第69話

文字数 5,297文字

 「…もういい…やめろ…」

 オスマンが、言った…

 リンダに化けたバニラに抱かれたままの、オスマンが、言った…

 3歳の幼児が、言った…

 実に、威厳がなかった…

 いや、

 まったくなかった(笑)…

 当たり前だ…

 3歳の幼児だ…

 威厳など、あるはずも、なかった…

 「…バニラさん…降ろしてくれ…」

 オスマンが、リンダに化けたバニラに言った…

 リンダに化けたバニラは、オスマンの言葉通り、抱いていたオスマンを床に、降ろした…

 「…ファラドは、少々、やり過ぎただけだ…」

 オスマンは、言った…

 「…根は、それほど、悪い男ではない…」

 オスマンが、続けた…

 「…ボクは、これでも、ひとを見る目があると、思っている…」

 オスマンが、笑った…

 「…この外見で、こんなことを言うと、他人様に笑われるが、この外見だからこそ、ひとを見る目が、養われた…この外見だ…誰が見ても、お子様だ…だから、ボクが、実は、30歳だと知れば、ひとは、侮ったり、バカにしたり、憐れんだりする…」

 オスマンが、説明する…

 「…だから、余計に、その人間の本性が、わかるというか…また、ボクが、30歳だと、バレなかった場合は、相手が、子供だと思って、警戒しない…だから、ボクを相手に、本音を漏らすことも、多い…つまりは、ボクは、名探偵コナンだ…高校生の工藤新一が、小学一年生になったのと同じさ…」

 オスマンが、言った…

 そう言われれば、オスマンの言葉が、理解できた…

 オスマンが言う通り、オスマンが、子供の外見にも、かかわらず、実は、30歳の大人だと知れば、蔑んだり、バカにしたりすることは、多いにあるだろう…

 だから、どうしても、ひとの気持ちに敏感になるというか…

 他人が、自分を、どう思っているか、知ることに、敏感になる…

 いわば、感覚が、研ぎ澄まされるのだ…

 その結果、普通のひとに、比べて、神経が、研ぎ澄まされるというか…

 端的に、いえば、相手のちょっとした言葉や、行動から、その人間が、どういう人間か、知ることができるというか…

 そして、名探偵コナンではないが、3歳の子供の外見ゆえに、本当は、30歳の大人であることを知らない者たちは、油断して、オスマンに接するに違いない…

 3歳の幼児だと油断して、決して、大人相手では、言ってはいけないことも、3歳の幼児には、うっかり、言ってしまうに違いない…

 そして、そんな経験をすることに、よって、ひとを見る目が養われてくる…

 そういうことだろう…

 私は、オスマンの告白を聞いて、そう思った…

 思ったのだ…

 そう思っていると、

 「…ファラドは、そんなに悪い男ではない…」

 と、オスマンが、続けた…

 「…が、だからこそ、困る…」

 一転して、オスマンが力強い口調で、言った…

 「…根っからの悪人は、いい…学校でも、職場でも、誰も、相手にしない…相手にするのは、同じような、悪人というか…普通のひとが、相手にしない人間たちだ…」

 オスマンが言う。

 「…そんな人間は、すごくいい…会社でも、なんでも、面接をすれば、すぐにお引き取りを願う…誰もが、付き合うのに、躊躇う人間たちだ…」

 オスマンが、説明する…

 「…が、ファラドは、そこまでは、いかない…だから、困る…」

 オスマンが、力を込める…

 「…だから、本人も、余計に調子に乗る…」

 「…どうして、乗るんだ?…」

 私は、不覚ながら、つい、聞いてしまった…

 オスマンが、私を見た…

 すると、

 「…ひとが、相手にするからだ…」
 
 と、言った…

 「…相手にするから?…」

 「…そうだ…誰もが、相手にしない人間はいい…常に疎外されている…そして、本人も、内心、それが、わかっている…だから、余計に、強気に出たり、強引に相手に接する…学歴の低い人間が、会社に入って、同じ年齢の学歴の高い人間に、仕事では負けないと、豪語するのと同じ…同じだ…根底には、コンプレックスがある…他人に劣っていることを、本人が、自覚しているのだろう…あるいは、自覚していないかもしれないが、無意識に、そう思っているのかもしれない…だから、それが、行動に出る…」

 「…」

 「…ファラドは、そこまでは、いかない…だから、困る…周囲の人間が、相手にするから、自分の能力を過信する…本当は、陰で、笑っていたり、バカにされていても、本人は、まったく、気付かない…」

