第169話

文字数 5,017文字

 「…ハイ…終わり…出来上がりました…」

 着付けの女性が、言った…

 「…鏡で、よくご覧になって…」

 私は、言われるままに、鏡を見た…

 鏡に映った、自分の姿を、見た…

 …我ながら、よくできた…

 そう、思わせるものが、あった…

 すると、

 「…矢田…馬子にも衣裳だな…」

 と、矢口のお嬢様が、例によって、上から、目線で言った…

 が、

 矢口のお嬢様は、その口の悪さとは、裏腹に嬉しそうだった…

 上機嫌と言ってもいい…

 それは、やはり、自分の選んだ着物が、私に似合っていたから、嬉しいのだろうと、思った…

 なにしろ、この矢口のお嬢様のルックスは、私そっくり…

 だから、私に似合う着物を選ぶのは、自分の着る着物を選ぶのと、同じ…

 だから、考えてみれば、これほど、私の着物を、選ぶのに、楽なことはない…

 要するに、自分に合う着物を、選べば、いいんだ…

 だから、簡単…

 これ以上ないほど、簡単だ…

 普通なら、こうは、いかない…

 なにしろ、他人…

 いや、

 親や、兄弟姉妹でも、同じだが、要するに、自分以外の人間の着る服を選ぶわけだ…

 だから、こう、うまくは、いかない…

 当たり前のことだ…

 そして、私が、鏡の前で、着付けが終わった自分の着物姿を、見ていると、

 「…矢田…そろそろだ…」

 と、矢口のお嬢様が、いきなり、言った…

 「…さあ、出よう…」

 「…わかりました…」

 着付けが終わった私は、着付けをしてくれた女性に、

 「…ありがとうございました…」

 と、礼を言った…

 「…いえ、とんでもありません…」

 女性は、答える…

 そして、

 「…またパーティーが、終わったときに…」

 と、続けた…

 その言葉を聞いて、

 …いよいよか…

 とも、思った…

 …来るべきときが、来た…

 …ついに、来た…

 とも、思った…

 これから、葉尊と、私の離婚式が、始まると思ったのだ…

 そして、矢口のお嬢様が、部屋の扉を開けた…

 最初に、矢口のお嬢様、次に、私の順で、部屋を出た…

 そして、真っ先に、葉問を探した…

 部屋から出る私を待っていると、言ったからだ…

 が、

 いなかった…

 私は、キョロキョロと周囲を見回したが、いなかった…

 …一体、どこにいったのだろ?…

 私が、首を振って、辺りを見回していると、

 「…どうした?…矢田?…」

 と、矢口のお嬢様が、聞いた…

 「…葉問…いえ、葉尊を探して…ここで、待っていると、言ったのですが…」

 「…そうか…」

 「…私が、これから、鳳凰の間で、パーティーを開くから、送って行くと…」

 「…なら、気にするな…矢田…アタシが、鳳凰の間に連れて行ってやろう…」

 「…お嬢様が?…」

 「…そうだ…この帝国ホテルには、飽きるほど、来ている…」

 お嬢様が、なにげに、言う…

 たしかに、その通りだろうと、思った…

 このお嬢様は、お金持ち…

 この矢田とは、違う…

 この平凡な矢田トモコとは、違う…

 外観は、そっくりだが、違うのだ(笑)…

 あらためて、そう思った…

 ハッキリ言えば、あらためて、生まれの差を思った…

 そして、考えた…

 このお嬢様は、自分のルックスをどう思っているのだろう? と、考えた…

 ハッキリ言って、美人ではない…

 が、

 自分で、言うのも、おかしいが、ブスではない…

 なぜ、自分で、言うのも、おかしいかと言えば、何度も言うように、私と矢口のお嬢様は、瓜二つ…

 ほぼ、同一人物に近いからだ…

 だから、矢口のお嬢様のルックスに、言及することは、私のルックスに言及するのと、同じ…

 自分自身のルックスに、言及するのと、同じだからだ…

 が、

 この矢口のお嬢様は、お金持ち…

 超がつく、お金持ちだ…

 おまけに、東大卒…

 頭も、超がつくほど、いい…

 だから、そんなお嬢様が、自分のルックスを、どう思うのか、気になった…

 興味が、あった…

 これまでは、そんなことは、一度も、考えたことは、なかったが、興味が、出た…

 なにしろ、超が付く、お金持ちで、超が付く、頭の良さだが、外見=ルックスは、私と同じ…

 この矢田と、同じなのだ…

 このことを、この矢口のお嬢様は、どう思うのか?

