第106話
文字数 5,322文字
うーむ…
実に、意外…
意外な展開だった…
なぜか、ファラドとオスマンの争いから、葉尊の人間性にまで、言及することになった…
ファラドやオスマンは、ともかく、葉尊の人間性にまで、踏み込むとは、思わんかった…
私の夫の人間性にまで、踏み込むとは、思わんかったのだ…
さすがの矢田トモコも、これは想定外…
想定外の出来事だった…
が、
さすがに、自分の夫の人間性に、疑問を抱くことは、できんかった…
全面的な疑問を抱くことは、できんかった…
それでは、夫婦生活を続けることは、できんからだ…
いっしょに、生活を続けることは、できんからだ…
まったく、信用のできん男と、暮らすことは、できんからだ…
信用のできん=なにをやらかすか、わからんということだ…
葉尊が、ヤクザなら、自分の妻をソープランドに、売るかもしれん…
とか、
借金のかたに、どこかに、この矢田を売り飛ばすかも、しれんと、いうことだ…
そんな男とは、一秒たりとも、いっしょに、暮らすことは、できん…
できんのだ…
が、
葉尊は、そこまでは、いかない…
ただ、女の直感というか…
葉尊には、まだ、これまで、いっしょに、暮らしていて、私に見せたことのない素顔が、あるのだろうと、いうことまでは、わかった…
おとなしい、葉尊…
真面目な、葉尊…
が、
いつでも、どこでも、おとなしくて、真面目なだけの人間は、いない…
存在しない…
これは、男も女も同じ…
老若男女問わず、同じだ…
おとなしくて、真面目で、あっても、妙に我が強かったり、細かかったりして、周囲が、辟易することも、多い…
つまり、真面目は、真面目だが、周囲に、うまく合わせることのできない人間も、いると、いうことだ…
それとは、別に、おとなしくて、真面目だが、家では、アダルト動画ばかり、見ているとか、そんな例は、ありふれている…
が、
葉尊の場合は、それとも、違う気がする…
おそらく、葉尊は、私が、思うに、今、現在、私といる、葉尊と、別な面を持つ、葉尊が、いるということではないか?
私は、思った…
クールCEОとしての、葉尊…
経営者としての、葉尊だ…
大企業の経営者が、ただの真面目で、おとなしい人間であるはずがない…
なにより、上に立つ人間は、誰からも、見られている…
どんな能力があるか、見られている…
見られている=評価されている…
だから、ある意味、言葉は、悪いが、抜け目のない人間で、なければ、務まらない…
抜け目がないというのは、例えば、自分に対して、不満がありそうな人間は、いち早く、ポストから外して、左遷したり、自分の地位を、脅かすものには、容赦ない人事を断行する…
そういうことだ…
それが、できない人間に、他人様の上に立つことは、できんだろう…
ずっと、以前のことだが、昔、バイトをしていた会社で、自分のことも、他人のことも、わからぬ人間たちに出会ったことがある…
ちょうど、ITバブルの頃だ…
要するに、末端の簡単なパソコンの入力作業でも、アイツは、入力が、早くて、ミスが少ないから、凄いと、驚嘆し、別のアイツは、学歴がなくても、リーダーシップがあって、他人をまとめられるから、凄いと、話す…
つまりは、小学校の低学年並みの、ひとの評価しか、できない(笑)…
そういう人間たちを、見たことがある(笑)…
ちょうど、ITバブルの頃だから、その前後の頃に入社した人間たちと、自分たちでは、入社する人数が、多くて、学歴が、劣っていると、誰もが、一目見て、わかるのに、それが、わからんかった…
つまり、ひとの質が、劣っていたのだ…
だから、景気が悪くなれば、すぐに、首を切られるだろうと、私でも、早くに、わかったことだが、それが、わからんかった…
そして、それが、わからんことが、私には、わからんかった(爆笑)…
驚きだった…
つまりは、目の前で、なにが、起きているか、わからんことが、驚きだった…
普通に、バイトをしていても、誰かが、
「…あんなヤツ、入れちゃ、ダメだろ?…」
と、陰口を叩くことが、できんかった…
なぜ、できんのか?
