第183話

文字数 4,210文字

 「…どうしたんですか? …お姉さん、そんな顔をして…」

 葉尊が、言う…

 「…今日は、目が笑ってませんね…」

 …目が笑ってないだと?…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 たしかに、この矢田トモコ…

 いつも、目が笑っていると、言われた…

 言われ続けた…

 昔の芸人で、言えば、三宅裕司…

 今の若い女性で、言えば、秋篠宮家の佳子様に近い…

 まあ、佳子様ほど、自分は、美人では、ないが、目が笑っているのが、似ていると、言われたことがある…

 実は、これは、これまで、誰にも、言ったことは、なかったが、この矢田の自慢だった…

 密かな、この矢田の自慢だった…

 やはり、日本を代表する皇族の若きプリンセスと、この矢田が、比べられるのは、密かな自慢だった(笑)…

 が、

 似ているのは、ただ目が笑っているだけ…

 ただ、それだけだった(涙)…

 顔も、身長も、違った…

 佳子様は、なにより、私のように、六頭身の幼児体型では、なかったからだ…

 が、

 私のように、巨乳でもない…

 まあ、一長一短というやつだ(笑)…

 と、

 半ば強引に、私と佳子様をいっしょにした…

 いっしょに、したのだ…

 私が、そんなことを、思っていると、

 「…戻りましょう…」

 と、もう一度、葉尊が、言った…

 それから、

 「…お姉さんの気持ちは、わかります…」

 と、付け加えた…

 「…私の気持ちだと?…」

 「…そうです…」

 「…私の気持ちだと? …どんな気持ちだ?…」

 「…このパーティーの主役を奪われた気持ちです…」

 「…主役を奪われた気持ちだと?…」

 「…そうです…」

 葉尊が、真顔で、言った…

 「…このパーティーは、ボクとお姉さんの結婚半年を記念して、開かれたパーティーです…でも、実際は、お姉さんも知っているように、今は、リンダとバニラが主役になってます…」

 「…」

 「…お姉さんは、それが、面白くないんじゃ、ないんですか? …だから、パーティー会場から、逃げ出した…」

 「…違うさ…」

 反射的に、答えた…

 「…違う? …どう違うんですか?…」

 「…パーティーうんぬんは、どうでも、いいのさ…」

 「…どうでも、いい?…」

 葉尊が、驚いた様子だった…

 「…私は、一般人さ…こんな豪華なホテルで、結婚記念パーティーを開いてもらうような、大物じゃないさ…」

 「…」

 「…葉尊…オマエは、生まれるつきの、金持ちかも、しれんが、私は、平凡さ…平凡な生まれの女さ…おまけに、美人でも、なんでもないさ…だから、こんな豪華なパーティーは、私には、不釣り合いなのさ…私には、似合わんのさ…」

 私は、言った…

 葉尊を睨みながら、言った…

 すると、葉尊は、

 「…」

 と、黙った…

 同時に、考え込んだ…

 それから、笑った…

 実に、楽しそうに笑った…

 私は、動揺した…

 みっともないほど、動揺した…

 「…な、なんだ? …なにが、おかしい?…」

 「…お姉さんが、欲が、なさすぎて、おかしいんです…」

 「…私が、欲が、なさ過ぎるだと?…」

 「…そうです…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…ボクは、自分で言うのも、なんですが、金持ちの息子に生まれました…だから、ボクと結婚すれば、日本のことわざで、言えば、玉の輿に乗れると、思って、子供の頃から、多くの女性から、チヤホヤされました…」

 「…」

 「…でも、ボクは、それが、嫌だった…彼女たちの目的が、ボクの父の持つ、金だということは、子供心にも、わかった…これは、ボクの男の友人もそう…ボクと仲良くすれば、将来役に立つと、思い、誰もが、ボクをチヤホヤした…」

 「…」

 「…だから、そんな環境から、逃れるために、ボクはオタクになった…ひとりぼっちでいれば、誰にも、利用されることは、ないからです…」

 「…」

 「…そして、お姉さんに会った…正直、お姉さんも、ボクの正体を知れば、ボクを利用するかと、思った…が、違った…」

 「…違った? …私が? …どう違ったんだ?…」

 「…今、ここにいるのが、その実例です…」

 「…実例だと?…」

 「…お金持ちのお坊ちゃんと、結婚しても、なにも、変わらない…見事なまでに、自分を知っている…」

 「…自分を知っているだと?…」

 「…そうです…」

 「…」

 「…地位も名誉も、求めない…お姉さんこそ、ボクの理想のパートナーです…」

 葉尊が、真顔で、言った…

 が、

 私は、その言葉を信じんかった…

 その言葉を真に受けんかった…

 葉尊は、見た目通りの人間ではない…

 そう指摘した、葉敬や葉問…そして、矢口のお嬢様の言葉が、念頭にあったからだ…

 「…オマエの目的は?…」

 私は、いきなり、言った…

 「…ボクの目的? …一体、それは、なんですか?…」

 「…もしかして、オマエの目的は、葉敬に対する復讐じゃないのか?…」

 私は、言った…

 自分でも、意外だった…

 まさか、そんな言葉が、自分の口から出て来るとは、思わんかった…

 「…復讐? …どうして、ボクが、父に復讐しなければ、ならないんですか?…」

 「…それは、今、オマエが、答えを言ったさ…」

 「…ボクが、答えを言った?…」

 「…今、オマエが、子供のときから、周囲の人間に利用されるのが、嫌だったから、オタクになったと、言った…そして、それは、突き詰めれば、父親が、金持ちだから…お義父さんが、大金持ちだからに他ならない…違うか?…」

