第17話
文字数 6,226文字
…忙しくなった…
…忙しくなった…
家に帰った私は、落ち着かなかった…
誰も、私に、なにも、していないが、とにかく、私の中で、忙しかった…
焦っていたのだ…
パーティーに出席する…
これは、滅多にないことだからだ…
この平凡な矢田トモコが、クールの社長、葉尊の妻として、パーティーに出席する…
当然、パーティーに出席した人間は、皆、私をチヤホヤするだろう…
そのとき、どうすれば、いいか…
考えて、おかねば、ならん…
ただ、ニコニコと、笑っているのが、一番だが、ずっと、それをしていると、ただのバカだと思われる…
一体、どうすれば?…
考える…
悩む…
それとも、私は、クールの社長夫人として、なにか、難しい、今後のクールの日本での活動について、語らねば、ならんのか?
クールの経営方針について、語らねば、ならんのか?
いや、
そんなバカなことはない(笑)…
たとえ、クールの社長夫人とはいえ、まったくの経営の素人の私が、クールの経営について、語れば、まさに、失笑ものだ…
なにも、わからぬ人間が、少しは、わかったような口を利けば、周りは、皆、失笑する…
たとえ、態度に出さなくても、腹の中では、文字通り、抱腹絶倒だ…
当たり前のことだ…
だったら、やはり、私は、ただ、ニコニコとしていれば、いいのだろうか?
いや、
やはり、35歳にもなって、それは、難しい(苦笑)…
これが、十代や、二十歳ぐらいの女ならいい…
なにも、わからないからだ…
周囲の人間も皆、子供だと思う…
だから、ただ、ニコニコ笑っていても、許される…
まして、それが、バニラやリンダじゃないが、美人なら、OK…
ただ、ニコニコ笑っているだけで、OKだ…
しかし、私のように、35歳ともなれば、それも難しい…
やはり、相手の会話に合わせて、適切なコメントを出さなければ、ならない…
それを、考えると、実に厄介…
難しい…
私も歳を取ったものだ(笑)…
なぜ、歳を取ったかといえば、若ければ、なにも悩まないからだ…
せいぜいが、どんな服を着れば、いいかとか、パーティーの作法について、周囲の人間から、事前に、教えてもらえばいい…
それが、今の私のように、歳を取ってくると、
…もし、こんな質問をされたら、どう答えればいいか?…
とか、
…こう答えては、相手に失礼だろうか?…
とか、色々、考える…
そして、考えれば、考えるほど、悩む…
なぜなら、適切な答えなど、ないからだ…
数学の解ではないが、正確な答えなど、存在しない…
だから、悩むのだ…
私が、自宅で、悩み続けていると、
「…ピンポン…」
と、チャイムが鳴った…
誰か、やって来た…
…一体、誰だろう?…
私は、思った…
実は、自宅を訪れる友人・知人は、少ない…
って、いうか、ほとんど、いない…
夫の葉尊は、会社とプライベートは、分ける人間なので、会社関係の人間は、誰一人、この自宅を訪れた者は、いない…
私にしても、それは、同じ…
すでに、35歳になった今、私の学生時代の友人は、皆無…
誰もいない…
仲が良かったのは、皆、バイト先の仕事仲間だった…
そして、その仕事仲間も皆、バイト先が、変われば、疎遠になった…
あくまで、同じバイト先だから、いっしょに、飲みに行ったりして、仕事の後も、楽しんだ…
が、
仕事先が変われば、それもなくなる…
付き合いがなくなる…
残念ながら、それが、真実…
これは、以前、書いた、学生時代の友人と同じ…
あくまで、同じ環境=学校にいるから、仲がいい…
だから、学校を卒業して、数年すれば、付き合いがなくなる…
学校では、行けば、会えるが、卒業すれば、互いに、時間を作って、会わなければ、ならない…
だから、手間がかかる…
が、
最初は、誰もが、その手間をかけても、会うのが、大半だが、次第に、疎遠になる…
その手間をかけるのが、億劫になるし、なにより、会話が噛み合わなくなる…
学校を卒業して、皆、様々な経験をする…
皆、会社が、違うから、体験が違う…
すると、皆、体験が、違うから、それぞれの話が、噛み合わなくなる…
誰かが、なにか、言っても、大げさに言えば、
ホントにそんなことがあるの?
