第123話

文字数 5,155文字

 …バ、バカな?…

 そんなことを、すれば、リンダの名声は、吹き飛ぶ…

 ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースの名声は、吹き飛ぶ…

 一体全体、どうして、そんなバカなことを?

 わけが、わからんかった…

 リンダほどの美女が、中身が、男だと、告白する…

 カラダは、女だが、心は、男だと、告白する…

 そんなことを、すれば、一体全体、どうなるか、わかっているのか?

 金輪際、モデルや女優として、活動することは、不可能…

 事実上の、芸能生活からの引退だ…

 それが、わかっているのか?

 性同一性障害という病気は、今、世間に浸透してきた…

 が、

 実際に、それを、公表すれば、確実に、ダメージを受ける…

 生活や仕事に影響を受ける…

 それが、現実だ…

 世の中は、きれいごとでは、すまない…

 昨今は、同性婚というのが、認められてきたが、実際に、自分の息子や娘が、同性と結婚すると、言い出せば、動揺しない親は、いないだろう…

 まして、世間では、白い目で、見られるに、決まっている…

 それが、現実だ…

 が、

 どうして?

 どうして、リンダは、いきなり、そんなことを、言い出したのか?

 謎だった…

 さっぱり、わからんかった…

 「…一体、どうして、リンダはそんなことを…」

 気が付くと、つい聞いていた…

 「…原因は、おそらくオスマン殿下です…」

 「…オスマン殿下?…」

 「…殿下が、リンダのファンだと知って、リンダは、動揺したらしいです…」

 「…どうして、動揺したんですか?…」

 「…オスマン殿下は、まだお会いしたことがないが、なにか、身体的な欠陥を抱えていると、聞いてます…おそらく、それが、きっかけで…」

 葉敬が、思わせぶりな表現で、言う…

 身体的な欠陥=小人症だ…

 オスマン殿下は、30歳の大人だが、外見は、3歳の幼児にしか、見えない…

 だが、それを、この葉敬は、知らんのだろう…

 が、

 それを、この矢田が、今、口にすることは、できない…

 やはり、世の中、言っていいことと、悪いことが、あるからだ…

 「…失礼ですが、お姉さんは、オスマン殿下に、当たり前ですが、会ったことが、あるのでしょ?…」

 「…ハイ…あります…」

 私は、答えた…

 答えざるを得なかった…

 「…オスマン殿下の身体的特徴とは、なにか、ご存知ですか?…」

 葉敬が、聞いた…

 直球で、聞いた…

 私は、困った…

 文字通り、困った…

 が、

 やはりというか…

 オスマン殿下が、小人症とは、言えんかった…

 だから、

 「…オスマン殿下の秘密は、知っています…でも、それを、私の口から、言うことは…」

 と、躊躇いながら、言った…

 すると、葉敬は、一瞬、明らかに、落胆したが、

 「…そうですか…それなら、仕方がない…」

 と、諦めた…

 あまりにも、あっさりと、諦めたものだから、真逆に、こちらが、不安になった…

 「…それで、いいのでしょうか?…」

 と、思わず、こちらから、聞いてしまった…

 「…お姉さん…話せないものは、仕方がありません…」

 葉敬が、淡々と言う…

 「…私は、それを、無理強いは、しません…」

 私は、葉敬の言葉を聞きながら、ふと、葉敬の目的に、気付いた…

 なぜなら、この葉敬は、私同様、あのセレブの保育園に、オスマン殿下に、会いにやって来たはずだ…

 だから、当然、オスマン殿下の姿かたちを知っているはずだ…

 それとも、まったく、知らなかったのだろうか?

 それとも、今、知らんふりをしているのだろうか?

 もしや、私を試している?

 私が、殿下の秘密を、ペラペラとしゃべるか、どうか、試している?

 そうも、思った…

 だから、とっさに、

 「…お義父さんは、バニラから、オスマン殿下のことを、聞かなかったんですか?…」

 と、聞いた…

 すると、

 「…詳しくは、聞いていません…ただ、マリアが、オスマン殿下と、仲がいいとだけは、聞きました…ただ、殿下が、どんなひとかと、聞くと、バニラが、口をつぐんでしまって…」

 と、答えた…

 …そうか…

 …そういうことか!…

 私は、気付いた…

 バニラもまた、オスマン殿下の容姿に言及することは、避けたのだろう…

 だから、お義父さんも、オスマン殿下が、どんな人物か、知らんのかも、しらんかった…

 が、

 それでも、このお義父さん=葉敬は、マリアの通うセレブの保育園に来た…

 ということは、どうだ?

