第120話

文字数 5,528文字

 「…成功者…」

 私は、つい、口にして、しまった…

 気が付くと、口にしていた…

 「…成功者?…」

 その言葉を、葉敬が、繰り返した…

 「…どういう意味ですか? …お姉さん?…」

 私は、しまったと、思った…

 一瞬、どう説明していいか、わからんかった…

 が、

 葉敬は、ジッと、私を見ていた…

 ジッと、私の返答を待っていた…

 だから、答えんわけには、いかんかった…

 「…いえ、変わっていると思って…」

 と、私は、小さく言った…

 「…変わっている? …なにが、変わってるんですか?…」

 「…成功者にしては、変わっていると、思って…」

 私が、呟くと、葉敬が、キョトンとした表情になった…

 意味がわからない様子だった…

 「…スイマセン…お姉さん…もっと、わかるように、説明してくれませんか?…」

 「…ハイ…お義父さんは、成功者です…だから、息子の嫁も、もっと、お金持ちのお嬢様と、結婚させると、思ってました…でも、それが、私なんて…だから、変わってると、思って…」

 「…」

 「…そして、それは、葉尊も、同じです…私と結婚しても、全然、気にしてない…明らかに、身分が、違うのに…それは、リンダも、バニラも同じ…私以外は、皆、成功者…でも、みんな、変に、上を目指さないというか…いつも、身分違いの私を相手にしている…」

 私が、呟くと、葉敬は、

 「…」

 と、黙った…

 それから、少しの間、考え込んだ…

 そして、ゆっくりと、口を開いた…

 「…お姉さん…いいですか、よく聞いて下さい…」

 「…ハイ…」

 「…成功したのは、たまたまです…」

 「…たまたま?…」

 「…そうです…当然、私は、努力しました…これは、リンダやバニラも、同じです…成功すべく、努力は、しました…」

 「…」

 「…ですが、成功したのは、たまたまです…ハッキリ言えば、まぐれです…」

 「…まぐれ?…」

 「…そう、まぐれです…誰だって、努力は、します…ですが、成功するのは、ほんの一握りの人間です…そして、それは、実力なのかと、いえば、正直、私は、疑問です…」

 「…疑問って?…」

 「…だって、世の中、優れた人間は、結構いるものです…私は、この歳でも、若く美しい女性を見れば、心惹かれます…例えば、この日本に、やって来たときに、偶然、街で、美人を見かけても、です…ですが、どうですか? そんな美人でも、後に有名な女優になったとか、そんなことは、ないでしょ?…」

 「…」

 「…どんな美人でも、女優になれるのは、ほんの一握りの人間です…日本の東大を出ても、日本の有名な会社に入って、社長とか、取締役になれるのは、ほんの一握りの人間でしょ? …それと、同じです…」

 「…同じ…」

 「…つまり、私が、言いたいのは、すべからく運の要素が、大きいということです…美人でも、頭が良くても、うまく、その美貌や才能を生かして、成功することができる人間は、ほんの一握り…だから、運の要素が大きい…」

 「…」

 「…そして、それは、私も葉尊も、同じ…リンダや、バニラも、同じ…同じに、考えてます…」

 「…リンダや、バニラも同じ…」

 「…そう、同じです…だから、お姉さんが、言うように、変に上を目指さないのかも、しれません…自分は、たまたま、成功した…そう思っているからでしょう…だから、相手に成功を求めない…」

 「…成功を求めない?…」

 「…自分は、成功した…だから、自分の相手も、成功した人間でなければ、ならない…そういう発想が、ないからでしょう…」

 …たしかに、そう言われてみれば、わかる…

 …納得する…

 要するに、くじでは、ないが、自分は、引いてみたら、たまたま、当たった…

 そういうことだろう…

 そう思っていると、いうことだ…

 だから、相手に、同じことを、求めない…

 たまたま、自分は、くじを引いたら、当たったに、過ぎないからだ…

 が、

 別の見方もある…

 成功者が、パートナーに、成功者を求めるのは、その方が、話が合うからだ…

 苦労した挙句、成功する…

 そう言ったプロセスを踏んだことにより、相手も、同じプロセスを踏んで、成功した場合、話が合う…

 これは、例えば、東大生が、東大生同士、結婚するのと、似ている…

 要するに、頭のレベルが、同じだから、話が、合うのだ…

 極端な話、東大生と、偏差値40の工業高校出身者が、結婚しても、話が噛み合わない…

 互いに、頭のレベルが、違うから、興味のあることが、違うからだ…

 だから、話が合わない…

 これは、差別ではない…

 現実だ…

 だから、結婚に限らず、職場でも、なんでも、頭の程度が、同じなのが、いい…

 あまりも、違う場合は、両者が、噛み合わず、一方が、逃げ出す事例が、後を絶たない(爆笑)…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…お姉さん…要するに、相手になにを、求めているか、です…」