とでも、言うような反応をされることも、しばしばだ…
そもそも、同じ体験をしていないから、これも仕方がない…
だから、会わなくなる…
そもそも、なにを話しても、話が噛み合わなくなるから、共通の体験といえば、過去の思い出話…
だから、過去の思い出話が中心になるが、いつも、会うたびに、それでは、誰もが、辟易する…
だから、会わなくなる…
そういうことだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…ピンポン…」
と、もう一度、チャイムが鳴った…
だから、私は、慌てて、インターホンに出た…
そして、カメラ越しに映った画像で、そこに誰がいるのか、見た…
そこには、長身の男がいた…
いや、
よく見ると、それは、長身の男装した女だった…
リンダ・ヘイワースの男装した姿だった…
「…リンダ?…」
私は、思わず、叫んだ…
「…お姉さん…」
リンダは、インターホン越しに、恥ずかしそうに、照れ笑いを浮かべた…
「…この姿のときは、ヤンと、呼んで、もらいたいな…」
恥ずかしそうに、言う…
実は、このリンダ…
リンダ・ヘイワースは、普段、男装している場合が、多かった…
それは、リンダ・ヘイワースであることが、バレると、すぐに、大騒ぎになるからだ…
だから、普段は、男装している…
男の格好をしている…
そうすれば、リンダ・ヘイワースであることが、周囲にバレないからだ…
いつも、リンダ・ヘイワースでいることは、それほど、大変なのだろう…
リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
いい女の代表だ…
だから、どこにいっても、いい女と見られる…
おそらく、それが、リンダ本人にとっては、とてつもないプレッシャーなんだろう…
リンダ・ヘイワースで、いるときは、パーティーでは、真っ赤なロングドレスだったり、真逆に、それ以外では、胸がこぼれそうな服を着て、パンツの見えそうな短いスカートを履いている…
言葉は悪いが、目いっぱい女を売りにしている…
わざと、女を売りにする格好をしている…
それが、嫌なのだろう…
それが、苦痛なのだろう…
だから、普段は、リンダではなく、ヤンとして、過ごす…
男の格好をして、男として、過ごす…
女ではなく、男として、過ごす…
そうすれば、誰も、リンダ・ヘイワースが、身近にいても、気付かないからだ…
実にいいアイデアだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さん…開けてくれる?…」
と、インターホン越しに、リンダ、いや、ヤンが、言ってきた…
私が、葉尊といっしょに住む、このマンションは、来訪者が、インターホンで、訪れるときは、部屋から、ボタンで、マンションのエントランスを開けることができる…
だから、私は、
「…わかった…」
と、言って、ボタンを押した…
すると、ドアが開き、マンションの中に、ヤンが入るのが、わかった…
それを確認すると、私は、慌てて、玄関に向かった…
もう少しすれば、ヤンがやって来るからだ…
事実、5分もしないで、ヤンが、私の部屋のチャイムを押した…
だから、私は、急いで、ドアを開けた…
そして、ヤンの姿を見ると、
「…リンダ…オマエ、その恰好は?…」
と、聞いた…
が、
返ってきた答えは、
「…お姉さん…この格好でいるときは、ヤンと呼んでもらいたいな…」
だった…
思えば、このリンダと、初めて、会ったときも、ヤンとしてだった…
葉尊の友人ということで、会ったのだ…
それが、実は、ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースとは、思いもよらなかった…
しかも、
しかも、だ…
私は、そのときに、リンダと対戦する予定だった…
が、
私は、そのときは、まだ、ヤンがリンダであることは、気付かず、
…どうすれば、リンダに勝てるか?…
と、ヤンに相談していた…
我ながら、呆れるほどの失態だった…
今、思い出しても、顔が、羞恥で、赤くなる…
