第82話
文字数 5,708文字
…お義父さんが、スーパージャパンを買収?…
…矢口のお嬢様の会社を買収?…
考えもせんかった…
予想もせんかった…
まさに、想定外…
想定外の事態だった…
だから、どう言っていいか、わからんかった…
あまりにも、想定外の出来事に、どう返答していいか、わからんかった…
私は、ただ、
「…」
と、黙ったままだった…
すると、葉尊が、言いづらそうに、
「…実は、これは、ボクも最近知ったばかりです…」
と、言い訳した…
「…最近知ったばかりだと?…」
「…ハイ…」
「…」
「…当たり前ですが、ボクと父は、いっしょに同居もしていなければ、職場も別です…だから、基本、交流はありません…」
葉尊の言う通りだ…
葉尊の父、葉敬は、台湾の大企業、台北筆頭のオーナー経営者…
基本、台湾にいる…
片や、息子の葉尊は、私と、この日本で、同居している…
だから、基本、交流はない…
だから、今、葉尊が言ったように、父の葉敬が、あの矢口のお嬢様の会社を買収しようとしても、知らなかったと、しても、おかしくはない…
だが、だ…
どうして、スーパーなんだ?
それが、謎だった…
葉尊の父の葉敬は、台湾の台北筆頭のオーナー経営者…
経営するのは、メーカーだ…
だから、経営危機に陥った、日本の総合電機メーカー、クールを買収して、その社長に、息子の葉尊を送り込んだ…
そして、私は、その葉尊の妻だ…
だから、
「…どうして、スーパーなんだ?…」
私は、直球に、葉尊に聞いた…
「…お義父さんが、経営する、台北筆頭は、オマエが、社長を務めるクールと同じで、メーカーだろう? …それが、どうして、スーパーを買収しようとするんだ?…」
文字通り、謎だった…
畑違い過ぎる…
私は、経営者でも、なんでもない…
素人だ…
が、
そんな素人の私にすら、そんなことが、できるのか、謎だった…
これは、例えば、トヨタが、イトーヨーカドーを、買収すると、言っているようなものだ…
誰もが、初めて、聞けば、目が点になる…
「…エッ?…」
と、絶句する…
それから、そんなことができるのか、心配になる…
自動車を作る会社が、スーパーを買収して、経営できるのか、心配になる…
「…それは、ボクに聞いても…」
葉尊が、言い淀んだ…
その姿を見て、
「…そうだな…」
と、相槌を打つしか、なかった…
いかに、父子といえども、父が、なにを考えているか? 息子でも、わかるはずがないからだ…
だから、
「…すまんかった…」
と、葉尊に、詫びた…
すると、
「…でも、父が…葉敬が、スーパーを買収すると、聞いたときに、最初は、驚きましたが、わからないわけじゃないと、思い直しました…」
と、付け足した…
「…どういうことだ?…」
「…父は、スーパーが、好きなんです…」
「…スーパーが好き?…」
「…ハイ…」
「…どういう意味だ?…」
「…単純に、買い物が好きなんです…主婦じゃ、ありませんが、どこの店に、どんな商品が、置いてあるかとか…Aという店よりも、Bという店の方が安いとか…それが、父の趣味というか…」
「…お義父さんの趣味?…」
「…ハイ…父は、ゴルフはしませんし、経済人にありがちな、会社の経営が、趣味といえる男です…ですが、そんな中でも、スーパー巡りというと、聞こえは悪いですが…とにかく、好きなんです…色んなスーパーを、見て回るのが、好きなんです…」
なんと?
台湾の大企業の社長の趣味が、スーパー巡りとは?
思いもせんかった…
まさに、想定外…
考えもつかんかった…
「…だから…」
と、葉尊は、続けた…
「…ボクも最初に聞いたときは、腰を抜かさんばかりに驚きましたが、よく考えると、納得できる部分はありました…ただ…」
「…ただ…なんだ?…」
「…この話…本当か、どうかは、眉唾物です…」
「…なんだと?…」
これには、驚いた…
最初から、自分の父親の葉敬が、あのお嬢様の会社である、スーパージャパンを買収するのでは? と言っていて、実は、この話、眉唾物とは?
