第25話
文字数 6,094文字
リンダ=ヤンが怒っていた…
その青い目が、怒りに、満ちていた…
リンダは、今、男装して、ヤンの格好をしている…
しかしながら、美しかった…
一瞬、見ただけでは、わざと、ぼさぼさの髪をして、ヨレヨレの服を着て、美しさとは、無縁の格好だが、本当は、絶世の美女…
美しくないわけは、なかった…
リンダは、普段は、ヤンの格好をしている…
男装している…
それは、リンダの格好をすると、世間に騒がれるから…
リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
その大きな胸と、パンツの見えそうな、カラダを強調する服を着ると、女の私でも、ドキッとする…
大げさにいえば、色気の塊…
セックスが、歩いているようだ(笑)…
自分でも、それが、わかっているから、普段は、いつも、男の格好をしている…
わざと薄汚い男の格好をして、本来の自分の姿をごまかしている…
色気を封印している…
リンダでいることは、ストレスの塊…
常に、ひとに見られるのは、苦痛以外の何物でもないからだ…
そして、その隣には、バニラがいる…
バカ、バニラがいる(笑)…
バニラは、バカだが、やはり、美しい…
リンダに匹敵する美人…
そして、この矢田トモコだ…
冷静に考えると、なぜ、この平凡な矢田トモコが、ここにいるのか、不思議だった(笑)…
ここは、モデルの控室でも、女優の控室でも、なんでもない…
にもかかわらず、私がいる(爆笑)…
絶世の美女二人に、この矢田トモコ…
この組み合わせは、妙だ…
不思議だ…
それとも?…
それとも、神様は、もしかして、このリンダとバニラを、配下にして、私にプロダクションの運営をしろ、とでも、囁いているのかもしれん…
ふと、気付いた…
この二人が、所属するプロダクションの社長になる…
すると、文字通り左うちわで、暮らせる…
私の一生は、安心…
文字通り、安心だ…
その金を元手に、ホストクラブにでもいって、イケメンを物色するか?
その程度のことをしても、ばちは当たるまい…
私は、なぜか、そんなことを考えた…
すると、自然に、顔がにやけてきた…
実は、この矢田トモコは、お金好き…
お金持ちが好きだし、ずばり、お金が好き…
だが、これまでは、この矢田とお金は、相性が悪かった…
なぜか、この矢田の手元から、お金が羽を生えたように、飛んでいってしまったのだ(涙)…
この矢田の元から、逃げ出したといっていい(涙)…
葉尊と結婚して、お金には、不自由しなくなったが、実をいうと、あまり実感がない…
この超がつく、豪華マンションに、葉尊といっしょに住んでも、生活は、質素だったからだ…
真面目な葉尊は、生活は、堅実だったし、それは、私も同じだった…
贅沢には、憧れるが、それはあくまで、憧れるだけ…
実生活は、堅実そのものだったからだ…
だから、お金を使う生活に憧れる反面、お金を使う生活が、本来の質素を旨とする、私の心情と異なる…
矛盾する…
なんとも、いえん事態だった(涙)…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さん…なにを、ニヤニヤしているの?…」
と、今度は、リンダ=ヤンが、顔を寄せてきた…
私は、とっさに、
「…なんでもない…なんでもないさ…」
と、答えた…
いつもの返答だった…
すると、マリアが、
「…矢田ちゃんって、いつも、突然、自分の世界に入っちゃうんだよね…」
と、笑った…
…なんだと?…
…自分の世界だと?…
私は、今度は、マリアを見た…
目の前の、リンダ=ヤンではなく、小娘のマリアを見たのだ…
すると、プッと、目の前のリンダ=ヤンが、吹き出した…
「…本当、子供は、純真で、なんでも、見抜く…」
ヤンが、笑った…
「…きっと、このお姉さん、なにか、よからぬことを、考えていたのよ…」
…なんだと?…
私は、心の中で、思ったが、あえて、口に出さなかった…
なぜなら、その通りだったからだ(笑)…
「…どうせ、お金儲けか、なにかでしょ?