 オスマン殿下は、あのセレブの保育園の関係者ぐらいにしか、バニラに聞いていないのではないか?

 私は、それを、確かめるべく、

 「…お義父さんは、今日、オスマン殿下に、会うべく、この保育園にやって来たんでしょ? でも、オスマン殿下が、どんな人か、姿かたちが、わからないんじゃ、どうするおつもりだったんですか?…」

 と、聞いた…

 「…それは…」

 「…それは?…」

 「…保育園の関係者に、尋ねるつもりでした…」

 …そうか…

 …その手があったか!…

 私は、気付いた…

 言われてみれば、当たり前と言うか…

 保育園の関係者に尋ねるのが、一番だ…

 しかし、

 しかし、だ…

 どうして、このお義父さんは、ここで、矢田と会ったのだろうか?…

 これは、偶然か?

 いや、

 偶然とは、思えん!

 私は、

 「…バニラですか?…」

 と、いきなり、葉敬に、聞いた…

 葉敬が、驚いた…

 「…バニラ? …バニラが、どうか、したんですか?…」

 「…私が、この保育園に来ると、バニラから、聞いて、お義父さんも、やって来たんですか?…」

 私は、言った…

 考えられるのは、バニラ…

 あのバカ、バニラだ…

 私は、今朝、バニラと電話で、話した…

 そして、その話の流れから、いつのまにか、

 「…マリアと、オスマン殿下の件は、私が、なんとかしてやるさ…」

 と、大見えを切った…

 私の大きな胸を叩いて、大見えを切ったのだ…

 ホントは、これっぽちも、自信がないのに、安請け合いをしたのだ…

 だが、安請け合いとは、いえ、約束したのは、確か…

 確かだ…

 だから、仕方なく、とりあえず、オスマン殿下に、会おうと思い、殿下の通うセレブの保育園に向かった…

 そして、殿下に遭ったが、

 「…午前中は、ダメです…保育園が、終わった午後に会いましょう…」

 と、殿下に、言われた…

 だから、それまで、時間を潰すべく、セレブの保育園の近くで、ネットカフェや、書店を探して歩き回っている間に、この葉敬と会った…

 が、

 この葉敬は、事前に、バニラから、おそらく、私が、電話を切ったすぐ後に、保育園に、向かうと、連絡を受けていたのかも、しれんかった…

 なぜなら、バニラは、私の性格を熟知しているからだ…

 だから、電話を切った後に、すぐに、殿下に遭うべく、動き出すと、考えたのだ…

 そう、考えれば、納得がいく…

 そして、なぜ、そうしたのか?

 それは、おそらく、この矢田が、オスマン殿下のお気に入りだから…

 葉敬が、オスマン殿下と会うには、できれば、その席に、この矢田が、同席するのが、望ましい…

 話がうまくいく…

 そういうことだ…

 これは、誰もが、同じだろう…

 葉敬の立場なら、同じだろう…

 葉敬は、オスマン殿下と、初めて会う…

 その席に、息子の嫁である、この矢田が、同席する…

 そして、この矢田は、オスマン殿下のお気に入り…

 この葉敬が、なにを狙って、オスマン殿下と、会おうとしているかは、わからんが、オスマン殿下のお気に入りである、この矢田が、いることは、会談に有利であることは、間違いない…

