第167話

文字数 4,439文字

 私は、そんなことを、考えながら、葉問の後を歩いた…

 なんだか、葉問といる時間が、長かった…

 いや、

 葉問といる時間が、長く感じられたと言うか…

 そして、その間に、自分が、葉尊の妻から、まるで、独身の恋する少女に、戻った気分になった…

 自分で、言うのも、おかしいのだが、そう思った…

 まるで、中学生や高校生のティーンエイジャーに戻ったかの、気分だった…

 すると、まもなく、目的の部屋に着いた…

 着替えをする部屋に着いた…

 「…お姉さん…この部屋です…」

 葉問が、告げた…

 「…そうか…」

 私は、言った…

 「…中に、お姉さんに合う着物が、容易されてるはずです…着付けの方も、いらっしゃいますから、安心して、下さい…」

 「…わかったさ…」

 私は、答えた…

 「…で、オマエは、どうするんだ?…」

 「…どうすると、言うと?…」

 「…私が、着替えが、終わるまで、ここで、待っているのか?…」

 「…たぶん、そうなるでしょう…」

 「…たぶん?…」

 「…だって、誰かが、いないと、お姉さんを、鳳凰の間に、連れて行く人間が、いないでしょ? なにより、誰もいなければ、お姉さんは、迷子になりかねない…」

 葉問が、笑った…

 私は、それを聞いて、一瞬、頭に来たが、葉問のいうことも、わかった…

 いきなり、鳳凰の間に、行けと言われても、困る…

 なにしろ、この矢田トモコ…

 この帝国ホテルにやって来たのは、二度目…

 生涯で、二度目に、過ぎんからだ…

 それまでは、一切、関係がなかった(笑)…

 もっとも、それを言えば、大抵の日本人は、皆、同じだろう…

 有名なホテルや、ミシュランの星がついた、高級料亭の名前を、聞いて、知っているかも、しれないが、行ったことは、一度もない(笑)…

 それと、似ている…

 なにしろ、この矢田トモコは、平凡…

 平凡、極まりない女だ(笑)…

 平凡、平凡と、私は、いつも連呼するが、なにを持って、平凡と、言うのかは、難しい…

 が、

 わかりやすい事例で言えば、やはり、イケメンや美人に生まれたり、お金持ちに、生まれたり、東大や京大のような優れた大学に入れば、平凡とは、誰もが、思うまい…

 たとえば、ルックス、お金持ち、頭がいい…

 そのうちの一つでも、あれば、それは、平凡ではないだろう…

 そして、そんな人間は、稀…

 滅多に、いない…

 だから、平凡ではない…

 非凡なのだろう…

 それは、例えば、街を歩いていれば、わかるというか…

 簡単にいえば、例えば、誰もが、駅やスーパーなど、ひとが集まる場所に、行って、そこに集まるひとを見て、

 …このひとは、イケメンだ…

 とか、

 …このひとは、美人だ…

 と、思う、人間は、滅多にいない…

 思わず、振り返って見たくなるような、ルックスのいい男女は、滅多に、いない…

 だからこそ、貴重であり、非凡…

 非凡=平凡でないということだ…

 これが、誰もが、実感する、もっとも、身近な、わかりやすい例だろう…

 そして、誰もが、その人間と、自分と、つい比べてみる…

 そして、誰もが、落ち込むというか(笑)…

 自分は、なんて、平凡だと、考えさせる…

 大抵は、誰もが、そういうものだろう…

 例えば、身近に、女優の佐々木希のような美人が、いれば、女なら、あんな美人に自分も、生まれたかったと思うのが、普通だし、男なら、あんな美人と、付き合ったり、結婚したりしたいと、思う…

