偽物の一流があるかと、問われるが、大抵は、一流といっても、まがいものだ…たいしたことはない…」
「…たいしたことはない?…」
「…そうだ…本物というのは、歴史に残るものだ…例えば、文学だ…大抵は、その時代では、凄いと、絶賛されても、作者が、死んで、50年、100年経てば、忘れ去られる…だが、本物は、いつまでも、残る…時代が、変わっても、忘れ去られない…」
「…」
「…殿下も、同じだ…」
「…同じ…」
「…そうだ…それほど優れているということだ…ただ、残念ながら、あのカラダゆえ、表に出ることは、できない…」
「…」
「…すべからく、神様は、平等だ…肉体が、劣れば、頭脳は、優秀に生まれさせる…それで、バランスをとっている…」
「…」
「…矢田…そして、それは、オマエも同じだ…」
「…私も同じ?…」
「…そうだ…オマエと、アタシは、見た目は、そっくりだが、アタシは、オマエのように、誰からも、愛されはしない…その代わりに、金持ちの家に、生まれた…」
「…」
「…神様は、すべからく、平等だ…」
矢口のお嬢様が、真顔で、私に言った…
私は、その言葉を聞きながら、
…この女…よくも、こんな大嘘を!…
と、思った…
…なにが、平等だ!…
同じカラダを持って、生まれるならば、誰かに愛されるよりも、金持ちの家に生まれたほうが、いいに決まっている…
金持ちの家に生まれるか?
愛されキャラで生まれるか?
どっちがいいと、問われれば、誰もが、金持ちの家に生まれたいと、答えるだろう…
が、
にもかかわらず、それを、東大出のスーパージャパンのご令嬢が、言うと、もっとも、らしく聞こえる…
そういうことだ…
なにより、この矢口のお嬢様が、一般人の苦労を知るはずがない…
所詮は、金持ちのお嬢様だ…
お金の面で、苦労した経験など、一度もないだろう…
ひとは、生きてゆくうえで、さまざまな苦労をするが、それも、大半は、お金の苦労が多い…
だから、おおげさに、いえば、お金の苦労を一度もしたことが、ない人間を、私は、信用しない…
誰もが、多かれ少なかれする、お金の苦労をしたことがない人間の言葉は、どこか薄っぺらなものに、聞こえるのだ…
差別かもしれないが、はっきり言って、私の心に、響かない…
イギリスのエリザベス女王が、いかに、生活の苦労を言葉にしても、響かないのと、同じだ…
苦労は、苦労でも、生活の苦労はない…
お金の苦労はない…
すると、そういう人間の言葉は、どうしても、薄っぺらく、聞こえる…
誰もが、するお金の苦労をしたことない人間の苦労話は、眉唾物に聞こえるのだ…
そして、そんなことを、考えていると、
「…矢田…オマエにも、いつか、わかる…」
と、矢口のお嬢様が、言った…
「…今は、わからんかもしれんが、オマエも、今は、クールの社長夫人だ…つまり、アタシと同じ立場だ…」
「…同じ立場?…」
「…そうだ…だから、同じ環境に身を置くことになる…すると、世界が、変わる…」
「…世界が、変わる?…」
「…そうだ…いや、オマエから見て、世界が変わるのではなく、周囲の人間が、オマエに対して、これまで、接してきた態度と、違う態度で、接してくる…要するに、オマエは、なにも、変わらないが、周囲の人間の態度が、変わる…」
「…」
「…だが、アタシは、オマエには、今まで、通りのオマエで、いて、もらいたい…」
「…今まで通りの私…」
「…そうだ…」
それを言うと、矢口のお嬢様は、私から離れた…
私は、その私同様の六頭身の幼児体型の背中を見て、実に、不思議な女だと、思った…
わけのわからない女だと、思った…
なにより、子供ではないのだから、そんなウソを真に受けるバカはいない…
そう思った…
その六頭身の幼児体型の背中を見て、そう思ったのだ…
そして、私は、たった今、矢口のお嬢様が、私にくれたキットカットを食べた…
…うまい…
…実に、うまかった…
やはり、私の好物…
マリアの好物でも、ある…
それを、考えると、すぐにマリアを見た…
マリアが、気になったのだ…
マリアは、今、オスマンと、並んで、立っている…
そして、マリアを見ると、今日、この場にやって来たときに、乗ったピンクのベンツ…
それを、思い出した…
すると、突然、
アレは、もしかしたら、メッセージ…
この場にいる誰かに、伝えるメッセージではないかと、気付いた…
誰もが、注目する、ピンクのベンツ…
それに、乗ることで、なにかのメッセージを伝える役割かもしれんと、気付いたのだ…
そして、そのメッセージを伝える相手は、誰か?
