第109話

文字数 5,334文字

 私は、今さらながら、オスマン殿下の目的に、気付いた…

 オスマン殿下が、なにを、狙って、あのセレブの保育園で、ファラドを捕まえたか、わかったのだ…

 すると、余裕ができた…

 心に、余裕ができたのだ…

 「…なるほど、な…」

 いつしか、私は、両腕を組み、鼻の穴を少しばかり、広げて、自慢げに、言った…

 「…そういうことか?…」

 「…そういうことって? …お姉さん、なにが、そういうこと、なんですか?…」

 「…オスマン殿下の狙いさ…」

 「…殿下の狙い?…」

 「…オスマン殿下が、なぜ、あの場所で、ファラドを捕らえたのか、私には、謎だったのさ…」

 「…どうして、謎だったんですか?…」

 「…考えて見ろ、葉問…」

 「…なにを、考えるんですか?…」

 「…普通、セレブの保育園で、ファラドを捕らえるか? 子供たちが、大勢いるんだ…その子供になにか、あったら、困るさ…」

 「…」

 「…つまりは、あの逮捕劇は、ファラドの末路を、あの子供たちに、見せつけることだったのさ…」

 「…どうして、子供たちに、見せつけるんですか?…」

 「…あの保育園は、セレブの子弟が、通う保育園さ…しかも、国籍もバラバラ…日本人も、ほとんどいない…きっと、あの子供たちの親たちの中にも、誰か知らんが、あのファラドと通じている者が、いたんじゃ、ないのか? それを、見せつけるために、わざと、あの場所で、ファラドを捕まえた…」

 「…」

 「…すると、どうだ? 子供たちは、今日、セレブの保育園で、起こったことを、親に告げる…その結果、ファラドに繋がった者たちも、クーデターが、失敗したことを、悟る…それが、狙いじゃないのか?…」

 私は、断言した…

 「…いや、もしかしたら、あのオスマン殿下が、あのセレブの保育園に、身を隠しているのも、サウジ国家の命令じゃ、ないのか?…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…考えて見ろ、葉問…」

 「…なにを、考えるんですか?…」

 「…あのセレブの保育園さ…あのセレブの保育園に通う子供たちは、今、この日本にいる、世界中のセレブの一部さ…オスマン殿下は、そこに、身を置くことで、世界中のセレブの人間の動きが、わかる…世界のセレブだ…当然、世界各国の指導者連中と、繋がっている者たちも、いるに違いないさ…だから、あのオスマン殿下は、それが、狙いで、あのセレブの子弟の通う保育園に、身を隠していたんじゃ、ないのか?…」

 私は、引き続き、葉問に、断言した…

 いつのまにか、攻守が、逆転していた…

 葉問は、黙って、私を見た…

 この矢田トモコを、見た…

 そして、私も、また、葉問を、睨みつけた…

 私の細い目で、睨みつけたのだ…

 葉問の、イケメンの、澄んだ瞳と、睨み合ったのだ…

 ずばり、互いに、睨み合った…

 目の大きさは、少しばかり、違うが、私は、負けなかった…

 いかに、相手が、イケメンといえども、こんなことで、負ける、矢田トモコでは、なかったのだ…

 「…どうだ? …私の推測に、間違いは、あるか?…」

 私は、自信満々に、言った…

 いつのまにか、さっきまで、組んでいた、腕を、振りほどいていた…

 葉問は、

 「…やはり、お姉さんは、バカじゃないですね…」

 と、言った…

 笑みを浮かべならが、言った…

 「…だろ?…」

 「…ハイ…確信は、ありませんが、おそらく、お姉さんの言う通りでしょう…」

 「…」

 「…オスマン殿下が、あの保育園に、身を潜めているのは、サウジ国家の厳命でしょう…もっと、言えば、国王陛下の意思でしょう…」

 「…」

 「…セレブの保育園に通う子弟の親は、当たり前ですが、皆、セレブ…上流階級の人間たちです…しかも、あのセレブの保育園に通う子弟は、各国バラバラ…実に、多種多様です…つまりは、オスマン殿下は、あの保育園に通いながら、おおげさに、いえば、世界中の指導者層との繋がりを得ることができるのです…」

