第120話
文字数 5,528文字
「…成功者…」
私は、つい、口にして、しまった…
気が付くと、口にしていた…
「…成功者?…」
その言葉を、葉敬が、繰り返した…
「…どういう意味ですか? …お姉さん?…」
私は、しまったと、思った…
一瞬、どう説明していいか、わからんかった…
が、
葉敬は、ジッと、私を見ていた…
ジッと、私の返答を待っていた…
だから、答えんわけには、いかんかった…
「…いえ、変わっていると思って…」
と、私は、小さく言った…
「…変わっている? …なにが、変わってるんですか?…」
「…成功者にしては、変わっていると、思って…」
私が、呟くと、葉敬が、キョトンとした表情になった…
意味がわからない様子だった…
「…スイマセン…お姉さん…もっと、わかるように、説明してくれませんか?…」
「…ハイ…お義父さんは、成功者です…だから、息子の嫁も、もっと、お金持ちのお嬢様と、結婚させると、思ってました…でも、それが、私なんて…だから、変わってると、思って…」
「…」
「…そして、それは、葉尊も、同じです…私と結婚しても、全然、気にしてない…明らかに、身分が、違うのに…それは、リンダも、バニラも同じ…私以外は、皆、成功者…でも、みんな、変に、上を目指さないというか…いつも、身分違いの私を相手にしている…」
私が、呟くと、葉敬は、
「…」
と、黙った…
それから、少しの間、考え込んだ…
そして、ゆっくりと、口を開いた…
「…お姉さん…いいですか、よく聞いて下さい…」
「…ハイ…」
「…成功したのは、たまたまです…」
「…たまたま?…」
「…そうです…当然、私は、努力しました…これは、リンダやバニラも、同じです…成功すべく、努力は、しました…」
「…」
「…ですが、成功したのは、たまたまです…ハッキリ言えば、まぐれです…」
「…まぐれ?…」
「…そう、まぐれです…誰だって、努力は、します…ですが、成功するのは、ほんの一握りの人間です…そして、それは、実力なのかと、いえば、正直、私は、疑問です…」
「…疑問って?…」
「…だって、世の中、優れた人間は、結構いるものです…私は、この歳でも、若く美しい女性を見れば、心惹かれます…例えば、この日本に、やって来たときに、偶然、街で、美人を見かけても、です…ですが、どうですか? そんな美人でも、後に有名な女優になったとか、そんなことは、ないでしょ?…」
「…」
「…どんな美人でも、女優になれるのは、ほんの一握りの人間です…日本の東大を出ても、日本の有名な会社に入って、社長とか、取締役になれるのは、ほんの一握りの人間でしょ? …それと、同じです…」
「…同じ…」
「…つまり、私が、言いたいのは、すべからく運の要素が、大きいということです…美人でも、頭が良くても、うまく、その美貌や才能を生かして、成功することができる人間は、ほんの一握り…だから、運の要素が大きい…」
「…」
「…そして、それは、私も葉尊も、同じ…リンダや、バニラも、同じ…同じに、考えてます…」
「…リンダや、バニラも同じ…」
「…そう、同じです…だから、お姉さんが、言うように、変に上を目指さないのかも、しれません…自分は、たまたま、成功した…そう思っているからでしょう…だから、相手に成功を求めない…」
「…成功を求めない?…」
「…自分は、成功した…だから、自分の相手も、成功した人間でなければ、ならない…そういう発想が、ないからでしょう…」
…たしかに、そう言われてみれば、わかる…
…納得する…
要するに、くじでは、ないが、自分は、引いてみたら、たまたま、当たった…
そういうことだろう…
そう思っていると、いうことだ…
だから、相手に、同じことを、求めない…
たまたま、自分は、くじを引いたら、当たったに、過ぎないからだ…
