第65話

文字数 5,394文字

 …許さん!…

 …許さんゾ…マリア…

 子供だからと言って、許すわけには、いかん…

 いかんのだ…

 この矢田トモコに歯向かった覚悟はできているんだろうな?…

 私は、言いたかった…

 この矢田トモコに逆らう以上、もはや、二度と、マリアとは、遊んでやらん…

 もう二度と、面倒をみてやらん…

 私は、固く心に、誓った…

 誓ったのだ…

 すると、

 「…矢田…相変わらずだな…」

 と、いう声がした…

 当然のことながら、声の主は、マイクを握った矢口のお嬢様だった…

 …相変わらずとは?…

 …一体、どういう意味だ?…

 私は、考えた…

 そして、壇上の矢口のお嬢様をジッと睨んだ…

 「…3歳の幼児でも、自分と対等に接する…決して、上から目線でも、なんでもない…対等…そこに身分の上下はない…」

 矢口のお嬢様が、意味深に言った…

 私は、すぐに、お嬢様の言葉に、どんな意味があるのか、考えた…

 が、

 わからんかった(涙)…

 すると、

 「…曲は、AKBの恋するフォーチュンクッキーだ…矢田…」

 と、お嬢様が、言った…

 …AKBのフォーチュンクッキーだと?…

 私は、考えた…

 簡単すぎる…

 実に、簡単すぎる…

 あの踊りは、初級者の踊り…

 誰でも、できる…

 一体、どうして?

 考えた…

 そして、気付いた…

 これは、この保育園の園児たちと、踊るのには、打ってつけだと、気付いたのだ…

 園児たちは、まだ、子供だから、難しいことは、できない…

 が、

 いきなり、恋するフォーチュンクッキーの踊りを踊れと言われても、困る…

 この矢田トモコとて、どんな踊りか、詳しくは、覚えていない…

 私が、そんなことを、考えていると、屈強な男たちが、大型のモニターを、台車に乗せて、運んできた…

 そして、壇上に、設置した…

 実に、思いがけない展開だった…

 まさか、こうもあっけなく、モニターを設置するとは、思わなかったのだ…

 園児たちを含めて、見守る父兄の間でも、感嘆の声が上がった…

 周囲の人間たちが、ザワザワと騒ぎ出した…

 そして、モニターの画面をつけた…

 すると、モニターに映ったのは、ファラド…

 ファラドだった…

 私は、驚いた…

 一体、なぜ、ファラドが?

 意味がわからなかった…

 そして、あのモニターが、ただのテレビではなく、パソコンにつなげていることが、わかった…

 だから、ファラドの顔が、映ったのだ…

 私は、ファラドの顔を見た…

 いや、

 私だけではない…

 周囲にいる父兄は、全員、ファラドの顔を見た…

 モニターの中ではない、実物のファラドの顔を見たのだ…

 「…いい男だ…」

 声が聞こえた…

 ただし、ファラドの声ではなかった…

 別の男の声だった…

 「…そうは、思わんか?…」

 「…ハイ…」

 やはり、別の男の声がした…

 私は、考えた…

 一体、どういうことだ?

 ファラドが、映っているにも、かかわらず、ファラドではない、人物たちの声が聞こえる…

 つまり、ファラド自身は、なにも言っていない…

 これは、一体、どういうことだ?

 考えた…

 …盗聴?…

 あるいは、

 …盗撮?…

 ふと、気付いた…

 だから、ファラド自身の声が、聞こえてこないのだ…

 「…リンダ・ヘイワース…あの女をどう思う?…」

 「…美人ですね…」

 「…そうだな…なにしろ、ハリウッドのセックス・シンボルだ…」

 「…ハイ…」

 「…実物を見てみたいものだ…」

 「…」

 「…それには、どうすればいい?…」

 「…殿下のお力ならば、簡単に会うことができるでしょ? ハリウッドに人脈もある…」

 「…それでは、つまらん…どこかのパーティーで、会うのは、誰にもできることだ…」

 「…」

 「…知恵を出せ…」

 私は、その声を聞いていて、ふと、気付いた…

 どこかで、聞いたことのある声だと、気付いたのだ…

 …あの声は、たしか?…

 成人した大人の声ではない…

 むしろ、子供…

 まるで、大人になってない、子供の声だ…

 なぜなら、甲高い…

 子供の声特有の、甲高い声だからだ…

 あの声は、たしか?…

 私が、考え込んでいると、

 「…オスマン…あの声は、オスマンの声…」

 突然、マリアが言った…

 言ったのだ…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 まさか、ここで、あのオスマンの名前が出るとは、思わなかったからだ…