 実に、気になった…

 だから、遠慮なく、聞いた…

 普通は、まさか、そんなことは、聞けないが、なにしろ、同じ顔だ…

 だから、遠慮なく、聞けた(笑)…

 「…お嬢様…」

 「…なんだ?…」

 「…一つ、聞いて、いいですか?…」

 「…なんだ? …矢田…なにを、聞きたい?…」

 「…お嬢様は、自分のルックスを、どう、お思いですか?…」

 「…ルックス? …どういう意味だ?…」

 「…言いづらいのですが、お嬢様は、超がつくお金持ちで、おまけに、東大卒で、頭もいいです…それが、この矢田と同じ平凡極まりないルックスでは…」

 「…くだらん…」

 矢口のお嬢様は、私の質問を、歯牙にもかけなかった…

 「…くだらんって?…」

 「…矢田…それは、悩んでも、仕方がないことだ…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…誰もが、そうだが、顔やカラダは変えられん…」

 「…」

 「…そういうことだ…」

 矢口のお嬢様は、断言した…

 短く、言い放った…

 私は、これを、どう取れば、いいか、わからなかった…

 やはり、このお嬢様も、自分のルックスに悩んだことが、あったのだろうか?

 それとも、なかったのだろうか?

 それが、わからんかった…

 すると、

 「…なんだ? …矢田、不満そうだな…」

 と、矢口のお嬢様が、続けた…

 「…それとも、矢田…オマエは、私に、もっと、美人に生まれたかったとでも、言って、もらいたかったのか?…」

 「…」

 「…ひと、それぞれだ…矢田…」

 「…ひと、それぞれ?…」

 「…そうだ…例えば、私だ…自分で言うのも、おかしいが、私は、金持ちの家に生まれて、東大も出ている…だが、私以上のお金持ちは、世の中にもいる…例えば、矢田…オマエだ…」

 「…私?…」

 「…そうだ…オマエは、自覚がないかもしれないが、葉尊さんは、私など、足元にも、及ばない、お金持ちだ…」

 「…」

 「…要するに、生まれだ、矢田…」

 「…生まれ?…」

 「…金持ちの家に生まれるとか、頭が、良く生まれるとか、美人に生まれるとかは、すべて、生まれだ…矢田…生まれたときに、決まっていることだ…努力すれば、どうにか、なることじゃない…」

 「…」

 「…だから、黙って、すべて、受け入れることだ…」

 「…すべて、受け入れる?…」

 「…そうだ…オマエは、それが、誰よりも、わかっているはずだ…身近に、あのリンダさんやバニラさんが、いるのだから…」

 お嬢様が、言った…

 断言した…

 そして、それ以上は、言わんかった…

 私は、それを、聞いて、今さらながら、このお嬢様は、優れていると、思った…

 なぜなら、すべてを、受け入れているからだ…

 ずっと、以前だが、大きな会社で、派遣社員で、働いていたときに、気付いたことがある…

 それは、学歴が、ない人間ほど、上を目指すという事実だった…

 正直、わけが、わからんかった(笑)…

 なぜ、学歴が、ないひとほど、上を目指すのか? 

 理解できんかった…

 普通は、逆だろう…

 学歴が、高いから、上を目指す…

 例えば、東大を出ているから、偉くなりたいと、思うのだが、違った…

 これは、一体、どうしたことか?