が、
別の見方もある…
成功者が、パートナーに、成功者を求めるのは、その方が、話が合うからだ…
苦労した挙句、成功する…
そう言ったプロセスを踏んだことにより、相手も、同じプロセスを踏んで、成功した場合、話が合う…
これは、例えば、東大生が、東大生同士、結婚するのと、似ている…
要するに、頭のレベルが、同じだから、話が、合うのだ…
極端な話、東大生と、偏差値40の工業高校出身者が、結婚しても、話が噛み合わない…
互いに、頭のレベルが、違うから、興味のあることが、違うからだ…
だから、話が合わない…
これは、差別ではない…
現実だ…
だから、結婚に限らず、職場でも、なんでも、頭の程度が、同じなのが、いい…
あまりも、違う場合は、両者が、噛み合わず、一方が、逃げ出す事例が、後を絶たない(爆笑)…
そういうことだ…
私は、思った…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さん…要するに、相手になにを、求めているか、です…」
「…相手になにを、求めているか?…」
「…ハッキリ言えば、葉尊も、リンダも、バニラも、同じ…同じことを、お姉さんに、求めてます…」
「…同じことって、なんですか?…」
「…それは、癒しです…」
「…癒し?…」
「…お姉さんは、あったかいんです…お姉さんといっしょにいると、心が、温まる…」
「…心が、温まる?…」
「…そうです…だから、離れられない…」
葉敬が、楽しそうに、言う…
「…葉尊が、お姉さんと、知り合ったのは。僥倖(ぎょうこう)…この上ない、僥倖(ぎょうこう)です…」
「…僥倖(ぎょうこう)…
「…あるいは、奇貨(きか)居くべしというところでしょうか?…」
葉敬が、小さく呟いた…
…奇貨(きか)居くべしって、一体、どういう意味だろう?…
と、考えた…
が、
葉敬は、それ以上は、なにも、言わず、スタスタと、ファミレスの方に、歩いて行ってしまった…
だから、私も、それ以上、考えることは、止めて、葉敬の後を追う以外なかった…
ファミレスの中は、平凡だった…
が、
私と共に席に座った葉敬は、実に、楽しそうだった…
実に、嬉しそうだった…
まるで、子供のように、ニコニコしている…
まるで、子供のように、周囲を見回して、楽しそうだ…
子供は、誰でも、そうだが、ファミレスが、好きだ…
極端な例で、挙げれば、日本中に知られた食の有名店よりも、好きだ…
それは、ハッキリ言えば、清潔で、気持ちのよい環境だからだろう…
また、大人が、名店を好むのは、ブランドを好むのと、同じ発想…
シャネルやエルメスを好むのと、同じだ…
味を好むのは、もちろんのこと、一流店で、食べるのが、嬉しいのだ…
シャネルや、エルメスのような一流ブランドを持つのが、嬉しいのだ…
それと、同じだ…
だから、その理屈で、言うと、眼前の葉敬は、子供…
子供と、同じだった…
そう、考えると、私は、なんだか、嬉しくなった…
私にとって、葉敬は、雲の上の存在だった…
が、
そんな葉敬の子供のような一面を見るにつけ、なんだか、身近に、感じた…
私のような平凡な人間と、大差ないと、感じたのだ…
すると、つい、そんな考えが、表情に出たのだろう…
葉敬が、私に、
「…なにか、嬉しそうですね…お姉さん…」
と、聞いてきた…
「…なにか、楽しいことでも、ありましたか?…」
そう言われて、私は、一瞬、言葉に詰まった…
本当のことを、言っていいのか、どうか、迷ったからだ…
そんな私を見て、葉敬が、
「…言いたくなければ…」
と、言った…
私に、気を使ったのだ…
だから、真逆に、
「…たいしたことじゃ、ないんです…」
と、口を開かずには、いわれなかった…