 だが、たしかに、あの声は、オスマンだった…

 オスマン殿下だった…

 だから、子供たちが、驚いて、オスマンを見た…

 見たのだ…

 そして、それは、父兄たちも同じだった…

 おそらく、父兄たちは、オスマンのことを、知らなかったのかもしれない…

 が、

 子供たちが、皆、オスマンを見ているので、それに気付いたのだ…

 園児たちが、皆、オスマンを見ているからだ…

 「…な、なんだ、なにを言っている?…」

 オスマンが、声を上げた…

 「…たしかに、ボクの声に似ているが…」

 オスマンが、言った…

 「…ボクが、リンダなんとかと、会いたいというわけはない…」

 オスマンが、抗議する…

 「…子供のボクが…」

 そう言われると、納得した…

 たしかに、モニターの声は、オスマンの声に似ている…

 が、

 話の内容は、子供ではない…

 なにしろ、3歳の幼児が、リンダ・ヘイワースに会いたいと、言っているのは、おかしい…

 おかし過ぎる…

 リンダに憧れるのは、大人…

 成人男子だ…

 仮に、成人…二十歳になっていなくても、性に関心を持つ年頃の男…

 つまりは、中学生以上…

 なにしろ、相手は、ハリウッドのセックス・シンボルだ…

 色っぽい…

 色気全開の女だ…

 それに、憧れるのは、普通に考えて、ティーンエイジャーになっている必要がある…

 それを、考えれば、いかに、モニターから、流れてきた声が、オスマンに似ていても、オスマンのわけがなかった…

 3歳の子供が、リンダ・ヘイワースに、興味を持つはずが、ないからだ…

 私が、そんなことを、思っていると、

 「…やっと、わかった…」

 という声が聞こえた…

 声の主は、またも、他ならぬ、マリアだった…

 「…オスマン…アンタ、子供じゃないでしょ?…」

 …子供じゃない?…

 …一体、どういう意味だ?…

 「…いつも、上から目線で、威張ってる…まるで、パパやママみたい…大人で、上から目線でないのは、矢田ちゃんだけ…」

 マリアが言った…

 …矢田ちゃんだけ?…

 …私だけ?…

 …どうして、私だけなんだ?…

 私が、考え込んでいると、マリアが、

 「…矢田ちゃんは、子供…外見は、大人だけれども、中身は、子供…真逆に、オスマン…アンタは、外見は、子供だけれども、中身は、大人…だから、いつも、上から目線…やっと、気付いた…」

 マリアが一気にまくしたてるように、言った…

 さすが、マリア…

 私が面倒をみてきた甲斐はある…

 賢い子供だ…

 よくぞ、オスマンの中身を見抜いた…

 いや、

 外見が子供で、中身が、大人の人間なんて、そもそもいるのか?

 謎だった…

 いや、

 問題は、それだけではない…

 なぜ、この矢田トモコが、外見が大人で、中身が、子供なんだ?

 そんなバカなことは、あるまい…

 この矢田トモコは、外見も中身も大人…

 立派な大人だ…

 大人でなければ、こんな巨乳であるわけがない…

 胸が大きくなるはずがない…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 すると、隣で、ヤン=リンダが、