一体どういうことだ?
さっぱり、話がわからん…
さっぱり、話が見えん…
「…どうして、眉唾物なんだ?…」
「…考えて見て下さい…」
「…なにを、考えるんだ?…」
「…台北筆頭のオーナー社長が、日本のスーパーを買収する…畑違い過ぎます…」
「…それは、そうだが…だが、葉尊…オマエは、お義父さんの趣味が、スーパー巡りだと、今、言ったばかりじゃないか?…」
「…そこです…お姉さん?…」
「…なにが、そこなんだ?…」
「…父の趣味が、スーパー巡りだと知った人間が、わざと、この噂を流したか? あるいは…」
「…あるいは、なんだ?…」
「…父に、わざとスーパーの買収を持ちかけて、その気にさせようとしたか?…」
「…なんだと?…」
「…ボクも、この話を最初に聞いたときは、一笑に付したんですが、今、お姉さんに話を聞いて、そうでないことを、知りました…」
「…」
「…なにより、買収されると、知った矢口さんが、焦っていると、聞いて、驚愕しました…」
「…」
「…それで、これは、もしかしたら、本当かもしれないと、思い直しました…」
葉尊が、真剣な表情で、語る…
私は、それを見て、当たり前だが、葉尊の言葉を信じた…
夫の言葉を信じた…
「…で、どうする?…」
私は、聞いた…
「…どうするって、どういう意味ですか?…」
「…お義父さんが、矢口のお嬢様の会社を買収する話さ…オマエは、どう対応するんだ?…」
「…別に、なにも…」
「…なんだと?…」
「…考えて見て下さい…お姉さん…」
「…なにを、考えるんだ?…」
「…父が、矢口さんの会社を、買収するとしても、それは、ビジネスです…そして、父のビジネスに、ボクは、口を挟めません…」
「…」
「…ボクが、この若さで、クールの社長をしているのも、父のおかげです…29歳で、日本の大企業の社長に、普通は、できるはずがありません…なれるはずが、ありません…」
「…」
「…だから、ボクが、父になにか、意見を言うことはできません…」
言われてみれば、その通り…
まさに、その通りだった…
「…お姉さんの気持ちはわかります…」
「…私の気持ち?…」
「…友人の矢口さんが、困ると、思っているんでしょ?…」
「…別に、あのお嬢様は、私の友人では…」
と、言いかけて、止めた…
あのお嬢様は、友人というほど、親しくはない…
しいて言えば、顔見知りというか…
ただ、昔、知り会って、利用されただけだ(苦笑)…
そして、それは、今回も同じ…
同じだ…
またも、利用された…
が、
別に、命を取られたわけでも、お金を取られたわけでも、なんでもない…
ただ、利用されただけ…
お嬢様と、私が、見た目が、そっくりだから、利用されただけだ…
それと、利用されたにも、かかわらず、不思議と、私は、あのお嬢様に、恨みは、なかった…
それは、なぜかと、言えば、あのお嬢様に、性格の悪さを感じないからだろうと、思った…
誰もが、そうだが、性格の悪い人間は、嫌いだ…
性格の悪い人間を好きなのは、同じように、性格の悪い連中ばかり…
これは、学校や会社に限らず、集団を見れば、わかる…
人が集まれば、わかる…
同じような性格の人間が、固まるものだ…
見るからに真面目な人間は、同じように、真面目な連中といっしょにいる…
真逆に、ヤンキーは、ヤンキーとつるむ…
その方が、楽しいからだ…
気が合うからだ…
だから、ある人間が、どういう人間か、知りたければ、その人間が、誰と仲がいいかを、見れば、簡単にわかる…
そういうことだ…
そんなことを、考えていると、
「…お姉さんは、優しいんですね…」