この矢田トモコの35年の人生を振り返っても、一番か、二番かの失敗だった…
が、
その勝負の後、私とリンダ=ヤンは、仲良くなった…
無二の親友になった…
リンダが、私を認めたのだ…
そして、
私も、リンダを認めた…
あのバニラとは、大違い…
あの糞生意気なバニラとは、大違いだった…
「…オマエ…その恰好は?…」
私は、これまでのリンダ・ヘイワースと、私との奇妙な縁を心に感じながら、リンダ…いや、ヤンに聞いた…
すると、目の前のヤンが、恥ずかしそうに、
「…この格好って…普段は、私は、この格好でいるときが、多いでしょ? …お姉さん…忘れたの?…」
と、答えた…
そう言われると、私は、
「…」
と、返答に詰まった…
まさに、その通りだった…
「…それとも、お姉さん…私が、どこかに、逃げ出すとでも、思った?…」
私をからかうように、聞いた…
が、
一見、からかうような、言い方だったが、その表情は、真剣だった…
明らかに、真剣だった…
だから、私は、またも、
「…」
と、答えに、窮した…
どう、答えて、いいか、わからなかった…
すると、リンダ…いや、ヤンが、
「…逃げ出すと、思った?…」
と、繰り返した…
私は、とっさに、
「…オマエは、そんなヤツじゃないさ…」
と、答えた…
「…そんなヤツじゃないって?…」
「…オマエは、葉敬に恩義がある…だから、葉敬を裏切れないさ…」
私は、断言した…
が、
本当は、適当に、言っただけだった…
このリンダ…いや、ヤンは、以前、葉敬に世話になった…
それを、思い出したのだ…
だから、私は、それを言っただけだったが、目の前のヤンは、明らかに、ショックを受けたようだった…
「…そう…そうよね…」
と、言いながら、一人納得していた…
「…やはり、お姉さんも、そう思うんだ…」
ヤンが、寂しそうに、呟く…
だから、私は、ヤンを、元気づけるべく、
「…ヤン…いや、リンダ…オマエは、他人様から、受けた恩義を忘れる人間なんかじゃないさ…」
と、言った…
リンダの美点を、上げたのだ…
「…オマエは、美人で、性格もいい…いいところだらけさ…あのバニラとは、似ても似つかんさ…」
「…バニラ?…」
私の言葉に、ヤンが、呆気に取られた…
「…そうさ…あのバニラも、オマエ同様美人だが、性格が、悪い…それに、比べ、オマエは、性格もいい…」
私が、言うと、
「…お姉さん…バニラと仲がいいものね…」
と、今度は、私が、絶句する言葉を吐いた…
「…仲がいい? …私が、あのバニラと?…」
ありえん…
ありえん、言葉だった…
よりによって、私が、あのバニラと?
ふざけてもらっては、困る…
「…ふざけて、もらっては、困るさ…私は、バニラとなんか…全然仲良くなんて、ないさ…」
私が、怒って言うと、なぜか、目の前のヤンが、笑った…
笑ったのだ…
「…なんだ…オマエ、その笑いは?…」
「…ケンカするほど、仲がいいって、言葉もあるものね…」
「…なんだと?…」
「…お姉さんのキャラよね…」
と、目の前のヤンが笑う…
「…バニラも、少し前までは、あんなキャラじゃなかった…いつも、ツンとして、突っ張っている印象だった…元々、日本でいえば、ヤンキー上がり…学もなく、あるのは、あの美貌だけ…だから、顔だけの女とか、さんざ、周囲から陰口を叩かれた…だから、余計に突っ張るというか…ある種、殻に閉じこもった印象だった…」
「…」
「…でも、お姉さんに会って、変わった…ビックリするほど、変わった…」
「…どう、変わったんだ?…」
「…明るくなった…」
「…明るくだと?…」
「…なにか、毎日が、楽しいような…それが、バニラの日常に現れた…そして、周囲の人間は、皆、その変化に気付いた…あの葉敬も…」
「…お父さんもだと?…」
「…だから、葉敬も、お姉さんに、感謝している…」
「…そうか…」
私は、言った…
なんだか、わからんが、皆、私を過大評価しているようだ…
私は、平凡な女…
絵に描いたような、平凡な女だ…
にもかかわらず、まるで、私が、特別な才能があるように、持ち上げる…
そんなことがあるはずがない…