このお姉さんは、できもしないくせに、お金儲けの妄想が好きだから…」
バニラが、口を挟んだ…
さんざんな言われようだった…
だが、
私は、耐えた…
自分でも、珍しく、耐えた…
なぜだかは、わからない…
ただ、反論する気が失せただけだ…
「…それとも、この写真の偽物が着た、リンダと、同じ真っ赤なドレスをオークションにでも、リンダのサイン入りで出す? きっと、物凄い高値がつくわよ…」
バニラが提案した…
「…なんだと?…」
私は、つい声に出した…
不覚にも、声に出してしまった…
実に魅力的な提案だったからだ…
「…どうする、お姉さん?…」
バニラが、聞いた…
私は、
「…バカにするな!…」
と、怒った…
「…リンダは、私のかけがえのない友人さ…その友人のドレスを売って、金を得ようなんて、これっぽっちも思っちゃいないさ…」
私は、断言した…
心の中で、思っていることと、真逆のことを言ったのだ…
自分でも、意外だった…
まさに、想定外だった…
すると、
「…矢田ちゃんは、違うよ、ママ…」
と、マリアが言った…
「…矢田ちゃんは、そんなひとじゃない…」
マリアが力を込めて言った…
…なんだと?…
私は、驚いた…
このマリアが、私を信頼している?
いかん…
これは、いかん…
いかに、このバニラが嫌いでも、娘のマリアを裏切ることはできん…
チッ!
と、私は、心の中で、舌打ちをした…
リンダの赤いドレスをネットで、売るという、絶好のアイデアを得たのに、実現できんかった(涙)…
だが、いつか、リンダの真っ赤なドレスを、このマリアの気付かないところで、売ってやるさ…
私を、それを、固く心に誓った…
誓ったのだ…
すると、そんな私の心の中を見抜くように、
「…お姉さんは、そんなひとじゃないわ…」
と、当のリンダ自身が、言った…
薄笑いを浮かべながら、言ったのだ…
「…そうでしょ? …お姉さん?…」
と、リンダ=ヤンが、私を脅すように、言った…
…お姉さんの心の中なんて、簡単にわかる…
とでも、言うようだった…
だから、私は、
「…当然さ…そんな親友を売るような真似は、するはずがないさ…」
と、力を込めた…
力を込めながら、これで、リンダの真っ赤なドレスをオークションに出して、大金を得る機会が、永久に失われたことに、ショックを受けた…
ずばり、立ち直れなかった(涙)…
思えば、矢田トモコ、一生の不覚…
不覚だった(涙)…
思わず、目から、涙がこぼれ落ちる寸前だった…
私の細い目から、涙が、こぼれ落ちる寸前だった…
すると、リンダ=ヤンが、私の顔に近付き、耳元で囁いた…
「…今度、お姉さんに、私のパンティをあげるわ…そのパンティにリンダ・ヘイワースのサインをつければ、きっとドレス以上の高値がつく…」
「…そうか…」
私は、突然、気分が良くなった…
天国から、まっさかさまに地獄に落ちた気分だったが、再び、天国に舞い戻った気分だった…
が、
少し考えて、それは、できないと思った…
なぜなら、本物のリンダのパンティをオークションに出品して、誰が、本物と思うのだ?…
いかに、リンダのサイン付きだとしても、だ…
本物のリンダ・ヘイワースが、実際に、パンティを出品するにあたり、これは、私の使用した下着ですとでもいえば、本物だと、誰もが、思うが、当たり前だが、世界中に知られたハリウッドのセックス・シンボルが、そんなことをするはずがない…
つまりは、冗談…
この矢田トモコをからかったのだ…
それに気付いた私は、烈火のごとく、怒った…
態度には、出さなかったが、このリンダ・ヘイワース…
バカ、バニラ共々、ただではおかん…
私は、固く心に誓った…
誓ったのだ…
それから、ふと、私の目に、モニターに映った、偽者のリンダと映ったファラド王子が、入った…
…アラブの女神か?…
私は、考えた…
ことによると、このアラブの女神と、この矢田トモコが連携してもいいかもしれん…
ふと、気付いた…
このリンダとバニラが、この矢田トモコを舐め切っている…
私は、それが、許せん…
許せんかったのだ…
