第110話

文字数 6,062文字

 「…私の監視だと? …どうしてだ?…どうして、リンダが、私を監視する必要がある?…」

 「…答えは、矢口さんです…」

 「…矢口のお嬢様?…」

 「…お姉さんは、矢口のお嬢様に、頼まれて、AKBの恋するフォーチュンクッキーを、踊りました…ですが、断る可能性も、ゼロでは、ありません…だから、そのときは、お姉さんを、説得すべく、お姉さんの近くに、いたんです…」

 「…」

 「…そして、そのすべてを了承した印と、して、ピンクのベンツに乗りました…」

 「…ピンクのベンツだと?…」

 「…ハイ…」

 …そうか…

 …やはり、そうだったのか?…

 あのピンクのベンツ…

 あのセレブの保育園に、行くときに、ピンクのベンツに乗って、行った…

 アレは、なにかの合図では?

 と、私も、漠然と、思った…

 が、

 なんの合図かは、わからなかった…

 だから、確信が、持てんかった…

 だが、普通に考えて、いかに、セレブの保育園に行くために、他の人間よりも、目立つためとは、いえ、ピンクのベンツに乗る人間は、いない(笑)…

 なにしろ、パレードかなにかで、普通は、お目にかかる色…

 普段、気軽に、乗る人間は、いない…

 普通は、いない…

 だから、それに、乗っていれば、おおげさに、言えば、人間性が、疑われる(爆笑)…

 一体、どんな人間が、乗っているのかと、つい、運転しているドライバーの顔を見たくなる…

 そんな色のクルマだ…

 だから、あのとき、私も、なにか、意味があると、思った…

 が、

 どんな意味があるかは、わからんかった…

 が、

 今の葉問の言葉で、納得した…

 たしかに、私は、あのとき、矢口のお嬢様の指示通りに、動いた…

 壇上に、上がって、AKBの恋するフォーチュンクッキーを、踊った…

 が、

 当然、私が、矢口のお嬢様の提案を拒否する、可能性も、ある…

 だから、もし、拒否すれば、うまく、リンダ=ヤンが、私を説得して、私の背中を押して、壇上に、上がらせて、AKBの恋するフォーチュンクッキーを、踊らせようと、したに違いなかった…

 そのために、リンダは、ヤンの格好をして、私の、近くにいたわけだ…

 と、同時に、気付いた…

 あのとき、リンダが、オスマン殿下の前に、ヤンとして、現れた意味を、だ…

 おそらく、リンダもまた、オスマン殿下を、身近に、見て見たかったに違いない…

 そう考えて、あの場所に、ヤンとして、現れたのではないか?

 ヤン=男装して、現れたのでは、なかったのか?

 おそらく、リンダもまた、オスマン殿下の正体をすでに、知っていたに違いない…

 オスマン殿下が、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンだと、知っていたに違いないからだ…

 そして、おそらく、この葉問は、そんなリンダが、心配だったに違いない…

 この葉問が、リンダをどれほど、好きなのかは、わからない…

 リンダが、この葉問を、心の底から、好きなのは、わかる…

 が、

 この葉問が、リンダを、どれほど、好きなのかは、わからない…

 サッパリ、わからん…

 が、

 嫌いでないことは、わかる…

 これは、なにも、葉問に限らない…

 誰もが、そうだが、自分を好きだと、言ってくれる人間を、嫌いな人間は、いないからだ…

 男女を問わず、異性を問わず、自分を、好きだと、言ってくれる人間を、嫌いな人間は、ほとんど、存在しない…

 それは、例えば、男女の間で、

 …ボクと、付き合って下さい…

 とか、

 …アタシと、結婚して下さい…

 とか、言われれば、困るが、そうでなければ、男女を問わず、自分を好きな人間を、嫌いな人間は、ほとんど、存在しない…

 そういうことだ…

 そして、この葉問もまた、それと同じで、リンダを、嫌いでは、ないと、いうことだ…

 それゆえ、リンダが、心配で、あの場に現れたのだろう…

 例え、あの場に現れることが、葉敬の要請で、渋々、受け入れた結果としても、だ…

 リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンとして、知られるオスマン殿下が、もしかしたら、リンダに手を出すのではないか?

 と、心配したに違いないからだ…

 そして、そこまで、考えると、

 「…葉問…オマエも、案外、いいヤツだな…」

 と、言ってやった…

 いわば、褒めてやったのだ…

 突然、そんなことを、言われた、葉問は、当惑した…

 「…エッ? …なんですか? …いきなり?…」

 「…隠すな!…」

 「…隠す? …なにを、です…」

 「…オマエは、あのとき、リンダが、心配だったんだろ?…」

 「…リンダが、心配? …一体、なにを、言ってるんですか?…」

 「…オマエとファラドとの闘いさ…あのとき、オマエが、現れたのは、リンダのためだろ?…」

 「…リンダのため?…」

 「…そうさ…リンダが、オスマン殿下に、なにか、されたら、困ると、思って、リンダを、守るために、あの場にやって来たんだろ?…」

 「…それは、お姉さんの妄想です…」

 「…私の妄想?…」

 「…あのとき、現れたのは、葉敬の指示です…」

 「…お義父さんの指示?…」

 「…葉敬は、ファラドとオスマン殿下の争いの情報を、どこかで、掴み、オスマン殿下を守るために、この葉問を、遣わしたんです…」

 「…」

 「…要するに、オスマン殿下に、恩を売ろうとしていたんです…」

 「…殿下に、恩を?…」

 「…ファラドでは、オスマン殿下に、太刀打ち出来ません…現に…」

 「…現に、なんだ?…」

 「…今回、サウジの国王陛下が、倒れたと、報道され、それを、契機に、サウジの権力構造が、変わるんじゃないかと、世間では、右往左往していますが、アレは、おそらく、フェイクです…」