 「…」

 「…ですから、お姉さんの今、言ったことは、ボクが、考えていたことと、同じです…」

 「…そうか?…」

 私は、言った…

 やはり、そうか…

 「…で、オマエの役割は、なんだ?…」

 「…役割?…」

 葉問が、キョトンとした顔をした…

 「…ごまかすな…葉問…なにも、知らなければ、あの場面で、現れて、ファラドと、闘ったり、しないだろ?…」

 私の質問に、葉問が、固まった…

 どう言っていいか、わからない様子だった…

 「…それとも、葉尊に、頼まれたのか?…」

 「…葉尊に…どうして、ですか?…」

 「…オマエは、葉尊の右腕…暴力担当だろ?…」

 私は、断言した…

 「…オマエは、葉尊ができないことを、やる…それこそが、オマエの存在価値そのものだからだ…それが、できなければ、オマエに、存在価値はない…無用の長物になる…だから、オマエは、あのとき、ファラドと闘った…いや、闘わざるを得なかった…もし、オマエが、ファラドと闘わなければ、葉敬は、オマエを許さない…オマエの存在自体を認めないからだ…」

 「…」

 「…以前も言ったが、オマエの生き残る道は、オマエの存在価値を、葉敬に、認めてもらうこと…その一点さ…だから、オマエの得意分野…力で、ファラドと、闘う以外、なかったんじゃ、ないのか?…」

 私が、言うと、葉問は、考え込んだ…

 しばらく、無言のままだった…

 だから、私は、ここぞとばかりに、

 「…オマエの役割は、ジェームス・ボンドさ…」

 と、言った…

 「…ジェームス・ボンド?…」

 「…そうさ…いわば、スパイ活動が、主な役割さ…だが、ジェームス・ボンドは、二人いる…」

 「…二人? …どういう意味ですか?…」

 「…表の活動は、葉尊が、する…そして、裏の仕事は、葉問…オマエが、する…二人とも、長身のイケメン…表の経営者の仕事も、裏で、イケメンの顔を生かして、女から、情報を得るのも、容易い…」