バカバカしい(笑)…
そんな特別な才能があれば、今、私は、東大を出て、財務省で、キャリア官僚になり、将来の事務次官と、言われ、将来を嘱望されているだろう…
が、
現実は、就職氷河期に、もろにぶち当たり、
就活は、全滅…
仕方なく、バイト生活というか、フリーター生活に突入して、今日まで、生きてきた…
葉尊と結婚しなければ、今も、どこかで、バイトをしていたはずだ…
そんな私に、特別な才能なんて、あるはずが、なかった…
実に、バカバカしいことだ…
「…でも、お姉さんの言う通りかも…」
ヤンが、突然、言った…
「…なにが、だ?…」
「…私が、葉敬から、受けた恩…要するに、学生時代に金銭的に援助を受けて…」
ヤンが、しんみりと、言う…
それから、一転、笑って、
「…こんなことなら、葉敬と関係を結んで、援助交際でも、すれば、よかった…」
「…なんだと?…」
「…だって、そうすれば、葉敬に恩を受けたとは、思えなくなる…男女の関係になれば、お金をもらう代わりに、カラダを提供したことになる…」
「…それは、無理さ…」
「…どうして、無理なの?…」
「…オマエのキャラさ…オマエは、基本的に真面目だ…だから、売春も援助交際もできないさ…」
私が断言すると、
「…」
と、ヤンが黙った…
反論できなかった…
「…オマエは根が真面目なのさ…だから、今もこうして、ここにいる…根が真面目でなければ、とっくに逃げだしているさ…」
「…たしかに…」
ヤンが、同意した…
「…でもね…お姉さん…」
「…なんだ?…」
「…それを言えば、バニラも真面目よ…」
「…あのバニラが、か?…」
「…そうよ…だって、真面目でなければ、とっくにモデルの仕事から逃げ出している…
」
「…逃げ出す?…」
「…どんな仕事も最初から、華やかなスポットライトを浴びることは、不可能…できない…稀に、二世とか三世で、親や、祖父母が有名人ならば、最初から、スポットライトを浴びることもできるけれども、それも一瞬…」
「…」
「…あとは、努力と運…」
「…努力と運だと?…」
「…いくら、努力しても、運がなければ、ダメ…成功しない…そんなこと、お姉さんだって、わかっているはず…」
たしかに、それは、わかる…
私は、まったくもって、平凡な女だが、テレビに出る芸能人を見ても、どうして、成功したのか? と、首を傾げたくなる人間はいる…
だから、答えは、
…ただ、運がいい…
だけなのだろう…
だが、普通は、そんな運は、誰も持たない…
それは、例えれば、一億円の宝くじに当たるようなものだからだ…
だが、意地悪な見方をすれな、その運がどこまで、続くかだ…
その運が一生、続けば、それに越したことはないからだ…
それで、一生、生きて行けるからだ…
私は、そんなことを、考えた…
…忙しくなった…
家に帰った私は、落ち着かなかった…
誰も、私に、なにも、していないが、とにかく、私の中で、忙しかった…
焦っていたのだ…
パーティーに出席する…
これは、滅多にないことだからだ…
この平凡な矢田トモコが、クールの社長、葉尊の妻として、パーティーに出席する…
当然、パーティーに出席した人間は、皆、私をチヤホヤするだろう…
そのとき、どうすれば、いいか…
考えて、おかねば、ならん…
ただ、ニコニコと、笑っているのが、一番だが、ずっと、それをしていると、ただのバカだと思われる…
一体、どうすれば?…
考える…
悩む…
それとも、私は、クールの社長夫人として、なにか、難しい、今後のクールの日本での活動について、語らねば、ならんのか?
クールの経営方針について、語らねば、ならんのか?
いや、
そんなバカなことはない(笑)…
たとえ、クールの社長夫人とはいえ、まったくの経営の素人の私が、クールの経営について、語れば、まさに、失笑ものだ…
なにも、わからぬ人間が、少しは、わかったような口を利けば、周りは、皆、失笑する…
たとえ、態度に出さなくても、腹の中では、文字通り、抱腹絶倒だ…
当たり前のことだ…
だったら、やはり、私は、ただ、ニコニコとしていれば、いいのだろうか?