 少なくとも、いないよりは、有利に違いない…

 私は、そう、思った…

 私は、そう、考えた…

 すると、

 「…お姉さん…」

 と、葉敬が、話しかけてきた…

 「…ハイ…なんでしょうか?…」

 「…お姉さんに、お任せします…」

 と、葉敬が、いきなり、私に頭を下げた…

 「…リンダの件も、ですが、オスマン殿下の件も、よろしくお願いします…」

 葉敬が、頭を下げたまま、言った…

 私は、驚いた…

 まさか…

 まさか、葉敬に頭を下げられるとは、思わんかった…

 お義父さんに、頭を下げられるとは、思わんかった…

 私は、どうして、いいか、わからんかった…

 台北筆頭のCEОの葉敬に、頭を下げられるとは、思わんかったのだ…

 だから、とっさに、

 「…頭を上げてください…お願いします…」

 と、言った…

 言わずには、いられんかった…

 「…お義父さんの言う通りに、します…」

 私は、必死だった…

 まさか、こんな場面を誰かに、見られでも、したら、大変だと、思ったのだ…

 いや、

 私が、大変なのではない…

 お義父さんが、大変だと、思ったのだ…

 なにしろ、葉敬は、有名人…

 台湾では、知らぬ者が、いないほどの有名人…

 一代で、台北筆頭を台湾屈指の大企業に育てた、立志伝中の人物だ…

 それが、この矢田トモコに、頭を下げた姿を見られたら、困ると、思ったのだ…

 そして、そんなことを、考えながら、さっき、この葉敬が、言った、

 「…オスマン殿下と、ファラドの争い…まだ、火種が、残ってます…」

 と、いう、言葉の意味を考えた…

 そして、それこそが、このリンダの性同一性障害の告白ではないか? 

 と、考えた…

 なぜ、そう、考えたのか?

 それは、おそらく、リンダが、オスマン殿下に、会わなければ、リンダは、自らが、性同一性障害だと、告白しようと、思わなかったのではないか?

 リンダは、おそらく、オスマン殿下の苦悩を察して、自分も、こんな悩みが、あると、言ってやりたかったのではないか?

 そう、気付いた…

 オスマン殿下は、口にこそ、しないが、小人症で、生まれて、悩んでいたに違いない…

 そんなオスマン殿下を見て、リンダは、

 「…実は、私は、カラダが女でも、心は、男…」

 と、言ってやりたかったのかも、しれない…

 なにしろ、オスマン殿下は、リンダ・ヘイワースの熱烈なファン…

 リンダは、そう、思っている…

 だから、自分のファンである、オスマン殿下に、

 「…実は、私も、こんな悩みを抱えているの…」

 と、言いたかったのかも、しれない…

 つまりは、オスマン殿下を勇気づけたかったのだ…

 自分のファンである、オスマン殿下を勇気づけたかったのだ…

 私は、そう見た…

 私は、そう睨んだ…

 この矢田トモコ、35歳の目に狂いはない…

 狂いは、ないのだ!

 が、

 問題が、ある…

 オスマン殿下が、本当に、リンダのファンか、どうか、わからんからだ…

 リンダは、殿下が、心の底から、自分のファンだと、信じているに違いない…

 が、

 それは、眉唾物…

 眉唾物だ…

 そして、それは、なにより、オスマン殿下が、マリアを好きなことで、わかる…

 オスマン殿下は、マリアを溺愛している…

 そのマリアは、3歳の幼児…

 3歳の幼児が、好きなオスマン殿下が、29歳のハリウッドのセックス・シンボルを、果たして、好きなのか、否か?…

 甚だ疑問だ(笑)…

 リンダは、大人…

 立派な大人だ…

 立派な成人女子だ…

 だから、果たして、こんなことが、あるだろうか?

 たしかに、オスマン殿下は、小人症だから、外見が、3歳の幼児にしか、見えないが、本当は、30歳の成人男子…

 立派な大人だ…

 だから、ハリウッドのセックス・シンボルである、リンダ・ヘイワースのファンであることは、わかる…

 が、

 そんなオスマン殿下が、マリアを好きだというのは、解せない…

 それと、これとは、別だと、考えることもできんこともない…

 が、

 以前も、言ったが、それが、ただの周囲へのアピールに過ぎない場合もある…

 なにしろ、リンダ・ヘイワースだ…

 ハリウッドのセックス・シンボルだ…

 リンダを好きだと言えば、誰もが、納得する…

 世間が、納得するからだ…

 だから、リンダのファンだと、周囲に、言い張れば、いい…

 公言すれば、いい…

 誰もが、納得するからだ…

 が、

 本当のところは、わからん…

 天の邪鬼かも、しれんが、私は、オスマン殿下の心を、そう見た…

 そう、睨んだ…

 そういうことだ…

 だから、もしかしたら、リンダは、下手を打ったのかもしれん…

 ミスリードしようとしているかも、しれんと、気付いた…

 すると、やはりというか、この矢田も、リンダの告白を止めてやるべきだと、思った…

 もしも、リンダが、オスマンに同情して、自らが、性同一性障害だと、世間に、公表して、その結果、仕事が、なくなれば、目も当てられんからだ…

 オスマンが、リンダのファンだと信じて、公表したにも、かかわらず、オスマンが、ファンでなければ、目も当てられんからだ…

 これは、なんとか、してやらなくては、いかん…

 この矢田トモコの義侠心に、火が点いた…

 今まさに、火が点いたのだった(笑)…

               
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