 「…相手になにを、求めているか?…」

 「…ハッキリ言えば、葉尊も、リンダも、バニラも、同じ…同じことを、お姉さんに、求めてます…」

 「…同じことって、なんですか?…」

 「…それは、癒しです…」

 「…癒し?…」

 「…お姉さんは、あったかいんです…お姉さんといっしょにいると、心が、温まる…」

 「…心が、温まる?…」
 
 「…そうです…だから、離れられない…」

 葉敬が、楽しそうに、言う…

 「…葉尊が、お姉さんと、知り合ったのは。僥倖(ぎょうこう)…この上ない、僥倖(ぎょうこう)です…」

 「…僥倖(ぎょうこう)…

 「…あるいは、奇貨(きか)居くべしというところでしょうか?…」

 葉敬が、小さく呟いた…

 …奇貨(きか)居くべしって、一体、どういう意味だろう?…

 と、考えた…

 が、

 葉敬は、それ以上は、なにも、言わず、スタスタと、ファミレスの方に、歩いて行ってしまった…

 だから、私も、それ以上、考えることは、止めて、葉敬の後を追う以外なかった…

 
 ファミレスの中は、平凡だった…

 が、

 私と共に席に座った葉敬は、実に、楽しそうだった…

 実に、嬉しそうだった…

 まるで、子供のように、ニコニコしている…

 まるで、子供のように、周囲を見回して、楽しそうだ…

 子供は、誰でも、そうだが、ファミレスが、好きだ…

 極端な例で、挙げれば、日本中に知られた食の有名店よりも、好きだ…

 それは、ハッキリ言えば、清潔で、気持ちのよい環境だからだろう…

 また、大人が、名店を好むのは、ブランドを好むのと、同じ発想…

 シャネルやエルメスを好むのと、同じだ…

 味を好むのは、もちろんのこと、一流店で、食べるのが、嬉しいのだ…

 シャネルや、エルメスのような一流ブランドを持つのが、嬉しいのだ…

 それと、同じだ…

 だから、その理屈で、言うと、眼前の葉敬は、子供…

 子供と、同じだった…

 そう、考えると、私は、なんだか、嬉しくなった…

 私にとって、葉敬は、雲の上の存在だった…

 が、

 そんな葉敬の子供のような一面を見るにつけ、なんだか、身近に、感じた…

 私のような平凡な人間と、大差ないと、感じたのだ…

 すると、つい、そんな考えが、表情に出たのだろう…

 葉敬が、私に、

 「…なにか、嬉しそうですね…お姉さん…」

 と、聞いてきた…

 「…なにか、楽しいことでも、ありましたか?…」

 そう言われて、私は、一瞬、言葉に詰まった…

 本当のことを、言っていいのか、どうか、迷ったからだ…

 そんな私を見て、葉敬が、

 「…言いたくなければ…」

 と、言った…

 私に、気を使ったのだ…

 だから、真逆に、

 「…たいしたことじゃ、ないんです…」

 と、口を開かずには、いわれなかった…

 「…ただ、お義父さんが、すごく楽しそうな表情をしているので…つい…」

 「…私が、楽しそうな表情?…」

 「…ハイ…まるで、子供が、初めて、ファミレスにやって来たみたいに…」

 私が、指摘すると、葉敬の表情が、変わった…

 まるで、子供が、なにか、大人に、いたずらを見つかって、叱られたような顔に、なったのだ…

 私は、まさか、葉敬が、そんな顔をするとは、思って見なかったので、仰天した…

 そして、それ以上に、自分が、どういう反応を示して、いいか、わからなかった…

 「…これは、お恥ずかしい…」

 葉敬が、言った…

 「…実は、私は、こういった店に、目がないというか…つい、童心に戻ってしまうんです…」

 「…童心に、戻る?…」

 「…ハイ…子供の頃から、スーパーとか、こういうファミレスのような店が、好きで…それで、大人になった今も、時間があれば、つい、立ち寄って、どんな店か、中を見たくなってしまう…」

 葉敬が、恥ずかしそうに、告白した…

 「…これは、別に、私の仕事とか、そんなことは、まったく関係ない…しいて言えば、私の趣味というか…」

 「…趣味?…」

 「…ハイ…趣味です…実は、以前、台湾で、私が、スーパー巡りをしていたときに、その姿をメディアにスクープされたときが、ありまして…」

 葉敬が、苦笑いを浮かべながら、説明する…

 「…すると、私が、あまりに、熱心に、スーパーを見て回ったのを、見て、これは、台北筆頭が、今度は、スーパーの買収を考えているのでは? と、大騒ぎになりました…」

 「…大騒ぎに?…」

 「…ハイ…」

 「…」

 「…ですが、これには、困った…スーパー巡りは、単なる趣味です…別に、私が、スーパーを買収して、経営をしようという気持ちなど、まったくなかった…にも、かかわらず、大騒ぎになった…」

