第109話
文字数 5,334文字
私は、今さらながら、オスマン殿下の目的に、気付いた…
オスマン殿下が、なにを、狙って、あのセレブの保育園で、ファラドを捕まえたか、わかったのだ…
すると、余裕ができた…
心に、余裕ができたのだ…
「…なるほど、な…」
いつしか、私は、両腕を組み、鼻の穴を少しばかり、広げて、自慢げに、言った…
「…そういうことか?…」
「…そういうことって? …お姉さん、なにが、そういうこと、なんですか?…」
「…オスマン殿下の狙いさ…」
「…殿下の狙い?…」
「…オスマン殿下が、なぜ、あの場所で、ファラドを捕らえたのか、私には、謎だったのさ…」
「…どうして、謎だったんですか?…」
「…考えて見ろ、葉問…」
「…なにを、考えるんですか?…」
「…普通、セレブの保育園で、ファラドを捕らえるか? 子供たちが、大勢いるんだ…その子供になにか、あったら、困るさ…」
「…」
「…つまりは、あの逮捕劇は、ファラドの末路を、あの子供たちに、見せつけることだったのさ…」
「…どうして、子供たちに、見せつけるんですか?…」
「…あの保育園は、セレブの子弟が、通う保育園さ…しかも、国籍もバラバラ…日本人も、ほとんどいない…きっと、あの子供たちの親たちの中にも、誰か知らんが、あのファラドと通じている者が、いたんじゃ、ないのか? それを、見せつけるために、わざと、あの場所で、ファラドを捕まえた…」
「…」
「…すると、どうだ? 子供たちは、今日、セレブの保育園で、起こったことを、親に告げる…その結果、ファラドに繋がった者たちも、クーデターが、失敗したことを、悟る…それが、狙いじゃないのか?…」
私は、断言した…
「…いや、もしかしたら、あのオスマン殿下が、あのセレブの保育園に、身を隠しているのも、サウジ国家の命令じゃ、ないのか?…」
「…どういう意味ですか?…」
「…考えて見ろ、葉問…」
「…なにを、考えるんですか?…」
「…あのセレブの保育園さ…あのセレブの保育園に通う子供たちは、今、この日本にいる、世界中のセレブの一部さ…オスマン殿下は、そこに、身を置くことで、世界中のセレブの人間の動きが、わかる…世界のセレブだ…当然、世界各国の指導者連中と、繋がっている者たちも、いるに違いないさ…だから、あのオスマン殿下は、それが、狙いで、あのセレブの子弟の通う保育園に、身を隠していたんじゃ、ないのか?…」
私は、引き続き、葉問に、断言した…
いつのまにか、攻守が、逆転していた…
葉問は、黙って、私を見た…
この矢田トモコを、見た…
そして、私も、また、葉問を、睨みつけた…
私の細い目で、睨みつけたのだ…
葉問の、イケメンの、澄んだ瞳と、睨み合ったのだ…
ずばり、互いに、睨み合った…
目の大きさは、少しばかり、違うが、私は、負けなかった…
いかに、相手が、イケメンといえども、こんなことで、負ける、矢田トモコでは、なかったのだ…
「…どうだ? …私の推測に、間違いは、あるか?…」
私は、自信満々に、言った…
いつのまにか、さっきまで、組んでいた、腕を、振りほどいていた…
葉問は、
「…やはり、お姉さんは、バカじゃないですね…」
と、言った…
笑みを浮かべならが、言った…
「…だろ?…」
「…ハイ…確信は、ありませんが、おそらく、お姉さんの言う通りでしょう…」
「…」
「…オスマン殿下が、あの保育園に、身を潜めているのは、サウジ国家の厳命でしょう…もっと、言えば、国王陛下の意思でしょう…」
「…」
「…セレブの保育園に通う子弟の親は、当たり前ですが、皆、セレブ…上流階級の人間たちです…しかも、あのセレブの保育園に通う子弟は、各国バラバラ…実に、多種多様です…つまりは、オスマン殿下は、あの保育園に通いながら、おおげさに、いえば、世界中の指導者層との繋がりを得ることができるのです…」
「…」
「…ですから、お姉さんの今、言ったことは、ボクが、考えていたことと、同じです…」
「…そうか?…」
私は、言った…
やはり、そうか…
「…で、オマエの役割は、なんだ?…」
「…役割?…」
