第151話

文字数 3,881文字

 そもそも、この女…

 リンダ・ヘイワースは、なぜ、このセレブの保育園にいたんだ?

 考えてみれば、それが、謎だった…

 謎だったのだ…

 当たり前のことだ…

 このセレブの保育園に逃げ込んだのは、オスマンだった…

 まさか、それを、追って、このセレブの保育園にやって来たわけでは、あるまい…

 が、

 当たり前だが、理由がある…

 そして、その理由は、誰かに頼まれたから…

 誰かに、依頼されたから、このセレブの保育園にやって来た…

 そう、考えるのが、妥当だろう…

 だったら、その誰かとは、誰か?

 普通に、考えれば、葉敬だろう…

 真逆に言えば、葉敬以外には、思い当たらない…

 葉敬は、このリンダの恩人であり、スポンサー…

 今現在、ハリウッドのセックス・シンボルという世界的に、知られる地位にまで、上り詰めても、スポンサーであることに、変わりは、なかった…

 現に、それを、象徴するように、台北筆頭の広告には、いつも、リンダが、出ている…

 リンダ・ヘイワースが出ている…

 真逆に言えば、ハリウッドのセックス・シンボルとして、世界中に知られるようになっているにも、かかわらず、台湾の一企業の広告塔に、甘んじている…

 本当は、もっと、大きな企業の広告に出ることは、できるが、常に、台北筆頭が、優先…

 常に、台北筆頭=葉敬が、優先だ…

 それが、リンダには、不満なのだろう…

 ハッキリ言えば、ハリウッドのセックス・シンボルとまで、呼ばれるようになったリンダ・ヘイワースには、不釣り合い…

 似合わない…

 リンダ・ヘイワースのする仕事は、シャネルや、ルイ・ヴィトンやエルメスのような高級ブランド品の広告が、似合っている…

 が、

 現実は、台北筆頭の広告が、優先…

 ハリウッドのセックス・シンボルとまで、呼ばれるようになった地位と、台湾の台北筆頭は、似合わない…

 不釣り合いだ…

 それを、リンダ自身が、よくわかっていて、その現状が、不満だった…

 当たり前だった…

 だから、以前、この小人症のファラドに口説かれて、サウジアラビアに行きたいと言っていた…

 この小人症のファラドに口説かれて、サウジアラビアに遊びに来ないかと、誘われていると、私に語った…

 私は、あのとき、

 「…バカ、それは、オマエが、口説かれているんだ…」

 と、言いたかったが、言わんかった…

 このファラドが、怖かったからだ…

 このファラドは、権力者…

 この権力に、歯向かうのが、怖かった…

 この権力に逆らうのが、怖かった…

 もしも、そんな入れ知恵をして、それが、このファラドにバレて、

 「…許さん!…」

 と、激怒されれば、この矢田の命が、危ないと思った…

 最悪、命の危険があると、思った…

 日本では、その心配はないに、等しいが、サウジアラビアは、違うだろう…

 だから、このファラドを怒らせては、いかんと、思った…

 なにしろ、このファラドには、義父の葉敬ですら、立ち向かえない…

 力が、違い過ぎるからだ…

 いかに、台湾の大企業のCEОでも、サウジアラビアで、権力を持った王族には、歯が立たないと思ったのだ…

 だから、リンダには、なにも、言わんかった…

 言えば、この矢田の身が危うくなるからだ…

 が、

 ハッキリ言って、リンダの目的は、わかっている…

 リンダの目論見は、わかっている…

 ずばり、リンダの目論見は、葉敬からの独立だ…

 それゆえ、ファラドの誘いに、乗ろうとした…

 ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワース…

 世界中に知られた抜群の知名度の持ち主でも、後援者(スポンサー)が、いなければ、困る…

 だから、葉敬の元を去って、ファラドの元に行くというのは、単に後援者(スポンサー)が、変わるというだけだ…

 私は、思った…

 これは、極端な例を上げれば、日本の芸能界と、同じ…

 一匹狼では、生きて行けない…

 だから、どこか大手の系列の事務所に所属する…

 そうしなければ、スキャンダル等から、守ってもらえない…

 仕事も得られないからだ…

 それと、同じ…

 それと、同じ理由で、リンダは、後援者(スポンサー)が、必要だった…

 が、

 結局、リンダは、このファラドの申し出になびかなかった…

 それは、おそらく、今、葉敬の命で、このセレブの保育園に潜入したことが、すべてを、物語っている…

 あるいは、これから、このファラドに誘われて、サウジアラビアに行く可能性もゼロではないが、それも、怪しい…

 なぜなら、サウジアラビアに行くのなら、リンダは、精一杯、このファラドに愛想を振りまいているに違いないからだ…

 が、

 それが、ない…

 それが、一切、ない…

 だから、その可能性は、おそらく、ゼロと、この矢田トモコは、見抜いたのだ…

 が、

 なぜ、このリンダは、ファラドの申し出を受けなかったのか?