いや、
やはり、35歳にもなって、それは、難しい(苦笑)…
これが、十代や、二十歳ぐらいの女ならいい…
なにも、わからないからだ…
周囲の人間も皆、子供だと思う…
だから、ただ、ニコニコ笑っていても、許される…
まして、それが、バニラやリンダじゃないが、美人なら、OK…
ただ、ニコニコ笑っているだけで、OKだ…
しかし、私のように、35歳ともなれば、それも難しい…
やはり、相手の会話に合わせて、適切なコメントを出さなければ、ならない…
それを、考えると、実に厄介…
難しい…
私も歳を取ったものだ(笑)…
なぜ、歳を取ったかといえば、若ければ、なにも悩まないからだ…
せいぜいが、どんな服を着れば、いいかとか、パーティーの作法について、周囲の人間から、事前に、教えてもらえばいい…
それが、今の私のように、歳を取ってくると、
…もし、こんな質問をされたら、どう答えればいいか?…
とか、
…こう答えては、相手に失礼だろうか?…
とか、色々、考える…
そして、考えれば、考えるほど、悩む…
なぜなら、適切な答えなど、ないからだ…
数学の解ではないが、正確な答えなど、存在しない…
だから、悩むのだ…
私が、自宅で、悩み続けていると、
「…ピンポン…」
と、チャイムが鳴った…
誰か、やって来た…
…一体、誰だろう?…
私は、思った…
実は、自宅を訪れる友人・知人は、少ない…
って、いうか、ほとんど、いない…
夫の葉尊は、会社とプライベートは、分ける人間なので、会社関係の人間は、誰一人、この自宅を訪れた者は、いない…
私にしても、それは、同じ…
すでに、35歳になった今、私の学生時代の友人は、皆無…
誰もいない…
仲が良かったのは、皆、バイト先の仕事仲間だった…
そして、その仕事仲間も皆、バイト先が、変われば、疎遠になった…
あくまで、同じバイト先だから、いっしょに、飲みに行ったりして、仕事の後も、楽しんだ…
が、
仕事先が変われば、それもなくなる…
付き合いがなくなる…
残念ながら、それが、真実…
これは、以前、書いた、学生時代の友人と同じ…
あくまで、同じ環境=学校にいるから、仲がいい…
だから、学校を卒業して、数年すれば、付き合いがなくなる…
学校では、行けば、会えるが、卒業すれば、互いに、時間を作って、会わなければ、ならない…
だから、手間がかかる…
が、
最初は、誰もが、その手間をかけても、会うのが、大半だが、次第に、疎遠になる…
その手間をかけるのが、億劫になるし、なにより、会話が噛み合わなくなる…
学校を卒業して、皆、様々な経験をする…
皆、会社が、違うから、体験が違う…
すると、皆、体験が、違うから、それぞれの話が、噛み合わなくなる…
誰かが、なにか、言っても、大げさに言えば、
ホントにそんなことがあるの?
とでも、言うような反応をされることも、しばしばだ…
そもそも、同じ体験をしていないから、これも仕方がない…
だから、会わなくなる…
そもそも、なにを話しても、話が噛み合わなくなるから、共通の体験といえば、過去の思い出話…
だから、過去の思い出話が中心になるが、いつも、会うたびに、それでは、誰もが、辟易する…
だから、会わなくなる…
そういうことだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…ピンポン…」
と、もう一度、チャイムが鳴った…
だから、私は、慌てて、インターホンに出た…
そして、カメラ越しに映った画像で、そこに誰がいるのか、見た…
そこには、長身の男がいた…
いや、
よく見ると、それは、長身の男装した女だった…
リンダ・ヘイワースの男装した姿だった…
「…リンダ?…」
私は、思わず、叫んだ…
「…お姉さん…」
リンダは、インターホン越しに、恥ずかしそうに、照れ笑いを浮かべた…
「…この姿のときは、ヤンと、呼んで、もらいたいな…」
恥ずかしそうに、言う…
実は、このリンダ…
リンダ・ヘイワースは、普段、男装している場合が、多かった…
それは、リンダ・ヘイワースであることが、バレると、すぐに、大騒ぎになるからだ…
だから、普段は、男装している…
男の格好をしている…
そうすれば、リンダ・ヘイワースであることが、周囲にバレないからだ…
いつも、リンダ・ヘイワースでいることは、それほど、大変なのだろう…
リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
いい女の代表だ…
だから、どこにいっても、いい女と見られる…
おそらく、それが、リンダ本人にとっては、とてつもないプレッシャーなんだろう…
リンダ・ヘイワースで、いるときは、パーティーでは、真っ赤なロングドレスだったり、真逆に、それ以外では、胸がこぼれそうな服を着て、パンツの見えそうな短いスカートを履いている…