と、葉尊が、言った…
「…優しい? …私が?…」
「…そうです…矢口さんが、心配で、堪らないのでしょ?…」
「…いや…そこまでは…」
「…そこまではないと、お姉さんは、言いたいのでしょうが、ボクは、そうは、思いません…」
「…どうして、そう思わないんだ?…」
「…だって、考えて見てください…なにも、思わなければ、そもそも、矢口さんのことを、ボクに聞きませんよ…」
「…」
「…お姉さんは、根が善人なんです…」
「…根が善人? …私が?…」
「…そうです…だから、父も…葉敬も、ボクとお姉さんが、結婚することに、反対しなかった…」
「…」
「…父は、当然ながら、ひとを見る目があります…お姉さんが、善人でないならば、父は、お姉さんとの結婚を認めなかったと、思います…」
私は、唖然とした…
正直、どう答えていいか、わからなかった…
私が、善人か、どうかは、わからない…
少なくとも、自分では、性格が悪くは、ないと、思う…
が、
それを言えば、極端な話、死刑囚といえども、自分は、性格が悪くないと、言い張るんじゃないかと、思う…
いや、
言い張るのではなく、本気で、自分が、性格が、悪くないと、信じている可能性が、高い(爆笑)…
そもそも、死刑囚は、おおげさ過ぎるが、身近な自分の周りの人間で、誰が、見ても、性格が悪い人間が、いたとする…
その人間に、
「…アンタ…性格が、悪いね…」
とでも、言えば、大抵は、ムキになって、否定するだろう…
稀に、
「…そうさ…自分は、性格が、良くないから…」
と、言っても、ふざけているか、冗談で、言っているかの、どっちかで、本当に、心の底から、自分が、性格が、悪いと、思っている人間は、まずはいないものだ…
そんなことを、考えながら、
「…たしかに、私は、性格が、悪いとは、思わんが、善人とまでは…」
と、言った…
つい、口にした…
誰もが、そうだろう…
誰もが、同じ、ことを、口にするだろう…
この世に、聖人君子は、存在しない…
善人かと、聞かれて、善人だと、心の底から、言える人間は、存在しない…
大抵は、真っ白では、なく、多少は、汚れている(笑)…
普通に、陰で、ひとの悪口を言い、ちょっとばかり、ウソをつく…
誰もが、そういうものだ(笑)…
誰もが、多少は、それがある…
ハッキリ言えば、程度の問題だ…
それが、ひどければ、
「…アイツは、性格が悪い…」
と、陰口を叩かれる…
そういうことだ(笑)…
「…お姉さんは、自分の良さが、わからないんです…」
葉尊が、続けた…
「…私の良さ?…」
「…そうです…おそらく、父も、ボクとお姉さんが、結婚したときは、内心、不安だったと思います…」
「…不安だった?…」
「…ハイ…ボクとお姉さんが、うまくいくか、どうか、不安だったと、思います…」
「…うまくいくか、どうかだと?…」
「…ボクとお姉さんの結婚は、まさに、偶然…偶然の出会いからです…だから、いっしょにいる時間が、少なかった…その二人が、いっしょに暮して、うまくいくか、どうか、不安だったはずです…」
「…」
「…でも、それは、杞憂(きゆう)でした…」
「…杞憂(きゆう)だと?…」
「…実は、今だから告白しますが、お姉さんと、いっしょに暮したのは、父のゴーサインが、出たからです…」
「…お義父さんのゴーサイン?…」
「…ハイ…お姉さんと結婚は、したものの、最初は、別居婚…いっしょに、住みませんでした…ですが、お姉さんが、リンダやバニラと仲良くすることで、父は、お姉さんを、受け入れたんです…」