要するに、さっき例で挙げた、パソコンの入力作業をすばやくできたり、リーダーシップがあれば、凄いと思うのだ…
例えば、わかりやすく言えば、高校の偏差値で、いえば、偏差値65が、これまでの平均で、それが、いきなり、偏差値50に落ちても、仕事ができ、リーダーシップがあれば、凄いと思う人間たちだった(笑)…
そして、リーダーシップがあるという人間たちは、総じて、我が強い人間が、多い…
ありていに、言えば、子供の頃から、クラスや、学校で、ひとをまとめられる…
それができるから、逆にいえば、他人の下につくことができない…
例えば、大学を出ていなかったり、大学を出ていても、下位の大学を出ていて、会社に入っても、出世とか、縁がない人間であることは、一目で、誰でも、わかるが、それを認めることができない…
そういう人間たちだった…
そして、そういう人間をちやほやする人間が周囲にいて、余計、調子に乗る(笑)…
いつの時代も、景気がいい時代は、そういう人間たちが、集まる…
そして、景気が悪化すれば、すぐに、切られる…
当たり前だが、他社に履歴書を送っても、まともな会社は、採用しない…
景気がいい時代だから、採用されたのだ…
当たり前のことだ…
それが、わからない…
理解できない…
なぜ、オレは、リーダーシップがあるのに?
とか、
与えられた仕事は、正確に、ミスなくやるのに、
とか、いうことしか、できない…
正直、その人間たちには、それ以上のポストを与えることは、できないと、誰もが、わかるが、当の本人たちには、わからない…
私は、これまでの人生の中で、そのときの経験が、一番、大きかった…
ハッキリ言って、景気が良くなければ、決して、会えないひとたちだった…
偏差値40の工業高校を出ても、オレは。一流企業で、課長になると、豪語するような態度を取る人間は、後にも、先にも、お目にかかったことがなかった(爆笑)…
だが、それが、私の、おおげさにいえば、人間観察の始まりだった…
だから、今も、葉尊が、これまで、私といっしょに、暮らした葉尊と、別の顔を持っていても、驚かなかった…
むしろ、当たり前だった…
何度も言うように、真面目で、おとなしいだけの人間に、大企業の社長はできない…
まして、葉尊は、まだ29歳の若さ…
日本の大企業では、ありえない若さだ…
経営危機に陥った日本の総合電機メーカー、クールが、台湾の大企業、台北筆頭の傘下に入って、台北筆頭のCEОの葉敬が、自分の息子の葉尊を派遣したから、29歳の若さで、クールのCEОになったのだ…
だが、いくら、葉敬の後ろ盾があっても、クールのCEОを務めることは、できない…
実力がなければ、CEО=最高経営責任者の地位を守ることができない…
また、逆に、言えば、葉尊の実父の葉敬は、息子の葉尊が、クールのCEОができると、考えるから、派遣したに違いなかった…
だから、それを思えば、葉尊には、私のしらない別の顔があると、考えるのは、当たり前だった…
何度も言うように、真面目で、おとなしいだけでは、クールのCEОは、務まらないからだ…
と、そこまで、考えたとき、
「…お姉さんは…」
と、葉尊が、いきなり、切り出した…
「…お姉さんは、誰にでも、好かれます…」
と、言った…
「…正直、羨ましいです…」
「…私が、羨ましい?…」
「…よく、芸能人で、天然とか、言われて、思わず、周囲の人間が、失笑するような行動を取る人間が、いますが、大抵は、確信犯です…」
「…確信犯?…」
「…つまりは、演じている…」
「…演じている?…」
「…よく、会社に入社したばかりの、若い女の子が、わざと、わからないフリをして、バカな女のコを演じているでしょ? アレと同じです…」
「…」
「…でも、お姉さんは、違う…」
「…私は、違う? どう違うんだ?…」
「…演じていない…素の姿で、誰からも、愛される…」
「…」
「…それが、端的に現れたのが、リンダと、バニラです…」
「…どうして、リンダと、バニラなんだ?…」
「…これは、以前に、何度も、言ったと思いますが、彼女たちは、苦労人です…二人とも、絶世の美人ですが、美人というだけで、世界的に、有名になることなど、できません…世の中、そんなに、甘くは、ありません…」