 「…」

 「…オマエは、いつも仮面を被って生きてきたのさ…」

 「…ボクが、仮面を?…」

 「…そうさ…」

 「…」

 「…ただ、おとなしい人間は、いない…だが、オマエは、いつも、私の前では、おとなしい…」

 「…」

 「…そして、それは、おかしいさ…人間だから、誰でも、怒ったり、わめいたり、泣いたりすることがある…だが、葉尊…オマエは、決して、私に逆らわない…どんなときも、私を優遇する…それは、おかしいさ…」

 「…」

 「…オマエは、おそらく、子供の頃から…物心が、ついてから、常に、仮面を被っていきてきたのさ…」

 「…仮面を被って、生きてきた?…」

 「…そうさ…仮面を被って、自分の感情を殺して、生きてきた…だから、それが、習い性になり、自分の感情をうまく、外に出すことが、できなくなったのさ…」

 「…」

 「…そして、オマエが、自分の感情を、うまく出せる人間が、あの葉問さ…」

 「…葉問?…」

 「…そうさ…オマエが、おそらく、無意識に作り出した、あの葉問さ…」

 「…」

 「…あの葉問は、自由奔放…好きなところに、行き、好きなことをやる…アレは、もしかしたら、オマエの憧れなんじゃ、ないのか?…」

 「…ボクの憧れ?…」

 「…大金持ちの息子に生まれ、なにひとつ不自由のない生活をする…が、一方で、やることは、すべて決まっている…」

 「…やることが、すべて、決まっている? …どういうことですか?…」

 「…オマエは、生まれたときから、葉敬の後継者の道を歩むことが、決まっている…お義父さんの会社、台北筆頭を率いることが、決まっている…」

 「…」

 「…そして、オマエは、ホントは、それが、嫌なんじゃないのか?…」

 「…嫌?…」

 「…そうさ…すでに、未来も決められている…そして、たぶん、オマエが、なにも、言わなければ、オマエが、結婚する相手も、周囲から、勝手に決められる…オマエは、それが、嫌なんじゃないのか?…」

 「…」

 「…だから、それが、嫌で、オマエは、私と結婚した…つまり、オマエは、葉敬に、反抗したのさ…」

 「…父に反抗した?…」

 「…そうさ…が、予想外のことが、起こった…」

 「…なにが、予想外なんですか?…」

 「…葉敬が、私を気に入ったことさ…」

 「…父が、お姉さんを気に入ったことが、どうして、予想外なんですか?…」

 「…オマエは、ホントは、葉敬に反抗したかったのさ…逆らいたかったのさ…だから、わざと葉敬が、嫌がる相手と、結婚することで、葉敬に復讐したかったのさ…」

 「…」

 「…でも、あろうことか、葉敬は、私を気に入った…なぜか、知らんが、気に入った…それで、オマエの目論見が、崩れた…」

 「…ボクの目論見?…」

 「…そうさ…ハッキリ言えば、オマエが、私と結婚したのは、葉敬への嫌がらせさ…でも、葉敬が、私を気に入ったことで、私との結婚が、嫌がらせでも、なんでも、なくなった…だから、オマエは、焦った…」

 「…焦った?…」

 「…そうさ…」

 言いながら、私は、それが、たぶん、真実だと、思った…

 自分でも、まさか、こんなことを、言うとは、思わんかったが、それが、真実だと思った…

 「…そして、もしかしたら、あの矢口のお嬢様…あのお嬢様にも、オマエは、なにか、したんじゃないのか?…」

 「…矢口さんに、ボクが? …一体、ボクが、なにを、したと言うんです?…」

 「…案外、あのお嬢様の会社、スーパージャパンの経営危機…あれには、オマエが、関わっているんじゃ、ないのか?…」

 「…どうして、そんなことが、言えるんですか?…一体、なんのために、そんなことを?…」

 「…葉敬を困らせるためさ…」

 「…父を困らせため?…それが、矢口さんと、なにが、関係があるんですか?…」

 「…おおありさ…」

 「…おおあり?…」

 「…矢口のお嬢様が、困れば、私に泣きつくというか…結果、私が、困る…」

 「…お姉さんが、困る…」

 「…そうさ…すると、どうだ? 私が、困れば、葉敬が、当惑する…哀しむ…」

 「…どうして、お姉さんが、困れば、父が、哀しむんですか?…」

 「…私が、葉敬のお気に入りだからさ…」

 「…お姉さんが、父のお気に入りだから…意味が、わかりません…」

 「…簡単さ…要するに、私を困らせることで、葉敬を困らせたかったのさ…私が困る顔を見て、葉敬が、哀しむ顔を見たかったのさ…」

 「…」

 「…つまりは、オマエは、父親を困らせたくて、私を利用したのさ…」

 私は、告げた…

 真実を、告げた…

 すると、葉尊は、

 「…」

 と、沈黙した…

 「…」

 と、黙った…

 それから、しばらくして、

 「…証拠は、ありますか?…」

 と、穏やかに、聞いた…

 「…そんなものは、ないさ…」

 「…だったら、それは、すべて、お姉さんの妄想です…」

 「…妄想だと?…」

 「…そうです…」

 「…なんだと?…」

 私は、無言で、葉尊を睨んだ…

 私の細い目をさらに、細めて、睨んだ…

               

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