「…ただ、お義父さんが、すごく楽しそうな表情をしているので…つい…」
「…私が、楽しそうな表情?…」
「…ハイ…まるで、子供が、初めて、ファミレスにやって来たみたいに…」
私が、指摘すると、葉敬の表情が、変わった…
まるで、子供が、なにか、大人に、いたずらを見つかって、叱られたような顔に、なったのだ…
私は、まさか、葉敬が、そんな顔をするとは、思って見なかったので、仰天した…
そして、それ以上に、自分が、どういう反応を示して、いいか、わからなかった…
「…これは、お恥ずかしい…」
葉敬が、言った…
「…実は、私は、こういった店に、目がないというか…つい、童心に戻ってしまうんです…」
「…童心に、戻る?…」
「…ハイ…子供の頃から、スーパーとか、こういうファミレスのような店が、好きで…それで、大人になった今も、時間があれば、つい、立ち寄って、どんな店か、中を見たくなってしまう…」
葉敬が、恥ずかしそうに、告白した…
「…これは、別に、私の仕事とか、そんなことは、まったく関係ない…しいて言えば、私の趣味というか…」
「…趣味?…」
「…ハイ…趣味です…実は、以前、台湾で、私が、スーパー巡りをしていたときに、その姿をメディアにスクープされたときが、ありまして…」
葉敬が、苦笑いを浮かべながら、説明する…
「…すると、私が、あまりに、熱心に、スーパーを見て回ったのを、見て、これは、台北筆頭が、今度は、スーパーの買収を考えているのでは? と、大騒ぎになりました…」
「…大騒ぎに?…」
「…ハイ…」
「…」
「…ですが、これには、困った…スーパー巡りは、単なる趣味です…別に、私が、スーパーを買収して、経営をしようという気持ちなど、まったくなかった…にも、かかわらず、大騒ぎになった…」
「…」
「…それで、どうしていいか、わからず、悩んでいたら、バニラが…」
「…バニラが、どうかしたんですか?…」
「…単なる趣味だと、言えば、いいんじゃないんですか?と、アドバイスして、くれたんです…」
葉敬が、実に、嬉しそうに、言う…
…まさか、バニラが…
…あの、バカ、バニラが、そんなアドバイスを?…
考えも、せんかった…
「…そして、その通りにしました…すると、騒ぎは、ピタリと、収まりました…まさに、バニラのおかげです…」
「…バニラのおかげ?…」
「…そうです…もっとも、バニラの若さが、それを、言わせたのでしょう…」
「…若さ?…」
「…ハイ…これは、なにも、肉体的なことを、言っているわけでは、ありません…つまり、若いから、思ったことを、言える…」
「…思ったことを、言える?…」
「…だが、それが、ありがたかった…私は、年甲斐もないと言えば、いいのか、どうしていいか、わからなかった…スーパー巡りが、趣味というのも、世間では、どう思われるか、わからないと、考えて…つまり、歳を取れば、取るほど、余計なことを、考えてしまう…その典型だった…」
「…」
「…私が、バニラに惹かれたのは、それが、きっかけです…」
葉敬が、照れ臭そうに、言う…
私は、葉敬の告白を聞きながら、そう言えば、葉敬の趣味が、スーパー巡りだと、葉尊に聞いたことを、思い出した…
そして、それを、思い出すと、すぐに、お嬢様のことを、思い出した…
矢口トモコのことを、思い出した…
あの私そっくりの童顔で、巨乳の六頭身の女を、思い出したのだ…
そう言えば…
そう言えば、葉尊は、葉敬が、あのお嬢様の会社…
スーパージャパンの買収を狙っていると、言った…
一体、アレは、どうなったのだろ?…
あのお嬢様は、その情報を聞き込んで、私に近付いた…
なぜなら、私の夫、葉尊は、葉敬の息子だからだ…
葉敬が、お嬢様の会社、スーパージャパンを買収するという噂が流れた…
その噂を信じた、お嬢様は、私に近付いた…