 「…フェイクだと?…」

 「…アレはファラドに繋がる人間を、あぶり出そうとする、戦略です…」

 「…戦略?…」

 「…サウジ国内のみならず、アラブ世界でも、ファラドに同調するものが、少なからず、います…その人間たちは、皆、現国王になにか、あれば、クーデターを起こして、次の国王に、ファラドを担ごうとしている…」

 「…」

 「…それを、知った国王と、その側近たちは、一計を案じて、ファラドを、オスマン殿下の元に預けたのが、真相です…」

 「…オスマン殿下の元に、預けた…」

 「…つまりは、ファラドを手元に、置いて、見張ったのです…」

 「…見張った?…」

 「…ですが、それに、気付かず、ファラドは、オスマン殿下の追い落としに、ひと役買った…」

 「…ひと役買っただと? と言うことは、ファラドが、主役ではないのか?…」

 「…違います…」

 「…じゃ、主役は、誰だ?…」

 「…現国王の弟です…ですが、弟といっても、腹違い…二十歳は、年下だそうです…」

 「…」

 「…つまり、あのセレブの保育園で、起こったことは、サウジ国内の争いを、あの体育館で、再現しただけです…」

 「…では、ファラドは…ファラドは、どうなった?…」

 「…さあ、知りません…すでに、生きているか、どうかも、わかりません…」

 「…生きているか、どうかも、だと?…」

 「…お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…勝負というのは、命懸けです…ファラドに、その覚悟があったか、どうかは、わかりませんが、負ければ、最悪、死が待っているんです…」

 「…」

 「…そして、お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…葉尊が、どうして、お姉さんに、そんな話をしないのか、今一度、よく考えて下さい…」

 「…よく考えてだと?…」

 「…お姉さんは、おおげさに、いえば、太陽です…いつも、明るく、周囲の人間を、元気づけます…」

 「…私は、太陽?…」

 「…だから、そんなお姉さんには、世間のゴタゴタを見せたくない…見れば、太陽が、曇ります…その結果、周囲の人間に、今まで通り、元気を与えることが、できなくなる…」

 「…」

 「…だから、困る…」

 「…困る?…」

 「…お姉さんに、汚いものを、見せないのは、葉敬の意図であり、葉尊の意図でもあります…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…太陽は、曇っては、困るのです…陰っては、困るんです…そのためには、世間の汚いゴタゴタを見せない…おそらく、葉尊と葉敬は、そう考えたに違いありません…」

 「…」

 「…ひとには、与えられた役割が、あります…いや、一部の人間には、明確に、役割が、与えられてます…使命が、与えられてます…」

 「…使命?…」

 「…使命…いわば、ミッションです…」

 「…ミッションだと? …なんだ、それは?…」

 「…例えば、教職に就く教師…彼らの使命は、ものを、教えることです…学校や、塾で、生徒に、勉強を教える…それが、使命です…」

 「…」

 「…ですが、教師が、全員、使命を持って生まれたかと、いうと、そんなことは、ないでしょう…教師の中の一部の人間が、そんな使命を持って、生まれたと、いうのが、真相でしょう…」