このリンダとバニラを地獄に落とすためなら、この矢田トモコも鬼となろう…
阿修羅となろう…
そのためには、なんでも、あり…
アラブの女神と連携することも、ありなのだ…
私は、固く心に誓った…
誓ったのだ…
「…ファラド王子か…」
思わず、呟いた…
たしかに、イケメンだ…
いい男だ…
私は、思った…
背が高く、浅黒い肌を持つ、正統派のイケメン…
まさに、この矢田トモコの相手にふさわしい…
恋の相手に、ふさわしい…
私は、思った…
一晩だけのアバンチュールの相手にふさわしい…
27インチのモニターに映った、その精悍な顔を見て、思った…
その精悍な顔を見て、考えた…
すると、リンダ=ヤンが、
「…このファラド王子…サウジの革命児と、言われているのよ…」
と、呟いた…
私やバニラに言うのではなく、誰にともなく、呟いたのだ…
「…革命児だと? どういう意味だ?…」
私は、リンダに、聞いた…
「…いわゆる、国の方針を変えようとしているの?…」
「…国の方針だと?…」
「…アラブ諸国は、いずれ、どの国も、石油が、枯渇する…なくなる…だから、その石油が枯渇する前に、新たに産業を興したりして、国を変えようとしているの…日本で、いえば、明治維新のようなものね…」
「…」
「…だから、当然、敵が多い…」
「…敵?…」
「…そう、政敵…今は、いいけど、失脚したら、間違いなく、命はないでしょう…」
…なんと!…
…命がないとは!…
この矢田トモコ、35歳…
これまで、35年生きてきて、命がないなどという物騒な言葉を現実に、聞いたことが、なかった…
なかったのだ…
テレビや映画では、当然ある…
だが、それは、フィクションの世界…
作り物の世界だ…
現実の世界で、そんな恐ろしいセリフは、聞いたことがなかった…
私が、驚いていると、
「…オチビちゃん…現実は、甘くないのよ…」
と、今度は、バニラが言った…
バカ、バニラが言った…
まさか、こんな、バカから、説教されるとは、思わんかった…
「…世界中で、日本ぐらいのものよ…命を取られないのわ…」
バニラがしたり顔で、言う…
「…なにかをなそうとすれば、敵を作る…その敵を殺すなり、牢獄にぶち込むなりして、敵をせん滅して、おかないと、今度は、自分がやられる…」
バニラが、言った…
私は、驚いて、バニラを見た…
バカ、バニラを見た…
バニラが、まともなことを、言ったからだ…
バニラの、その美しい顔が、かすかに、殺気だっていた…
自分の言葉に昂っていたのだろう…
なんしろ、このバニラは、ヤンキー出身…
アメリカのスラム出身だ…
とんでもない貧困の場から、世界のトップモデルにのし上がったのだ…
その苦労たるや、想像を絶するものだろう…
この矢田トモコが、35生きてきた苦労など、苦労でも、なんでもないに違いない…
それを、思うと、急に、恐怖した…
全身に、寒気が襲ってきた…
このバニラの怖さが、わかったのだ…
このバニラの偉大さが、わかったのだ…
とりあえず、このバニラには、逆らわずに、いよう…
私は、思った…
このバニラが、本気で怒れば、この矢田トモコなど、イチコロだ…
文字通り、瞬殺だ…
間違いなく、殺されるだろう…
それを考えると、どうにか、せねばならん…
それに気付いた…
このバカ、バニラの機嫌を取らねば、ならん…
すると、誰かが、私の足を掴んだ…
見ると、バニラの娘、マリアだった…
「…矢田ちゃん…遊ぼ…遊ぼ…」
マリアが言う…
これは、利用するに、限る…
とっさに、閃いた…
マリアと遊んでやって、バニラの機嫌を取るに限ると思ったのだ…
私は、すぐに、
「…よし、遊んでやるさ…」
と、言って、椅子から、降りた…
が、
なぜか、マリアが、嫌がった…
「…矢田ちゃん…変!…いつもの矢田ちゃんじゃない!…」
「…なんだと?…」
私が、驚くと、
「…お姉さん…また、よからぬことを、考えていたでしょ?…」
バニラが、口を出した…
「…子供は、純真…お姉さんの心のありようが、見えるの…」
「…私の心のありようだと?…」
私は、唖然とした…
まさか、この矢田の心のありようが、3歳の幼児に見抜かれるとは?