葉問が、キョトンとした顔をした…
「…ごまかすな…葉問…なにも、知らなければ、あの場面で、現れて、ファラドと、闘ったり、しないだろ?…」
私の質問に、葉問が、固まった…
どう言っていいか、わからない様子だった…
「…それとも、葉尊に、頼まれたのか?…」
「…葉尊に…どうして、ですか?…」
「…オマエは、葉尊の右腕…暴力担当だろ?…」
私は、断言した…
「…オマエは、葉尊ができないことを、やる…それこそが、オマエの存在価値そのものだからだ…それが、できなければ、オマエに、存在価値はない…無用の長物になる…だから、オマエは、あのとき、ファラドと闘った…いや、闘わざるを得なかった…もし、オマエが、ファラドと闘わなければ、葉敬は、オマエを許さない…オマエの存在自体を認めないからだ…」
「…」
「…以前も言ったが、オマエの生き残る道は、オマエの存在価値を、葉敬に、認めてもらうこと…その一点さ…だから、オマエの得意分野…力で、ファラドと、闘う以外、なかったんじゃ、ないのか?…」
私が、言うと、葉問は、考え込んだ…
しばらく、無言のままだった…
だから、私は、ここぞとばかりに、
「…オマエの役割は、ジェームス・ボンドさ…」
と、言った…
「…ジェームス・ボンド?…」
「…そうさ…いわば、スパイ活動が、主な役割さ…だが、ジェームス・ボンドは、二人いる…」
「…二人? …どういう意味ですか?…」
「…表の活動は、葉尊が、する…そして、裏の仕事は、葉問…オマエが、する…二人とも、長身のイケメン…表の経営者の仕事も、裏で、イケメンの顔を生かして、女から、情報を得るのも、容易い…」
「…」
「…そして、それが、お義父さん…葉敬の狙いだろ?…」
「…」
「…違うか?…」
私は、言った…
が、
葉問は、私のこの質問を、呆気なく、スルーした…
「…他人の心の内は、わかりません…」
と、呆気ない…
実に、呆気ない、物言いだった…
「…しかも、相手は、あの葉敬…なにを、考えているか、皆目、さっぱり、わからない…」
「…ごまかすな…葉問…」
私は、怒った…
怒ったのだ…
「…ズルいぞ…葉問…肝心なときに、なにも、しらないフリをする…」
「…ズルい? …それを、言えば、ズルいのは、お姉さんです…」
「…なんだと? …なぜ、私が、ズルい?…」
「…お姉さんは、いつも、ボクに文句を言います…どうして、ボクに、文句を言って、同じことを、葉尊には、言わないんですか?…」
「…そ、それは…」
私は、答えることが、できんかった…
たしかに、葉問の言う通り…
言う通りだった…
葉問には、遠慮なく、なんでも、言える…
しかし、
葉尊には、できんかった…
どうしても、できんかった…
自分でも、どうして、できんのか、わからんかった…
が、
できんかった…
言えんかったのだ…
「…お姉さん…」
「…なんだ?…」
「…もっと、葉尊と仲良くしてください…」
「…仲良くだと?…」
「…ハイ…」
「…どうして、そんなことを、言うんだ?…」
「…それが、この葉問が、この世から、消滅できる条件だからです…」
「…条件だと?…」
「…お姉さんと、葉尊が、もっと、互いに、心を開いて、向き合わないと、この葉問が、安心して、消滅することが、できない…」
そう言って、葉問が、笑った…
笑ったのだ…
私は、呆気に取られたが、それが、すぐに、葉問の冗談だということは、わかった…
なぜなら、葉問は、本当は、自分が、消え去ることを、恐れているからだ…
消滅することを、恐れているからだ…
「…オマエ…ズルいな…」
私は、言った…
「…なにが、ズルいんですか?…」
「…ホントは、オマエも消滅したくないはずさ…消えたくないはずさ…」
「…」
「…だが、それを、いつも、隠す…バレバレなのに、な…」
「…」
「…が、ひょっとすると、オマエは、リンダのために、生き残りたいのか?…」
私は、言った…
自分でも、意外な言葉だった…
つい、脳裏に、浮かんだのだ…
が、
あろうことか、その効果は、絶大だった…
明らかに、目の前の葉問の、顔色が、変わった…