「…私が、リンダやバニラと仲良くすることで、私を受け入れただと?…」
「…リンダもバニラも、超一流の芸能人…当然、プライドも高い…だから、周囲は、彼女たちの扱いに、困るときもあります…」
「…プライドが、高い? たしかに、そうかもしれんが、私には、普通だったゾ…」
「…それは、お姉さんだからです…」
「…私だから?…」
「…そうです…もちろん、父やボクは、今のように有名になる前のリンダやバニラを知ってますから、二人とも、父やボクの前では、威張ることはありません…横柄な態度も、取りません…ですが、それ以外の人間には、違います…」
「…どう違うんだ?…」
「…やはり、ついわがままになってしまうんです…例えば、なにか、飲み物を飲みたいとします…すると、自分のいる場所から、歩いて、十メートルでも、二十メートルでも、近くに、自動販売機があって、そこに、自分が、歩いて、行って、買えば、いいだけなのに、周囲の人間に頼む…まるで、自分が、行けば、スターでないような気分になってしまうんでしょ?…」
…そんな!…
…そんなバカな!…
私は、驚いた…
まさか…
まさか、リンダやバニラがそんなわがままとは…
全然、知らんかった…
が、
そう言われれば、私にも、わかる…
夫の葉尊の言うことが、わかる…
リンダも、バニラも有名人…
当たり前だが、プライドが高い…
だから、扱いに困るのは、わかる…
態度が、横柄になってしまうから、扱いに困るのは、わかるのだ…
「…ですが、そんな二人も、お姉さんの前では、違います…まるで、昔からの知り合いのように接します…それも、短期間で…そんなことのできる人間は、滅多にいません…だから、それを見て、父は、ボクが、お姉さんと住むことを、許可したんです…」
「…な、なんだと?…」
唖然として、言葉が続かんかった…
まさか、私が、夫の葉尊と住むことも、お義父さんの許可を得ていたとは…
いや、
お義父さんの許可が、必要なのは、わかる…
考えてみれば、当たり前のことだ…
が、
それより、なにより、お義父さんが、私とリンダやバニラの関係を見て、同居をOKしたことが、驚いたのだ…
私は、ただリンダやバニラと接しただけ…
だが、その対応を見て、お義父さんが、私を認めたのが、驚いたのだ…
「…お姉さんの才能です…誰にもできることじゃありません…」
葉尊が、言った…
「…そして、もしかしたら…その才能を生かすことが、できるならば、矢口さんを救うことができるかも…」
葉尊が、仰天する言葉を、続けた…
…矢口のお嬢様の会社を買収?…
考えもせんかった…
予想もせんかった…
まさに、想定外…
想定外の事態だった…
だから、どう言っていいか、わからんかった…
あまりにも、想定外の出来事に、どう返答していいか、わからんかった…
私は、ただ、
「…」
と、黙ったままだった…
すると、葉尊が、言いづらそうに、
「…実は、これは、ボクも最近知ったばかりです…」
と、言い訳した…
「…最近知ったばかりだと?…」
「…ハイ…」
「…」
「…当たり前ですが、ボクと父は、いっしょに同居もしていなければ、職場も別です…だから、基本、交流はありません…」
葉尊の言う通りだ…
葉尊の父、葉敬は、台湾の大企業、台北筆頭のオーナー経営者…
基本、台湾にいる…
片や、息子の葉尊は、私と、この日本で、同居している…
だから、基本、交流はない…
だから、今、葉尊が言ったように、父の葉敬が、あの矢口のお嬢様の会社を買収しようとしても、知らなかったと、しても、おかしくはない…
だが、だ…
どうして、スーパーなんだ?