おそらく、私に近付き、その情報の真偽を確かめようとしたのだ…
一方で、それは、ファラドの側の仕掛けた罠だと、後に、気付いた…
要するに、ファラドは、自分が、仕えるオスマン殿下と、衝突した…
オスマン殿下に、代わって、権力を得ようとした…
そのオスマン殿下は、マリアに、夢中…
マリアが、お気に入りだ…
だから、マリアの身辺を探った…
その結果、マリアの母親が、世界的な著名なモデル…
バニラ・ルインスキーだということが、わかった…
そして、マリアの父親は、葉敬…
台湾の大財閥、台北筆頭の創業者であり、現CEОの葉敬であることが、わかった…
だから、今度は、葉敬を、調べた…
その結果、葉敬の趣味が、スーパー巡りで、あることが、わかった…
そして、それを利用しようと、画策した…
つまり、葉敬が、日本の格安スーパー、スーパージャパンの買収を狙っていると、いう噂を流したのだ…
その噂に釣られて、矢口のお嬢様が、動き出した…
きっと、ファラドは、私と、矢口のお嬢様が、以前に、交流があり、姿形が、そっくりと、事前に、調べ上げたに違いなかった…
つまりは、マリアに端を発して、マリアに関係する人間たちを、混乱させようとしたのだ…
そして、そのファラドの背後には、現国王の弟の存在があった…
現国王が、倒れたとの一報が、あると、すぐに、動き出した…
次期国王に、ファラドを推薦して、自分が、後ろ盾になって、権力を得ようとしたのだ…
が、
その目論見は、あえなく、頓挫した…
現国王が倒れたとの一報は、フェイクだったのだ…
フェイク=ウソだった…
つまりは、ファラドを立てて、次期国王に推そうとする、クーデターを起こさせるために、わざと、現国王が倒れたと、ウソのニュースを流したのだ…
すべては、ファラドと、オスマンの争い…
いや、
現国王と、国王の弟の争いが、発端だった…
それが、すべての発端だった…
私は、今、それを、思い出していた…
私は、つい、口にして、しまった…
気が付くと、口にしていた…
「…成功者?…」
その言葉を、葉敬が、繰り返した…
「…どういう意味ですか? …お姉さん?…」
私は、しまったと、思った…
一瞬、どう説明していいか、わからんかった…
が、
葉敬は、ジッと、私を見ていた…
ジッと、私の返答を待っていた…
だから、答えんわけには、いかんかった…
「…いえ、変わっていると思って…」
と、私は、小さく言った…
「…変わっている? …なにが、変わってるんですか?…」
「…成功者にしては、変わっていると、思って…」
私が、呟くと、葉敬が、キョトンとした表情になった…
意味がわからない様子だった…
「…スイマセン…お姉さん…もっと、わかるように、説明してくれませんか?…」
「…ハイ…お義父さんは、成功者です…だから、息子の嫁も、もっと、お金持ちのお嬢様と、結婚させると、思ってました…でも、それが、私なんて…だから、変わってると、思って…」
「…」
「…そして、それは、葉尊も、同じです…私と結婚しても、全然、気にしてない…明らかに、身分が、違うのに…それは、リンダも、バニラも同じ…私以外は、皆、成功者…でも、みんな、変に、上を目指さないというか…いつも、身分違いの私を相手にしている…」
私が、呟くと、葉敬は、
「…」
と、黙った…
それから、少しの間、考え込んだ…
そして、ゆっくりと、口を開いた…
「…お姉さん…いいですか、よく聞いて下さい…」
「…ハイ…」
「…成功したのは、たまたまです…」
「…たまたま?…」
「…そうです…当然、私は、努力しました…これは、リンダやバニラも、同じです…成功すべく、努力は、しました…」
「…」
「…ですが、成功したのは、たまたまです…ハッキリ言えば、まぐれです…」
「…まぐれ?…」