 それが、普通だ…

 そして、そんな美人は、滅多にいない…

 滅多に、お目にかかれない…

 だからこそ、貴重だし、非凡…

 非凡=平凡でないのだろう…

 私は、そんなことを、思った…

 思いながら、ふと、葉問を思った…

 いや、

 葉問だけではない、葉尊も、思った…

 自分の夫の葉尊を思った…

 なぜなら、葉問=葉尊だし、この葉問も、葉尊も、大げさでなく、イケメン…

 長身のイケメンだ…

 だから、佐々木希ではないが、街中で、遭えば、つい振り返ってみたくなるようなイケメンだ…

 が、

 やはりというか、佐々木希には、勝てない…

 というか、大抵は、男は、女には、勝てないというか…

 同じように、ルックスの良い、男と女が、いれば、どうしても、女の方が、目立つ…

 これは、事実…

 だから、もし、男で、ルックスの良さで、目立つならば、女のルックスの良さの数倍というと、大げさだが、もっと、抜きん出て、ルックスが、良くならなければ、ならない…

 これも、誰もが、思い受かべる例で言えば、若き日の木村拓哉だろう…

 木村拓哉=キムタクは、圧倒的な美貌の持ち主だし、なによりオーラがあった…

 オーラ=雰囲気があった…

 男も女も、同じだが、単にルックスが、良くても、目立たない…

 ルックス+オーラがなければ、ダメ…

 オーラ=雰囲気が、なければ、ダメだ…

 よく見れば、ルックスが、良いという男女は、意外といるものだ…

 が、

 その場合は、雰囲気が、ない…

 雰囲気=オーラがない…

 だから、目立たない…

 つまり華がないというか…

 ハッキリ言って、目立たない…

 そういうことだ(笑)…

 以前、なにかの本で、読んだが、出会いは、十分の一秒だそうだ…

 つまりは、一秒の十分の一の時間で、相手を判断する…

 相手のルックスを判断する…

 だから、一瞬で、判断するから、オーラが、必要になる…

 オーラ=華が必要になる…

 だから、よく見れば、イケメンでは、ダメ!…

 だから、よく見れば、美人では、ダメ!

