第143話

文字数 4,729文字

 「…ふ…双子?…」

 リンダが、驚いた…

 当たり前のことだ…

 この矢田も、驚いた…

 驚いたのだ…

 が、

 少し、考えて、わかった…

 それが、真実であることが、わかった…

 なぜなら、この矢田が、この保育園に、来て、イケメンのオスマンと、話すと、

 「…兄貴が…」

 とか、

 「…兄貴…」

 と、実に、親しげに、言うからだ…

 サウジの現国王に、子供は、多いに、違いない…

 なぜなら、サウジは、一夫多妻だからだ…

 最近のサウジの若者は、違うらしいが、一夫多妻だから、当然、夫は、一人だが、奥さんは、何人もいる…

 だから、子供が、生まれても、母親が違う兄弟姉妹が、大勢いるだろう…

 すると、どうだ?

 気が合うとか、気が合わないとか、いう問題は、出て来るに違いないが、それ以前に、普通に考えれば、同じ母親から、生まれた兄弟姉妹の方が、仲が、いいに違いないからだ…

 親しいに違いないからだ…

 だから、このイケメンのオスマンが、

 「…兄貴…兄貴…」

 と、親しげに、言うことから、もしかしたら、このオスマンとファラドが、父も母も、いっしょの兄弟と、気付いてもおかしくは、なかった…

 おかしくは、なかったのだ…

 つまりは、この二人の親密さから、二人が、両親が同じ兄弟だと、気付いても、おかしくはなかった…

 が、

 そこまでだった…

 さすがに、双子だとは、気付かんかった…

 双子だとは、露ほども、思わんかった…

 いや、

 これでは、映画のツインズだ…

 あのアーノルド・シュワルツェネッガー主演のツインズだ…

 カッコイイ兄貴と、ダメな弟…

 それと、同じだ…

 ただ、ツインズは、見た目も頭も、兄貴=シュワルツェネッガーが、良く、弟は、見た目も、頭もすべて、ダメという設定…

 が、

 オスマンとファラドは、違う…

 オスマンは、イケメンだが、頭脳は、平凡…

 が、

 ファラドは、見た目は、小人症だが、頭脳は、一流…

 その違いだ…

 要するに、ツインズの場合は、一方が、一方的に優れていて、もう一方は、ダメダメな設定だが、オスマンとファラドは、そこまでじゃないというわけだ…

 私は、思った…

 思いながら、ふと、気付いた…

 このオスマンと、ファラドの関係を、だ…

 もしや…

 もしや…

 この二人は、父親に…

 父親の国王に、操られているのかも、と、気付いた…

 一方が、もう一方を、監視する…

 これは、オスマンが、ファラドを、

 あるいは、

 ファラドが、オスマンを、

監視するということだ…

 イケメンのオスマンは、やんちゃが過ぎて、サウジ本国に、身の置き所がなくなり、兄のファラドを頼って、この日本にやって来た…

 が、

 それは、口実…

 実際に、このイケメンのオスマンは、やんちゃだったのは、事実だったろうが、それを、口実=隠れ蓑にして、兄の、ファラドの元に、身を寄せた…

 そうすることで、ファラドの動静を、本国の国王に、報告することが、できるからだ…

 つまり、サウジを、追放されたのは、形だけ…

 それを、口実に、兄のファラドの元に身を寄せ、兄が、権力欲を、抑えられず、なにか、しでかすと困ると、考えた父親の命を受け、兄のファラドを監視したのが、事実だった…

 一方、小人症のファラドは、ファラドで、父親の国王から、やんちゃで、サウジ国内で、身の置き所が、なくなった弟のオスマンの面倒を見てやれ、と、命じられたと、以前、言っていた…

 これは、おそらく、ウソではあるまい…

 事実だろう…

 その結果、双方が、双方を、監視する事態に、なったのではないか?

 いわば、お笑いだが、それが、事実では、ないのか?

 それが、真実ではないのか?