当然ながら、オスマン殿下に、違いなかった…
それを、いえば、ヤンも、だ…
ヤン=リンダも、だ…
なぜなら、バニラは、リンダに化けて、この場に現れた…
それは、事前に、リンダ本人の了承が、なければ、やらないはずだ…
リンダとバニラは、仲がいい…
が、
親しき仲にも、礼儀あり…
いくら、仲が良くても、やっていいことと、悪いことがある…
いくら、仲が良くても、許せることと、許せないことがある…
まして、リンダとバニラは、共に、一流…
一流の女優であり、一流のモデルだ…
当然、互いに、相手を認めている…
同時に、互いに、少なからぬライバル心が、あるはずだ…
だから、自分に了承なく、バニラが、リンダに化けて、この場に現れれば、リンダが、激怒するに違いない…
なにしろ、リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
そのプライドの高さといったら、バニラの比では、ないからだ…
バニラも、有名だが、リンダには、到底、及ばない…
っていうか、ハッキリいえば、バニラは、リンダのひと昔前の姿だ…
リンダも、元は、モデル…
モデルを経て、ハリウッドに進んだ…
だから、バニラは、リンダを尊敬している…
自分も、数年後は、同じ道を歩みたいと、思っているに、違いない…
だから、そんなバニラとリンダの関係を考えれば、今日、この場に、バニラが、リンダに化けて、現れることは、あらかじめ、リンダの了承を得たと、思っていい…
そして、それは、あのオスマンも同じ…
同じだ…
なぜなら、あのオスマンは、ヤンをリンダだと、喝破した…
ずばり、見破った…
もし、仮に、オスマンが、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンだと仮定しても、この場にリンダが、男装して、やって来ることを、見破ることは、不可能…
できないに、決まっている…
それを、見破ったのは、やはり、事前に、ヤンが、リンダだと、知っていたから…
そう、考えるのが、自然だし、そう、考えれば、納得する…
すると、どうだ?
こう考えてみると、要するに、この騒動が、起きることを知らなかったのは、この矢田トモコだけになる…
いや、
知らなかったのは、この矢田トモコだけではない…
おそらく、園児たちも、なにも、知らなかったに違いない…
と、すると、どうだ?
つまりは、なにも、知らないのは、この矢田トモコと、保育園児だけ?…
つまりは、同列…
この35歳の矢田トモコと、3歳の園児が、同列…
同じ扱いと、いうことになる…
どこの世界に、35歳の女と、3歳の保育園児の扱いが、同じことがある?
それに、気付いた私は、唖然とすると、同時に、激怒した…
むかっ腹が、立った…
…おのれ!…
…許さんゾ!…
文字通り、怒髪天を衝く、怒りが湧いた…
まさか?…
この矢田トモコと、保育園児が同列とは?
あまりの怒りで、言葉を失った…
と、
同時に、気付いた…
あの列車ごっこだ…
あのムカデごっこだ…
この矢田トモコが、仕方なく、3歳の園児たちと、同じレベルで、遊んでやっているにも、かかわらず、それに、気付かないとは?
まさか、この矢田トモコの中身が、3歳の保育園児たちと、同じと、思うとは?
つくづく、ひとを見る目がない…
私は、思った…
私は、ただ、3歳の保育園児たちと、遊んでやっただけ…
それだけだ…
だが、周囲の人間は、そう見なかったのだろう…
この矢田トモコの頭の中身も、3歳の保育園児たちと、同じと、思ったのだろう…
はああああ…
ため息が出た…
同時に、情けなくなった…
そんなことも、わからぬとは?