「…そう、まぐれです…誰だって、努力は、します…ですが、成功するのは、ほんの一握りの人間です…そして、それは、実力なのかと、いえば、正直、私は、疑問です…」
「…疑問って?…」
「…だって、世の中、優れた人間は、結構いるものです…私は、この歳でも、若く美しい女性を見れば、心惹かれます…例えば、この日本に、やって来たときに、偶然、街で、美人を見かけても、です…ですが、どうですか? そんな美人でも、後に有名な女優になったとか、そんなことは、ないでしょ?…」
「…」
「…どんな美人でも、女優になれるのは、ほんの一握りの人間です…日本の東大を出ても、日本の有名な会社に入って、社長とか、取締役になれるのは、ほんの一握りの人間でしょ? …それと、同じです…」
「…同じ…」
「…つまり、私が、言いたいのは、すべからく運の要素が、大きいということです…美人でも、頭が良くても、うまく、その美貌や才能を生かして、成功することができる人間は、ほんの一握り…だから、運の要素が大きい…」
「…」
「…そして、それは、私も葉尊も、同じ…リンダや、バニラも、同じ…同じに、考えてます…」
「…リンダや、バニラも同じ…」
「…そう、同じです…だから、お姉さんが、言うように、変に上を目指さないのかも、しれません…自分は、たまたま、成功した…そう思っているからでしょう…だから、相手に成功を求めない…」
「…成功を求めない?…」
「…自分は、成功した…だから、自分の相手も、成功した人間でなければ、ならない…そういう発想が、ないからでしょう…」
…たしかに、そう言われてみれば、わかる…
…納得する…
要するに、くじでは、ないが、自分は、引いてみたら、たまたま、当たった…
そういうことだろう…
そう思っていると、いうことだ…
だから、相手に、同じことを、求めない…
たまたま、自分は、くじを引いたら、当たったに、過ぎないからだ…
が、
別の見方もある…
成功者が、パートナーに、成功者を求めるのは、その方が、話が合うからだ…
苦労した挙句、成功する…
そう言ったプロセスを踏んだことにより、相手も、同じプロセスを踏んで、成功した場合、話が合う…
これは、例えば、東大生が、東大生同士、結婚するのと、似ている…
要するに、頭のレベルが、同じだから、話が、合うのだ…
極端な話、東大生と、偏差値40の工業高校出身者が、結婚しても、話が噛み合わない…
互いに、頭のレベルが、違うから、興味のあることが、違うからだ…
だから、話が合わない…
これは、差別ではない…
現実だ…
だから、結婚に限らず、職場でも、なんでも、頭の程度が、同じなのが、いい…
あまりも、違う場合は、両者が、噛み合わず、一方が、逃げ出す事例が、後を絶たない(爆笑)…
そういうことだ…
私は、思った…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さん…要するに、相手になにを、求めているか、です…」
「…相手になにを、求めているか?…」
「…ハッキリ言えば、葉尊も、リンダも、バニラも、同じ…同じことを、お姉さんに、求めてます…」
「…同じことって、なんですか?…」
「…それは、癒しです…」
「…癒し?…」
「…お姉さんは、あったかいんです…お姉さんといっしょにいると、心が、温まる…」
「…心が、温まる?…」
「…そうです…だから、離れられない…」
葉敬が、楽しそうに、言う…
「…葉尊が、お姉さんと、知り合ったのは。僥倖(ぎょうこう)…この上ない、僥倖(ぎょうこう)です…」
「…僥倖(ぎょうこう)…
「…あるいは、奇貨(きか)居くべしというところでしょうか?…」
葉敬が、小さく呟いた…
…奇貨(きか)居くべしって、一体、どういう意味だろう?…
と、考えた…
が、