…油断できん!…
…3歳の幼児とは、いえ、油断できん!…
私は、悟った…
悟ったのだ…
「…でも、それが、お姉さんなのよね…」
リンダが口を挟んだ…
「…どこか、ズルいことをしても、心の底から、憎めない…それが、お姉さんの利点…」
リンダが、説明する…
そのリンダの言葉に、バニラが、さもありなんというように、頷いた…
同意した…
それから、リンダ=ヤンが、27インチのモニターに映った、ファラド王子と、偽者のリンダ・ヘイワースを見た…
「…このファラド王子…リンダ・ヘイワースのファンだという噂は、聞いたことがないのよね…」
リンダが、呟く…
「…そのファラド王子が、リンダ・ヘイワースと、仲良く映った写真が、ネットに出回る…これが、ウソの証拠…」
リンダが笑う…
私は、そんなリンダの笑いを見て、不思議に思ったことがあった…
そもそも、リンダは、このファラド王子と会ったことがあるか、どうかだ…
ハリウッドのセックス・シンボルである、リンダ・ヘイワースの知名度は、抜群…
世界中で、知られている…
だから、世界中にファンがいる…
セレブも一般の人間も含めて、ファンがいる…
そして、なにより、リンダ・ヘイワースは、世界中を飛び回っている…
その結果、さまざまな人物と会っている…
だとすれば、当然、この写真に写ったファラド王子と会った可能性も高い…
その事実に、気付いたのだ…
「…リンダ…オマエ、このファラド王子と会ったことがあるのか?…」
私は、聞いた…
直球で聞いた…
が、
その質問に、
「…さあ、それは、お姉さんの想像にお任せするわ…」
と、答えた…
けむに巻いたのだ…
しかし、その表情は、色っぽかった…
リンダが、ヤンの姿であるときは、決して、見せない女の顔だった…
女=リンダ・ヘイワースの顔だった…
男装して、ヤンの姿をしているにも、かかわらず、ビックリするほど、色っぽかった…
急に、部屋中が、ピンク色になったようだった…
だが、
こんな、男だか、女だか、わからん人間に、負ける矢田トモコではない…
遅れを取る、矢田トモコではないのだ…
勝負は、一瞬…
一瞬だ…
私は、自慢ではないが、本番に強い女だった…
練習では、結果を出せんが、本番は、一発勝負…
結果を出した…
負けん!
どんなことが、あっても、こんなヤツには、負けん!
ファラド王子をゲットしてやるさ…
私は、固く心に誓った…
誓ったのだ…
その青い目が、怒りに、満ちていた…
リンダは、今、男装して、ヤンの格好をしている…
しかしながら、美しかった…
一瞬、見ただけでは、わざと、ぼさぼさの髪をして、ヨレヨレの服を着て、美しさとは、無縁の格好だが、本当は、絶世の美女…
美しくないわけは、なかった…
リンダは、普段は、ヤンの格好をしている…
男装している…
それは、リンダの格好をすると、世間に騒がれるから…
リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…
その大きな胸と、パンツの見えそうな、カラダを強調する服を着ると、女の私でも、ドキッとする…
大げさにいえば、色気の塊…
セックスが、歩いているようだ(笑)…
自分でも、それが、わかっているから、普段は、いつも、男の格好をしている…
わざと薄汚い男の格好をして、本来の自分の姿をごまかしている…
色気を封印している…
リンダでいることは、ストレスの塊…
常に、ひとに見られるのは、苦痛以外の何物でもないからだ…
そして、その隣には、バニラがいる…
バカ、バニラがいる(笑)…
バニラは、バカだが、やはり、美しい…
リンダに匹敵する美人…
そして、この矢田トモコだ…
冷静に考えると、なぜ、この平凡な矢田トモコが、ここにいるのか、不思議だった(笑)…
ここは、モデルの控室でも、女優の控室でも、なんでもない…
にもかかわらず、私がいる(爆笑)…
絶世の美女二人に、この矢田トモコ…
この組み合わせは、妙だ…
不思議だ…
それとも?…
それとも、神様は、もしかして、このリンダとバニラを、配下にして、私にプロダクションの運営をしろ、とでも、囁いているのかもしれん…
ふと、気付いた…
この二人が、所属するプロダクションの社長になる…
すると、文字通り左うちわで、暮らせる…
私の一生は、安心…
文字通り、安心だ…
その金を元手に、ホストクラブにでもいって、イケメンを物色するか?