 「…」

 「…それで、どうしていいか、わからず、悩んでいたら、バニラが…」

 「…バニラが、どうかしたんですか?…」

 「…単なる趣味だと、言えば、いいんじゃないんですか?と、アドバイスして、くれたんです…」

 葉敬が、実に、嬉しそうに、言う…

 …まさか、バニラが…

 …あの、バカ、バニラが、そんなアドバイスを?…

 考えも、せんかった…

 「…そして、その通りにしました…すると、騒ぎは、ピタリと、収まりました…まさに、バニラのおかげです…」

 「…バニラのおかげ?…」

 「…そうです…もっとも、バニラの若さが、それを、言わせたのでしょう…」

 「…若さ?…」

 「…ハイ…これは、なにも、肉体的なことを、言っているわけでは、ありません…つまり、若いから、思ったことを、言える…」

 「…思ったことを、言える?…」

 「…だが、それが、ありがたかった…私は、年甲斐もないと言えば、いいのか、どうしていいか、わからなかった…スーパー巡りが、趣味というのも、世間では、どう思われるか、わからないと、考えて…つまり、歳を取れば、取るほど、余計なことを、考えてしまう…その典型だった…」

 「…」

 「…私が、バニラに惹かれたのは、それが、きっかけです…」

 葉敬が、照れ臭そうに、言う…

 私は、葉敬の告白を聞きながら、そう言えば、葉敬の趣味が、スーパー巡りだと、葉尊に聞いたことを、思い出した…

 そして、それを、思い出すと、すぐに、お嬢様のことを、思い出した…

 矢口トモコのことを、思い出した…

 あの私そっくりの童顔で、巨乳の六頭身の女を、思い出したのだ…

 そう言えば…

 そう言えば、葉尊は、葉敬が、あのお嬢様の会社…

 スーパージャパンの買収を狙っていると、言った…

 一体、アレは、どうなったのだろ?…

 あのお嬢様は、その情報を聞き込んで、私に近付いた…

 なぜなら、私の夫、葉尊は、葉敬の息子だからだ…

 葉敬が、お嬢様の会社、スーパージャパンを買収するという噂が流れた…

 その噂を信じた、お嬢様は、私に近付いた…

 おそらく、私に近付き、その情報の真偽を確かめようとしたのだ…

 一方で、それは、ファラドの側の仕掛けた罠だと、後に、気付いた…

 要するに、ファラドは、自分が、仕えるオスマン殿下と、衝突した…

 オスマン殿下に、代わって、権力を得ようとした…

 そのオスマン殿下は、マリアに、夢中…

 マリアが、お気に入りだ…

 だから、マリアの身辺を探った…

 その結果、マリアの母親が、世界的な著名なモデル…

 バニラ・ルインスキーだということが、わかった…

 そして、マリアの父親は、葉敬…

 台湾の大財閥、台北筆頭の創業者であり、現CEОの葉敬であることが、わかった…

 だから、今度は、葉敬を、調べた…

 その結果、葉敬の趣味が、スーパー巡りで、あることが、わかった…

 そして、それを利用しようと、画策した…

 つまり、葉敬が、日本の格安スーパー、スーパージャパンの買収を狙っていると、いう噂を流したのだ…

 その噂に釣られて、矢口のお嬢様が、動き出した…

 きっと、ファラドは、私と、矢口のお嬢様が、以前に、交流があり、姿形が、そっくりと、事前に、調べ上げたに違いなかった…

 つまりは、マリアに端を発して、マリアに関係する人間たちを、混乱させようとしたのだ…

 そして、そのファラドの背後には、現国王の弟の存在があった…

 現国王が、倒れたとの一報が、あると、すぐに、動き出した…

 次期国王に、ファラドを推薦して、自分が、後ろ盾になって、権力を得ようとしたのだ…

 が、

 その目論見は、あえなく、頓挫した…

 現国王が倒れたとの一報は、フェイクだったのだ…

 フェイク=ウソだった…

 つまりは、ファラドを立てて、次期国王に推そうとする、クーデターを起こさせるために、わざと、現国王が倒れたと、ウソのニュースを流したのだ…

 すべては、ファラドと、オスマンの争い…

 いや、

 現国王と、国王の弟の争いが、発端だった…

 それが、すべての発端だった…

 私は、今、それを、思い出していた…

               
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