いつも、クールな表情の、葉問の、表情が、変わったのだ…
「…図星か?…」
私は、言ってやった…
「…葉問…オマエの顔に、答えが、出ている…」
言い終わってから、
「…オマエ…もしかして、あのとき、ファラドを、倒したときに、現れたのも、リンダのためか?…」
と、付け足した…
「…どうして、リンダのためなんですか?…」
「…それは、オスマン殿下が、リンダ・ヘイワースのファンだからさ…」
「…」
「…だから、オマエは、心配なんだろ?…」
「…どうして、ボクが、心配なんですか?…」
「…それは、オマエが、リンダの身を案じているからさ…」
「…ボクが、リンダの身を案じている?…」
「…そうさ…リンダは、性同一性障害…心は、男だと言っている…が、例外的に、葉問…オマエのことは、好きさ…」
「…」
「…オマエは、幻…本当は、存在しない…葉尊のカラダを借りた、幻だ…そして、それは、リンダも同じ…ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースは、存在しない…それは、リンダは、心が、男だからだ…だから、リンダ・ヘイワースも、また、幻…本当は、存在しない…いわば、オマエたちは、本当は、存在しない同士…同病相哀れむの言葉と同じく、オマエたちは、惹かれ合っている…違うか?…」
「…それは、お姉さんが、そう思っているだけです…」
「…果たして、そうかな? …少なくとも、リンダが、オマエを好きなのは、確かさ…これは、間違いないさ…」
私は、断言した…
「…葉問…攻守逆転だな…」
「…攻守逆転?…」
「…そうさ…いつもは、オマエが、私を、質問攻めにし、私を、困らせる…が、今は、違う…私が、攻めてる…」
「…お姉さんが、攻めてる?…」
「…そうさ…今回は、私の勝ちさ…」
私は、勢い込んで、言うと、葉問は、笑った…
笑ったのだ…
だから、
「…葉問…なんだ、その笑いは?…」
と、私は、怒った…
怒ったのだ…
「…だったら、お姉さん…」
「…なんだ?…」
「…あの場で、どうして、バニラが、リンダに化けて、出てきたんですか? …最初から、あの場に、リンダ自身が、真紅のドレスを着て、現れれば、いいでしょ?…」
「…それは、バニラが、マリアを見たかったからさ…バニラは、普段は、あのセレブの保育園に、来ることが、できない…有名なモデルの、バニラ・ルインスキーが、マリアの母親だと、バレると、困るからさ…」
「…それは、わかります…でも、あえて、あの場に、リンダに化けて、現れる必要は、なかったでしょ?…」
そう、葉問に、言われると、私も、反論できんかった…
たしかに、バニラは、娘のマリアの保育園での姿を、見たいに、違いなかった…
家では、マリアと、接しているが、保育園では、どう、他の園児たちと、マリアが接しているのか、わからない…
だから、母親として、どうしても、マリアの保育園での姿を見たいに違いなかった…
が、
あの日、リンダに化けて、あの場に現れる必要は、なかったのでは、ないか?
ふと、気付いた…
他にやりようが、あるのではないか?
なにより、なぜ、あの場で、リンダに化けて、現れたのか、考えて見れば、謎だった…
わからんかった…
私が、そう考えていると、
「…答えは、葉敬ですよ…」
と、葉問が、言った…
「…お義父さん?…」
「…葉敬が、オスマン殿下が、リンダのファンだと、知って、バニラに、命じたのです…」
「…お義父さんが?…」
私は、驚いた…
驚いたのだ…
まさか、ここで、葉敬の名前が出るとは、思わんかった…
お義父さんの名前が出るとは、思わんかったのだ…
「…葉敬は、葉尊と、繋がってます…当たり前のことです…」
そうか…
葉尊は、当たり前だが、葉敬と繋がっている…
実父と繋がっている…
自分の任されたクールの経営は、もちろんのこと…さまざまな場面で、葉敬に、相談しているに違いない…
だが、だ…
ここまで、考えて、気付いた…
だったら、最初から、あの場に、リンダに真紅のドレスを着て、現れてもらえば、良かったんではないか?