「…」
「…二人とも、修羅場をくぐって、きています…」
「…修羅場?…どんな修羅場だ?…」
「…人間関係の修羅場です…」
「…どういう意味だ?…」
「…モデルの世界は、いわゆるショービジネス…売り物は、人間です…クールや台北筆頭のように、電気機器や、半導体では、ありません…その結果、甲乙つけがたく、なります…いわゆる、どっちが、優れているか、わかりにくい状態です…」
「…」
「…その結果、人間関係が、ドロドロになりがちです…プロデューサーや、力のある人間と、肉体関係を結んで、仕事を得たり、金を包んだり…そんなことを、見たり、聞いたりして、人間関係に、疲れます…」
「…」
「…その結果、人間不信になったりします…」
「…」
「…そんな彼女たちが、お姉さんの前では、まるで、借りてきた猫のように、お姉さんに、接します…」
「…私に接する?…」
「…お姉さんは、演じているわけでもなく、皆に、愛されます…父の葉敬は、一目で、お姉さんの本質を見抜きました…」
「…私の本質?…」
「…誰からも、愛される、お姉さんの本質です…だから、父は、出会ってまもない、お姉さんと、ボクの結婚を、認めてくれました…いわば、お姉さんの人柄を、認めてくれたんです…」
「…」
「…そして、それは、オスマン殿下も、同じです…」
「…オスマン殿下も、同じ…」
「…殿下は、慧眼(けいがん)の持ち主です…殿下の前で、なまじの演技は、通じません…」
「…」
「…それゆえ、アラブの至宝と呼ばれ、サウジの国王陛下の信任も厚いのです…」
「…」
「…今、サウジの国王陛下が倒れ、その隙を狙って、ファラドが、オスマン殿下に、とって、代わろうとしています…が、愚かの一言です…」
「…どうして、愚かなんだ?…」
「…器が、違い過ぎます…」
「…器?…」
「…ファラドのいけないところは、長身で、ハンサムに生まれたことです…」
「…それが、どうして、いけないんだ?…」
「…なまじ、ルックスが、良く、生まれると、周囲の異性が、チヤホヤします…男女問わず、子供の頃から、モテまくります…その結果、自分の力を過信する…自分の実力以上の力を持って生まれたと、過信するんです…」
葉尊が、力を入れる…
私は、葉尊の説明を聞きながら、なんだか、葉尊は、自分のことを、言っているみたいだと、思った…
長身で、イケメンの葉尊…
おまけに、家柄もいい…
台湾の大企業の御曹司…
そして、それは、ファラドも、同じだ…
葉尊と、同じくルックスもよく、家柄も良く、お金持ち…
考えて見れば、二人は、似た者同士…
実に、似ている…
だから、葉尊が、ファラドを語ることは、自分を語ることかも、しれないと、気付いた…
つまり、今、葉尊は、初めて、自分を語ったのだ…
この矢田トモコの前で、自分を語ったのだ…
これまでの葉尊は、ただの真面目で、おとなしい存在で、決して、自分を見せなかった…
自己を決して、主張しなかった…
だから、本当は、葉尊が、どんな人間か、わからなかった…
私には、いつも、優しく接して、決して、偉ぶることもない…
長身で、イケメンで、お金持ち…
おまけに、人柄もいい…
完全無欠の人間…
が、
そんな人間が、世の中に、いるはずも、なかった…
普通の人間は、葉尊のように、ルックスも、良く、大金持ちに生まれれば、鼻高々になり、増長する…
一言で言えば、わがままになる…
当たり前のことだ…
おおげさに、言えば、葉尊は、すべてを持って生まれた…
すべてを持って生まれた、選ばれた人間だからだ…
だから、わがままになるのは、わかる…
増長するのは、わかる…
葉尊は、自分を語っている…
ファラドになぞらえて、自分を語っている…
あらためて、思った…
と、同時に、脳裏に、閃くものが、あった…
弟の事故死のことだ…
本物の葉問の事故死のことだ…
大昔、子供の頃、葉尊は、自分の仕掛けたいたずらで、一卵性双生児の弟の葉問が、事故で、死んだと、言っていた…
それゆえ、自力で、葉問を再生させた…
が、
それが、問題なのではない…
それが、ウソだとか、言っているわけではない…
なぜ、そんないたずらをしたのかが、問題なのだ…
そんな、弟が、死んでしまうようないたずらをしたのかが、問題なのだ…
もしかしたら?