 「…」

 「…そして、お姉さん…」

 「…私?…」

 「…お姉さんの役割は、おおげさに、言えば、太陽です…周囲の人間を、明るく、元気に、します…」

 「…明るく、元気だと?…」

 「…誰もが、落ち込んだり、気分が、滅入ったり、するときが、あります…でも、お姉さんを見れば、皆、元気が、出ます…」

 「…私を見れば、元気になるだと? バカか、オマエは?…」

 「…いえ、ボクは、バカじゃ、ありません…すでに、何度も言ったように、リンダやバニラが、仕事がオフのときに、お姉さんといっしょに過ごすのが、その証拠です…」

 たしかに、その言葉は、何度も言われた…

 リンダやバニラは、共に、世界的な有名人…

 ハリウッドのセックス・シンボルと、著名なモデルだ…

 その世界的に有名な二人が、仕事が、オフのときは、この私と過ごす…

 この矢田トモコと、いっしょに、過ごす…

 ハッキリ言って、最初は、私も、驚いた…

 なにしろ、世界的に、著名な女優と、モデルだ…

 私も、警戒したというか、身構えた…

 そもそも、いっしょにいて、どんな話をして、いいのかも、わからんかった…

 だが、

 それは、最初だけ…

 最初だけだった…

 二人とも、中身は、平凡というか…

 別に、変に気疲れしない人間だった…

 だから、最初は、遠慮していた、私だったが、今は、まったく、遠慮しなくなった…

 とりわけ、バニラには、遠慮も、なにも、なかった…

 なぜなら、知れば、知るほど、バニラが、バカであることが、わかったからだ…

 バカ、バニラであることが、わかったからだ…

 バニラは、マリアの母親だし、私の夫、葉尊の実父、葉敬の愛人でも、あるから、少しは、遠慮しようと、思ったが、できんかった…

 なぜなら、バニラは、バカだからだ…

 バカだから、この私に、いつも、歯向かう…

 バカ、バニラ…

 考えれば、考えるほど、頭に来る…

 だから、普段は、極力、バニラのことは、考えんかった…

 考えれば、考えるほど、頭に来るからだ…

 精神衛生上、悪いからだ…

 だから、考えんように、しているのだった…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…お姉さん…今、凄い顔を、してますよ…」

 と、葉問が、言った…

 だから、私は、思わず、

 「…葉問…オマエが、悪いのさ…」

 と、言った…

 「…ボクが、悪い? …どうして、ボクが、悪いんですか?…」

 「…オマエが、今、バニラの名前を出したからさ…」

 「…バニラの名前…ですか?…」

 「…そうさ…あの女の名前を聞くだけで、気分が、悪くなるのさ…」

 「…どうして、気分が、悪くなるんですか?…」

 「…あの女が、私をバカにするからさ…」

 「…お姉さんを、バカに?…」

 「…そうさ…自分は、有名人で、もの凄い美人さ…おまえに、スタイル抜群…私など、全然、歯が立たないさ…だが、それをいいことに、私を下に見て、バカにするのさ…」

 私が、激白すると、葉問は、考え込んだ…

 ジッと、私の目を見て、考え込んだ…

 それから、しばらくして、

 「…きっと、バニラは、お姉さんが、羨ましいんですよ…」

 と、口を開いた…

 「…羨ましい? …どうして、私が、羨ましいんだ?…」

 「…お姉さんが、誰かも、愛されるからです…」
 
 「…誰からも、愛される?…」

 「…バニラは、たしかに、物凄い美人です…でも、その美貌を、他人から、妬まれて、生きてきました…」

 「…他人から、妬まれて? …あのバニラが?…」

 「…そうです…」

 うーむ…

 たしかに、そう言われれば、わかる…

 バニラは、バカだが、美人だからだ…

 バカ、バニラだが、外見は、美人…

 おおげさではなく、美人だ…

 だが、美人だけが、取り柄の女だ…

 他に、取り柄は、なにもない女だ…

 だから、きっと、他人から、その中身のなさを、見破られたに違いなかった…

 私は、そう思った…

 私は、そう信じた…

 「…でも、お姉さんは、違います…」

 「…私が、違う? …どう違うんだ?…」

 「…お姉さんは、バニラに嫉妬しない…いえ、バニラだけでなく、リンダにも、他の優れた人間を、見ても、嫉妬しない…」

 「…当たり前さ…私が、嫉妬して、どうする? …そもそも、生まれ持った能力が、違うんだ…嫉妬しても、仕方がないだろ?…」

 「…それは、お姉さんだからです…」

 「…私だから?…」

 「…学歴でも、ルックスでも、家柄でも、まったく歯が立たない人間が、自分よりも優れた人間に、嫉妬して、その人間に、嫌がらせをする例は、枚挙にいとまがありません…バニラは、そのことを、身に染みて、知っています…」

 「…」

 「…お姉さん、考えて見て、下さい…」

 「…なにを、考えるんだ?…」

 「…バニラの娘のマリアです…」

 「…マリアだと?…」

 「…もし、本当に、バニラが、お姉さんを嫌いなら、娘のマリアを、お姉さんと、いっしょにさせません…誰も、自分が、嫌いな人間の元に、自分が、大事な娘を、預けるバカは、いません…とりわけ、バニラは、マリアを可愛がっているから、なおさらです…」

 「…」

 「…バニラにとって、お姉さんは、心の底から、信頼できる数少ない人間の一人です…」

 葉問が、真顔で言う…

 が、

 私は、それを信じんかった…

 これっぽっちも、信じんかった…

 なぜなら、あのバニラの私に対する態度を見る限り、とても、私を信頼している態度ではなかったからだ…

 だから、

 「…オマエは、ウソつきだな…」

 と、言ってやった…

 「…ウソつき?…」

 「…そうさ…あのバカ、バニラが、私を信頼しているはずがないさ…」

 「…」

 「…オマエ…もしかして、バニラになにか、してもらったのか?…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…オマエは、葉敬…お義父さんと、仲が悪い…だから、バニラと関係することで、お義父さんに、復讐した気分にでも、なったか?…お義父さんの女を寝取った気分にでも、なったか?…」

 私の言葉に、

 「…話になりませんね…」

 と、葉問は、ため息をついた…

 私と、葉問の会話は、どこまでも、平行線…

 平行線のままだった…

 決して、交わることは、なかった…

                    

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