ふと、気付いた…
そうすれば、オスマン殿下が、喜ぶに違いないからだ…
だから、
「…だったら、最初から、あの場に、リンダに、真紅のドレスを着て、現れて、もらえば、よかったんじゃないか? その方が、オスマン殿下も、喜ぶ…」
と、私は、言った…
が、
「…それは、できません…」
と、葉問が、否定した…
「…できない? …どうして、できないんだ?…」
「…リンダには、リンダの目的があります…」
「…目的? …なんだ、それは?…」
「…お姉さんの監視です…」
葉問が、言った…
実に、意外な言葉だった…
オスマン殿下が、なにを、狙って、あのセレブの保育園で、ファラドを捕まえたか、わかったのだ…
すると、余裕ができた…
心に、余裕ができたのだ…
「…なるほど、な…」
いつしか、私は、両腕を組み、鼻の穴を少しばかり、広げて、自慢げに、言った…
「…そういうことか?…」
「…そういうことって? …お姉さん、なにが、そういうこと、なんですか?…」
「…オスマン殿下の狙いさ…」
「…殿下の狙い?…」
「…オスマン殿下が、なぜ、あの場所で、ファラドを捕らえたのか、私には、謎だったのさ…」
「…どうして、謎だったんですか?…」
「…考えて見ろ、葉問…」
「…なにを、考えるんですか?…」
「…普通、セレブの保育園で、ファラドを捕らえるか? 子供たちが、大勢いるんだ…その子供になにか、あったら、困るさ…」
「…」
「…つまりは、あの逮捕劇は、ファラドの末路を、あの子供たちに、見せつけることだったのさ…」
「…どうして、子供たちに、見せつけるんですか?…」
「…あの保育園は、セレブの子弟が、通う保育園さ…しかも、国籍もバラバラ…日本人も、ほとんどいない…きっと、あの子供たちの親たちの中にも、誰か知らんが、あのファラドと通じている者が、いたんじゃ、ないのか? それを、見せつけるために、わざと、あの場所で、ファラドを捕まえた…」
「…」
「…すると、どうだ? 子供たちは、今日、セレブの保育園で、起こったことを、親に告げる…その結果、ファラドに繋がった者たちも、クーデターが、失敗したことを、悟る…それが、狙いじゃないのか?…」
私は、断言した…
「…いや、もしかしたら、あのオスマン殿下が、あのセレブの保育園に、身を隠しているのも、サウジ国家の命令じゃ、ないのか?…」
「…どういう意味ですか?…」
「…考えて見ろ、葉問…」
「…なにを、考えるんですか?…」
「…あのセレブの保育園さ…あのセレブの保育園に通う子供たちは、今、この日本にいる、世界中のセレブの一部さ…オスマン殿下は、そこに、身を置くことで、世界中のセレブの人間の動きが、わかる…世界のセレブだ…当然、世界各国の指導者連中と、繋がっている者たちも、いるに違いないさ…だから、あのオスマン殿下は、それが、狙いで、あのセレブの子弟の通う保育園に、身を隠していたんじゃ、ないのか?…」
私は、引き続き、葉問に、断言した…
いつのまにか、攻守が、逆転していた…
葉問は、黙って、私を見た…
この矢田トモコを、見た…
そして、私も、また、葉問を、睨みつけた…
私の細い目で、睨みつけたのだ…
葉問の、イケメンの、澄んだ瞳と、睨み合ったのだ…
ずばり、互いに、睨み合った…
目の大きさは、少しばかり、違うが、私は、負けなかった…
いかに、相手が、イケメンといえども、こんなことで、負ける、矢田トモコでは、なかったのだ…
「…どうだ? …私の推測に、間違いは、あるか?…」
私は、自信満々に、言った…
いつのまにか、さっきまで、組んでいた、腕を、振りほどいていた…
葉問は、
「…やはり、お姉さんは、バカじゃないですね…」
と、言った…
笑みを浮かべならが、言った…
「…だろ?…」
「…ハイ…確信は、ありませんが、おそらく、お姉さんの言う通りでしょう…」
「…」
「…オスマン殿下が、あの保育園に、身を潜めているのは、サウジ国家の厳命でしょう…もっと、言えば、国王陛下の意思でしょう…」
「…」
「…セレブの保育園に通う子弟の親は、当たり前ですが、皆、セレブ…上流階級の人間たちです…しかも、あのセレブの保育園に通う子弟は、各国バラバラ…実に、多種多様です…つまりは、オスマン殿下は、あの保育園に通いながら、おおげさに、いえば、世界中の指導者層との繋がりを得ることができるのです…」
「…」
「…ですから、お姉さんの今、言ったことは、ボクが、考えていたことと、同じです…」