その程度のことをしても、ばちは当たるまい…
私は、なぜか、そんなことを考えた…
すると、自然に、顔がにやけてきた…
実は、この矢田トモコは、お金好き…
お金持ちが好きだし、ずばり、お金が好き…
だが、これまでは、この矢田とお金は、相性が悪かった…
なぜか、この矢田の手元から、お金が羽を生えたように、飛んでいってしまったのだ(涙)…
この矢田の元から、逃げ出したといっていい(涙)…
葉尊と結婚して、お金には、不自由しなくなったが、実をいうと、あまり実感がない…
この超がつく、豪華マンションに、葉尊といっしょに住んでも、生活は、質素だったからだ…
真面目な葉尊は、生活は、堅実だったし、それは、私も同じだった…
贅沢には、憧れるが、それはあくまで、憧れるだけ…
実生活は、堅実そのものだったからだ…
だから、お金を使う生活に憧れる反面、お金を使う生活が、本来の質素を旨とする、私の心情と異なる…
矛盾する…
なんとも、いえん事態だった(涙)…
私が、そんなことを、考えていると、
「…お姉さん…なにを、ニヤニヤしているの?…」
と、今度は、リンダ=ヤンが、顔を寄せてきた…
私は、とっさに、
「…なんでもない…なんでもないさ…」
と、答えた…
いつもの返答だった…
すると、マリアが、
「…矢田ちゃんって、いつも、突然、自分の世界に入っちゃうんだよね…」
と、笑った…
…なんだと?…
…自分の世界だと?…
私は、今度は、マリアを見た…
目の前の、リンダ=ヤンではなく、小娘のマリアを見たのだ…
すると、プッと、目の前のリンダ=ヤンが、吹き出した…
「…本当、子供は、純真で、なんでも、見抜く…」
ヤンが、笑った…
「…きっと、このお姉さん、なにか、よからぬことを、考えていたのよ…」
…なんだと?…
私は、心の中で、思ったが、あえて、口に出さなかった…
なぜなら、その通りだったからだ(笑)…
「…どうせ、お金儲けか、なにかでしょ?
このお姉さんは、できもしないくせに、お金儲けの妄想が好きだから…」
バニラが、口を挟んだ…
さんざんな言われようだった…
だが、
私は、耐えた…
自分でも、珍しく、耐えた…
なぜだかは、わからない…
ただ、反論する気が失せただけだ…
「…それとも、この写真の偽物が着た、リンダと、同じ真っ赤なドレスをオークションにでも、リンダのサイン入りで出す? きっと、物凄い高値がつくわよ…」
バニラが提案した…
「…なんだと?…」
私は、つい声に出した…
不覚にも、声に出してしまった…
実に魅力的な提案だったからだ…
「…どうする、お姉さん?…」
バニラが、聞いた…
私は、
「…バカにするな!…」
と、怒った…
「…リンダは、私のかけがえのない友人さ…その友人のドレスを売って、金を得ようなんて、これっぽっちも思っちゃいないさ…」
私は、断言した…
心の中で、思っていることと、真逆のことを言ったのだ…
自分でも、意外だった…
まさに、想定外だった…
すると、
「…矢田ちゃんは、違うよ、ママ…」
と、マリアが言った…
「…矢田ちゃんは、そんなひとじゃない…」
マリアが力を込めて言った…
…なんだと?…
私は、驚いた…
このマリアが、私を信頼している?
いかん…
これは、いかん…
いかに、このバニラが嫌いでも、娘のマリアを裏切ることはできん…
チッ!