と、考えた…

 つまりは、二人とも、父の国王の掌(てのひら)の上で、踊っていたわけだ…

 私は、その事実に、気付いた…

 が、

 まだ、謎があるというか…

 あのとき、イケメンのオスマンが、クーデターを、起こして、マリアをさらおうとした…

 あのことで、このファラドは、激怒した…

 ファラドにとって、マリアは特別…

 特別な存在だ…

 その特別な存在の、マリアに手を出したことは、許すことが、できないことに、違いなかった…

 だから、二人は、決裂した…

 対立したに違いなかった…

 その結果、イケメンのオスマンは、このセレブの保育園に逃げ込むしか、なくなった…

 兄のファラドを怒らせたからだ…

 いや、

 そうではない…

 それだけではない…

 あのとき、このイケメンのオスマンは、明らかに、クーデターを起こしていた…

 つまり、このイケメンのオスマンは、あの小人症のファラドの言う通り、利用されていたに違いなかった…

 それは、それで、間違いなかった…

 つまり、現国王の意思は、どうあれ、この兄弟もまた、サウジの権力闘争に巻き込まれていたのだ…

 いわば、権力闘争の犠牲者に、他ならなかったのでは?

 と、気付いた…

 サウジのような発展途上国では、権力闘争が、日本の比では、あるまい…

 権力闘争の敗者は、死を免れないだろう…

 日本のように、ただ権力を失うだけでは、すまないだろう…

 だから、もしかしたら、それゆえ、小人症のファラドは、マリアに憧れるのかも、しれんと、思った…

 マリアは、3歳…

 当たり前だが、汚れてない…

 純粋そのもの…

 それゆえ、ファラドは、マリアに憧れるのではないか?

 ふと、気付いた…

 ファラドは、30歳…

 当たり前だが、人間の嫌なところを、いっぱい見ている…

 なにより、ファラド自身が、策士…

 権謀の士だ…

 それゆえ、汚れている…

 だからこそ、マリアが、好きなのではないか?

 ひとは、誰でも、自分にないものを、持っている人間に、憧れるものだ…

 一例を挙げると、おかしな話だが、自分が、若い頃に、あっちの男、こっちの男と、男を、とっかえひっかえしている女に、限って、自分の娘や、親しい関係の若い娘に、

 「…いかに、相手を好きになっても、すぐに、男女の関係になっては、いけない…」

 とか、

 「…もっと、自分を大切に…」

 とか、

 いわば、自分が、経験したことと、真逆のことを、言うものだ…

 考えて見れば、失笑者だが、それが、長年、あっちの男、こっちの男と遊びまくった末に、彼女が、辿り着いた境地なのだろう…

 これは、また男も同じ…

 女もそうだが、なまじ、ルックスがいいと、若い頃は、モテまくるから、あっちの女、こっちの女と、見境なく、男女の関係になる…

 が、

 例えば、そういう男は、本質的に、自分と、同じタイプの男を警戒する…

 あるいは、嫌う…

 それが、わかるのは、若いときではない…

 自分と、いっしょに、同世代の男たちと、女遊びをしているときは、おそらく、なにも、思わない…

 問題は、自分の娘が、自分と、同じタイプの男と男女の関係になったときだ…

 そのときに、猛烈に反対する…

 なぜならば、そんなタイプの男といっしょに暮せば、女が、どれほど、苦労するか、身を持ってわかっているからだ…

 だから、心底、嫌う…

 だから、心底、毛嫌いする…

 自分が、いかに、女を泣かそうが、知ったことではないが、自分の娘が、苦労するのは、困るからだ…

 誠に、身勝手極まりないが、そんな、若い頃に、女遊びが、派手だった男に、限って、娘には、

 「…男は、真面目な男が一番だ…」

 と、力説する…

 もはや、お笑いだ(爆笑)…

 つまり、話が、若干、長くなったが、誰もが、自分にないものを、持っている人間に憧れると、いうことだ…

 そして、そんな例が、身近で、一番わかるのは、

 ルックスが、イマイチの男が、美女に憧れたり、

 真逆に、

 ルックスが、イマイチの女が、イケメンに憧れたりする、ことだろう…

 要するに、自分にないものに、憧れる…

 これは、ルックスが、学歴に代わっても、お金に代わっても、同じ…

 単純に、自分が持ってないものに憧れる…

 それだけのことだからだ…

 私は、そんなことを、思った…

 マリアと、ファラドの関係を見て、そんなことを、思ったのだ…

 そして、私が、そんなことを、思っていると、

 「…矢田さん、今回は、ありがとうございました…」

 と、深々と、ファラドが、私に、頭を下げた…

 「…すべて、矢田さんの、おかげです…」

 「…すべて、私のおかげ?…」

 意味が、わからんかった…

 一体、どういう意味だろう?