 「…気付かない? …どうして、気付かないんだ?…」

 私は、聞いた…

 「…面と向かって、誰も、ファラドに教えないからだ…だから、気付かない…簡単なことだ…」

 私は、驚いて、ファラドを見た…

 ファラドの表情は、明らかに、固まっていた…

 そして、顔色が、悪かった…

 浅黒い肌から、血の気が引いたのだ…

 だから、その褐色の肌が、いつもより、白く見えた…

 「…だから、調子に乗る…」

 オスマンが、続けた…

 「…調子に乗って、権力を欲する…バカなことだ…」

 「…どうして、バカなことなんだ?…」

 またも、私は、聞いてしまった…

 「…ひとには、器(うつわ)がある…」

 「…器(うつわ)?…」

 「…能力のことだ…」

 「…能力?…」

 「…この日本でいえば、東大を出ているのが、一番頭がいいが、東大を出れば、みんな、優秀かといえば、違うだろ?…」

 「…どう違うんだ?…」

 「…たしかに、頭はいいだろう…だが、頭が良ければ、なんでも、できるわけではない…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…わかりやすい例でいえば、ひとをまとめるリーダーシップが、ない者も、多い…また、手の遅い者も、いるだろう…早い話が、東大を出ても、その職場で、一番優れているわけではないということだ…」

 「…」

 「…そして、それは、このファラドに当てはまる…」

 ファラドは、

 「…」

 と、無言だった…

 が、

 無言でいることは、オスマンが、許さなかった…

 「…そうだな…ファラド?…」

 高圧的に、接した…

 ファラドは、緊張した表情で、

 「…ハイ…」

 と、答えた…

 その姿は、まさに、オスマンのしもべだった…

 オスマンの従者だった…

 「…ファラドは、バカではない…能力もある…が、優秀かと、言われれば、返答に、困る…そういうレベルだ…」

 オスマンが、言った…

 ファラドの能力について、言及した…

 それを、聞いて、

 「…やっぱりね…」

 と、ヤンが、言った…

 ヤン=リンダが、言った…

 だから、私は、

 「…なにが、やっぱりなんだ?…」

 と、つい、ヤン=リンダに聞いてしまった…

 「…オスマンの能力…」

 「…オスマンの能力だと?…」

 「…サウジの…いえ…アラブの至宝といわれるほど、優れている…」

 「…なんだと?…」

 「…あの通り、日本語は、完璧だし、ひとを見る目もある…ウィリアムも一目置くわけだわ…」

 「…ウィリアム? …イギリス王室のウィリアム王子か?…」

 「…そう…ホントなら、オスマンは、アラブ世界の至宝…アラブを背負う人物になれる逸材だって、絶賛してた…でも、残念ながら、
あのルックスだから、人前に出れない…だから、国王に頼まれて、王族の教育を任されていた…」

 「…教育を任されていただと?…」

 「…そう…さっき、見た、ファラドの映像…オスマンが、いい男だなと、言ったのは、ただの感想…国王に、面倒を見てやってくれと、頼まれたから、どんな男か、見て、見た…そのときの映像…」

 「…なんだと?…」

 「…現国王は、将来的に見込みのある人物を、オスマンの元に、送り…オスマンに、教育して、もらおうと、考えていた…サウジの将来のため…アラブの将来のために…ファラドは、その一人…」