それが、謎だった…
葉尊の父の葉敬は、台湾の台北筆頭のオーナー経営者…
経営するのは、メーカーだ…
だから、経営危機に陥った、日本の総合電機メーカー、クールを買収して、その社長に、息子の葉尊を送り込んだ…
そして、私は、その葉尊の妻だ…
だから、
「…どうして、スーパーなんだ?…」
私は、直球に、葉尊に聞いた…
「…お義父さんが、経営する、台北筆頭は、オマエが、社長を務めるクールと同じで、メーカーだろう? …それが、どうして、スーパーを買収しようとするんだ?…」
文字通り、謎だった…
畑違い過ぎる…
私は、経営者でも、なんでもない…
素人だ…
が、
そんな素人の私にすら、そんなことが、できるのか、謎だった…
これは、例えば、トヨタが、イトーヨーカドーを、買収すると、言っているようなものだ…
誰もが、初めて、聞けば、目が点になる…
「…エッ?…」
と、絶句する…
それから、そんなことができるのか、心配になる…
自動車を作る会社が、スーパーを買収して、経営できるのか、心配になる…
「…それは、ボクに聞いても…」
葉尊が、言い淀んだ…
その姿を見て、
「…そうだな…」
と、相槌を打つしか、なかった…
いかに、父子といえども、父が、なにを考えているか? 息子でも、わかるはずがないからだ…
だから、
「…すまんかった…」
と、葉尊に、詫びた…
すると、
「…でも、父が…葉敬が、スーパーを買収すると、聞いたときに、最初は、驚きましたが、わからないわけじゃないと、思い直しました…」
と、付け足した…
「…どういうことだ?…」
「…父は、スーパーが、好きなんです…」
「…スーパーが好き?…」
「…ハイ…」
「…どういう意味だ?…」
「…単純に、買い物が好きなんです…主婦じゃ、ありませんが、どこの店に、どんな商品が、置いてあるかとか…Aという店よりも、Bという店の方が安いとか…それが、父の趣味というか…」
「…お義父さんの趣味?…」
「…ハイ…父は、ゴルフはしませんし、経済人にありがちな、会社の経営が、趣味といえる男です…ですが、そんな中でも、スーパー巡りというと、聞こえは悪いですが…とにかく、好きなんです…色んなスーパーを、見て回るのが、好きなんです…」
なんと?
台湾の大企業の社長の趣味が、スーパー巡りとは?
思いもせんかった…
まさに、想定外…
考えもつかんかった…
「…だから…」
と、葉尊は、続けた…
「…ボクも最初に聞いたときは、腰を抜かさんばかりに驚きましたが、よく考えると、納得できる部分はありました…ただ…」
「…ただ…なんだ?…」
「…この話…本当か、どうかは、眉唾物です…」
「…なんだと?…」
これには、驚いた…
最初から、自分の父親の葉敬が、あのお嬢様の会社である、スーパージャパンを買収するのでは? と言っていて、実は、この話、眉唾物とは?
一体どういうことだ?
さっぱり、話がわからん…
さっぱり、話が見えん…
「…どうして、眉唾物なんだ?…」
「…考えて見て下さい…」
「…なにを、考えるんだ?…」
「…台北筆頭のオーナー社長が、日本のスーパーを買収する…畑違い過ぎます…」
「…それは、そうだが…だが、葉尊…オマエは、お義父さんの趣味が、スーパー巡りだと、今、言ったばかりじゃないか?…」
「…そこです…お姉さん?…」
「…なにが、そこなんだ?…」
「…父の趣味が、スーパー巡りだと知った人間が、わざと、この噂を流したか? あるいは…」
「…あるいは、なんだ?…」
「…父に、わざとスーパーの買収を持ちかけて、その気にさせようとしたか?…」
「…なんだと?…」
「…ボクも、この話を最初に聞いたときは、一笑に付したんですが、今、お姉さんに話を聞いて、そうでないことを、知りました…」
「…」
「…なにより、買収されると、知った矢口さんが、焦っていると、聞いて、驚愕しました…」
「…」
「…それで、これは、もしかしたら、本当かもしれないと、思い直しました…」
葉尊が、真剣な表情で、語る…
私は、それを見て、当たり前だが、葉尊の言葉を信じた…
夫の言葉を信じた…
「…で、どうする?…」
私は、聞いた…
「…どうするって、どういう意味ですか?…」