 なにが、すべて、私のおかげなんだろう?

 「…どういう意味だ?…」

 「…矢田さんのおかげで、弟を救うことが、できました…」

 「…オスマンを救う?…」

 「…もし、弟が、矢田さんに、歯向かうものならば、警護の者に、命じて、弟を捕縛し、本国に、送還するしか、ありませんでした…」

 「…」

 「…ですが、それは、なかった…だから、最悪の事態に至ることは、なかった…」

 「…最悪の事態だと?…」

 「…そうです…そのために、このセレブの保育園を、サウジから、派遣された精鋭で、囲んだ…ですが、その最悪の事態は、なくなりそうだから、包囲を解いた…だから、今、このセレブの保育園を、囲む精鋭は、消えた…もちろん、全員では、ありませんが…」

 …そういうことか?…

 私は、思った…

 だから、このファラドと、いっしょに、このセレブの保育園を、囲んだ、屈強なボディーガードの男たちは、いなくなったということか?

 だが、

 だったら、日本の警察がいなくなったのは、どうしてだ?

 あの木原は、どうなった?

 あの生意気な女刑事は、どうなった?

 私は、思った…

 だから、

 「…日本の警察は、どうしたんだ? …どうして、日本の警察は、いなくなったんだ?…」

 と、私は、聞いた…

 急いで、聞いた…

 「…アレは…」

 と、ファラドが、言いかけると、

 「…葉敬の仕業でしょ?…」

 と、リンダが、口を挟んだ…

 ファラドが、驚いた様子で、

 「…さすがですね…」

 と、リンダに、言った…

 「…ご存知だったんですか?…」

 「…なにっ? …お義父さん?…」

 私は、つい声に出して、しまった…

 「…葉敬ならば、日本の警察にも、顔が、利く…そして、サウジの大使館が、後押しすれば、警察も、撤退する…」

 リンダが、言う…

 「…なんだと?…」

 「…おそらく、事件性は、ないとでも、言って、撤退させたんじゃないかな…警察としても、本音のところは、この世界中のセレブの子弟が、大勢通う保育園で、騒動が、起きるのは、困るし、なにより、騒動が、起きれば、外交問題に発展しかねない…」

 「…」

 「…だから、本音では、警察は、関わりたくない…そんなところに、台湾の大実業家の葉敬と、サウジの大使館から、撤退要求が、来れば、嬉々として、撤退したのが、本当のところじゃないかな…」

 「…なんだと?…」

 「…だから、このお姉さんは、トリガーというか、リトマス試験紙というか…とにかく、このお姉さんが、オスマンと、対峙して、どうなるか、それを、見極めたかったんじゃないかな…このお姉さんは、善人だから…」

 「…私は、善人?…」

 「…そうよ…この善人のお姉さんを、傷付けるならば、改心の見込みはない…そう、判断したんじゃないの?…」

 リンダが、舌鋒するどく、ファラドに迫った…

 が、

 ファラドは、

 「…」

 と、なにも、答えんかった…

 代わりに、

 「…それは、リンダさんの考えです…」

 と、答えた…

 「…でも、大筋では、合っているでしょ?…」

 と、リンダ…

 が、

 それにも、ファラドは、

 「…」

 と、答えんかった…

 代わりに、

 「…リンダさん、お見事ですが、リンダさんの目的は、なんですか?…」

 と、聞いた…

 「…目的?…」

 「…弟のオスマンに、近付いた目的です…」

 仰天の言葉だった…

               
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