言葉は悪いが、目いっぱい女を売りにしている…
わざと、女を売りにする格好をしている…
それが、嫌なのだろう…
それが、苦痛なのだろう…
だから、普段は、リンダではなく、ヤンとして、過ごす…
男の格好をして、男として、過ごす…
女ではなく、男として、過ごす…
そうすれば、誰も、リンダ・ヘイワースが、身近にいても、気付かないからだ…
実にいいアイデアだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さん…開けてくれる?…」
と、インターホン越しに、リンダ、いや、ヤンが、言ってきた…
私が、葉尊といっしょに住む、このマンションは、来訪者が、インターホンで、訪れるときは、部屋から、ボタンで、マンションのエントランスを開けることができる…
だから、私は、
「…わかった…」
と、言って、ボタンを押した…
すると、ドアが開き、マンションの中に、ヤンが入るのが、わかった…
それを確認すると、私は、慌てて、玄関に向かった…
もう少しすれば、ヤンがやって来るからだ…
事実、5分もしないで、ヤンが、私の部屋のチャイムを押した…
だから、私は、急いで、ドアを開けた…
そして、ヤンの姿を見ると、
「…リンダ…オマエ、その恰好は?…」
と、聞いた…
が、
返ってきた答えは、
「…お姉さん…この格好でいるときは、ヤンと呼んでもらいたいな…」
だった…
思えば、このリンダと、初めて、会ったときも、ヤンとしてだった…
葉尊の友人ということで、会ったのだ…
それが、実は、ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースとは、思いもよらなかった…
しかも、
しかも、だ…
私は、そのときに、リンダと対戦する予定だった…
が、
私は、そのときは、まだ、ヤンがリンダであることは、気付かず、
…どうすれば、リンダに勝てるか?…
と、ヤンに相談していた…
我ながら、呆れるほどの失態だった…
今、思い出しても、顔が、羞恥で、赤くなる…
この矢田トモコの35年の人生を振り返っても、一番か、二番かの失敗だった…
が、
その勝負の後、私とリンダ=ヤンは、仲良くなった…
無二の親友になった…
リンダが、私を認めたのだ…
そして、
私も、リンダを認めた…
あのバニラとは、大違い…
あの糞生意気なバニラとは、大違いだった…
「…オマエ…その恰好は?…」
私は、これまでのリンダ・ヘイワースと、私との奇妙な縁を心に感じながら、リンダ…いや、ヤンに聞いた…
すると、目の前のヤンが、恥ずかしそうに、
「…この格好って…普段は、私は、この格好でいるときが、多いでしょ? …お姉さん…忘れたの?…」
と、答えた…
そう言われると、私は、
「…」
と、返答に詰まった…
まさに、その通りだった…
「…それとも、お姉さん…私が、どこかに、逃げ出すとでも、思った?…」
私をからかうように、聞いた…
が、
一見、からかうような、言い方だったが、その表情は、真剣だった…
明らかに、真剣だった…
だから、私は、またも、
「…」
と、答えに、窮した…
どう、答えて、いいか、わからなかった…
すると、リンダ…いや、ヤンが、
「…逃げ出すと、思った?…」
と、繰り返した…
私は、とっさに、
「…オマエは、そんなヤツじゃないさ…」
と、答えた…
「…そんなヤツじゃないって?…」
「…オマエは、葉敬に恩義がある…だから、葉敬を裏切れないさ…」
私は、断言した…
が、
本当は、適当に、言っただけだった…
このリンダ…いや、ヤンは、以前、葉敬に世話になった…
それを、思い出したのだ…
だから、私は、それを言っただけだったが、目の前のヤンは、明らかに、ショックを受けたようだった…
「…そう…そうよね…」
と、言いながら、一人納得していた…
「…やはり、お姉さんも、そう思うんだ…」
ヤンが、寂しそうに、呟く…
だから、私は、ヤンを、元気づけるべく、
「…ヤン…いや、リンダ…オマエは、他人様から、受けた恩義を忘れる人間なんかじゃないさ…」
と、言った…
リンダの美点を、上げたのだ…
「…オマエは、美人で、性格もいい…いいところだらけさ…あのバニラとは、似ても似つかんさ…」
「…バニラ?…」
私の言葉に、ヤンが、呆気に取られた…
「…そうさ…あのバニラも、オマエ同様美人だが、性格が、悪い…それに、比べ、オマエは、性格もいい…」
私が、言うと、
「…お姉さん…バニラと仲がいいものね…」
と、今度は、私が、絶句する言葉を吐いた…
「…仲がいい? …私が、あのバニラと?…」
ありえん…
ありえん、言葉だった…
よりによって、私が、あのバニラと?