つくづく、ダメな連中だ…
あの矢口のお嬢様も所詮、ただの金持ちの娘に過ぎん…
ただ、東大を出て、頭が、いいに、過ぎん…
この矢田トモコのように、十も、二十も、さまざまな職場を転々とした経験など、あるまい…
まあ、その中には、自分から、辞めたものも、あったし、クビになったものも、あった(涙)…
正直、千差万別…
いろいろあった(笑)…
が、
それをここでは、語るまい…
それは、いずれ、別の機会で、語ろう…
ふっふっふっ…
楽しみにしていろ!…
まあ、話は、少し外れたが、つまりは、東大を出た、金持ちのお嬢様には、所詮、この矢田トモコの偉大さが、わからないと言いたいのだ…
そして、それは、リンダとバニラも、同じ…
同じだ…
二人とも、苦労はしてきたと言った…
その言葉に、ウソは、ないだろう…
が、
それは、モデルや女優としての苦労…
芸能人としての苦労だ…
この矢田トモコのように、一般人としての苦労ではない…
つまり、苦労は、苦労でも、苦労の質が、違うのだ…
そして、それは、例えば、一般人と、皇族の苦労の違いと考えれば、わかりやすい…
皇族に生まれれば、生活の苦労は、ないだろう…
会社で、リストラはされることは、ないし、受験で、苦労することはない…
が、
違う苦労は、するだろう…
例えば、頭が悪くては、困るから、英語は、必須…
しゃべれなければ、ならないし、その他、諸々のことを知っていなければ、ならない…
つまりは、常に、勉強をしなければ、ならないということだ…
それがたまらなく嫌という皇族もいるだろう…
一般人に生まれれば、しなくてもいい苦労をすることになる…
が、
真逆に生活は、一生、保障される…
しかし、いかに、生活が、保障されようと、そんな生活は、絶対嫌だという皇族は、いるに違いない…
ただ、いかに嫌でも、選べない…
選択の自由は、ないからだ…
ハッキリ言えば、皇族として、生まれれば、仕方がない…
それが、答えだ…
若干、話は、それたが、いつものことだ(笑)…
つまり、苦労は、しても、苦労には、さまざまな苦労があるということだ…
リンダや、バニラのした苦労は、この矢田トモコがした苦労とは、違うということだ…
だから、この矢田トモコのように、世間を見ることができない…
ひとを見ることができないと言いたいのだ…
まあ、仕方がない…
この矢田トモコとは、器が違う…
もって、生まれた能力が違う…
リンダもバニラも絶世の美女…
その美貌を生かして、成功した…
そして、今、世間から、チヤホヤされている…
だから、きっと、苦労をしたことを、忘れたのだろう…
片や、この矢田トモコ…
クールの社長夫人に、のし上がったが、正直、チヤホヤされたことなど、滅多にない…
だから、自分でも、全然偉くなったとは、思えない…
おまけに、平凡なルックス…
この六頭身で、幼児体型の平凡極まりないルックスのおかげで、これまで、平凡極まりない人生を送って来た…
だから、世間を見ている…
世間を知っているといいたいのだ…
が、
それを、あの矢口のお嬢様も、リンダもバニラも知らない…
だから、私だけ、ハブられた…
私だけ、除け者にされた…
あのオスマンのガキも、私には、教えんかった…
今回の企みを、私だけには、教えんかった…
許せん!
許せんのだ…
みんな敵だ…
この矢田トモコの敵だ…
そんなことを、思っていると、
「…矢田…オマエは、幸せだな…」
と、矢口のお嬢様が、言った…
そうだ…
すっかり、目の前に、矢口のお嬢様が、いることを忘れていた…
「…幸せ? …私が?…」
「…そうだ…オマエは、愛されてる…みんなに?…」
…私が、愛されている?…
…一体、どういう意味だ?…
「…オマエは、今度の一件で、自分が、ハブられていると思ったかもしれんが、オマエを安全圏に置くためだ…許せ…」
「…」
「…オマエが羨ましい…」
「…私が、羨ましい?…」
「…愛される人間は、どこでも、誰にでも、愛される…真逆に、嫌われる人間は、どこでも、誰からも、嫌われる…」
「…」
「…あのオスマン殿下は、傑物だ…すべてを見切っている…」
矢口のお嬢様が言った…
「…傑物?…」
「…そうだ…殿下は、言いたくは、ないが、あのカラダだ…肉体的には、恵まれてない…ただ、頭脳は、一流…本物の一流だ…」
「…本物の一流?…」
「…そうだ…本物の一流というと、じゃ、偽物の一流があるかと、問われるが、大抵は、一流といっても、まがいものだ…たいしたことはない…」
「…たいしたことはない?…」
「…そうだ…本物というのは、歴史に残るものだ…例えば、文学だ…大抵は、その時代では、凄いと、絶賛されても、作者が、死んで、50年、100年経てば、忘れ去られる…だが、本物は、いつまでも、残る…時代が、変わっても、忘れ去られない…」
「…」
「…殿下も、同じだ…」
「…同じ…」
「…そうだ…それほど優れているということだ…ただ、残念ながら、あのカラダゆえ、表に出ることは、できない…」
「…」
「…すべからく、神様は、平等だ…肉体が、劣れば、頭脳は、優秀に生まれさせる…それで、バランスをとっている…」
「…」
「…矢田…そして、それは、オマエも同じだ…」
「…私も同じ?…」
「…そうだ…オマエと、アタシは、見た目は、そっくりだが、アタシは、オマエのように、誰からも、愛されはしない…その代わりに、金持ちの家に、生まれた…」
「…」
「…神様は、すべからく、平等だ…」
矢口のお嬢様が、真顔で、私に言った…
私は、その言葉を聞きながら、
…この女…よくも、こんな大嘘を!…
と、思った…
…なにが、平等だ!…
同じカラダを持って、生まれるならば、誰かに愛されるよりも、金持ちの家に生まれたほうが、いいに決まっている…
金持ちの家に生まれるか?