 「…もしかして、あのオスマンって子供は、小人症(こびとしょう)…」

 と、声を上げた…

 いきなり、言った…

 「…小人症(こびとしょう)だと? …一体、それは、なんだ?…」

 私は、聞いた…

 ヤンに聞いたのだ…

 「…小人症(こびとしょう)…つまり、大人になれない…」

 「…大人になれないだと? …どういう意味だ?…」

 「…身長が伸びない…カラダが、大きくなれない…顔も子供のまま…だから、本当は、たとえば、お姉さんと同じ、35歳でも、見かけは、3歳のまま…」

 「…なんだと…そんなバカな?…」

 私は、言った…

 言ったのだ…

 そして、さらに、ヤン=リンダに質問しようとしたら、ヤン=リンダが、

 「…でしょ?…」

 と、ファラドに、言った…

 いや、

 聞いた…

 ファラドは、苦笑するのみだった…

 「…まあ、アナタの立場では、なにも言えないのかもしれないけれども…」

 「…なんだと、どういう意味だ?…」

 私は、ヤンに聞いた…

 が、

 ヤンは、私を無視した…

 この矢田トモコを無視した…

 「…今日の、この騒動の主役というか、首謀者は、案外、アナタじゃない…ファラド…あの坊やのわがままに付き合うのは、御免で、この騒動を仕掛けたんじゃない…」

 ヤン=リンダの問いかけに、

 「…ご想像にお任せする…」

 と、言って、ファラドは、それ以上、なにも言わなかった…

 が、

 口元は、明らかに、緩んでいた…

 だから、ヤン=リンダの指摘が、正しいことを示していた…

 いや、

 仮に、ヤン=リンダの言葉が、すべて正しくなくても、大方は正しいのだろう…

 私は、そう見た…

 私は、そう睨んだ…

 この矢田トモコ、35歳…

 ボンクラではない…

 ただの胸の大きな女ではない…

 女は、胸が大きければ、頭が悪いと、言われた時代があった…

 そういう世間の風潮があった…

 たしかに、それに当てはまる女もいるだろう…

 だが、

 それは、この矢田トモコには、当てはまらない…

 この矢田トモコを見れば、それが、間違いであることが、気付く…

 だから、胸が大きいからと言って、この矢田トモコを舐めてもらっては、困る…

 甘く見て、もらっては、困るのだ…

 私が、そんなことを、考えていると、マリアが、オスマンに、

 「…オスマン…アンタ…本当のことを、言いなさい…」

 と、言って、迫っていた…

 マリアは、子供ながら、凄い迫力だった…

 母親のバニラを彷彿させる迫力だった…

 とても、3歳の幼児には、思えない…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 なにに、驚いたかといえば、私は、マリアの姿に、母親のバニラを重ねたのだ…

 ヤンキー上がりのバニラを重ねたのだ…

 あのバカ、バニラを重ねたのだ…

 だから、マリアも、母親のバニラと同じで、バカなのか?

 とも、思ったが、今、考えたのは、そうではない…

 このマリアも、本質は、母親のバニラ同様、ヤンキーでは? と、気付いたのだ…

 3歳ながら、この迫力…

 ただ者では、なかった…

 ただ者では、なかったのだ…

 私が、驚いて、マリアを見ていると、マリアは、スタスタと、オスマンの元へ、歩いて、行った…

 それから、オスマンの前に立ち、

 「…本当のことを、言いなさい…」

 と、迫った…

 私は、急いで、オスマンを見た…

 オスマンが、どういう表情をしているか、気になったからだ…

 オスマンは、明らかに、たじろいでいた…

 いや、

 マリアの迫力に、圧倒されたといっていい…

 「…言いなさいよ…」

 マリアが、なおもオスマンに迫った…

 迫ったのだ…

 まるで、オスマンの奥さんか、なにかだった…

 夫の不倫=浮気が、発覚して、

 「…アナタ…本当のことを、言いなさい…」

 と、迫る、妻のようだった…

 わずか、3歳にも、かかわらず、マリアのこの迫力…

 オスマンが、本当は、何歳か、さっぱりわからんが、すでに、勝負があった感じだった…

 勝負が、ついた感じだった(爆笑)…

 「…これだから、お子様は、困る…」

 と、オスマンが、ため息をついた…

 「…だから、お子様は、嫌なんだ…」

 それは、オスマンが、大人で、あることを、婉曲に、認めたも、同然だった…

 間接的に、認めたも、同然だった…

 「…マリアは、いくらキレイでも、子供…子供だ…」

 オスマンが、愚痴る…

 「…だが、どこか、リンダに似ている…リンダ・ヘイワースに似ている…だから、マリアを見て、リンダも、子供時代は、きっと、こうだったんだろうな? と、思って、憧れた…好きになった…」

 オスマンが、告白した…

 私は、そんなオスマンの告白を聞いて、思い出した…

 今日、この保育園にやって来たときに、ファラドが、

 「…オスマン殿下は、いつも、こうして、マリアさんが、来るのを待っている…」

 と、言った言葉を、だ…

 つまり、マリアが、クルマで、保育園にやって来るのを、自分も、クルマの中で、待っている…

 マリアが、やって来るまで、ずっと待っている…

 それは、子供ながら、好きな女の子が、来るのを、待っていると、思ったのだ…

 そして、マリアの母のバニラ…

 あのバカ、バニラは、素顔は、リンダ…リンダ・ヘイワースと似ている…

 バニラの方が、リンダよりも、身長が、少し高いが、顔立ちが、似ている…

 要するに、バニラとリンダは、スッピンは、似ているが、メイクと、売り方が、違うだけ…

 リンダは、おとなしめ…

 バニラは、ヤンキー系で、野性的なイメージで、売っているからだ…

 だから、オスマンが、マリアを見て、リンダを思い浮かべるのは、わかる…

 マリアが、リンダの子供時代の顔と、考えても、おかしくはないからだ…

 私は、そんなことを、考えた…

 考えたのだ…

 と、

 そのときに、父兄の間から、悲鳴というか、歓声が上がった…

 私は、何事かと、思って、父兄が、見る方向を見た…

 私の細い目を、さらに細めて、見たのだ…

 と、

 そこには、深紅のドレスをまとったリンダ…

 リンダ・ヘイワースが、立っていた…

               
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