ふざけてもらっては、困る…
「…ふざけて、もらっては、困るさ…私は、バニラとなんか…全然仲良くなんて、ないさ…」
私が、怒って言うと、なぜか、目の前のヤンが、笑った…
笑ったのだ…
「…なんだ…オマエ、その笑いは?…」
「…ケンカするほど、仲がいいって、言葉もあるものね…」
「…なんだと?…」
「…お姉さんのキャラよね…」
と、目の前のヤンが笑う…
「…バニラも、少し前までは、あんなキャラじゃなかった…いつも、ツンとして、突っ張っている印象だった…元々、日本でいえば、ヤンキー上がり…学もなく、あるのは、あの美貌だけ…だから、顔だけの女とか、さんざ、周囲から陰口を叩かれた…だから、余計に突っ張るというか…ある種、殻に閉じこもった印象だった…」
「…」
「…でも、お姉さんに会って、変わった…ビックリするほど、変わった…」
「…どう、変わったんだ?…」
「…明るくなった…」
「…明るくだと?…」
「…なにか、毎日が、楽しいような…それが、バニラの日常に現れた…そして、周囲の人間は、皆、その変化に気付いた…あの葉敬も…」
「…お父さんもだと?…」
「…だから、葉敬も、お姉さんに、感謝している…」
「…そうか…」
私は、言った…
なんだか、わからんが、皆、私を過大評価しているようだ…
私は、平凡な女…
絵に描いたような、平凡な女だ…
にもかかわらず、まるで、私が、特別な才能があるように、持ち上げる…
そんなことがあるはずがない…
バカバカしい(笑)…
そんな特別な才能があれば、今、私は、東大を出て、財務省で、キャリア官僚になり、将来の事務次官と、言われ、将来を嘱望されているだろう…
が、
現実は、就職氷河期に、もろにぶち当たり、
就活は、全滅…
仕方なく、バイト生活というか、フリーター生活に突入して、今日まで、生きてきた…
葉尊と結婚しなければ、今も、どこかで、バイトをしていたはずだ…
そんな私に、特別な才能なんて、あるはずが、なかった…
実に、バカバカしいことだ…
「…でも、お姉さんの言う通りかも…」
ヤンが、突然、言った…
「…なにが、だ?…」
「…私が、葉敬から、受けた恩…要するに、学生時代に金銭的に援助を受けて…」
ヤンが、しんみりと、言う…
それから、一転、笑って、
「…こんなことなら、葉敬と関係を結んで、援助交際でも、すれば、よかった…」
「…なんだと?…」
「…だって、そうすれば、葉敬に恩を受けたとは、思えなくなる…男女の関係になれば、お金をもらう代わりに、カラダを提供したことになる…」
「…それは、無理さ…」
「…どうして、無理なの?…」
「…オマエのキャラさ…オマエは、基本的に真面目だ…だから、売春も援助交際もできないさ…」
私が断言すると、
「…」
と、ヤンが黙った…
反論できなかった…
「…オマエは根が真面目なのさ…だから、今もこうして、ここにいる…根が真面目でなければ、とっくに逃げだしているさ…」
「…たしかに…」
ヤンが、同意した…
「…でもね…お姉さん…」
「…なんだ?…」
「…それを言えば、バニラも真面目よ…」
「…あのバニラが、か?…」
「…そうよ…だって、真面目でなければ、とっくにモデルの仕事から逃げ出している…
」
「…逃げ出す?…」
「…どんな仕事も最初から、華やかなスポットライトを浴びることは、不可能…できない…稀に、二世とか三世で、親や、祖父母が有名人ならば、最初から、スポットライトを浴びることもできるけれども、それも一瞬…」
「…」
「…あとは、努力と運…」
「…努力と運だと?…」
「…いくら、努力しても、運がなければ、ダメ…成功しない…そんなこと、お姉さんだって、わかっているはず…」
たしかに、それは、わかる…
私は、まったくもって、平凡な女だが、テレビに出る芸能人を見ても、どうして、成功したのか? と、首を傾げたくなる人間はいる…
だから、答えは、
…ただ、運がいい…
だけなのだろう…
だが、普通は、そんな運は、誰も持たない…
それは、例えれば、一億円の宝くじに当たるようなものだからだ…
だが、意地悪な見方をすれな、その運がどこまで、続くかだ…
その運が一生、続けば、それに越したことはないからだ…
それで、一生、生きて行けるからだ…
私は、そんなことを、考えた…