もしかしたら、この葉尊という男は、私など、思いもしない、やんちゃな性格をしているのかもしれない…
ふと、そんなことに、気付いた…
実に、意外…
意外な展開だった…
なぜか、ファラドとオスマンの争いから、葉尊の人間性にまで、言及することになった…
ファラドやオスマンは、ともかく、葉尊の人間性にまで、踏み込むとは、思わんかった…
私の夫の人間性にまで、踏み込むとは、思わんかったのだ…
さすがの矢田トモコも、これは想定外…
想定外の出来事だった…
が、
さすがに、自分の夫の人間性に、疑問を抱くことは、できんかった…
全面的な疑問を抱くことは、できんかった…
それでは、夫婦生活を続けることは、できんからだ…
いっしょに、生活を続けることは、できんからだ…
まったく、信用のできん男と、暮らすことは、できんからだ…
信用のできん=なにをやらかすか、わからんということだ…
葉尊が、ヤクザなら、自分の妻をソープランドに、売るかもしれん…
とか、
借金のかたに、どこかに、この矢田を売り飛ばすかも、しれんと、いうことだ…
そんな男とは、一秒たりとも、いっしょに、暮らすことは、できん…
できんのだ…
が、
葉尊は、そこまでは、いかない…
ただ、女の直感というか…
葉尊には、まだ、これまで、いっしょに、暮らしていて、私に見せたことのない素顔が、あるのだろうと、いうことまでは、わかった…
おとなしい、葉尊…
真面目な、葉尊…
が、
いつでも、どこでも、おとなしくて、真面目なだけの人間は、いない…
存在しない…
これは、男も女も同じ…
老若男女問わず、同じだ…
おとなしくて、真面目で、あっても、妙に我が強かったり、細かかったりして、周囲が、辟易することも、多い…
つまり、真面目は、真面目だが、周囲に、うまく合わせることのできない人間も、いると、いうことだ…
それとは、別に、おとなしくて、真面目だが、家では、アダルト動画ばかり、見ているとか、そんな例は、ありふれている…
が、
葉尊の場合は、それとも、違う気がする…
おそらく、葉尊は、私が、思うに、今、現在、私といる、葉尊と、別な面を持つ、葉尊が、いるということではないか?
私は、思った…
クールCEОとしての、葉尊…
経営者としての、葉尊だ…
大企業の経営者が、ただの真面目で、おとなしい人間であるはずがない…
なにより、上に立つ人間は、誰からも、見られている…
どんな能力があるか、見られている…
見られている=評価されている…
だから、ある意味、言葉は、悪いが、抜け目のない人間で、なければ、務まらない…
抜け目がないというのは、例えば、自分に対して、不満がありそうな人間は、いち早く、ポストから外して、左遷したり、自分の地位を、脅かすものには、容赦ない人事を断行する…
そういうことだ…
それが、できない人間に、他人様の上に立つことは、できんだろう…
ずっと、以前のことだが、昔、バイトをしていた会社で、自分のことも、他人のことも、わからぬ人間たちに出会ったことがある…
ちょうど、ITバブルの頃だ…
要するに、末端の簡単なパソコンの入力作業でも、アイツは、入力が、早くて、ミスが少ないから、凄いと、驚嘆し、別のアイツは、学歴がなくても、リーダーシップがあって、他人をまとめられるから、凄いと、話す…
つまりは、小学校の低学年並みの、ひとの評価しか、できない(笑)…
そういう人間たちを、見たことがある(笑)…
ちょうど、ITバブルの頃だから、その前後の頃に入社した人間たちと、自分たちでは、入社する人数が、多くて、学歴が、劣っていると、誰もが、一目見て、わかるのに、それが、わからんかった…
つまり、ひとの質が、劣っていたのだ…
だから、景気が悪くなれば、すぐに、首を切られるだろうと、私でも、早くに、わかったことだが、それが、わからんかった…
そして、それが、わからんことが、私には、わからんかった(爆笑)…
驚きだった…
つまりは、目の前で、なにが、起きているか、わからんことが、驚きだった…
普通に、バイトをしていても、誰かが、
「…あんなヤツ、入れちゃ、ダメだろ?…」
と、陰口を叩くことが、できんかった…
なぜ、できんのか?