「…そうか?…」
私は、言った…
やはり、そうか…
「…で、オマエの役割は、なんだ?…」
「…役割?…」
葉問が、キョトンとした顔をした…
「…ごまかすな…葉問…なにも、知らなければ、あの場面で、現れて、ファラドと、闘ったり、しないだろ?…」
私の質問に、葉問が、固まった…
どう言っていいか、わからない様子だった…
「…それとも、葉尊に、頼まれたのか?…」
「…葉尊に…どうして、ですか?…」
「…オマエは、葉尊の右腕…暴力担当だろ?…」
私は、断言した…
「…オマエは、葉尊ができないことを、やる…それこそが、オマエの存在価値そのものだからだ…それが、できなければ、オマエに、存在価値はない…無用の長物になる…だから、オマエは、あのとき、ファラドと闘った…いや、闘わざるを得なかった…もし、オマエが、ファラドと闘わなければ、葉敬は、オマエを許さない…オマエの存在自体を認めないからだ…」
「…」
「…以前も言ったが、オマエの生き残る道は、オマエの存在価値を、葉敬に、認めてもらうこと…その一点さ…だから、オマエの得意分野…力で、ファラドと、闘う以外、なかったんじゃ、ないのか?…」
私が、言うと、葉問は、考え込んだ…
しばらく、無言のままだった…
だから、私は、ここぞとばかりに、
「…オマエの役割は、ジェームス・ボンドさ…」
と、言った…
「…ジェームス・ボンド?…」
「…そうさ…いわば、スパイ活動が、主な役割さ…だが、ジェームス・ボンドは、二人いる…」
「…二人? …どういう意味ですか?…」
「…表の活動は、葉尊が、する…そして、裏の仕事は、葉問…オマエが、する…二人とも、長身のイケメン…表の経営者の仕事も、裏で、イケメンの顔を生かして、女から、情報を得るのも、容易い…」
「…」
「…そして、それが、お義父さん…葉敬の狙いだろ?…」
「…」
「…違うか?…」
私は、言った…
が、
葉問は、私のこの質問を、呆気なく、スルーした…
「…他人の心の内は、わかりません…」
と、呆気ない…
実に、呆気ない、物言いだった…
「…しかも、相手は、あの葉敬…なにを、考えているか、皆目、さっぱり、わからない…」
「…ごまかすな…葉問…」
私は、怒った…
怒ったのだ…
「…ズルいぞ…葉問…肝心なときに、なにも、しらないフリをする…」
「…ズルい? …それを、言えば、ズルいのは、お姉さんです…」
「…なんだと? …なぜ、私が、ズルい?…」
「…お姉さんは、いつも、ボクに文句を言います…どうして、ボクに、文句を言って、同じことを、葉尊には、言わないんですか?…」
「…そ、それは…」
私は、答えることが、できんかった…
たしかに、葉問の言う通り…
言う通りだった…
葉問には、遠慮なく、なんでも、言える…
しかし、
葉尊には、できんかった…
どうしても、できんかった…
自分でも、どうして、できんのか、わからんかった…
が、
できんかった…
言えんかったのだ…
「…お姉さん…」
「…なんだ?…」
「…もっと、葉尊と仲良くしてください…」
「…仲良くだと?…」
「…ハイ…」
「…どうして、そんなことを、言うんだ?…」
「…それが、この葉問が、この世から、消滅できる条件だからです…」
「…条件だと?…」
「…お姉さんと、葉尊が、もっと、互いに、心を開いて、向き合わないと、この葉問が、安心して、消滅することが、できない…」
そう言って、葉問が、笑った…
笑ったのだ…
私は、呆気に取られたが、それが、すぐに、葉問の冗談だということは、わかった…
なぜなら、葉問は、本当は、自分が、消え去ることを、恐れているからだ…
消滅することを、恐れているからだ…
「…オマエ…ズルいな…」
私は、言った…
「…なにが、ズルいんですか?…」
「…ホントは、オマエも消滅したくないはずさ…消えたくないはずさ…」
「…」
「…だが、それを、いつも、隠す…バレバレなのに、な…」
「…」
「…が、ひょっとすると、オマエは、リンダのために、生き残りたいのか?…」
私は、言った…
自分でも、意外な言葉だった…
つい、脳裏に、浮かんだのだ…
が、
あろうことか、その効果は、絶大だった…
明らかに、目の前の葉問の、顔色が、変わった…
いつも、クールな表情の、葉問の、表情が、変わったのだ…
「…図星か?…」
私は、言ってやった…
「…葉問…オマエの顔に、答えが、出ている…」
言い終わってから、