 「…その一人だと?…」

 「…もっとも、ファラド自身は、ただ、サウジから、逃げてきただけかもしれないけれど…」

 「…逃げてきただけ?…」

 「…サウジで、あっちの女…こっちの女と、食い散らかして、身の置き場が、なくなったの…それで、オスマンに助けを求めた…」

 私は、その言葉で、以前、このファラドやオスマンと初めて会ったとき、このファラドが、

 「…オスマン殿下の庇護の元に…」

 と、言った言葉を思い出した…

 同時に、あれは、こういう意味かと、思った…

 思ったのだ…

 要するに、サウジにいられなくなったから、この日本で、オスマンの元に身を寄せたわけだ…

 私は、気付いた…

 そして、オスマンの代理として、アレコレ、色々な人間と、会ううちに、ファラドは、権力を欲するようになったということだ…

 オスマンは、絶大な権力を持っている…

 だから、オスマンの代理として、会う人間たちもまた、絶大な権力の持ち主…

 国家や会社で、重要な地位に就いている者たちばかりだ…

 だから、余計に憧れる…

 ファラドに会った人間は、皆、背後に、オスマンを見ている…

 が、

 ファラドにしてみれば、自分を見て欲しいという気持ちになったのだろう…

 無論、最初は、違う…

 そうではないだろう…

 が、

 さまざまな世界の実力者と会ううちに、いつしか、ファラドが、そんな気持ちになっても、おかしくはない…

 おかしくはない…

 理解できる…

 十分、理解できるのだ…

 「…ファラドは、悪い男ではない…ただ、やり過ぎただけだ…」

 オスマンが、もう何度目か、わからないほど、同じセリフを、言った…

 「…だから、困る…」

 これもまた、同じだった…

 そして、私は、このオスマンを見て、あることに、気付いた…

 それは、なにかと、問われれば、妙に、堂々としているのだ…

 言葉は、悪いが、このオスマンは、小人症(こびとしょう)…

 30歳にも、かかわらず、3歳の人間にしか、見えない…

 すると、どうだ?

 コンプレックスを持つ人間が、多い…

 ことあるごとに、わざと、皮肉を言ったり、嫌みを言ったりする人間が多い…

 例えば、普通のルックスを持つ女が、美人の女に、わざと、

 「…アンタは、美人だから、仕事で、ミスをしても、上司は、大目に見てくれる…でも、アタシが、ミスをすれば、大事になる…」

 と、言ったり…

 あるいは、学歴のない人間が、わざと、学歴の高い人間に、

 「…アンタは、学歴があるから、出世するだろうけど、オレなんて…」

 と、言ってみたり…

 あるいは、

 貧乏人が、金持ちに、

 「…あんないい家に住んで、大きなクルマに乗って…」

 と、嫌みを言ってみたり…

 要するに、コンプレックス=劣等感…

 明らかに自分が、その相手に比べて、劣っている=ハンデを持っている…

 それが、わかると、性格が歪んでいる人間が、多い…

 実に、多い…

 が、

 それは、この眼前のオスマンには、当てはまらない…

 これは、一体、どういうことか?

 考えた…

 そして、その答えは、リンダにあった…

 ヤン=リンダが、言った言葉にあった…

 イギリス王室のウィリアム王子が言った、

 「…アラブの至宝…」

 という言葉だ…

 要するに、アラブの至宝と呼ばれるほど、優れた頭脳だ…

 その極めて、優れた頭脳を持つことで、コンプレックスを払拭したのかもしれない…

 私は、そう思った…

 並外れた頭脳を持つことで、コンプレックスを払拭したのかもしれない…

 私は、そう見た…

 そして、同時に考えた…

 神様は、このオスマンに、小人症(こびとしょう)というハンデ=試練を与えたが、同時に、並みはずれて、優れた頭脳を与えた…

 そして、財力も権力も与えた…

 つまり、オスマンは、その生まれ持ったカラダのハンデを除けば、誰もが、羨む、頭脳と、財力を持って生まれた…

 だから、ある意味、公平というか…

 バランスが取れている…

 カラダのハンデはあるが、その他は、ずばぬけて、優れている…

 だから、ある意味、神様は、公平…

 公平だ…

 つまりは、神様は、バランスよく、オスマンに、ハンデと、途方もない、頭脳と財力と、権力を与えた…

 だから、それをどう使うかは、オスマンの問題…

 オスマンにかかっている…

 オスマンは、おそらくは、その事実を、黙って受け入れたに違いない…

 だから、性格がねじ曲がってない…

 性格が、歪んでない…

 神様は、オスマンに試練と、喜びを与えた…

 だから、後は、オスマン次第…

 それを、どう使うかは、オスマン次第ということだ…

 つまりは、神様は、オスマンを試した…

 試したということだ…

 そして、それは、この矢田トモコと同じ…

 同じだ…

 なぜか、六頭身の幼児体型で、生まれた…

 頭も、ソニー学園出身…

 にもかかわらず、現代の美女の代表である、リンダやバニラといっしょにいる…

 普通ならば、リンダやバニラといっしょに、いることで、性格がひねくれるかもしれない…

 性格が歪むかもしれない…

 が、

 この矢田トモコに限って、それはなかった…

 なかったのだ…

 つまりは、神様は、この矢田トモコを試した結果、私は、合格したということだ…

 そして、それに、気付いたとき、この矢田トモコは、このオスマンに、親近感を感じた…

 共に、神様に試された者同士の親近感を感じたのだ…

  
 いわば、同士…

 私とオスマンは、同士だった…

               

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