 なのだ…

 そして、そんなことを、考えながら、今さらながら、葉尊のことを、思った…

 なぜ、葉尊が、私と結婚したのか、考えた…

 今さらながら、考えた…

 なにしろ、この矢田トモコと、葉尊は、似合わない…

 似合わないこと、この上ない…

 例えば、どこかの大きな会場で、葉尊が妻を見失ってと、誰かに言えば、当然のことながら、言われた相手は、真っ先に、会場に、いる美人を探すだろう…

 イケメンの葉尊には、美人が、似合うからだ…

 が、

 妻は、私…

 この矢田トモコだ…

 身長、159㎝…童顔で、巨乳の六頭身の女…

 おまけに、29歳の葉尊に対して、この矢田は、35歳…

 年齢も、6歳年上…

 だから、似合わないこと、この上ない…

 だから、似合わないこと、半端ない…

 だったら、この矢田が、頭が良かったり、実家がお金持ちだったりするのかと、言えば、これも違う…

 この矢田は、実家も含めて、極めて、平凡…

 平凡の極みだからだ…

 だから、そんな平凡の極みの私が、葉尊と結婚できたから、悩んだ…

 当たり前のことだ…

 が、

 それも、まもなく、終わる…

 なにしろ、これから行われるのは、離婚式…

 葉尊と、私の離婚式だからだ…

 それを、考えると、今さらながら、涙が、流れた…

 葉尊と、別れるのが、嫌ではない…

 葉尊の側近というか…

 葉尊の周りにいるひとたちと、別れるのが、辛かった…

 具体的には、リンダやバニラと別れるのが、辛かった…

 バニラは、バカだが、それでも、私は、好きだった…

 離れたくなかった…

 それを、今さらながら、実感した…

 実感したのだ…

 考えてみれば、愚かだった…

 この矢田トモコは、愚かだったのだ…

 今まで、35年、生きてきて、この半年間が、一番面白かった…

 この半年間が、一番、退屈しなかった…

 葉尊と結婚してからの半年間が、一番、愉快だったのだ…

 事件に、次ぐ、事件というか…

 最初は、リンダ…

 そして、バニラと、遭った…

 葉尊の後に、この葉問とも、遭った…

 実に、退屈しない時間だった(笑)…

 ハッキリ、言えば、まるで、ジェットコースターではないが、葉尊に嫁いでから、次から次へと、騒動が、持ちあがった…

 その騒動の渦中にいる私は、大変だった…

 文字通り、大変だった…

 が、

 楽しかった…

 これまで、学校や、さまざまな職場では、経験したことのないことの連続だったからだ…

 だから、楽しかった…

 楽しかったのだ…

 が、

 それも、まもなく、終わる…

 ちょうど、学生で、言えば、夏休みが、終わる感覚に近いと言うか…

 もうすぐ終わると思うと、落胆した…

 これまでの夏休みの楽しい思い出が、蘇ってきて、余計に落胆した…

 が、

 それは、それというか(笑)…

 実は、この矢田トモコ…

 人並み外れて、立ち直りの早い女だった(笑)…

 人並み外れて、すぐに、次の展開を考える女だった(笑)…

 実は、これは、私の体験から、こうなった…

 以前に、何度も言ったが、私は、短大を出て、就職もせず、バイトや派遣で、この35歳まで、食いつないで、生きてきた…

 だからだ…

 だから、これまで、安住の地がなかったというか…

 新しくバイトについても、いつまで、そのバイトを続けているか、自分でも、見当がつかなかった…

 だから、いつも、職場で、

 …一体、いつまで、このバイトを続けているんだろ?…

 という心の声が、頭の隅にあった…

 そして、それが、いつしか、習い性になったというか…

 だから、ある意味、

 まるで、放浪者(笑)…

 まるで、旅行者(笑)だった…

 だから、一つ所に腰を落ち着けないのが、習性になったというか…

 だから、今も、葉尊と離婚式だと、思っても、どこか、納得する自分が、いた…

 まあ、ハッキリ言えば、似合わん夫婦だった…

 凸凹夫婦だった…

 それは、なにも、身長の差だけではない…

 ルックスの差も、そうだし、実家の差も、そうだった…

 お金持ちと、お金持ちで、ない差もそうだった…

 だから、私と葉尊は、本当の意味で、凸凹夫婦だった…

 それを、思うと、再び、涙が、私の頬を伝った…

 この矢田トモコのまん丸な頬を伝った…

 この矢田トモコは、何度もいうように、童顔だった…

 子供の頃から、顔が変わってなかった…

 まん丸で、愛想の良い顔…

 自分でいうのも、なんだが、誰からも好かれた…

 とりわけ、子供の頃は、友達の親から、好かれた…

 これは、当時は、わからんかったが、今にになって思えば、親が、安心するのだろう…

 私を見て、誰が、見ても、性格が、悪くは、見えない…

 ハッキリ言って、善人そのもの…

 童顔で、ニコニコと愛想が良い…

 だから、親が、安心する…

 親は、誰もが、そうだが、自分の息子や娘の友達が、真面目でおとなしいと安心するものだ…

 自分が、若いときは、ヤンキーだったりしても、自分の子供には、真面目で、性格が、良いのが、一番と考える…

 考えてみれば、身勝手そのものだが、大抵は、そんなものだ(笑)…

 だから、私は、友達の親から、好かれた…

 友達よりも、むしろ、その親から、好かれた…

 言葉は。悪いが、人畜無害というか(笑)…

 少なくとも、親から見れば、自分の息子や娘に危害を加える人間では、ないと、思ったのかも、しれない…

 危害を加える=イジメる人間では、ないと思ったのかも、しれない…

 私は、服を着替えるために、部屋に入りながら、そんなことを、考えた…

 考え続けた…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み