愛されキャラで生まれるか?
どっちがいいと、問われれば、誰もが、金持ちの家に生まれたいと、答えるだろう…
が、
にもかかわらず、それを、東大出のスーパージャパンのご令嬢が、言うと、もっとも、らしく聞こえる…
そういうことだ…
なにより、この矢口のお嬢様が、一般人の苦労を知るはずがない…
所詮は、金持ちのお嬢様だ…
お金の面で、苦労した経験など、一度もないだろう…
ひとは、生きてゆくうえで、さまざまな苦労をするが、それも、大半は、お金の苦労が多い…
だから、おおげさに、いえば、お金の苦労を一度もしたことが、ない人間を、私は、信用しない…
誰もが、多かれ少なかれする、お金の苦労をしたことがない人間の言葉は、どこか薄っぺらなものに、聞こえるのだ…
差別かもしれないが、はっきり言って、私の心に、響かない…
イギリスのエリザベス女王が、いかに、生活の苦労を言葉にしても、響かないのと、同じだ…
苦労は、苦労でも、生活の苦労はない…
お金の苦労はない…
すると、そういう人間の言葉は、どうしても、薄っぺらく、聞こえる…
誰もが、するお金の苦労をしたことない人間の苦労話は、眉唾物に聞こえるのだ…
そして、そんなことを、考えていると、
「…矢田…オマエにも、いつか、わかる…」
と、矢口のお嬢様が、言った…
「…今は、わからんかもしれんが、オマエも、今は、クールの社長夫人だ…つまり、アタシと同じ立場だ…」
「…同じ立場?…」
「…そうだ…だから、同じ環境に身を置くことになる…すると、世界が、変わる…」
「…世界が、変わる?…」
「…そうだ…いや、オマエから見て、世界が変わるのではなく、周囲の人間が、オマエに対して、これまで、接してきた態度と、違う態度で、接してくる…要するに、オマエは、なにも、変わらないが、周囲の人間の態度が、変わる…」
「…」
「…だが、アタシは、オマエには、今まで、通りのオマエで、いて、もらいたい…」
「…今まで通りの私…」
「…そうだ…」
それを言うと、矢口のお嬢様は、私から離れた…
私は、その私同様の六頭身の幼児体型の背中を見て、実に、不思議な女だと、思った…
わけのわからない女だと、思った…
なにより、子供ではないのだから、そんなウソを真に受けるバカはいない…
そう思った…
その六頭身の幼児体型の背中を見て、そう思ったのだ…
そして、私は、たった今、矢口のお嬢様が、私にくれたキットカットを食べた…
…うまい…
…実に、うまかった…
やはり、私の好物…
マリアの好物でも、ある…
それを、考えると、すぐにマリアを見た…
マリアが、気になったのだ…
マリアは、今、オスマンと、並んで、立っている…
そして、マリアを見ると、今日、この場にやって来たときに、乗ったピンクのベンツ…
それを、思い出した…
すると、突然、
アレは、もしかしたら、メッセージ…
この場にいる誰かに、伝えるメッセージではないかと、気付いた…
誰もが、注目する、ピンクのベンツ…
それに、乗ることで、なにかのメッセージを伝える役割かもしれんと、気付いたのだ…
そして、そのメッセージを伝える相手は、誰か?
当然ながら、オスマン殿下に、違いなかった…