要するに、さっき例で挙げた、パソコンの入力作業をすばやくできたり、リーダーシップがあれば、凄いと思うのだ…
例えば、わかりやすく言えば、高校の偏差値で、いえば、偏差値65が、これまでの平均で、それが、いきなり、偏差値50に落ちても、仕事ができ、リーダーシップがあれば、凄いと思う人間たちだった(笑)…
そして、リーダーシップがあるという人間たちは、総じて、我が強い人間が、多い…
ありていに、言えば、子供の頃から、クラスや、学校で、ひとをまとめられる…
それができるから、逆にいえば、他人の下につくことができない…
例えば、大学を出ていなかったり、大学を出ていても、下位の大学を出ていて、会社に入っても、出世とか、縁がない人間であることは、一目で、誰でも、わかるが、それを認めることができない…
そういう人間たちだった…
そして、そういう人間をちやほやする人間が周囲にいて、余計、調子に乗る(笑)…
いつの時代も、景気がいい時代は、そういう人間たちが、集まる…
そして、景気が悪化すれば、すぐに、切られる…
当たり前だが、他社に履歴書を送っても、まともな会社は、採用しない…
景気がいい時代だから、採用されたのだ…
当たり前のことだ…
それが、わからない…
理解できない…
なぜ、オレは、リーダーシップがあるのに?
とか、
与えられた仕事は、正確に、ミスなくやるのに、
とか、いうことしか、できない…
正直、その人間たちには、それ以上のポストを与えることは、できないと、誰もが、わかるが、当の本人たちには、わからない…
私は、これまでの人生の中で、そのときの経験が、一番、大きかった…
ハッキリ言って、景気が良くなければ、決して、会えないひとたちだった…
偏差値40の工業高校を出ても、オレは。一流企業で、課長になると、豪語するような態度を取る人間は、後にも、先にも、お目にかかったことがなかった(爆笑)…
だが、それが、私の、おおげさにいえば、人間観察の始まりだった…
だから、今も、葉尊が、これまで、私といっしょに、暮らした葉尊と、別の顔を持っていても、驚かなかった…
むしろ、当たり前だった…
何度も言うように、真面目で、おとなしいだけの人間に、大企業の社長はできない…
まして、葉尊は、まだ29歳の若さ…
日本の大企業では、ありえない若さだ…
経営危機に陥った日本の総合電機メーカー、クールが、台湾の大企業、台北筆頭の傘下に入って、台北筆頭のCEОの葉敬が、自分の息子の葉尊を派遣したから、29歳の若さで、クールのCEОになったのだ…
だが、いくら、葉敬の後ろ盾があっても、クールのCEОを務めることは、できない…
実力がなければ、CEО=最高経営責任者の地位を守ることができない…
また、逆に、言えば、葉尊の実父の葉敬は、息子の葉尊が、クールのCEОができると、考えるから、派遣したに違いなかった…
だから、それを思えば、葉尊には、私のしらない別の顔があると、考えるのは、当たり前だった…
何度も言うように、真面目で、おとなしいだけでは、クールのCEОは、務まらないからだ…
と、そこまで、考えたとき、
「…お姉さんは…」
と、葉尊が、いきなり、切り出した…
「…お姉さんは、誰にでも、好かれます…」
と、言った…
「…正直、羨ましいです…」
「…私が、羨ましい?…」
「…よく、芸能人で、天然とか、言われて、思わず、周囲の人間が、失笑するような行動を取る人間が、いますが、大抵は、確信犯です…」
「…確信犯?…」
「…つまりは、演じている…」
「…演じている?…」
「…よく、会社に入社したばかりの、若い女の子が、わざと、わからないフリをして、バカな女のコを演じているでしょ? アレと同じです…」
「…」
「…でも、お姉さんは、違う…」
「…私は、違う? どう違うんだ?…」
「…演じていない…素の姿で、誰からも、愛される…」
「…」
「…それが、端的に現れたのが、リンダと、バニラです…」
「…どうして、リンダと、バニラなんだ?…」
「…これは、以前に、何度も、言ったと思いますが、彼女たちは、苦労人です…二人とも、絶世の美人ですが、美人というだけで、世界的に、有名になることなど、できません…世の中、そんなに、甘くは、ありません…」
「…」
「…二人とも、修羅場をくぐって、きています…」