 考えてみれば、それが、謎だった…

 このリンダ・ヘイワースの強みは、表面上は、その外見の美しさ…

 ハリウッドのセックス・シンボルとまで、呼ばれるほどの、外見の美しさだが、それは、見せかけに過ぎない…

 このリンダの本当の強さは、その情報収集力にある…

 ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる抜群の知名度を生かして、世界中のセレブと繋がる情報収集力…

 それこそが、リンダの隠れた強みだからだ…

 と、ここまで、考えてみて、わかった…

 ひょっとして、このリンダが、ファラドの誘いに乗らなかったのは、なにか、掴んだのかも、しれん…

 ファラドのなにかを掴んだのも、しれんかった…

 そして、それが、

 「…お芝居をやめたら…」

 という言葉に繋がった…

 また、リンダ自身が、小人症のオスマンと最初、思った人物が、アラブの至宝と呼ばれてることに、疑問だったと、告白した…

 なぜなら、そんなに簡単に、アラブの至宝と呼ばれた人間が、誰か、特定されるのは、おかしいと、気付いたからだ…

 だから、アラブの至宝と呼ばれた人物が、別にいるか、あるいは、この小人症の人物が、本当に、アラブの至宝なら、別の名前であるだろうと、推論した…

 その結果、これまで、ファラドと考えていた人物が、実は、オスマンで、これまで、オスマンと、考えていた人物が、ファラドだと、わかった…

 このセレブの保育園に逃げ込んだ、オスマンが、告白したからだ…

 その告白から、互いに、名前を入れ替えたことを、知った…

 つまりは、つまりは、オスマンとファラドと考えていた人物が、真逆だったということだ…

 だが、

 アラブの至宝と呼ばれた人物が、この小人症の人物で、あることに、変わりは、なかった…

 ただ、この小人症の人物の名前が、オスマンではなく、ファラドだったというのが、違うだけだった…

 この人物の名前が、ファラドであるというだけだった…

 この人物の名前が、ファラド?

 ファラド?

 いや、

 ファラドは、サウジアラビア大使館に確認したところ、

 「…サウジアラビアの王族に、ファラドという人物は、存在しない…」

 との回答を得た…

 そして、それは、私は、ファラドが、小人症ゆえに、それを、世間に知られるのが、おかしいと、考え、公式に、サウジアラビア大使館が、
 
 「…サウジアラビアの王族に、ファラドという人物は、存在しない…」

 と、回答したと、思った…

 が、

 違うのではないか?

 もしかしたら、その回答が、正しいのではないか?

 いや、

 もしかしたら、その回答が、正しいとしたら、どうだ?
 
 「…サウジアラビアの王族に、ファラドという人物は、存在しない…」

 と、したら、どうだ?

 私は、思った…

 ふと、思った…

 そして、そう、考えれば、納得することも、ある…

 なぜ、今、このファラドと、オスマンは、口を利かない…

 二人が、本当に、一卵性双生児ならば、口を利くはずだ…

 が、

 口を利かない…

 目も合わせない…

 これは、おかしいのではないか?

 ふと、思った…

 思ったのだ…

 だから、私は、つい、

 「…オマエは、誰だ?…」

 と、言った…

 いや、

 聞いた…

 いや、

 口にしたというべきか?

 つい、口から、出てしまった…

 が、

 その効果は、絶大だった…

 目の前のファラドの顔色が、変わった…

 途端に、変わったのだ…

 「…な…なにを、言っているのですか? 矢田さん?…」

 動揺した、ファラドが、私に聞いた…

 顔色を変えて、言った…

 「…オマエが、本当は、小人症の大人で、30歳の大人であることは、信じるさ…いや、30歳は、ウソかもしれんさ…ホントは、小人症の大人であることだけが、真実かも、しれんさ…」

 私は、言った…

 自信を持って、言った…

 「…が、ファラドという名前は、ウソさ…」

 私は、続けた…

 「…ウソ?…」

 「…そうさ…」

 「…どうして、ウソなんですか?…」

 「…ファラドという王族は、存在しない…これは、サウジアラビア大使館に問い合わせた結果さ…」

 「…でも、それは…」

 「…オマエが、小人症だから、サウジアラビア大使館が、その存在を公式に否定した…サウジアラビアの王族に、小人症が、いたら、
恥ずかしいと思い、否定した…私も、最初、そう思ったさ…」

 「…だったら、一体、ボクの名前が、なんだと、言うんですか? …矢田さん?…」

 「…オマエの名前か?…」

 「…そうです…」

 「…アムンゼンでは、ないのか?…」

 「…アムンゼン? …誰ですか? …それは?…」

 「…現国王の弟さ…現国王を、失脚させようとして、そこにいる、オスマンと組んだ…」

 私は、言った…

 その言葉に、小人症の人物の顔色が、変わった…

               
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