と、私は、心の中で、舌打ちをした…
リンダの赤いドレスをネットで、売るという、絶好のアイデアを得たのに、実現できんかった(涙)…
だが、いつか、リンダの真っ赤なドレスを、このマリアの気付かないところで、売ってやるさ…
私を、それを、固く心に誓った…
誓ったのだ…
すると、そんな私の心の中を見抜くように、
「…お姉さんは、そんなひとじゃないわ…」
と、当のリンダ自身が、言った…
薄笑いを浮かべながら、言ったのだ…
「…そうでしょ? …お姉さん?…」
と、リンダ=ヤンが、私を脅すように、言った…
…お姉さんの心の中なんて、簡単にわかる…
とでも、言うようだった…
だから、私は、
「…当然さ…そんな親友を売るような真似は、するはずがないさ…」
と、力を込めた…
力を込めながら、これで、リンダの真っ赤なドレスをオークションに出して、大金を得る機会が、永久に失われたことに、ショックを受けた…
ずばり、立ち直れなかった(涙)…
思えば、矢田トモコ、一生の不覚…
不覚だった(涙)…
思わず、目から、涙がこぼれ落ちる寸前だった…
私の細い目から、涙が、こぼれ落ちる寸前だった…
すると、リンダ=ヤンが、私の顔に近付き、耳元で囁いた…
「…今度、お姉さんに、私のパンティをあげるわ…そのパンティにリンダ・ヘイワースのサインをつければ、きっとドレス以上の高値がつく…」
「…そうか…」
私は、突然、気分が良くなった…
天国から、まっさかさまに地獄に落ちた気分だったが、再び、天国に舞い戻った気分だった…
が、
少し考えて、それは、できないと思った…
なぜなら、本物のリンダのパンティをオークションに出品して、誰が、本物と思うのだ?…
いかに、リンダのサイン付きだとしても、だ…
本物のリンダ・ヘイワースが、実際に、パンティを出品するにあたり、これは、私の使用した下着ですとでもいえば、本物だと、誰もが、思うが、当たり前だが、世界中に知られたハリウッドのセックス・シンボルが、そんなことをするはずがない…
つまりは、冗談…
この矢田トモコをからかったのだ…
それに気付いた私は、烈火のごとく、怒った…
態度には、出さなかったが、このリンダ・ヘイワース…
バカ、バニラ共々、ただではおかん…
私は、固く心に誓った…
誓ったのだ…
それから、ふと、私の目に、モニターに映った、偽者のリンダと映ったファラド王子が、入った…
…アラブの女神か?…
私は、考えた…
ことによると、このアラブの女神と、この矢田トモコが連携してもいいかもしれん…
ふと、気付いた…
このリンダとバニラが、この矢田トモコを舐め切っている…
私は、それが、許せん…
許せんかったのだ…
このリンダとバニラを地獄に落とすためなら、この矢田トモコも鬼となろう…
阿修羅となろう…
そのためには、なんでも、あり…
アラブの女神と連携することも、ありなのだ…
私は、固く心に誓った…
誓ったのだ…
「…ファラド王子か…」
思わず、呟いた…
たしかに、イケメンだ…
いい男だ…
私は、思った…
背が高く、浅黒い肌を持つ、正統派のイケメン…
まさに、この矢田トモコの相手にふさわしい…
恋の相手に、ふさわしい…
私は、思った…
一晩だけのアバンチュールの相手にふさわしい…
27インチのモニターに映った、その精悍な顔を見て、思った…
その精悍な顔を見て、考えた…
すると、リンダ=ヤンが、
「…このファラド王子…サウジの革命児と、言われているのよ…」
と、呟いた…
私やバニラに言うのではなく、誰にともなく、呟いたのだ…
「…革命児だと? どういう意味だ?…」
私は、リンダに、聞いた…
「…いわゆる、国の方針を変えようとしているの?…」
「…国の方針だと?…」
「…アラブ諸国は、いずれ、どの国も、石油が、枯渇する…なくなる…だから、その石油が枯渇する前に、新たに産業を興したりして、国を変えようとしているの…日本で、いえば、明治維新のようなものね…」
「…」
「…だから、当然、敵が多い…」
「…敵?…」
「…そう、政敵…今は、いいけど、失脚したら、間違いなく、命はないでしょう…」
…なんと!…
…命がないとは!…
この矢田トモコ、35歳…
これまで、35年生きてきて、命がないなどという物騒な言葉を現実に、聞いたことが、なかった…
なかったのだ…
テレビや映画では、当然ある…
だが、それは、フィクションの世界…
作り物の世界だ…
現実の世界で、そんな恐ろしいセリフは、聞いたことがなかった…
私が、驚いていると、
「…オチビちゃん…現実は、甘くないのよ…」
と、今度は、バニラが言った…
バカ、バニラが言った…