葉敬は、それ以上は、なにも、言わず、スタスタと、ファミレスの方に、歩いて行ってしまった…
だから、私も、それ以上、考えることは、止めて、葉敬の後を追う以外なかった…
ファミレスの中は、平凡だった…
が、
私と共に席に座った葉敬は、実に、楽しそうだった…
実に、嬉しそうだった…
まるで、子供のように、ニコニコしている…
まるで、子供のように、周囲を見回して、楽しそうだ…
子供は、誰でも、そうだが、ファミレスが、好きだ…
極端な例で、挙げれば、日本中に知られた食の有名店よりも、好きだ…
それは、ハッキリ言えば、清潔で、気持ちのよい環境だからだろう…
また、大人が、名店を好むのは、ブランドを好むのと、同じ発想…
シャネルやエルメスを好むのと、同じだ…
味を好むのは、もちろんのこと、一流店で、食べるのが、嬉しいのだ…
シャネルや、エルメスのような一流ブランドを持つのが、嬉しいのだ…
それと、同じだ…
だから、その理屈で、言うと、眼前の葉敬は、子供…
子供と、同じだった…
そう、考えると、私は、なんだか、嬉しくなった…
私にとって、葉敬は、雲の上の存在だった…
が、
そんな葉敬の子供のような一面を見るにつけ、なんだか、身近に、感じた…
私のような平凡な人間と、大差ないと、感じたのだ…
すると、つい、そんな考えが、表情に出たのだろう…
葉敬が、私に、
「…なにか、嬉しそうですね…お姉さん…」
と、聞いてきた…
「…なにか、楽しいことでも、ありましたか?…」
そう言われて、私は、一瞬、言葉に詰まった…
本当のことを、言っていいのか、どうか、迷ったからだ…
そんな私を見て、葉敬が、
「…言いたくなければ…」
と、言った…
私に、気を使ったのだ…
だから、真逆に、
「…たいしたことじゃ、ないんです…」
と、口を開かずには、いわれなかった…
「…ただ、お義父さんが、すごく楽しそうな表情をしているので…つい…」
「…私が、楽しそうな表情?…」
「…ハイ…まるで、子供が、初めて、ファミレスにやって来たみたいに…」
私が、指摘すると、葉敬の表情が、変わった…
まるで、子供が、なにか、大人に、いたずらを見つかって、叱られたような顔に、なったのだ…
私は、まさか、葉敬が、そんな顔をするとは、思って見なかったので、仰天した…
そして、それ以上に、自分が、どういう反応を示して、いいか、わからなかった…
「…これは、お恥ずかしい…」
葉敬が、言った…
「…実は、私は、こういった店に、目がないというか…つい、童心に戻ってしまうんです…」
「…童心に、戻る?…」
「…ハイ…子供の頃から、スーパーとか、こういうファミレスのような店が、好きで…それで、大人になった今も、時間があれば、つい、立ち寄って、どんな店か、中を見たくなってしまう…」
葉敬が、恥ずかしそうに、告白した…
「…これは、別に、私の仕事とか、そんなことは、まったく関係ない…しいて言えば、私の趣味というか…」
「…趣味?…」
「…ハイ…趣味です…実は、以前、台湾で、私が、スーパー巡りをしていたときに、その姿をメディアにスクープされたときが、ありまして…」
葉敬が、苦笑いを浮かべながら、説明する…
「…すると、私が、あまりに、熱心に、スーパーを見て回ったのを、見て、これは、台北筆頭が、今度は、スーパーの買収を考えているのでは? と、大騒ぎになりました…」
「…大騒ぎに?…」
「…ハイ…」
「…」
「…ですが、これには、困った…スーパー巡りは、単なる趣味です…別に、私が、スーパーを買収して、経営をしようという気持ちなど、まったくなかった…にも、かかわらず、大騒ぎになった…」
「…」
「…それで、どうしていいか、わからず、悩んでいたら、バニラが…」
「…バニラが、どうかしたんですか?…」