「…修羅場?…どんな修羅場だ?…」
「…人間関係の修羅場です…」
「…どういう意味だ?…」
「…モデルの世界は、いわゆるショービジネス…売り物は、人間です…クールや台北筆頭のように、電気機器や、半導体では、ありません…その結果、甲乙つけがたく、なります…いわゆる、どっちが、優れているか、わかりにくい状態です…」
「…」
「…その結果、人間関係が、ドロドロになりがちです…プロデューサーや、力のある人間と、肉体関係を結んで、仕事を得たり、金を包んだり…そんなことを、見たり、聞いたりして、人間関係に、疲れます…」
「…」
「…その結果、人間不信になったりします…」
「…」
「…そんな彼女たちが、お姉さんの前では、まるで、借りてきた猫のように、お姉さんに、接します…」
「…私に接する?…」
「…お姉さんは、演じているわけでもなく、皆に、愛されます…父の葉敬は、一目で、お姉さんの本質を見抜きました…」
「…私の本質?…」
「…誰からも、愛される、お姉さんの本質です…だから、父は、出会ってまもない、お姉さんと、ボクの結婚を、認めてくれました…いわば、お姉さんの人柄を、認めてくれたんです…」
「…」
「…そして、それは、オスマン殿下も、同じです…」
「…オスマン殿下も、同じ…」
「…殿下は、慧眼(けいがん)の持ち主です…殿下の前で、なまじの演技は、通じません…」
「…」
「…それゆえ、アラブの至宝と呼ばれ、サウジの国王陛下の信任も厚いのです…」
「…」
「…今、サウジの国王陛下が倒れ、その隙を狙って、ファラドが、オスマン殿下に、とって、代わろうとしています…が、愚かの一言です…」
「…どうして、愚かなんだ?…」
「…器が、違い過ぎます…」
「…器?…」
「…ファラドのいけないところは、長身で、ハンサムに生まれたことです…」
「…それが、どうして、いけないんだ?…」
「…なまじ、ルックスが、良く、生まれると、周囲の異性が、チヤホヤします…男女問わず、子供の頃から、モテまくります…その結果、自分の力を過信する…自分の実力以上の力を持って生まれたと、過信するんです…」
葉尊が、力を入れる…
私は、葉尊の説明を聞きながら、なんだか、葉尊は、自分のことを、言っているみたいだと、思った…
長身で、イケメンの葉尊…
おまけに、家柄もいい…
台湾の大企業の御曹司…
そして、それは、ファラドも、同じだ…
葉尊と、同じくルックスもよく、家柄も良く、お金持ち…
考えて見れば、二人は、似た者同士…
実に、似ている…
だから、葉尊が、ファラドを語ることは、自分を語ることかも、しれないと、気付いた…
つまり、今、葉尊は、初めて、自分を語ったのだ…
この矢田トモコの前で、自分を語ったのだ…
これまでの葉尊は、ただの真面目で、おとなしい存在で、決して、自分を見せなかった…
自己を決して、主張しなかった…
だから、本当は、葉尊が、どんな人間か、わからなかった…
私には、いつも、優しく接して、決して、偉ぶることもない…
長身で、イケメンで、お金持ち…
おまけに、人柄もいい…
完全無欠の人間…
が、
そんな人間が、世の中に、いるはずも、なかった…
普通の人間は、葉尊のように、ルックスも、良く、大金持ちに生まれれば、鼻高々になり、増長する…
一言で言えば、わがままになる…
当たり前のことだ…
おおげさに、言えば、葉尊は、すべてを持って生まれた…
すべてを持って生まれた、選ばれた人間だからだ…
だから、わがままになるのは、わかる…
増長するのは、わかる…
葉尊は、自分を語っている…
ファラドになぞらえて、自分を語っている…
あらためて、思った…
と、同時に、脳裏に、閃くものが、あった…
弟の事故死のことだ…
本物の葉問の事故死のことだ…
大昔、子供の頃、葉尊は、自分の仕掛けたいたずらで、一卵性双生児の弟の葉問が、事故で、死んだと、言っていた…
それゆえ、自力で、葉問を再生させた…
が、
それが、問題なのではない…
それが、ウソだとか、言っているわけではない…
なぜ、そんないたずらをしたのかが、問題なのだ…
そんな、弟が、死んでしまうようないたずらをしたのかが、問題なのだ…
もしかしたら?
もしかしたら、この葉尊という男は、私など、思いもしない、やんちゃな性格をしているのかもしれない…
ふと、そんなことに、気付いた…