まさか、こんな、バカから、説教されるとは、思わんかった…
「…世界中で、日本ぐらいのものよ…命を取られないのわ…」
バニラがしたり顔で、言う…
「…なにかをなそうとすれば、敵を作る…その敵を殺すなり、牢獄にぶち込むなりして、敵をせん滅して、おかないと、今度は、自分がやられる…」
バニラが、言った…
私は、驚いて、バニラを見た…
バカ、バニラを見た…
バニラが、まともなことを、言ったからだ…
バニラの、その美しい顔が、かすかに、殺気だっていた…
自分の言葉に昂っていたのだろう…
なんしろ、このバニラは、ヤンキー出身…
アメリカのスラム出身だ…
とんでもない貧困の場から、世界のトップモデルにのし上がったのだ…
その苦労たるや、想像を絶するものだろう…
この矢田トモコが、35生きてきた苦労など、苦労でも、なんでもないに違いない…
それを、思うと、急に、恐怖した…
全身に、寒気が襲ってきた…
このバニラの怖さが、わかったのだ…
このバニラの偉大さが、わかったのだ…
とりあえず、このバニラには、逆らわずに、いよう…
私は、思った…
このバニラが、本気で怒れば、この矢田トモコなど、イチコロだ…
文字通り、瞬殺だ…
間違いなく、殺されるだろう…
それを考えると、どうにか、せねばならん…
それに気付いた…
このバカ、バニラの機嫌を取らねば、ならん…
すると、誰かが、私の足を掴んだ…
見ると、バニラの娘、マリアだった…
「…矢田ちゃん…遊ぼ…遊ぼ…」
マリアが言う…
これは、利用するに、限る…
とっさに、閃いた…
マリアと遊んでやって、バニラの機嫌を取るに限ると思ったのだ…
私は、すぐに、
「…よし、遊んでやるさ…」
と、言って、椅子から、降りた…
が、
なぜか、マリアが、嫌がった…
「…矢田ちゃん…変!…いつもの矢田ちゃんじゃない!…」
「…なんだと?…」
私が、驚くと、
「…お姉さん…また、よからぬことを、考えていたでしょ?…」
バニラが、口を出した…
「…子供は、純真…お姉さんの心のありようが、見えるの…」
「…私の心のありようだと?…」
私は、唖然とした…
まさか、この矢田の心のありようが、3歳の幼児に見抜かれるとは?
…油断できん!…
…3歳の幼児とは、いえ、油断できん!…
私は、悟った…
悟ったのだ…
「…でも、それが、お姉さんなのよね…」
リンダが口を挟んだ…
「…どこか、ズルいことをしても、心の底から、憎めない…それが、お姉さんの利点…」
リンダが、説明する…
そのリンダの言葉に、バニラが、さもありなんというように、頷いた…
同意した…
それから、リンダ=ヤンが、27インチのモニターに映った、ファラド王子と、偽者のリンダ・ヘイワースを見た…
「…このファラド王子…リンダ・ヘイワースのファンだという噂は、聞いたことがないのよね…」
リンダが、呟く…
「…そのファラド王子が、リンダ・ヘイワースと、仲良く映った写真が、ネットに出回る…これが、ウソの証拠…」
リンダが笑う…
私は、そんなリンダの笑いを見て、不思議に思ったことがあった…
そもそも、リンダは、このファラド王子と会ったことがあるか、どうかだ…
ハリウッドのセックス・シンボルである、リンダ・ヘイワースの知名度は、抜群…
世界中で、知られている…
だから、世界中にファンがいる…
セレブも一般の人間も含めて、ファンがいる…
そして、なにより、リンダ・ヘイワースは、世界中を飛び回っている…
その結果、さまざまな人物と会っている…
だとすれば、当然、この写真に写ったファラド王子と会った可能性も高い…
その事実に、気付いたのだ…
「…リンダ…オマエ、このファラド王子と会ったことがあるのか?…」
私は、聞いた…
直球で聞いた…
が、
その質問に、
「…さあ、それは、お姉さんの想像にお任せするわ…」
と、答えた…
けむに巻いたのだ…
しかし、その表情は、色っぽかった…
リンダが、ヤンの姿であるときは、決して、見せない女の顔だった…
女=リンダ・ヘイワースの顔だった…
男装して、ヤンの姿をしているにも、かかわらず、ビックリするほど、色っぽかった…
急に、部屋中が、ピンク色になったようだった…
だが、
こんな、男だか、女だか、わからん人間に、負ける矢田トモコではない…
遅れを取る、矢田トモコではないのだ…
勝負は、一瞬…
一瞬だ…
私は、自慢ではないが、本番に強い女だった…
練習では、結果を出せんが、本番は、一発勝負…
結果を出した…
負けん!
どんなことが、あっても、こんなヤツには、負けん!
ファラド王子をゲットしてやるさ…
私は、固く心に誓った…
誓ったのだ…