「…単なる趣味だと、言えば、いいんじゃないんですか?と、アドバイスして、くれたんです…」
葉敬が、実に、嬉しそうに、言う…
…まさか、バニラが…
…あの、バカ、バニラが、そんなアドバイスを?…
考えも、せんかった…
「…そして、その通りにしました…すると、騒ぎは、ピタリと、収まりました…まさに、バニラのおかげです…」
「…バニラのおかげ?…」
「…そうです…もっとも、バニラの若さが、それを、言わせたのでしょう…」
「…若さ?…」
「…ハイ…これは、なにも、肉体的なことを、言っているわけでは、ありません…つまり、若いから、思ったことを、言える…」
「…思ったことを、言える?…」
「…だが、それが、ありがたかった…私は、年甲斐もないと言えば、いいのか、どうしていいか、わからなかった…スーパー巡りが、趣味というのも、世間では、どう思われるか、わからないと、考えて…つまり、歳を取れば、取るほど、余計なことを、考えてしまう…その典型だった…」
「…」
「…私が、バニラに惹かれたのは、それが、きっかけです…」
葉敬が、照れ臭そうに、言う…
私は、葉敬の告白を聞きながら、そう言えば、葉敬の趣味が、スーパー巡りだと、葉尊に聞いたことを、思い出した…
そして、それを、思い出すと、すぐに、お嬢様のことを、思い出した…
矢口トモコのことを、思い出した…
あの私そっくりの童顔で、巨乳の六頭身の女を、思い出したのだ…
そう言えば…
そう言えば、葉尊は、葉敬が、あのお嬢様の会社…
スーパージャパンの買収を狙っていると、言った…
一体、アレは、どうなったのだろ?…
あのお嬢様は、その情報を聞き込んで、私に近付いた…
なぜなら、私の夫、葉尊は、葉敬の息子だからだ…
葉敬が、お嬢様の会社、スーパージャパンを買収するという噂が流れた…
その噂を信じた、お嬢様は、私に近付いた…
おそらく、私に近付き、その情報の真偽を確かめようとしたのだ…
一方で、それは、ファラドの側の仕掛けた罠だと、後に、気付いた…
要するに、ファラドは、自分が、仕えるオスマン殿下と、衝突した…
オスマン殿下に、代わって、権力を得ようとした…
そのオスマン殿下は、マリアに、夢中…
マリアが、お気に入りだ…
だから、マリアの身辺を探った…
その結果、マリアの母親が、世界的な著名なモデル…
バニラ・ルインスキーだということが、わかった…
そして、マリアの父親は、葉敬…
台湾の大財閥、台北筆頭の創業者であり、現CEОの葉敬であることが、わかった…
だから、今度は、葉敬を、調べた…
その結果、葉敬の趣味が、スーパー巡りで、あることが、わかった…
そして、それを利用しようと、画策した…
つまり、葉敬が、日本の格安スーパー、スーパージャパンの買収を狙っていると、いう噂を流したのだ…
その噂に釣られて、矢口のお嬢様が、動き出した…
きっと、ファラドは、私と、矢口のお嬢様が、以前に、交流があり、姿形が、そっくりと、事前に、調べ上げたに違いなかった…
つまりは、マリアに端を発して、マリアに関係する人間たちを、混乱させようとしたのだ…
そして、そのファラドの背後には、現国王の弟の存在があった…
現国王が、倒れたとの一報が、あると、すぐに、動き出した…
次期国王に、ファラドを推薦して、自分が、後ろ盾になって、権力を得ようとしたのだ…
が、
その目論見は、あえなく、頓挫した…
現国王が倒れたとの一報は、フェイクだったのだ…
フェイク=ウソだった…
つまりは、ファラドを立てて、次期国王に推そうとする、クーデターを起こさせるために、わざと、現国王が倒れたと、ウソのニュースを流したのだ…
すべては、ファラドと、オスマンの争い…
いや、
現国王と、国王の弟の争いが、発端だった…
それが、すべての発端だった…
私は、今、それを、思い出していた…