 悩んだ…

 そして、彼らを、見て、気付いたことがある…

 まずは、学歴が低いから、仕事では、学歴が、高い連中に負けないと、考える事実に、だ…

 そして、どんな会社でも、末端の仕事で、学歴の差が出ることは、ほとんどない(笑)…

 わかりやすい例で挙げれば、吉野家で、働いて、学歴の差が出ることは、あまりない…

 要するに、飲み込みが、早く、手が速ければ、よい…

 一言で、言えば、使える…

 だから、自分は、学歴がなくても、例えば、東大卒の正社員より、優れていると思う…

 仕事ができると、心の底から、思う…

 そして、それは、間違ってない…

 ただし、それは、吉野家という店の中だけ…

 学歴が高い人間は、店舗を経験してから、本社で、別の仕事に就く…

 要するに、その頭の良さを生かして、次元の高い仕事で、活躍してほしいと、考える…

 一方、学歴が、ない人間に、それはない…

 その事実に、気付かない…

 もっとも、一部の人間は、学歴がなくても、早くから、その事実に気付く…

 そして、気付かない人間は、ずっと、気付かない(笑)…

 そして、それが、能力の差だと、後に、気付いた…

 学校の成績も大事だが、学歴が、高くても、気付かない人間は、気付かない…

 真逆に、学歴が、低くても、気付く人間は、すぐに、気付く…

 そして、そこに、年齢は、関係ない…

 そして、それこそが、差だと、痛感した…

 生まれ持った能力の差だと、痛感した…

 この矢口のお嬢様は、それが、わかっているのだろう…

 なにより、その手の人間は、自分に都合よく考える(笑)…

 仮に、高卒で、50人、100人に一人が、課長になれると、すれば、大抵は、自分には、関係がないことだと考えるが、彼らは違う…

 自分だから、なれると、思う(笑)…

 私も、最初は、わからなかったが、彼らに、接していて、わかった…

 そして、それこそが、能力の差なんだろうと、痛感した…

 そして、お嬢様が、言ったように、ルックス…

 私の身近には、お嬢様が、言ったように、リンダとバニラがいる…

 金髪碧眼の絶世の美女がいる…

 あの二人を、間近に、見れば、ルックスで、張り合おうとは、まったく、思わない…

 近くで見れば、惚れ惚れする…

 まさに、美の女神…

 おおげさでなく、美しいと、惚れ惚れする…

 バニラは、バカだが、顔を、見れば、惚れ惚れする…

 が、

 今言った、学歴もなく、ただ上昇志向が強い人間は、違う…

 相手の能力を認めることが、できない…

 バニラは、美人だが、バカだと言えば、ただ、

 …バカ…

 を、強調する…

 決して、美人という美点には、触れない…

 なぜ、触れないか?

 触れれば、自分が、歯が立たないからだ…

 決して、太刀打ちできないからだ…

 だから、触れない…

 決して、言及しない…

 そういうことだ…

 そして、彼ら、彼女らを見たときに、気付いたことは、すべからく、他人の悪口が、多いという事実だった…

 例えば、どんな美人でも、欠点がある…

 例えば、背が低いとか…

 例えば、胸が小さいとか…

 例えば、大学を出ていないとか…

 誰でも、探せば、一つや二つは、見つかるものだ…

 そして、その点を見つけると、徹底的に、その点を突く…

 私は、最初、彼ら、彼女らを見て、どうして、そういう行動を取るのか?

 謎だった…

 理解できんかった…

 なぜなら、例えば、その美人が、彼ら、彼女らに、悪さも、なにも、してないからだ…

 が、

 ずっと、見ていて、気付いた…

 要するに、コンプレックスの裏返しなのだ…

 自分は、平凡…

 が、

 目の前に、美人が、現れた…

 それが、許せんのだ(笑)…

 なぜなら、自分が、逆立ちしても、勝てないからだ(笑)…

 だから、許せない…

 そういうことだ…

 そして、それは、美人に限らず、頭でも、男なら、イケメンでも、同じ…

 金持ちでも、同じ…

 要するに、自分が、勝てないから、相手の存在が、許せないのだ…

 つまり、ただのコンプレックス…

 コンプレックスの裏返しに過ぎない…

 私は、それを、思い出した…

 そして、それを、見て、つくづく、生まれ持った能力を考えた…

 大げさに、いえば、神様から、この世に生を受けた時点で、与えられた能力や、環境を考えた…

 そして、このお嬢様は、この矢田と同じく、そのすべてを、受け入れたのだろう…

 ハッキリ言えば、このお嬢様は、生まれながらの金持ちで、頭もいい…

 にもかかわらず、顔だけが、平凡…

 ルックスだけが、平凡だ…

 だから、余計に、悔しいのかもしれんかった…

 嘆いたのかも、しれんかった…

 つまりは、その点は、この矢田とは違う…

 なぜなら、この矢田は、すべてが、平凡だからだ(笑)…

 とりたてて、他人様よりも、優れたものが、なに一つない…

 平凡そのものの人物…

 それが、私だからだ(笑)…

 が、

 すべてを受け入れるという結論は、このお嬢様と、矢田は、いっしょだった…

 同じだった…

 ルックス以外は、生まれも、頭脳も、まったく違ったが、結論は、同じだった(笑)…

                
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