 「…」

 「…そして、それが、お義父さん…葉敬の狙いだろ?…」

 「…」

 「…違うか?…」

 私は、言った…

 が、

 葉問は、私のこの質問を、呆気なく、スルーした…

 「…他人の心の内は、わかりません…」

 と、呆気ない…

 実に、呆気ない、物言いだった…

 「…しかも、相手は、あの葉敬…なにを、考えているか、皆目、さっぱり、わからない…」

 「…ごまかすな…葉問…」

 私は、怒った…

 怒ったのだ…

 「…ズルいぞ…葉問…肝心なときに、なにも、しらないフリをする…」

 「…ズルい? …それを、言えば、ズルいのは、お姉さんです…」

 「…なんだと? …なぜ、私が、ズルい?…」

 「…お姉さんは、いつも、ボクに文句を言います…どうして、ボクに、文句を言って、同じことを、葉尊には、言わないんですか?…」

 「…そ、それは…」

 私は、答えることが、できんかった…

 たしかに、葉問の言う通り…

 言う通りだった…

 葉問には、遠慮なく、なんでも、言える…

 しかし、

 葉尊には、できんかった…

 どうしても、できんかった…

 自分でも、どうして、できんのか、わからんかった…

 が、

 できんかった…

 言えんかったのだ…

 「…お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…もっと、葉尊と仲良くしてください…」

 「…仲良くだと?…」

 「…ハイ…」

 「…どうして、そんなことを、言うんだ?…」

 「…それが、この葉問が、この世から、消滅できる条件だからです…」

 「…条件だと?…」

 「…お姉さんと、葉尊が、もっと、互いに、心を開いて、向き合わないと、この葉問が、安心して、消滅することが、できない…」

 そう言って、葉問が、笑った…

 笑ったのだ…

 私は、呆気に取られたが、それが、すぐに、葉問の冗談だということは、わかった…

 なぜなら、葉問は、本当は、自分が、消え去ることを、恐れているからだ…

 消滅することを、恐れているからだ…

 「…オマエ…ズルいな…」

 私は、言った…

 「…なにが、ズルいんですか?…」

 「…ホントは、オマエも消滅したくないはずさ…消えたくないはずさ…」

 「…」

 「…だが、それを、いつも、隠す…バレバレなのに、な…」

 「…」

 「…が、ひょっとすると、オマエは、リンダのために、生き残りたいのか?…」

 私は、言った…

 自分でも、意外な言葉だった…

 つい、脳裏に、浮かんだのだ…

 が、

 あろうことか、その効果は、絶大だった…

 明らかに、目の前の葉問の、顔色が、変わった…

 いつも、クールな表情の、葉問の、表情が、変わったのだ…

 「…図星か?…」

 私は、言ってやった…

 「…葉問…オマエの顔に、答えが、出ている…」

 言い終わってから、

 「…オマエ…もしかして、あのとき、ファラドを、倒したときに、現れたのも、リンダのためか?…」

 と、付け足した…

 「…どうして、リンダのためなんですか?…」

 「…それは、オスマン殿下が、リンダ・ヘイワースのファンだからさ…」

 「…」

 「…だから、オマエは、心配なんだろ?…」

 「…どうして、ボクが、心配なんですか?…」

 「…それは、オマエが、リンダの身を案じているからさ…」

 「…ボクが、リンダの身を案じている?…」

 「…そうさ…リンダは、性同一性障害…心は、男だと言っている…が、例外的に、葉問…オマエのことは、好きさ…」

 「…」

 「…オマエは、幻…本当は、存在しない…葉尊のカラダを借りた、幻だ…そして、それは、リンダも同じ…ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースは、存在しない…それは、リンダは、心が、男だからだ…だから、リンダ・ヘイワースも、また、幻…本当は、存在しない…いわば、オマエたちは、本当は、存在しない同士…同病相哀れむの言葉と同じく、オマエたちは、惹かれ合っている…違うか?…」

 「…それは、お姉さんが、そう思っているだけです…」

 「…果たして、そうかな? …少なくとも、リンダが、オマエを好きなのは、確かさ…これは、間違いないさ…」

 私は、断言した…

 「…葉問…攻守逆転だな…」

 「…攻守逆転?…」

 「…そうさ…いつもは、オマエが、私を、質問攻めにし、私を、困らせる…が、今は、違う…私が、攻めてる…」

 「…お姉さんが、攻めてる?…」

 「…そうさ…今回は、私の勝ちさ…」

 私は、勢い込んで、言うと、葉問は、笑った…

 笑ったのだ…

 だから、

 「…葉問…なんだ、その笑いは?…」

 と、私は、怒った…

 怒ったのだ…

 「…だったら、お姉さん…」

 「…なんだ?…」

 「…あの場で、どうして、バニラが、リンダに化けて、出てきたんですか? …最初から、あの場に、リンダ自身が、真紅のドレスを着て、現れれば、いいでしょ?…」

 「…それは、バニラが、マリアを見たかったからさ…バニラは、普段は、あのセレブの保育園に、来ることが、できない…有名なモデルの、バニラ・ルインスキーが、マリアの母親だと、バレると、困るからさ…」

 「…それは、わかります…でも、あえて、あの場に、リンダに化けて、現れる必要は、なかったでしょ?…」

 そう、葉問に、言われると、私も、反論できんかった…

 たしかに、バニラは、娘のマリアの保育園での姿を、見たいに、違いなかった…

 家では、マリアと、接しているが、保育園では、どう、他の園児たちと、マリアが接しているのか、わからない…

 だから、母親として、どうしても、マリアの保育園での姿を見たいに違いなかった…

 が、

 あの日、リンダに化けて、あの場に現れる必要は、なかったのでは、ないか?

 ふと、気付いた…

 他にやりようが、あるのではないか?

 なにより、なぜ、あの場で、リンダに化けて、現れたのか、考えて見れば、謎だった…

 わからんかった…

 私が、そう考えていると、

 「…答えは、葉敬ですよ…」

 と、葉問が、言った…

 「…お義父さん?…」

 「…葉敬が、オスマン殿下が、リンダのファンだと、知って、バニラに、命じたのです…」

 「…お義父さんが?…」

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 まさか、ここで、葉敬の名前が出るとは、思わんかった…

 お義父さんの名前が出るとは、思わんかったのだ…

 「…葉敬は、葉尊と、繋がってます…当たり前のことです…」

 そうか…

 葉尊は、当たり前だが、葉敬と繋がっている…

 実父と繋がっている…

 自分の任されたクールの経営は、もちろんのこと…さまざまな場面で、葉敬に、相談しているに違いない…

 だが、だ…

 ここまで、考えて、気付いた…

 だったら、最初から、あの場に、リンダに真紅のドレスを着て、現れてもらえば、良かったんではないか?

 ふと、気付いた…

 そうすれば、オスマン殿下が、喜ぶに違いないからだ…

 だから、

 「…だったら、最初から、あの場に、リンダに、真紅のドレスを着て、現れて、もらえば、よかったんじゃないか? その方が、オスマン殿下も、喜ぶ…」

 と、私は、言った…

 が、

 「…それは、できません…」

 と、葉問が、否定した…

 「…できない? …どうして、できないんだ?…」

 「…リンダには、リンダの目的があります…」

 「…目的? …なんだ、それは?…」

 「…お姉さんの監視です…」

 葉問が、言った…

 実に、意外な言葉だった…

               
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