「…お義父さんが、矢口のお嬢様の会社を買収する話さ…オマエは、どう対応するんだ?…」
「…別に、なにも…」
「…なんだと?…」
「…考えて見て下さい…お姉さん…」
「…なにを、考えるんだ?…」
「…父が、矢口さんの会社を、買収するとしても、それは、ビジネスです…そして、父のビジネスに、ボクは、口を挟めません…」
「…」
「…ボクが、この若さで、クールの社長をしているのも、父のおかげです…29歳で、日本の大企業の社長に、普通は、できるはずがありません…なれるはずが、ありません…」
「…」
「…だから、ボクが、父になにか、意見を言うことはできません…」
言われてみれば、その通り…
まさに、その通りだった…
「…お姉さんの気持ちはわかります…」
「…私の気持ち?…」
「…友人の矢口さんが、困ると、思っているんでしょ?…」
「…別に、あのお嬢様は、私の友人では…」
と、言いかけて、止めた…
あのお嬢様は、友人というほど、親しくはない…
しいて言えば、顔見知りというか…
ただ、昔、知り会って、利用されただけだ(苦笑)…
そして、それは、今回も同じ…
同じだ…
またも、利用された…
が、
別に、命を取られたわけでも、お金を取られたわけでも、なんでもない…
ただ、利用されただけ…
お嬢様と、私が、見た目が、そっくりだから、利用されただけだ…
それと、利用されたにも、かかわらず、不思議と、私は、あのお嬢様に、恨みは、なかった…
それは、なぜかと、言えば、あのお嬢様に、性格の悪さを感じないからだろうと、思った…
誰もが、そうだが、性格の悪い人間は、嫌いだ…
性格の悪い人間を好きなのは、同じように、性格の悪い連中ばかり…
これは、学校や会社に限らず、集団を見れば、わかる…
人が集まれば、わかる…
同じような性格の人間が、固まるものだ…
見るからに真面目な人間は、同じように、真面目な連中といっしょにいる…
真逆に、ヤンキーは、ヤンキーとつるむ…
その方が、楽しいからだ…
気が合うからだ…
だから、ある人間が、どういう人間か、知りたければ、その人間が、誰と仲がいいかを、見れば、簡単にわかる…
そういうことだ…
そんなことを、考えていると、
「…お姉さんは、優しいんですね…」
と、葉尊が、言った…
「…優しい? …私が?…」
「…そうです…矢口さんが、心配で、堪らないのでしょ?…」
「…いや…そこまでは…」
「…そこまではないと、お姉さんは、言いたいのでしょうが、ボクは、そうは、思いません…」
「…どうして、そう思わないんだ?…」
「…だって、考えて見てください…なにも、思わなければ、そもそも、矢口さんのことを、ボクに聞きませんよ…」
「…」
「…お姉さんは、根が善人なんです…」
「…根が善人? …私が?…」
「…そうです…だから、父も…葉敬も、ボクとお姉さんが、結婚することに、反対しなかった…」
「…」
「…父は、当然ながら、ひとを見る目があります…お姉さんが、善人でないならば、父は、お姉さんとの結婚を認めなかったと、思います…」
私は、唖然とした…
正直、どう答えていいか、わからなかった…
私が、善人か、どうかは、わからない…
少なくとも、自分では、性格が悪くは、ないと、思う…
が、
それを言えば、極端な話、死刑囚といえども、自分は、性格が悪くないと、言い張るんじゃないかと、思う…
いや、
言い張るのではなく、本気で、自分が、性格が、悪くないと、信じている可能性が、高い(爆笑)…
そもそも、死刑囚は、おおげさ過ぎるが、身近な自分の周りの人間で、誰が、見ても、性格が悪い人間が、いたとする…
その人間に、
「…アンタ…性格が、悪いね…」
とでも、言えば、大抵は、ムキになって、否定するだろう…
稀に、
「…そうさ…自分は、性格が、良くないから…」
と、言っても、ふざけているか、冗談で、言っているかの、どっちかで、本当に、心の底から、自分が、性格が、悪いと、思っている人間は、まずはいないものだ…
そんなことを、考えながら、
「…たしかに、私は、性格が、悪いとは、思わんが、善人とまでは…」
と、言った…
つい、口にした…
誰もが、そうだろう…