「…オマエ…もしかして、あのとき、ファラドを、倒したときに、現れたのも、リンダのためか?…」
と、付け足した…
「…どうして、リンダのためなんですか?…」
「…それは、オスマン殿下が、リンダ・ヘイワースのファンだからさ…」
「…」
「…だから、オマエは、心配なんだろ?…」
「…どうして、ボクが、心配なんですか?…」
「…それは、オマエが、リンダの身を案じているからさ…」
「…ボクが、リンダの身を案じている?…」
「…そうさ…リンダは、性同一性障害…心は、男だと言っている…が、例外的に、葉問…オマエのことは、好きさ…」
「…」
「…オマエは、幻…本当は、存在しない…葉尊のカラダを借りた、幻だ…そして、それは、リンダも同じ…ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースは、存在しない…それは、リンダは、心が、男だからだ…だから、リンダ・ヘイワースも、また、幻…本当は、存在しない…いわば、オマエたちは、本当は、存在しない同士…同病相哀れむの言葉と同じく、オマエたちは、惹かれ合っている…違うか?…」
「…それは、お姉さんが、そう思っているだけです…」
「…果たして、そうかな? …少なくとも、リンダが、オマエを好きなのは、確かさ…これは、間違いないさ…」
私は、断言した…
「…葉問…攻守逆転だな…」
「…攻守逆転?…」
「…そうさ…いつもは、オマエが、私を、質問攻めにし、私を、困らせる…が、今は、違う…私が、攻めてる…」
「…お姉さんが、攻めてる?…」
「…そうさ…今回は、私の勝ちさ…」
私は、勢い込んで、言うと、葉問は、笑った…
笑ったのだ…
だから、
「…葉問…なんだ、その笑いは?…」
と、私は、怒った…
怒ったのだ…
「…だったら、お姉さん…」
「…なんだ?…」
「…あの場で、どうして、バニラが、リンダに化けて、出てきたんですか? …最初から、あの場に、リンダ自身が、真紅のドレスを着て、現れれば、いいでしょ?…」
「…それは、バニラが、マリアを見たかったからさ…バニラは、普段は、あのセレブの保育園に、来ることが、できない…有名なモデルの、バニラ・ルインスキーが、マリアの母親だと、バレると、困るからさ…」
「…それは、わかります…でも、あえて、あの場に、リンダに化けて、現れる必要は、なかったでしょ?…」
そう、葉問に、言われると、私も、反論できんかった…
たしかに、バニラは、娘のマリアの保育園での姿を、見たいに、違いなかった…
家では、マリアと、接しているが、保育園では、どう、他の園児たちと、マリアが接しているのか、わからない…
だから、母親として、どうしても、マリアの保育園での姿を見たいに違いなかった…
が、
あの日、リンダに化けて、あの場に現れる必要は、なかったのでは、ないか?
ふと、気付いた…
他にやりようが、あるのではないか?
なにより、なぜ、あの場で、リンダに化けて、現れたのか、考えて見れば、謎だった…
わからんかった…
私が、そう考えていると、
「…答えは、葉敬ですよ…」
と、葉問が、言った…
「…お義父さん?…」
「…葉敬が、オスマン殿下が、リンダのファンだと、知って、バニラに、命じたのです…」
「…お義父さんが?…」
私は、驚いた…
驚いたのだ…
まさか、ここで、葉敬の名前が出るとは、思わんかった…
お義父さんの名前が出るとは、思わんかったのだ…
「…葉敬は、葉尊と、繋がってます…当たり前のことです…」
そうか…
葉尊は、当たり前だが、葉敬と繋がっている…
実父と繋がっている…
自分の任されたクールの経営は、もちろんのこと…さまざまな場面で、葉敬に、相談しているに違いない…
だが、だ…
ここまで、考えて、気付いた…
だったら、最初から、あの場に、リンダに真紅のドレスを着て、現れてもらえば、良かったんではないか?
ふと、気付いた…
そうすれば、オスマン殿下が、喜ぶに違いないからだ…
だから、
「…だったら、最初から、あの場に、リンダに、真紅のドレスを着て、現れて、もらえば、よかったんじゃないか? その方が、オスマン殿下も、喜ぶ…」
と、私は、言った…
が、
「…それは、できません…」
と、葉問が、否定した…
「…できない? …どうして、できないんだ?…」
「…リンダには、リンダの目的があります…」
「…目的? …なんだ、それは?…」
「…お姉さんの監視です…」
葉問が、言った…
実に、意外な言葉だった…