誰もが、同じ、ことを、口にするだろう…
この世に、聖人君子は、存在しない…
善人かと、聞かれて、善人だと、心の底から、言える人間は、存在しない…
大抵は、真っ白では、なく、多少は、汚れている(笑)…
普通に、陰で、ひとの悪口を言い、ちょっとばかり、ウソをつく…
誰もが、そういうものだ(笑)…
誰もが、多少は、それがある…
ハッキリ言えば、程度の問題だ…
それが、ひどければ、
「…アイツは、性格が悪い…」
と、陰口を叩かれる…
そういうことだ(笑)…
「…お姉さんは、自分の良さが、わからないんです…」
葉尊が、続けた…
「…私の良さ?…」
「…そうです…おそらく、父も、ボクとお姉さんが、結婚したときは、内心、不安だったと思います…」
「…不安だった?…」
「…ハイ…ボクとお姉さんが、うまくいくか、どうか、不安だったと、思います…」
「…うまくいくか、どうかだと?…」
「…ボクとお姉さんの結婚は、まさに、偶然…偶然の出会いからです…だから、いっしょにいる時間が、少なかった…その二人が、いっしょに暮して、うまくいくか、どうか、不安だったはずです…」
「…」
「…でも、それは、杞憂(きゆう)でした…」
「…杞憂(きゆう)だと?…」
「…実は、今だから告白しますが、お姉さんと、いっしょに暮したのは、父のゴーサインが、出たからです…」
「…お義父さんのゴーサイン?…」
「…ハイ…お姉さんと結婚は、したものの、最初は、別居婚…いっしょに、住みませんでした…ですが、お姉さんが、リンダやバニラと仲良くすることで、父は、お姉さんを、受け入れたんです…」
「…私が、リンダやバニラと仲良くすることで、私を受け入れただと?…」
「…リンダもバニラも、超一流の芸能人…当然、プライドも高い…だから、周囲は、彼女たちの扱いに、困るときもあります…」
「…プライドが、高い? たしかに、そうかもしれんが、私には、普通だったゾ…」
「…それは、お姉さんだからです…」
「…私だから?…」
「…そうです…もちろん、父やボクは、今のように有名になる前のリンダやバニラを知ってますから、二人とも、父やボクの前では、威張ることはありません…横柄な態度も、取りません…ですが、それ以外の人間には、違います…」
「…どう違うんだ?…」
「…やはり、ついわがままになってしまうんです…例えば、なにか、飲み物を飲みたいとします…すると、自分のいる場所から、歩いて、十メートルでも、二十メートルでも、近くに、自動販売機があって、そこに、自分が、歩いて、行って、買えば、いいだけなのに、周囲の人間に頼む…まるで、自分が、行けば、スターでないような気分になってしまうんでしょ?…」
…そんな!…
…そんなバカな!…
私は、驚いた…
まさか…
まさか、リンダやバニラがそんなわがままとは…
全然、知らんかった…
が、
そう言われれば、私にも、わかる…
夫の葉尊の言うことが、わかる…
リンダも、バニラも有名人…
当たり前だが、プライドが高い…
だから、扱いに困るのは、わかる…
態度が、横柄になってしまうから、扱いに困るのは、わかるのだ…
「…ですが、そんな二人も、お姉さんの前では、違います…まるで、昔からの知り合いのように接します…それも、短期間で…そんなことのできる人間は、滅多にいません…だから、それを見て、父は、ボクが、お姉さんと住むことを、許可したんです…」
「…な、なんだと?…」
唖然として、言葉が続かんかった…
まさか、私が、夫の葉尊と住むことも、お義父さんの許可を得ていたとは…
いや、
お義父さんの許可が、必要なのは、わかる…
考えてみれば、当たり前のことだ…
が、
それより、なにより、お義父さんが、私とリンダやバニラの関係を見て、同居をOKしたことが、驚いたのだ…
私は、ただリンダやバニラと接しただけ…
だが、その対応を見て、お義父さんが、私を認めたのが、驚いたのだ…
「…お姉さんの才能です…誰にもできることじゃありません…」
葉尊が、言った…
「…そして、もしかしたら…その才能を生かすことが、できるならば、矢口さんを救うことができるかも…」
葉尊が、仰天する言葉を、続けた…